隠れオメガは溺愛アルファにからめ捕られました

こたま

文字の大きさ
4 / 22

4

しおりを挟む
 柚月の疑問をよそに難無く駐車した俊輔は、柚月に続いてアパートに歩いた。

「あ、大家さん」
「牧原君、良かった。探していたのよ。電話にも出ないし」

 そう。結局借りた充電器では充電出来ていなかったのだ。携帯は切れたままである。
 アパートは、持ち主の家と同じ敷地内で二つの建物は壁が繋がっている。二つとも古く、大家のお婆さんも随分高齢だ。

「何か御用ですか?」
「それが、大変。申し訳ないけど直ぐに退去して頂戴」
「えっ!退去?どうしてですか?」
「この擁壁が古くて、直すのも考えてたんだけど、つい先日悪化しているって言われて。このままではいずれ使用が認められない事になるって。そうしたら偶然この土地を買ってくれる人が出たの。丁度今は入居者の人も少なかったし、みんな他に部屋が見つかったから残りは牧原君だけ。私も老人ホームを決めたわ」
「ええ?そんなぁ…」
「元々古くて敷金礼金も無しだったから。申し訳ないけど引っ越し代としてこれだけ受け取ってね」
「退去期限はいつまでですか?」
「直ぐよ。期限は今日までだったの。私も明日引っ越しだから」
「もう少し何とかなりませんか?新しい所を見つけないと。僕、保証人見つけるのも大変ですし、バイト先も無くなって、本当に困ります」
「仕方ないのよ、もう売ってしまったの。直すお金はないし、あまり入居者も入らない物件だったから、ごめんなさいね」

 大家さんは、申し訳なさそうに頭を下げて家に戻って行った。確かにアパートには空き室も多い。というか、殆ど入居者がいなかった。だから身寄りと収入のない大学生の柚月でも貸して貰えだのだ。

「はぁ、どうしよう」
「このまま、柚月の荷物を持ってうちに運ぼうよ」
「え?」
「うちの部屋を使って欲しいんだ。行くところの目処はないんでしょう?」
「目処はありませんが、でも」
「部屋はどこ?」
「2階の角です」
「入っても良い?」
「ええ、それは大丈夫ですが」

 トントンと俊輔が階段を上がった。柚月が続き、部屋の鍵を開けた。
 とても古い四畳半程度の和室。家具も布団一組と勉強にも食事にも使う一人用の中古のコタツだけしかない。教科書は段ボール箱を横にして、本棚代わりに使っていた。食器も衣類も殆どない。

「これなら、俺一人で運べる」
「いえ、そんなご迷惑ですから、どこかネットカフェとか、友人宅とか、探します」
「携帯も切れて、夕方で、すぐ泊まれる所は見つからないよ。ネカフェなんて無用心だ」
「そうかも知れませんけど、何とか」
「大丈夫。うちにいて?それでゆっくり部屋を探せば良いよ。丁度段ボールがあるんだね。このまま詰めよう」

 さっさと段ボールに教科書、少ない衣服を詰めた。さらに空いている段ボールを見つけて組み立てると、布団と衣類、食器と小鍋、ヤカンを詰めた。

「2回くらいで済むね」

 そう言うとパッと箱を運んで車に向かった俊輔。

「あ、待ってください」
「柚月は待っていて大丈夫だよ」

 あっという間に少ない荷物を車のトランクに詰め終えてしまった。

「じゃあ、出ようか。携帯の充電器は鞄に持った?」
「はい」
「さっきの大家さん、まだいるかな?鍵を返せば退去終了だ」

 大家さんの家で呼び鈴を鳴らす。鍵を返せば、とても喜んでいた。老婆の手にした売買契約書。古家付きの難有る土地を即決で購入した取引相手はTKC。轟建設企画株式会社であり、彼女が入居する老人ホームもまた轟グループの関連事業である。
 俊輔の運転する車に乗って、もと来た道のりを戻っていく柚月。

「本当に、お世話になって良いんですか?」
「もちろん。居て欲しいから言ってるんだよ」
「すみません。またお世話になります」
「こちらこそ。部屋を使ってくれてありがとう。きっと家も喜んでる」

 柚月の荷物は、二人で一箱ずつ持って部屋に運んだ。呆気ない仮の引っ越しだ。柚月は大家さんに貰った引っ越し代を俊輔に渡そうとしたが

「持っていたら良いよ。お金はあって困るものじゃない。引っ越しにもならないくらいだったんだ。水道と電気、ガスの中止連絡は一応いれておくんだよ?多分大家さんが引っ越しの時一緒に伝えるだろうけど」
「あ。そうか。開始したんだった。中止も必要なんですね」
「うん。初めてだったんだ、わからないことばかりだよね」
「俊輔さんは一人暮らしの経験があるんですか?」
「大学院と、留学中には一人だったよ」
「そうなんですか。留学。すごいですね」
「一応ね。じゃあ、引っ越し祝いにどこか食べに行こうか。必要なものも、今日明日で買い揃えようね」
「いえいえ。そんな、申し訳ありません」
「いつも外食なんだ。一人だと寂しいし、色々頼めないだろう?柚月が一緒に食べてくれたらとても楽しいよ」
「わかりました。そう言ってくださってありがとうございます」

