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9、無駄な一人反省会
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避暑地として有名な湖のある小さな街でマリアと出逢った頃、自分はまだまだ無力な少年だった。
それでも三つ下の少女に大人ぶりたくて、今思うと随分と滑稽な事をした。
それから十年近く経って、やっと居場所を突き止めて迎えに行けると思った時に、森で信じられないような再会の仕方をしてしまったけれど、一目見てすぐにあの『マリア』だとわかった。
はしばみ色の吸い込まれそうになる瞳も、ブルネットの流れるように美しい髪もあの頃のままで、一瞬にして一目惚れした時の感覚が甦り、今すぐ捕まえて、ずっと自分の側にいさせたい、そんな狂気じみた欲求が湧いて来て、自分が恐ろしくもなった。
マリアに聞かれた「何故マリアをそんなに好きなのか」と言う質問は、エドワードが一度も考えたことがないもので。
ずっとマリアを探し求めていたけれど、いざ再会したら何とも思わないのかも知れないとか、彼女がすっかり変わってしまっているかもしれないとか、会えない月日がそう思わせてくる日もあったのに、森で再会した時にはそんなのはすっかり吹き飛んで、再び恋をして、今までよりもっと深い所まで落ちて行くような感覚を覚えた。
少しおてんばで、はつらつとしていたマリアは、再会すると、どこか儚げで、歩く時はもう音も立てずに進むような淑女になっていたのに、その瞳に宿った優しさも、温かさも、変わって居なかった。
「エドワードが泣きたい時は、私が抱き締めてあげる。私のお母様はいつもそうやって私を慰めてくれるんだよ」
そう言ったマリアの前で、一度だけ泣いたことがあった。
物心ついてから人前で泣いたのなんて、あれが最初で最後だ。
親友が誘拐されていなくなってしまった事がとても悲しかったはずなのに、感情を表に出してはいけないと教育されて育ったせいか、いつしか自分の感情が分からなくなって、常に無感動で無感情な球体の中で生きている感じがしていた。
それがマリアに出会って、忘れていた喜怒哀楽の感情が戻り、まるで世界がもう一度彩りを取り戻した様に感じた。
マリアは自分が情けなくメソメソ泣いても怒らなかったし、男のくせにとからかわなかったし、弱っている自分に取り入ろうとも、付け込もうともしなかった。
ただずっと抱き締めてくれていた。
そして最後にはマリアがエドワードに感情移入し過ぎて大泣きし出してしまい、それが何だか嬉しくて可笑しくて、エドワードの涙は止まった。
マリアと過ごした十日間は、今でも人生で一番幸せな時間だった。
もしこの婚約が継続されて、結婚にまで至れれば、自分は一生マリアと一緒に居られる。
けれど先程のように暴走してキスをしてしまったりしては、好きになってもらうどころか、変質者扱いされて婚約破棄を突き付けられかねない。
(でも今回は触れるだけのキスだったから、今度会った時はもっと濃厚なやつをしたくなっちゃうのが、惚れた男の性ってものだ……)
エドワードは何だか部屋が蒸し暑い感じがして、上着を脱ぐと、椅子の背もたれに掛けた。
目の前の机には、ベルンハルト伯爵に関する追加の調査書が届いていた。
明日にも伯爵は逮捕され、運が悪ければマリアの家にも波及するだろう。
それを食い止められるかは、自分の腕に掛かっている。
「よりにもよって、マリアの義母に手を出すとは……厄介な事をしてくれたものだ」
エドワードは苦虫を潰した様な顔をしながら、資料を読み始めた。
それでも三つ下の少女に大人ぶりたくて、今思うと随分と滑稽な事をした。
それから十年近く経って、やっと居場所を突き止めて迎えに行けると思った時に、森で信じられないような再会の仕方をしてしまったけれど、一目見てすぐにあの『マリア』だとわかった。
はしばみ色の吸い込まれそうになる瞳も、ブルネットの流れるように美しい髪もあの頃のままで、一瞬にして一目惚れした時の感覚が甦り、今すぐ捕まえて、ずっと自分の側にいさせたい、そんな狂気じみた欲求が湧いて来て、自分が恐ろしくもなった。
マリアに聞かれた「何故マリアをそんなに好きなのか」と言う質問は、エドワードが一度も考えたことがないもので。
ずっとマリアを探し求めていたけれど、いざ再会したら何とも思わないのかも知れないとか、彼女がすっかり変わってしまっているかもしれないとか、会えない月日がそう思わせてくる日もあったのに、森で再会した時にはそんなのはすっかり吹き飛んで、再び恋をして、今までよりもっと深い所まで落ちて行くような感覚を覚えた。
少しおてんばで、はつらつとしていたマリアは、再会すると、どこか儚げで、歩く時はもう音も立てずに進むような淑女になっていたのに、その瞳に宿った優しさも、温かさも、変わって居なかった。
「エドワードが泣きたい時は、私が抱き締めてあげる。私のお母様はいつもそうやって私を慰めてくれるんだよ」
そう言ったマリアの前で、一度だけ泣いたことがあった。
物心ついてから人前で泣いたのなんて、あれが最初で最後だ。
親友が誘拐されていなくなってしまった事がとても悲しかったはずなのに、感情を表に出してはいけないと教育されて育ったせいか、いつしか自分の感情が分からなくなって、常に無感動で無感情な球体の中で生きている感じがしていた。
それがマリアに出会って、忘れていた喜怒哀楽の感情が戻り、まるで世界がもう一度彩りを取り戻した様に感じた。
マリアは自分が情けなくメソメソ泣いても怒らなかったし、男のくせにとからかわなかったし、弱っている自分に取り入ろうとも、付け込もうともしなかった。
ただずっと抱き締めてくれていた。
そして最後にはマリアがエドワードに感情移入し過ぎて大泣きし出してしまい、それが何だか嬉しくて可笑しくて、エドワードの涙は止まった。
マリアと過ごした十日間は、今でも人生で一番幸せな時間だった。
もしこの婚約が継続されて、結婚にまで至れれば、自分は一生マリアと一緒に居られる。
けれど先程のように暴走してキスをしてしまったりしては、好きになってもらうどころか、変質者扱いされて婚約破棄を突き付けられかねない。
(でも今回は触れるだけのキスだったから、今度会った時はもっと濃厚なやつをしたくなっちゃうのが、惚れた男の性ってものだ……)
エドワードは何だか部屋が蒸し暑い感じがして、上着を脱ぐと、椅子の背もたれに掛けた。
目の前の机には、ベルンハルト伯爵に関する追加の調査書が届いていた。
明日にも伯爵は逮捕され、運が悪ければマリアの家にも波及するだろう。
それを食い止められるかは、自分の腕に掛かっている。
「よりにもよって、マリアの義母に手を出すとは……厄介な事をしてくれたものだ」
エドワードは苦虫を潰した様な顔をしながら、資料を読み始めた。
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