図書室の鷹司くん

加糖甘

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鷹司くんのこころ

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「で、出来た――――!」
放課後のパソコン室。
完成した紙面がモニターに映し出された瞬間、思わず声が漏れた。
あれから数週間――ついに、図書新聞の最新号が完成したのだ。

「あとはこのデータを印刷すればオッケーだね! 天木さんありがと」
小出先輩がキーボードを軽やかに叩きながら、満点のさわやかスマイルをこちらに向ける。

「い、いえ! 私はなにも……!」
そう言いつつも、視線は自然とモニターに吸い寄せられてしまう。
記事の見出し、写真の配置、見やすいレイアウト――何度見ても胸がじんわり熱くなる。

「……えへへ」
ニヤニヤが止まらない。
慌てて口元を押さえると、先輩がニヤリと笑った。

「隠さなくてもいいのに。自分の頑張りは、ちゃんと誇っていいんだよ」
「……はい!」


刷り上がったばかりの新聞を胸に抱え、私はさっそく図書室へ向かう。
扉を開けると、いつも通りシン……とした空気が迎えてくれた。

「今日も来てない……か」

あれ以来、鷹司くんは図書室に姿を見せなくなった。
自然とあの日の光景が頭をよぎる。

冷たい目。
突き放すような声。
すべてを拒絶する背中。

思い出すたび、胸の奥がきゅっと痛む。
踏み込んじゃいけないところに、ずかずかと足を踏み入れてしまった。
触れてほしくない場所に、無神経に触れてしまった。

……ちゃんと謝りたい。

机に新聞を広げる。
鷹司くんのアドバイスを基に作った特集は、委員会のメンバーからも先生からも好評だった。
この完成品を、一番に見せたいのは――鷹司くんだ。

「……何て言うかな」
きっと素直に褒めてはくれないだろう。
でも、ほんの少しでも「悪くない」って言ってくれたら、それでいい。

気がつけば、私は立ち上がっていた。
会いたい。
それだけを胸に、図書室を飛び出した。





「ここもいない……」
空き教室、倉庫の裏――ひとりになれそうな場所を片っ端から探す。
最後にたどり着いたのは、西棟の屋上だった。

「――いた!」
隅っこの日だまりに、鷹司くんは寝転がっていた。
風に髪がそよそよ揺れている。
寝顔は相変わらず穏やかで、あの日の険しい表情が嘘みたいだった。

私はそっと、その隣に腰を下ろす。



「……鷹司くん、ごめんね。」

……返事はない。
寝ているのか、ただの無反応なのか。

「“みんなに鷹司くんは怖い人じゃないって知ってほしい”なんて勝手に思い込んで、踏み込んじゃいけないことまで聞いちゃった」
それが独りよがりで迷惑以外の何物でもないって、今ならわかる。

「ホントに……ごめん」

しばしの沈黙。


風がふっと吹き抜け、髪が頬をかすめる。
隣では、鷹司くんの寝息と屋上を渡る風の音だけが、ゆっくりと重なっていた。
空の青さがやけに目にしみる。




「――あ、私ね、鷹司くんに一番に見てほしくて図書新聞持ってきたんだ」
委員会のみんなからもたくさん褒めてもらったんだよ、と言って寝転がったままの鷹司くんに向かって紙を広げる。


「……ホント騒がしいヤツだな」
鷹司くんが怠そうに、うっすら目を開ける。

「鷹司くん……!」

「……良いんじゃねぇの。本の紹介も、良く書けてる」

「ホント!?」
嬉しくて思わず声のトーンが上がる。
けれど――

「……」
鷹司くんはそっぽを向いて、黙り込んでしまった。



また沈黙。
何か話を繋げないと――そう思って周りをキョロキョロと見まわす。
ふと、カバンから覗く一冊の本が目に入った。


「――そうだ。私ね、『こころ』読んだんだよ」
カバンから、深緑色の表紙の本を取り出す。


「……なんかね、読んでる間ずっと、深い泥沼の中を歩いてるみたいな感じだった」
自分でもよくわからない例えを口にしながら、私は手の中の『こころ』を見下ろす。

「暗くて、重くて。でも、前に進むのをやめられない。……そんな感じ」

ページをめくるたびに、胸の奥に重いものが積もっていく感覚があった。

「たぶん、それって“人が抱える暗い部分”をすごく丁寧に描いてるからなんだと思う」
正直、Kの気持ちも、先生の考えも、完全にはわからない。

「わからないはずなのに、なんでか読んでて苦しいんだよ。……もしかしたら、それって、私の中にも同じような感情があるからなのかも」


そう言いながら、また息が苦しくなるような感覚に襲われる。
理解できてないのに、理解してしまったような気がして。
“気がする”だけで、こんなにも心が沈んでいくなんて――不思議だ。


鷹司くんは短く息を吐き、横目だけで怠そうにこちらをうかがう。

「……なるほどな」
口調は軽いのに、その目の奥が一瞬ふっと陰った。


「……俺も、先生の発言読んでるとなんか胸の奥がざわつくんだよ」
ポツリと漏らし、視線を空に向ける。

「本当は、人を信じてぇんだよ。でもさ……信じるって、怖ぇから」


その声には淡々としているのに、どこか胸の奥を締めつける響きがあった。
横顔は、普段よりずっと大人びて見えて――けれど、どこか寂しそう。




「……ま、俺にはわかんねーけど」
そう言って、わざとらしく大きく伸びをした。
そして、そのままむくりと起き上がる。

「……え、あ、帰るの?」
慌てて私も追いかけるように立ち上がる。

「私も―――」
言葉をつづけようとする私を遮って、
「お前、図書室当番なんじゃねーのか?」
振り返りざまに、淡々とそう言われた。

「……あ」
完全に忘れてた。

「じゃーな」
軽く片手を上げて歩き出す背中は、もうさっきまでの寂しそうな空気を一切まとっていなかった。
明るさを装ったその切り替え方が、余計に遠く感じる。

私は不完全燃焼のもやもやを胸に抱えながら、鷹司くんと別れて図書室へと戻った。




「こんな感じかな……」
静まり返る図書室の壁に、真っすぐになるように何度も微調整しながら図書新聞を貼っていく。
指先が紙をなぞるたび、インクの匂いがふわりと鼻をくすぐった。

「……良いんじゃねぇの。本の紹介も、良く書けてる」
あの低くて少しぶっきらぼうな声が、ふと頭の中によみがえる。
胸の奥が、ほんのり温かくなった。

きっと、この間よりは――ほんの少しだけど、状況は良くなっている。
きっと、またここに来てくれる。
そんな予感が、静かな空気の中でゆっくりとふくらんでいった。


私は新聞を見上げながら、自然と笑みをこぼした。

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