 気付けばすでに夕食の頃合いだった。俊輔は、柚月と二人の色味を合わせた服装を提案した。メガネに度が入っていないと知ると一旦外して置いていくように促し、柚月の髪を顔が見えるように軽くセットした。歩いて近くの隠れ家フレンチに行くと

「いらっしゃいませ。轟様。いつもありがとうございます。今日は可愛い方をお連れですね」
「はい。これからは二人でお世話になりますので、宜しくお願いします」

 お洒落な店の作りに臆したが、個室で二人だけだから、あまり気にしないようにと気遣われた。少しずつ運ばれてくる見目美しいコース料理。テーブルマナーを習いながら、丁寧に食事をする柚月を優しい眼差しで見つめる俊輔。
 これまで誰も連れてきたことのない轟の若社長が恋人を連れてきたと、レストランのオーナーシェフとマダムはにこやかにサーブするのだった。

 帰りがけにコンビニに寄った。簡単なインナーや洗面用具を買い足す。といっても部屋に元々あったものでも充分に暮らせるくらいだ。あまり買うものはない。

「朝食用の食材はどうされてますか?」
「配達で届くものが少し冷蔵庫に入ってる。けどあまり朝食は食べないから。サラダとかパンとか卵を買っておこうか」
「はい。健康のためには、朝食大事ですよね」
「ありがとう。柚月のお陰で良い習慣が出来そうだ」

「あれ?充電出来てない?」
「どうしたの?」
「いえ、夕食に出る前に携帯を充電器にさして行ったんですが、全く電源が入りません」
「そう?他のコンセントで試してみようか?」
「はい」

 柚月の部屋から、リビングに移した。そこで他の機器が使えているコンセントにさして一晩置いてみることにした。

「今日はこっちのお風呂に入ってみる?窓から外が見えるんだ。露天風呂みたいで気持ちいいよ」

 大きな浴室には、浴槽につかると低い位置で横長の窓から中庭の景色が見られる作りになっていた。
 中庭は仕切られて、もちろん外から浴室は覗かれる心配もない。広い浴室と浴槽。ジャグジーがついており、身体にあたる心地よい泡が、この数日の目まぐるしい事態でたまった柚月の疲れを流していった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話

降魔 鬼灯
BL
 ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。  両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。  しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。  コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。  

【完結】婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。

フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」  可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。  だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。 ◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。 ◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。

【完結】この契約に愛なんてないはずだった

なの
BL
劣勢オメガの翔太は、入院中の母を支えるため、昼夜問わず働き詰めの生活を送っていた。 そんなある日、母親の入院費用が払えず、困っていた翔太を救ったのは、冷静沈着で感情を見せない、大企業副社長・鷹城怜司……優勢アルファだった。 数日後、怜司は翔太に「1年間、仮の番になってほしい」と持ちかける。 身体の関係はなし、報酬あり。感情も、未来もいらない。ただの契約。 生活のために翔太はその条件を受け入れるが、理性的で無表情なはずの怜司が、ふとした瞬間に見せる優しさに、次第に心が揺らいでいく。 これはただの契約のはずだった。 愛なんて、最初からあるわけがなかった。 けれど……二人の距離が近づくたびに、仮であるはずの関係は、静かに熱を帯びていく。 ツンデレなオメガと、理性を装うアルファ。 これは、仮のはずだった番契約から始まる、運命以上の恋の物語。

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学で逃げ出して後悔したのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

異世界転移した元コンビニ店長は、獣人騎士様に嫁入りする夢は……見ない!

めがねあざらし
BL
過労死→異世界転移→体液ヒーラー⁈ 社畜すぎて魂が擦り減っていたコンビニ店長・蓮は、女神の凡ミスで異世界送りに。 もらった能力は“全言語理解”と“回復力”! ……ただし、回復スキルの発動条件は「体液経由」です⁈ キスで癒す? 舐めて治す? そんなの変態じゃん! 出会ったのは、狼耳の超絶無骨な騎士・ロナルドと、豹耳騎士・ルース。 最初は“保護対象”だったのに、気づけば戦場の最前線⁈ 攻めも受けも騒がしい異世界で、蓮の安眠と尊厳は守れるのか⁉ -------------------- ※現在同時掲載中の「捨てられΩ、癒しの異能で獣人将軍に囲われてます!?」の元ネタです。出しちゃった!

処理中です...