シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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獣人の国・オーギュスト国からの使節団〜ニャンコ王配殿下の焼きたて手作りパン

凍てついた心にあったか石狩り鍋(後編)

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 ガタンゴトン、荷台を引いてユーシンは林道を下った。
 その後ろをワンコ騎士団とゲーテ王子が続く。

 荷台の上に乗っていたクロウが耳をピコピコ動かして何かの気配に気付いたようにハッとした顔をした、そして荷台から飛び降りた。

「父さん?」

「ユーシン、ごめん、先に城に戻ってて!ちょっと塔に行ってくる!」

 短い脚を素早く動かして茂みの中に消えた。

*

 騎士団の食堂の調理場ではエプロン姿のグリムが自前の包丁片手に立っていた。

 るんるんと鼻歌を口ずさみながら鮭を手際よくおろしていく。
 その隣でジャガイモを洗うシャルロットと、それを手伝う騎士のキャロルがいた。

「グリムさんって宰相なのに魚も捌けるんですね」

「僕、有能ですから。マグロやサメだって解体できますよ!なんなら素潜り漁だってできますからね!」

 エッヘン!とドヤ顔だ。
 シャルロットは笑った。

「すごいわね」

「それほどでも~ありますけど!」

 自信たっぷりな笑顔。
 それから一変、突然真面目な顔をした。

 横目で窓の外をしきりに気にしているようだ。
 視線の先には木の上に登ってこちらをジッと見ているどら猫の姿。

「子供の頃はミレンハン国の港にゲーテ王子とよく遊びに行ったんですけど、漁師がおこぼれにくれるお魚目当てに野良猫がわんさか集まるんですよ」

「まあ、ゲーテ王子が猫好きなのはそれで?」

「ええ、宮殿でも王妃様が猫をいっぱい飼ってるんですよ~。ほんと猫好きな母子です」

「ペットを飼っていらっしゃるなんて羨ましいわ」

「姫も飼ってはどうですか?猫に気に入られてるようですし。ほら、あの猫とか回廊にいた時からずっと姫のこと見てるよ」

「え?」

 グリムが指差した先にいたどら猫が驚いたかのようにギョッと身体を震わせた。
 ちょっと太り気味の黒ぶち猫は狼狽えていた。

「あっ」

 あまり気にしていなかったが、ここ数日シャルロットの視界の端によく入っていた猫だ。
 黒ぶち猫は慌ててはぐらかすように棒読みがちにニャアオと鳴いてみせた。

「あなたってオーギュスト国の獣人ですよね?なんで姫様をつけてるんですか?それにクライシア城の内外もお仲間の猫や犬がうろついてますよね?ーー」

   早口で責めるように捲したてる。

 「アルハンゲル王配や王子様が滞在中とはお伺いしておりますし、騎士が警護しているのかとも思いましたが、あなたとかオーギュスト国の王族或いは上流貴族の方ですよね?そのような方が騎士の真似事ですか?それも主人でなく、シャルロット姫を?」

