侯爵令嬢の恋わずらいは堅物騎士様を惑わせる

灰兎

文字の大きさ
32 / 46
第一章

32、 無意識と不器用

しおりを挟む
「今のは……すみません、忘れて下さいっ!」

エレオノーラは慌てて自分の言葉を取り消そうとしたけれど遅かった。

「エル、俺には結婚前に特別に想う女性は居なかったし、エルと結婚した今、別の女性と関係を持つことはあり得ない」

ルートヴィッヒはエレオノーラの涙を指で拭う。

「今日ずっと元気が無かったのはそのせいか? 辛い思いをさせてすまなかった」

ルートヴィッヒの紫の瞳がエレオノーラを見つめた。

「違うんです、これはその……もしルートヴィッヒ様に好きな女性がいらっしゃるなら、私は離婚した方が良いんじゃないかとか、もしくは離婚しないまでも、私は何処かに引っ越して、ルートヴィッヒ様はその方と暮らされる方が良いんじゃないかとか、それも考えたのですが……」

「ですが?」

「何よりルートヴィッヒ様があんなに嬉しそうにお話しなさるのを初めて見て、何だかとても……すみません、私のわがままなんです……」

エレオノーラは自分でも何を言っているのか、分からなくなってきた。

「嬉しそうに? それはいつの話だ?」

思い当たる節が全くないのでエレオノーラに尋ねる。

「昨日、ルートヴィッヒ様がイレーネ様とお話している時です……」

「イレーネと? それは何かの間違いだ。あいつとはただの腐れ縁の仲だ」

「でも……」

「エルにそう言う誤解を与えてしまった事は謝る。だが今までもこれからもあいつとどうこうなる事は絶対にない」

「そうだったのですか……すみません、私の早とちりで……」

「気にするな。エルは何も悪くない。それよりも──」

ルートヴィッヒはそこで一度言葉を切った。
いつも率直なルートヴィッヒにしては珍しい。
エレオノーラが続きを待ってルートヴィッヒを見つめる。

「つまり……今までの話を聞くに、エルは俺とイレーネの事で嫉妬してくれたと言う事でいいのか?」

「嫉妬──っ!?」

エレオノーラはルートヴィッヒの言葉に衝撃を受けた。

「──今の発言はあまりに自意識過剰だった。すまない、忘れてくれ」

ルートヴィッヒは苦笑しながらエルの頭を撫でた。

(嫉妬……? 私はイレーネ様に嫉妬していたの? そんな、それじゃまるで私がルートヴィッヒ様を好きみたいじゃ──)

エレオノーラはみるみる内に赤くなっていく頬を両手で隠した。

「ルートヴィッヒ様、私……ルートヴィッヒ様のことを好きなのでしょうか……?」

か細い声でエレオノーラが言った時、ルートヴィッヒは耳と目を疑った。
エレオノーラは真っ赤で、純真無垢な碧い瞳はさっきの涙でまだ潤んでいて、自信無さげなのに、どこか高揚している様にも見える。

(これは多少、自惚れても良いと言うことか……?)

ルートヴィッヒは確かめるようにエレオノーラにキスをした。

(何度触れても甘く柔らかいな……)

エレオノーラの唇を味わうように何度も触れては離れるキスを繰り返す。
泣いたせいか、エレオノーラの熱を持った唇はいつも以上に蕩けそうな感触で、この唇で色々してもらえたらさぞ気持ち良いのだろうなと邪な考えをルートヴィッヒに抱かせる。

「ぅん……」

鼻に抜けたエレオノーラの言葉にならない声がルートヴィッヒを更なる劣情へと駆り立てる。
歯止めが利かなくなりそうになってキスを中断すると、上気した頬とキスの余韻で濡れた唇のエレオノーラが「ルートヴィッヒ様、私、実は昨日から月の物が……」と申し訳無さそうに囁いた。

「そんな顔をするな。身体を重ねる事だけが重要な訳じゃない」

「ですが……」

「エル、今はエルの気持ちが少しだけでも俺の方へ向いて来ていると知れただけで十分だ」

ルートヴィッヒは本心を伝えたが、エレオノーラの表情は晴れない。

「今晩はゆっくり眠れ。睡眠不足は身体に良くない」

そう言うとルートヴィッヒはエレオノーラを寝かせて掛け布団を掛けた。

「お休み、エル」

エレオノーラの額に口付ける。

「……お休みなさい、ルートヴィッヒ様。あの、ルートヴィッヒ様は…………いえ、何でもありません……お休みなさい」

何か言い掛けたエレオノーラは、言い淀んだままで、それ以上何も言わなかった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

売られた先は潔癖侯爵とその弟でした

しゃーりん
恋愛
貧乏伯爵令嬢ルビーナの元に縁談が来た。 潔癖で有名な25歳の侯爵である。 多額の援助と引き換えに嫁ぐことになった。 お飾りの嫁になる覚悟のもと、嫁いだ先でのありえない生活に流されて順応するお話です。

離宮に隠されるお妃様

agapē【アガペー】
恋愛
私の妃にならないか? 侯爵令嬢であるローゼリアには、婚約者がいた。第一王子のライモンド。ある日、呼び出しを受け向かった先には、女性を膝に乗せ、仲睦まじい様子のライモンドがいた。 「何故呼ばれたか・・・わかるな?」 「何故・・・理由は存じませんが」 「毎日勉強ばかりしているのに頭が悪いのだな」 ローゼリアはライモンドから婚約破棄を言い渡される。 『私の妃にならないか?妻としての役割は求めない。少しばかり政務を手伝ってくれると助かるが、後は離宮でゆっくり過ごしてくれればいい』 愛し愛される関係。そんな幸せは夢物語と諦め、ローゼリアは離宮に隠されるお妃様となった。

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】体目的でもいいですか?

ユユ
恋愛
王太子殿下の婚約者候補だったルーナは 冤罪をかけられて断罪された。 顔に火傷を負った狂乱の戦士に 嫁がされることになった。 ルーナは内向的な令嬢だった。 冤罪という声も届かず罪人のように嫁ぎ先へ。 だが、護送中に巨大な熊に襲われ 馬車が暴走。 ルーナは瀕死の重症を負った。 というか一度死んだ。 神の悪戯か、日本で死んだ私がルーナとなって蘇った。 * 作り話です * 完結保証付きです * R18

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

触れると魔力が暴走する王太子殿下が、なぜか私だけは大丈夫みたいです

ちよこ
恋愛
異性に触れれば、相手の魔力が暴走する。 そんな宿命を背負った王太子シルヴェスターと、 ただひとり、触れても何も起きない天然令嬢リュシア。 誰にも触れられなかった王子の手が、 初めて触れたやさしさに出会ったとき、 ふたりの物語が始まる。 これは、孤独な王子と、おっとり令嬢の、 触れることから始まる恋と癒やしの物語

処理中です...