12 / 46
第一章
12、ドレスと食欲と二人きりの夜
しおりを挟む
結婚式と言えばウェディングドレス。
そして新婚と言えば初夜。
(初夜っ──!!)
エレオノーラはルートヴィッヒとお見合いをした当初こそうっすらとは考えていたものの、二ヶ月で準備しなくてはいけなかった結婚式の凄まじい段取りや式のリハーサルなどに一杯一杯で、初夜の事はすっかり意識の彼方に追いやられていた。
それが今、式の後の宴も終わり、メイド達に念入りにお風呂上がりのスキンケアと薄化粧を施され、ルートヴィッヒが王都に所有している屋敷の豪勢なベッドの上にちょこんと座っていると、聞きかじった閨でのあんな事やこんな事を思い出してパンクしそうになる。
あとどの位でルートヴィッヒはやって来るのだろうか。
エレオノーラも二人の姉がいるため、これから起こる事について少しは知っているつもりだ。
けれど二人とも言うことが全然違うので、どっちを参考にするべきか全くわからない。
(でも、やったことの無い事で積極的に行動するなんて無理だわ。まして、今までの感じで行くとルートヴィッヒ様は経験豊富そうだもの。と言うことは、ツェツィーリアじゃなくて、エミーリアお姉様みたいに男性にまずは任せる方が良いわね)
うんうん、と一人頭を振っていると、カチャリとドアが開いた。
ルートヴィッヒがお盆を持ちながら夫婦の寝室に入ってくる。
「エル、大丈夫か? ノックをしても返答がないから開けたが」
「すみません、考え事をしていたもので……」
「エルは常に考えているな。良いことだ。ご褒美という訳ではないが、リンゴ酒と軽くつまめそうな物をいくつか持ってきた」
ソファーの前のローテーブルに置かれたそれを見ると、さっきまで自分では気付いていなかった空腹が襲ってきた。
「今日は一日中重いドレスや過密なスケジュールのせいでろくに食べれなかっただろう。少しは食べておいた方が良い。明日の午後から10日も馬車に乗るのだからな」
「ありがとうございます、ルートヴィッヒ様」
エレオノーラはルートヴィッヒの方へ行こうとして、自分が何とも心許ない夜着だった事を思い出した。
慌ててベッドの脇の椅子に掛けていたガウンを羽織り、ルートヴィッヒの隣に座る。
暖かなグラタンとサンドイッチは空腹のエレオノーラを優しく満たしてくれる。
「ルートヴィッヒ様は召し上がらないのですか?」
「あぁ、エルには申し訳ないが、俺は朝、昼、晩としっかり食べた。空腹では有事の時に対処出来ないからな」
「有事ですか?」
「例えば今日、大聖堂には沢山の要人が居た。何か企てるのには絶好のチャンスだ。しかも二ヶ月前からこの日の事は決まっていたから犯罪の計画も立てやすい」
自分は式の準備だけで一杯一杯で、挙げ句の果てに今は初夜の事だけでパニックになっていたのに、ルートヴィッヒはそんなにも色々と考えていたのだと思うと、少し恥ずかしかった。
「ルートヴィッヒ様が私を子供扱いするのがなんとなく分かりました……」
リンゴ酒の入ったグラスを傾けながら、ルートヴィッヒの方を見ると、ポカンとした顔をしている。
「俺が初日以来キスすらしなかった事を言っているのか? それなら安心しろ、エルは十分魅力的だ。ただ明日からの旅路を考えると今日はしないのが賢明だと思っただけの事だ」
「そ、そんな事じゃありません! 私は何も周りの事など見えずに、結婚式の自分の準備だけで頭が一杯になって、セキュリティーの事を全然考えてもみなかったからです!!」
「エルのその時々出る、鼻っ柱の強そうな所は嫌いじゃない。セキュリティーに関しては職業病の様なものだ。国境に生まれ育つと、そんなことばかり考えるようになる」
自嘲するルートヴィッヒは自分のグラスに蒸留酒を注いだ。
「私、鼻っ柱が強そうですか……?」
これでも大分お淑やかにしてるつもりなんだけどな、と思いながら夫を見つめる。
「見掛けは霞でも食べて生きている天使みたいだが、中身は結構破天荒なんじゃないか? でもそれが良い。人形の様な妻ではつまらん」
ルートヴィッヒはクックッと喉の奥で笑った。
「食べ終わったら休もう。明日はまず陛下にお目に掛かって、それを終えたら出発だ」
ルートヴィッヒはお盆をドアの外の兵士に渡すとすぐに部屋に戻って来て、ベッドに入ったエレオノーラの横に並んだ。
「お休みなさい、ルートヴィッヒ様」
「お休み、よく休め。今日は一段と美しかった」
エレオノーラの額にキスを落とすとルートヴィッヒは横になり目蓋を閉じた。