 
 黒ぶち猫は尻尾を巻き、木から飛び降りどこかへ逃げて行った。
 シャルロットは状況がわからず呆然としていた。
 騎士のキャロルは難しい顔をしている。


「あの……?」

「あはは、キャロルくん。姫様の警護をしっかり頼むね」

「……わかりました」

 グリムとキャロルは目を合わせた。
 首をかしげるシャルロット、だが二人はまた料理を再開していた。


「帰ったぞ!」

 バーンッと調理場の扉が開いて、ゲーテ王子やユーシンが中に入って来た。

「おかえりなさい」

 シャルロットは笑顔で迎える。
 ゲーテ王子はグリムに気付き驚愕した。

「お帰りなさいませ、ゲーテ王子」

 満面の笑みで迎えるグリムに、一瞬嬉しそうな顔をし、ハッと我に返り しかめっ面で睨み返すゲーテ王子。
 ジャケットの中からひょこっと子猫のヴェルが顔を出した。

「何しに来たんだ、お前は」

「休暇をいただいたのです。ゲーテ王子が寂しがって毎晩枕を濡らしてるんだろうと気持ちを汲んで、顔を見せに来たまでです」

「ハァ?週一で小言の書かれた分厚い手紙寄越してくるから寂しがる余裕なかったわ」

 相変わらず仲が良いわね。

「おや、美味しそうな大根と白菜ですね」

 グリムはユーシンが抱えてる野菜を見て笑った。

「今日は鍋パーティーやるっすよ」

「ねえ、ユーシン、グリムさんから新鮮な鮭をいただいたの!石狩り鍋にしましょう!」

「わあ!俺、石狩り鍋好きっす!キャベツじゃなくて白菜っすけど大丈夫ですかね?」

 前世のシャルロットの母の実家が北海道だった。
 母の実家に遊びに行くと祖父がいつも地元の美味しい秋鮭で味噌味の鍋を作ってくれた。
 毎年旬の鮭を送ってくれたから、味噌汁やちゃんちゃん焼きにもしたっけとシャルロットは思い出していた。

「手伝うよ」

 ユーシンは調理場に入ってきた。

「変なの~、お姫様が騎士や宰相と一緒にお料理してるなんて」

 ヴェルがコクンと首を傾けた。
 オーギュスト国は王を頂点とした完全な縦社会。王族や貴族の中には圧倒的に犬の獣人が多いのだが、犬の特性か上下関係は厳しい。
 まだ子供のヴェルでも女王亡き今は王位継承者。アルハンゲル王配よりも地位は高い。
   どんなワガママを言っても公爵閣下さえ子供相手にご機嫌取りをしたり、おべっかを言ったり、ヘコヘコしている。
 それが当たり前で育ったのだ。

「ねえねえ、シャルロット姫様、僕もお料理したい!」

 ヴェルはポンッと変身を解いて人間の姿に戻った。

「まあ、良いわよ。お野菜を洗ってくれる?」

 ニコニコとヴェルに大振りの白菜を渡すと、窓辺にさっきの黒ぶち猫が慌ただしく現れた。

「殿下~~!殿下になんてことをさせるのですかっ」

「あれ?なんでトムがいるの~?」

 やっぱりオーギュスト国の者らしい。
 シャルロットはズカズカと黒ぶち猫に近付き、そして言った。

「お城のお食事は別ですけど、騎士団の食堂は『働かざる者食うべからず』がモットーです!他所のご家庭の教育に口を挟みたくはありませんが…お子様の甘やかし過ぎは良くありませんわ」

 予想外のお説教に、黒ぶち猫は口をパクパクさせていた。

 前世で息子のユーシンを育てていたシャルロットだが、小さい頃から自主的になんでもさせていたし、お手伝いもさせた、愛情はあれど子供だからって甘やかせることはなかった。
 シャルロット自身もそうやって育てられた。

 前世のクロウが良い例だ。
 忙しい学者の父に医者の母、裕福な家庭の一人息子。お金だけ振り込んで祖父の家に一年中預けっぱなし。愛情に飢えた子供だった。その反動で小さい頃からシャルロットにべったり甘えるし執着していた。

 そんなクロウを長年弟のように面倒みてたから、甘えたに更に拍車がかかったのよね。
 躾って大事ね、シャルロットは思っていた。


「ふわ~~」

 ヴェルの感嘆の声。

 蓋を開けると湯気があがった。みそ味のスープに浸り、グツグツと鍋の中でよく煮えた具材が踊る。
 大根もよく火が通って出汁が染みている。
 騎士団が集った食堂はとても賑やかだった。
 オーギュスト国のワンコ騎士団も第二騎士団の騎士たちと向こうの卓で鍋を囲ってる。

