ひとりも、ふたりも

鈴川真白

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5.自覚とひとり

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 テスト期間中は長く勉強時間が取れる。飲み物を買いに行った想を待ちがてら、俺は1人で図書室へ向かうことにした。

 今日はその途中から、なぜかゆっちがついてきた。

「みみちゃんと勉強は?」
「先にコンビニ行っててもらってる。この後合流する」

 へぇ、とうなずく。話したいのは、みみちゃんに言えない、みみちゃんのことなんだろう。

 図書室で話すのはうるさそうなので、図書室近くの廊下にあるベンチに腰を下ろす。ゆっちに「座れば?」と促すと、のろのろと隣に座った。

 今日を振り返って、思いつくことを見つけて「あ、」と声になった。

「みみちゃんが髪切ったの気づいてなくて怒られたの気にしてんの? あの感じがいつものみみちゃんじゃん」
「そうだけど、匠は気づいただろ。この前、2人で駅前のカラオケ行ったのも見かけて気になってたし」

 不服そうなゆっちをみみちゃんに見せたかった。みみちゃんが飛び跳ねて喜びそうな顔だ。

 さすがに1センチ髪を切ったのなんて、毎日見ててもわかんねえだろ。俺だってそこまではわからなかった。

 天井を仰ぎながら「偶然だわ」と答える。

「いつもと違うねって言ったら、髪切ったんだってみみちゃんから言われただけ。俺もそんなのわかってなかったよ」

 寝癖っぽい跳ね方をしているみみちゃんの髪を見て、それを教えるのにさりげなく言ったことがまさかこうなるとは。

 もしかしなくても、めんどい流れだ。

「匠はみゆが好きなの?」

 ゆっちから訊ねられて、俺は盛大なため息を飲み込んだ。みみちゃんは俺のこともすぐ気づいたというのに、ゆっちと来たら……とは言えない。

 俺だって、ついこの前まで2人を勝手に決めつけていたのだから、似たようなものだ。

「俺がみみちゃんを、好きだって言ったらどうすんの?」
「……困る。匠は大事な友達だし、勝ち目ねーし」
「そこは頑張るって言えよ」

 やれやれ、と俺は苦笑する。

 視界の端に想らしき人が見えた気がしたが、頭を動かしても誰も見当たらなかった。隣のゆっちの方を向いて口を開く。

「言っとくけど、俺がみみちゃんを好きになることはねえわ。それを疑うなら、あとはもうゆっちが思うことだから好きにしろよ」

 話は終わりだ。ゆっちの肩を叩いて「俺は図書室行くから」と言った。

「ごめん、邪魔して」
「いいよ。その代わり、付き合ったらゆっちから謝礼もらうわ」
「……いくら?」

 ベンチから立ち上がって、そうだなあと顎に手を当てる。

「駅前のパン屋で俺にサンドイッチ買ってきて。カツサンドがいい。いっぱい入ってるやつ」
「わかった、任せろ」

 ホッとしたような笑みを浮かべるゆっちに笑顔を返して、手を振った。

 うまくいきそうなのは何よりだけど、俺を挟んで両想いになるのはやめてほしい。さっさとうまくいけ。

 図書室へ入ると、想のリュックが目についた。珍しく置きっぱなしになっている。1人のときは貴重品を持ち歩く必要があるため、リュックごと持つのに。俺がいると思って席を離れちゃったのかな。

 想を探しながら歩いて、窓の外をぼんやり眺める想を見つけた。

「先に来ようと思ってたのに想より俺のが遅かったか」

 声をかけると、想がゆっくり振り返る。

「あ、匠。さっき話してるの見かけた。もう終わったの?」

 振り向いた想が目を伏せて微笑む。

「うん。終わったから大丈夫だよ」
「……そっか」

 どこか表情が暗い気がして「何かあった?」と訊ねた。テストで思うようにいかなかったのかな。

「ごめん、今日は1人で勉強してもいい?」
「え、それは……うん」

 何かあったという俺の質問に答えてくれなかった。様子がおかしいのはわかる。教えてくれない原因が俺ってことくらいしか思いつかない。

「想、俺が何かした?」
「……匠の気持ちを知って――気づかないふりが、できなかった」
「え?」

 何で、と声にならなかった。違うとも言えない。

 気まずそうに眉を下げて微笑む想。

 俺の気持ちを知って気づかないふりができなかった――俺が想を好きだってバレた?

 想と目が合わなくて、心臓が震えるように鳴っていた。指先が冷えて、ぎゅっと手のひらを握りしめる。

「すぐ戻るから、今日だけごめん。これは俺が悪いから、怒ってもいいよ」

 想の声が上擦って聞こえた。横を通り過ぎていく想を引き止められない。返す言葉が見つからなかった。

 何で、どこで。振り返らなくても、俺の行動すべてから滲み出てたかもしれないと思うほど、想を好きになっていた。

 隠しとおすつもりでいたのに、友達だから大丈夫だろうって油断していた。本人にもバレバレで何も隠せてねえじゃん。

 息を吸い込んで飲み込む。数秒前の想を思い出して、目を閉じるとまぶたの下に涙が迫ってくる。

 大事だって言ってくれたのに。困らせてしまった。

 しばらくその場から動けそうになくて、しゃがみこむ。戻れば想が勉強してるんだろうか。俺も勉強しなきゃと思うけど、今日はもう図書室から出たかった。想だって、きっと俺がいたら集中できない。