「あり……がとうございます……」
可愛いだとか、綺麗だとか、普段言われ慣れているはずのエレオノーラなのに、何故か照れくさかった。
「ルートヴィッヒ様も、とてもお美しかったです」
エレオノーラがそう告げると、瞳を閉じたまま、無言で少しだけ微笑んだ。
(綺麗な睫毛……全部綺麗だけど……と言うか、男性に綺麗って失礼だったかしら……)
さっきまであんなに緊張していたのに、今は安らかな気持ちだった。
(ルートヴィッヒ様となら幸せに暮らしていけるかもしれない)
そんな予感がエレオノーラの胸に芽生えるも、今日一日の疲れが押し寄せてきて、あっという間に睡魔の波に呑み込まれた。
そして新婚と言えば初夜。
(初夜っ──!!)
エレオノーラはルートヴィッヒとお見合いをした当初こそうっすらとは考えていたものの、二ヶ月で準備しなくてはいけなかった結婚式の凄まじい段取りや式のリハーサルなどに一杯一杯で、初夜の事はすっかり意識の彼方に追いやられていた。
それが今、式の後の宴も終わり、メイド達に念入りにお風呂上がりのスキンケアと薄化粧を施され、ルートヴィッヒが王都に所有している屋敷の豪勢なベッドの上にちょこんと座っていると、聞きかじった閨でのあんな事やこんな事を思い出してパンクしそうになる。
あとどの位でルートヴィッヒはやって来るのだろうか。
エレオノーラも二人の姉がいるため、これから起こる事について少しは知っているつもりだ。
けれど二人とも言うことが全然違うので、どっちを参考にするべきか全くわからない。
(でも、やったことの無い事で積極的に行動するなんて無理だわ。まして、今までの感じで行くとルートヴィッヒ様は経験豊富そうだもの。と言うことは、ツェツィーリアじゃなくて、エミーリアお姉様みたいに男性にまずは任せる方が良いわね)
うんうん、と一人頭を振っていると、カチャリとドアが開いた。
ルートヴィッヒがお盆を持ちながら夫婦の寝室に入ってくる。
「エル、大丈夫か? ノックをしても返答がないから開けたが」
「すみません、考え事をしていたもので……」
「エルは常に考えているな。良いことだ。ご褒美という訳ではないが、リンゴ酒と軽くつまめそうな物をいくつか持ってきた」
ソファーの前のローテーブルに置かれたそれを見ると、さっきまで自分では気付いていなかった空腹が襲ってきた。
「今日は一日中重いドレスや過密なスケジュールのせいでろくに食べれなかっただろう。少しは食べておいた方が良い。明日の午後から10日も馬車に乗るのだからな」
「ありがとうございます、ルートヴィッヒ様」
エレオノーラはルートヴィッヒの方へ行こうとして、自分が何とも心許ない夜着だった事を思い出した。
慌ててベッドの脇の椅子に掛けていたガウンを羽織り、ルートヴィッヒの隣に座る。
暖かなグラタンとサンドイッチは空腹のエレオノーラを優しく満たしてくれる。
「ルートヴィッヒ様は召し上がらないのですか?」
「あぁ、エルには申し訳ないが、俺は朝、昼、晩としっかり食べた。空腹では有事の時に対処出来ないからな」
「有事ですか?」
「例えば今日、大聖堂には沢山の要人が居た。何か企てるのには絶好のチャンスだ。しかも二ヶ月前からこの日の事は決まっていたから犯罪の計画も立てやすい」
自分は式の準備だけで一杯一杯で、挙げ句の果てに今は初夜の事だけでパニックになっていたのに、ルートヴィッヒはそんなにも色々と考えていたのだと思うと、少し恥ずかしかった。
「ルートヴィッヒ様が私を子供扱いするのがなんとなく分かりました……」
リンゴ酒の入ったグラスを傾けながら、ルートヴィッヒの方を見ると、ポカンとした顔をしている。
「俺が初日以来キスすらしなかった事を言っているのか? それなら安心しろ、エルは十分魅力的だ。ただ明日からの旅路を考えると今日はしないのが賢明だと思っただけの事だ」
「そ、そんな事じゃありません! 私は何も周りの事など見えずに、結婚式の自分の準備だけで頭が一杯になって、セキュリティーの事を全然考えてもみなかったからです!!」
「エルのその時々出る、鼻っ柱の強そうな所は嫌いじゃない。セキュリティーに関しては職業病の様なものだ。国境に生まれ育つと、そんなことばかり考えるようになる」
自嘲するルートヴィッヒは自分のグラスに蒸留酒を注いだ。
「私、鼻っ柱が強そうですか……?」
これでも大分お淑やかにしてるつもりなんだけどな、と思いながら夫を見つめる。