 その一卓を先刻遅れてやって来たアルハンゲル王配、ヴェル、ゲーテ王子、グリム、ユーシン、シャルロット、キャロルが囲う。

 そこには先ほどの黒ぶち猫の変化を解いたオーギュスト国の大臣らしいメタボ体型の中年のおじさんトムも同席していた。


「アル、トム、その大根は僕が切ったんだよ!」

「殿下~、あっありがたく頂戴いたします!」

 すごく萎縮して畏まってる。
 ヴェルが切った不細工な形の大根を恐る恐る口の中に入れて、「あちっあちち」と熱がっている。

 猫だけに猫舌のようだ。
 しかしモグモグと咀嚼すると真っ青だった顔に血色が戻った。

「うまい!……っ、いや、大変美味しゅうございますっ」

 目は輝いてる。

「久しぶりの鮭だわ、身が引き締まってて美味しい」

 シャルロットも久しぶりの魚の味にうっとりとする。

「悪くない」

 アルハンゲル王配も素っ気なく言いながら食べている。
 やっぱり猫舌なのか、息を吹きかけて熱々の根菜を冷ましている仕草が微笑ましい。

「グリムさんが作ってくれた、お魚の団子も美味しいですわ」

「姫が作ってくれたスープとよく合いますね」

 大勢で食べる鍋はやっぱり美味しいし心も温まる。

「クロウは戻ってこないわね?どうしたのかしら?」

「グレース皇子のところじゃないですか?」

 グレース皇子は第一騎士団との会議中で不在だ。

 ヴェルはご機嫌そうな様子で食堂内を見渡し、隣に座るアルハンゲル王配に甘えるように身体を寄せ、コソッと話しかけた。

「僕が王様になったら、この国みたいにみんなが仲の良い国にしたいな。王族とか貴族とか平民とか尊い血とか関係なく、みんながハッピーになれる国にーー」

 ヴェルは無垢な笑顔を見せた。
 王位継承者として勉強はしていても、ヴェルには自分が王になる自覚もなく…どういう政治をしたいだとかイメージもなかった。
 政治なんて優秀な官僚たちに任せていても問題ないと思ってた。
 姉である先代女王もそうだったから。

「……ヴェル」

「僕が立派な王様になれたら、アルはパン屋さんになったらいいよ!」

「え?」

「姉上がいつも言ってたよ、アルのパンは世界一だ!アルは王配よりもパン屋さんが天職だ!って。でも王族だからパン屋さんにはなれないんだって。僕が王様になったらアルは無職になちゃうでしょ~、だったらパン屋さんになればいいよ!」

 ニッコリ笑ってる。

「後、僕は王様になったら、官僚が決めた婚約者じゃなくて好きな人と結婚したいよ!」

「で、殿下……」

 冷や汗をかいている大臣。
 ヴェルはゲーテ王子の腕にしがみついた。

「僕はゲーテ王子と結婚する!」

 その言葉に一同は驚愕した。
 特にゲーテ王子は目を点にしている。

「ハァ!?」

「殿下!?」

「まぁ…」

 ヴェルは暴れるゲーテ王子の腕を掴んで離さない。

「グッジョブですヴェル殿下、ミレンハン国のお荷物である王子をもらってくれるなら宰相としても大歓迎です」

「グリム……」

 賑やかな鍋パーティーは遅くまで続いた。

 *

 クロウの塔。

「お茶~」

 腑抜けた声がクロウに向けられる。
 ベッドには妖艶な青年がゴロンとだらしなく寝転がって、コボルトが前に異世界から持ってきたポテトチップスの袋を開けていた。

「やっぱコンソメ味だよね~」

 腰まである長い髪を一本の三つ編みにし、白いTシャツにジャージのズボンをはいている赤い目の青年だ。

 チワワは彼を睨んだ。

「住居侵入罪だ!ここは私の家だぞ!」

 きゃんきゃん吠える。

「良いじゃん、私たち友達だろ~!っていうか私先輩、お前後輩だろ。お茶、早く持って来てくれよ」

 彼はクロウと同じ聖獣だ。
 琥珀という名前の白竜で、クロウがクライシア大国に居つく前は共にこの異世界を旅していた。

 その琥珀は勝手にクロウの塔に侵入し、生活していたのだ。
 性格に似合わず几帳面なクロウだが、クロウがやって来た時には片付けられていた部屋中が無様に散らかっていた。
 それで激怒していたのだ。

「国の結界を壊したのも琥珀なの!?」

「だって入れなかったんだもん~」

「も~~」

 真っ暗な塔の外に、チワワの怒号が響いた。
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