 ポケットからスマホを取り出して、仁に助けを求める。想のいる場所を通らないと出られない。俺1人では図書室を出られる気がしなかった。

 もう仁は学校にいないかな。

 思いの外早く既読がついて、数秒で《すぐ行く》と返ってきた。どこにいるの、と送っても既読になるのに返事がない。もう向かってくれてるのかもしれない。

 本を読んで待っている気分にもなれず、背表紙だけを眺めること数分で息が上がった仁が来てくれた。

「何かあったんだよな?」
「……あった。けど、大したことねえのにごめん、わざわざ」
「そんなんいいよ」

 デコピンをされて「痛い」と弱々しい声が出た。同時に涙が滲む。ぎょっとした仁が「とりあえずここは出よう」と俺の背中を優しく押した。

 詳しいことは何も伝えていないのに、想を見ることがないようにそばを通るときに隠してくれた。

 図書室を出ても止まらず、そのまま校舎も後にする。外に出ると温度差で生ぬるく感じられた。

「ごめん仁。勉強してたよな」
「近くのカフェにいたからすぐ来れてよかった。あー、ほら泣くな。ティッシュやるから」

 言いつつポケットをあちこち探った仁が「リュックねーわ」と苦笑する。ティッシュを持ってるつもりだったんだろう。

「涙は自分で拭けよ」
「うん、ごめん」
「おーおー、久々だなこれ。ハグしとく?」

 冗談めかしてケラケラ笑ってくれる仁に安心して、ポタポタと目からこぼれ落ちてコンクリートに染みを作っていく。

「こんだけオレに甘えといて一番は冬木なの、ちょっと憎たらしいな。冬木ぶん殴っとくか」
「え?」
「冗談。渉待たせてるから早く行こ。お前もそれ止めねーと危ねーだろ」

 額から流れる汗を拭う仁のほうがよっぽど心配だ。俺のために走らせてしまった。

「ハンカチ使う?」と訊ねながらリュックから出すと「お前が使うんだよ」と呆れたように言われた。外の熱気で頬が渇きかけて、突っ張っている。ハンカチを目に押し当てて、残りの水分を吸い込ませた。

 カフェに行くと、俺の顔を見るなり霧島が「修羅場ったの?」と目を瞬かせた。

「オレも知らない。とりあえず連れてきた。霧島が奢るから、匠も頼めよ」

 ほら、と仁がメニューを見せてくれる。空いている席に座って、俺は適当に選んだ。

「どうにも詰んでたから仁に来てもらった。修羅場ではねえよ」
「想が何かやらかした?」
「どっちかっつうと、たぶん俺。想のこと困らせて……今日は1人にしてくれって言われた」

 想は優しいから今日はと言ってくれたけど、そんなわけない。友達だと思っていた相手から好かれていると知って、すぐに戻れないことくらい俺だってわかっている。

 まだ2人で行こうと話していた場所も残っているし、想と一緒に行って1人カラオケもしてみたかった。他にもまだまだ色んなことをしてみたかった。俺がうまくやれなかったせいで、もう全部消えた。

 あ、またちょっとダメだ。上を向いてから息を吐いて自分を落ち着ける。

 泣いてたってしょうもねえし、勉強が最優先だ。傷ついてるからって時間は止まってくれない。

 アイスココアが運ばれてきて、俺は両方の頬をぺしぺし叩く。

「とりあえず、今はテスト勉強頑張る。2人の邪魔して悪いけど、俺も混ぜて」
「それは別にいいけど、話聞くとかしないでいいの?」

 からかい口調ではなく、真面目に心配してくれているとわかる霧島の声。俺は笑って「もう大丈夫になった」と答えた。

「うし、今日はもうカラオケ行くか」

 霧島がズコーッと音を立てて勢い良く飲み干す。

「え、オレ課題やらないとやばいけど」
「カラオケだってできるだろ。電気つけとくし。タクミくんはそれ頑張って飲んでー」

 え、勉強は。呆気に取られる俺を置いて準備をする2人。俺も慌ててアイスココアを一気に飲む。頭がちょっとキーンとした。

「勉強いいの?」と俺が訊ねれば、霧島は「おれ頭いいからいいよ」と嫌味っぽい答えが返ってきた。仁の「本当なのムカつく」という反応から、事実らしい。

「タクミくんがほんとに明日やばいなら帰るけど、どうする?」

 一応の最終確認はしてくれたので、俺は今日はもういいかと夜の自分に期待することにした。明日の科目的にたぶん何とかなる。

「行く」
「よっしゃ。おれと仁どっちが歌上手いか見てもらお」

 さすがに肩は組まれなかったものの、仁と霧島に挟まれて歩きづらいし暑苦しかった。

 カラオケでは2人とも歌がうまかったけど、仁はボーカル担当ではないし、霧島に訊いたら霧島もボーカル担当ではなかった。ベース担当と言われた気はしたが、歌も歌ってるかと思ったのに。

 俺はだんだんと面白くなって、タンバリンを叩いたりマラカスを振ったりと盛り上げ役に徹する。

 俺のリクエストにどんどん応えてくれる2人の歌を聞いていたら、さっきまでの自分がほんの少し慰められたような気がした。
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