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第一章

9、擬態と偽装

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「エレオノーラ、お庭の薔薇を辺境伯様にお見せして来たら?」
エレオノーラの母親は辺境伯が花に興味など1ミリも無いのを承知で決まり文句を口にした。
「是非ともお願いしたい」
自分の方を見て微笑む辺境伯に少し怖じ気付きながらもエレオノーラは席を立つ。
客間のバルコニーからちょうど降りられるようになっている。
高さの無い階段を数段降りるだけなのに、慣れない靴ときついコルセットによろけそうになるのを辺境伯が支えてくれた。

「大丈夫か? 無理して歩かなくても花はここから見える」

「大丈夫です。薔薇はここからでも見えますが、辺境伯様に香りも楽しんでいただきたいのです」

ルートヴィッヒの腕に支えられながら少しずつ歩みを進める。
エレオノーラは父に宣言した通り、この見合いで最後にする為に自分に出来ることはしようと決めていた。


「エレオノーラは花が好きなのか?」

「はい。でも花瓶に入れて楽しむよりも、こうして自分が庭に赴く方が好きです。薔薇だけでなく、こう言うお花も好きです」

パウダーピンクのラナンキュラスの前を通った時にエレオノーラが指差すと「これは薔薇ではないのか」と辺境伯は二度見した。

「擬態が上手い花なのだな」

「ふふっ」

エレオノーラは思わず笑ってしまった。

「何かおかしなことを言ったか?」

「いえ、ただ辺境伯様はお花も恥じ入る程にお美しいのに、お花の事は全然ご存知ないのだと思ったら少し可笑しくて……すみません」

「それがエレオノーラの本当の笑顔か」

「それはどう言う……」
「そのままだ。私がここに着いた時は借り物みたいな笑顔だった」

「すみません、少し緊張していましたので──」

「謝らなくて良い。私も緊張していた」

「そんな風にはお見受けしませんでしたが……」

「エレオノーラよりは長く生きているからな、年の功だ。あそこで少し休もう」

ルートヴィッヒはエレオノーラをガゼボに誘った。
エレオノーラにとってはフランツが初めて自分を女性として意識してくれたように思えた、そしてシーモア伯爵からフランツの手紙を受け取った場所。
ルートヴィッヒはエレオノーラを座らせると「足を見せてみろ」と言って跪くと靴を脱がせた。

「辺境伯様、そんなこと──」

「ルートヴィッヒと呼べ。これからずっと一緒に暮らすのに、そんなよそよそしい呼び方をされたら使用人達に笑われる。」

エレオノーラは辺境伯に気付かれないようになるべくスムーズに歩いていたつもりだった。

「ルートヴィッヒ様、それでは私と結婚して下さるのですか……?!」

「何を驚いている? でなければ招かれてもわざわざここに来たりしない」

エレオノーラの靴を横に揃え、自分のハンカチーフを地面に敷くとその上にエレオノーラの足を置いた。

「小さな足だな」

「特別小さくはないと思います」

「そうか。女性の足を見たことが無いからそう感じるのかもしれない。今日は見たことの無い花も沢山観たし、新しいことばかりだ」

(女性の足を見た事がないって……やっぱりルートヴィッヒ様は男性が……)

「そんなに驚いた顔をするな、足のサイズを気にして見たことが無いだけだ」

「私は何も……」

「言ってないが、顔に書いてある。仕事柄常に男に囲まれているが、寝たことはない」

辺境伯の明け透けな言い方にエレオノーラは口をパクパクさせる。

「もう何も言うことが無くなったか? それはちょうど良い」

微笑でもニッコリでもなく、なんとも言えない笑顔になるとエレオノーラの前に跪いていたルートヴィッヒは立ち上がって口付けた。



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