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【回想】処刑の日の彼ら

1、あの日のこと

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 【──処刑当日】

 メアリは悩ましかった。

 王城の地下牢。
 わずかにロウソクの明かりが照らすそこで、メアリは壁際で膝を抱きつつ悩んでいた。

(声をかけても良いのでしょうか?)

 それが悩みの種だった。
 次にキシオンに会うことがあればである。
 果たして、声をかけて良いのか?
 ありがとうと伝えても良いのか?

(……うーん)

 小首をかしげることになる。
 なかなかに難しい問題だったのだ。
 仮に、キシオンがメアリを心底憎んで処刑の話を進めていたとすればだ。
 これは論外だった。
 お礼を伝えたところで「はぁ?」と困惑を呼ぶだけだろう。

 一方で、メアリを助けるために処刑を進めてくれた場合も悩ましかった。
 ありがとうと告げられて、彼が喜べるかどうか。
 メアリにとって処刑は救済だ。
 ただ、人を処刑して心穏やかでいられる人間は果たしてどれほどいることか。

 ましてや、キシオンは優しい人間なのだ。
 本当に処刑にするしかなかったのか?
 何か他に出来ることがあったのではないか?
 そう思い悩んでいる可能性は大いにある。

(そこにありがとうなんか言われても……)

 素直に受け取ってもらえるかと言えば怪しいところだった。
 むしろ、彼の罪悪感を助長させる可能性すらあった。

 何もしない。

 それが彼のことを考えれば一番のような気はした。
 だが、何かしたいのだ。
 自己満足に過ぎなくとも、彼のために何かをしたかった。

(そうなりますと……)

 メアリは自身の左手を見つめる。
 そこでは、ろうそくの明かりを受けて指輪が淡く銀色を見せている。

 メアリは頷いた。

(そうしましょうか)

 指輪を返す。
 そうすることにした。
 どうせ、あの世には持ってはいけないものだ。
 彼からすればもはやどうでも良い物かもしれないが、彼の負担にも損にもならないだろう。

 しかし、だった。

 メアリは首をかしげる。
 そもそもだが、果たして彼に会うことが出来るのかどうか?
 
(会えたら私は嬉しいのですが)

 王女の処刑なのだ。
 彼は法務卿なのだ。
 おそらくどこかで一度は会うことが出来るだろう。
 ただ、その時に手は自由なのか?
 指輪を渡せるような状況なのだろうか?

(……な、なんと言いますか)

 メアリは眉根にシワを寄せることになった。
 まさか、処刑の間際にまでこうも悩まないといけないとは。
 思わず「はぁ」とため息をもらすことになるが、その次の瞬間だ。
 メアリはびくりと背筋を震わせることにもなった。
 
(あ!)

 足音が聞こえたのだ。
 靴が石畳を打つ音が、この地下牢まで届いてきた。

 もしかすれば、尋ね人はキシオンかもしれない。
 
 王女とあって、入れられた地下牢は扉つきの個室だ。
 期待して、扉を注視する。
 ほどなくして扉はきしんだ。
 静かに開かれていき……メアリの胸中に喜びの感情が広がった。
 
 現れたのはキシオンだった。
 従者を1人連れての登場だ。
 彼は無表情にメアリを見据え、淡々と鉄格子に近づいてくる。

 彼は何故ここを訪れてきたのか?
 いよいよ処刑の時が来たのかどうか?

 どうでも良い話だった。
 腰を上げれば、メアリは慌てて指輪に指をかける。

「あ、あのっ!」

 眉をひそめてくるキシオンに、メアリは鉄格子越しに指輪を差し出した。

「拾った物で……お返しします」

 とりあえずのところメアリはホッとした。
 これで何も未練なく死ねるだろう。
 あとは彼に受け取ってもらうだけだったが……そのキシオンだった。

「……あ、あの?」

 メアリは首をかしげることになった。
 不思議なキシオンの様子だったのだ。
 彼は何故なのか、自らの顔を手のひらでバサリと覆った。
 さらには、妙に嘆かわしげな仕草で首を左右にして、

「……いかん。貴女の胸中が手に取るように分かる」

 そんな呟きをもらしてきた。
 メアリが何事かと目を丸くしていると、彼は顔から手のひらをはがした。
 そこには、再会してからの彼にあった冷淡な表情は無かった。
 露骨なほどに分かりやすい呆れの表情が浮かんでいる。

「あー、どうせアレですよね? ありがとうなんて言ったら俺が気に病むとか思ったんですよね? 指輪を返すぐらいなら大丈夫かとか思ったんですよね?」

 懐かしさしかなかった。
 その口ぶりは、まったくもってかつての彼だったのだ。
 キシオンはしゃがみこんできた。
 目線の高さが同じになる。
 すると、彼は「はぁ」だった。
 深々とため息をつき、その上で呆れの目つきを間近で見せつけてくる。

「まったく。貴女は相変わらずですね。顔に似合わず人が良すぎる。だからこそ、あのバカ王に目をつけられたんでしょうけどねぇ」

 メアリは目を丸くし続けるしかなかった。
 彼のこの変化は一体何なのか?
 戸惑いの中で立ち尽くしていると、彼は隣に控える従者へと視線を向けた。

「まぁ、とにかく進めますか。じゃ、鍵」

「は」

 従者の手により、淡々と牢が開かれる。
 良く分からない状況であるが、このことが意味することはさすがに理解出来た。

「え、えーと、処刑……ですよね?」

 そうに違いなかった。
 ただ、キシオンは変わらず呆れの視線を返してくる。

「んなバカな。それですむんだったら、俺はわざわざ法務卿なんか継いでませんって」

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