「見掛けは霞でも食べて生きている天使みたいだが、中身は結構破天荒なんじゃないか? でもそれが良い。人形の様な妻ではつまらん」
ルートヴィッヒはクックッと喉の奥で笑った。
「食べ終わったら休もう。明日はまず陛下にお目に掛かって、それを終えたら出発だ」
ルートヴィッヒはお盆をドアの外の兵士に渡すとすぐに部屋に戻って来て、ベッドに入ったエレオノーラの横に並んだ。
「お休みなさい、ルートヴィッヒ様」
「お休み、よく休め。今日は一段と美しかった」
エレオノーラの額にキスを落とすとルートヴィッヒは横になり目蓋を閉じた。
「あり……がとうございます……」
可愛いだとか、綺麗だとか、普段言われ慣れているはずのエレオノーラなのに、何故か照れくさかった。
「ルートヴィッヒ様も、とてもお美しかったです」
エレオノーラがそう告げると、瞳を閉じたまま、無言で少しだけ微笑んだ。
(綺麗な睫毛……全部綺麗だけど……と言うか、男性に綺麗って失礼だったかしら……)
さっきまであんなに緊張していたのに、今は安らかな気持ちだった。
(ルートヴィッヒ様となら幸せに暮らしていけるかもしれない)
そんな予感がエレオノーラの胸に芽生えるも、今日一日の疲れが押し寄せてきて、あっという間に睡魔の波に呑み込まれた。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
売られた先は潔癖侯爵とその弟でした
しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ルビーナの元に縁談が来た。
潔癖で有名な25歳の侯爵である。
多額の援助と引き換えに嫁ぐことになった。
お飾りの嫁になる覚悟のもと、嫁いだ先でのありえない生活に流されて順応するお話です。
離宮に隠されるお妃様
agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか?
侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。
「何故呼ばれたか・・・わかるな?」
「何故・・・理由は存じませんが」
「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」
ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。
『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』
愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【完結】体目的でもいいですか?
ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは
冤罪をかけられて断罪された。
顔に火傷を負った狂乱の戦士に
嫁がされることになった。
ルーナは内向的な令嬢だった。
冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。
だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。
ルーナは瀕死の重症を負った。
というか一度死んだ。
神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。
* 作り話です
* 完結保証付きです
* R18
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです
ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。
そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、
ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。
誰にも触れられなかった王子の手が、
初めて触れたやさしさに出会ったとき、
ふたりの物語が始まる。
これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、
触れることから始まる恋と癒やしの物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる