シャルロット姫の食卓外交〜おかん姫と騎士息子の詰め所ごはん

ムギ・オブ・アレキサンドリア

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火の精霊ウェスタと素敵な社員食堂〜封印を解かれた幻狼グレイとシャルロットの暗殺計画?

交渉

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 クライシア大国の城の最上階には官僚達が仕事をする執務室や会議室が集中していた。そこへ向かう途中の階段の踊り場の片隅に狼の形をしたブロンズ像があった。

「幻狼の像かしら?」

 クロウでもコボルトでもない幻狼だ、過去に王家に仕えていた幻狼だろうか。
 シャルロットはブロンズ像の頭を撫でた。

 ブロンズ像の狼の目には黄金に輝く宝石が嵌め込まれていた。


「綺麗な瞳、はちみつ色だわ」


 クロウやコボルトと同じ瞳の色だ。
 本当によくできた像だ、オオカミの剥製をそのままブロンズで固めたような……。
 綺麗な像なのに、なぜこんな人目につかない場所にひっそりと置かれているのだろう。

「私はシャルロットって言うの、よろしくね。オオカミさん」

「お姫ちゃーん!」

 ユハが呼ぶ声が聞こえてシャルロットはブロンズ像の前から立ち去った。

 *

 秘書の男がやって来て執務室に通された。

 広く整然とした個室だ。日当たりの良い窓の手前にはデスクが一つあり、革張りの大きな椅子にユハの兄で事務官のアズ・レイターが座っていた。

「ひ、姫……」

 アズは上気した顔をシャルロットに向け、語尾にハートでも付いているかのような甘い声を出している。

「兄ちゃん、予算の事なんだけど~」

「さ……宰相が棄却したんだろう?じゃあ無理だな」

「兄ちゃんから口添えしてよ!宰相よりも公爵家の兄ちゃんの方が爵位は上でしょ?」

「ダメだ、宰相は先代の王の時代から今の役職にいて陛下からの信頼も厚いんだ。青二才の私が何言ってもムダだ」

 ユハは笑顔を崩さず、アズに静かに近寄った。
 そして彼の後ろに回り肩に手を添え耳打ちをした。

「兄ちゃんの部屋のアレってさ、お姫ちゃんのモノだよね?あれって~どうしたの?」

 ユハの言葉にアズは顔面蒼白した。

「なっ、お前、私の部屋に入ったのか!?」

 遠方に屋敷のある官僚や独身の官僚達は皆、シャルロットやアルハンゲル達が生活する居城の部屋で寝起きしていた。
 公爵令息のユハは居城の中に自由に立ち入ることが出来た、レイター家の名前を出せば兄の部屋にもすんなり入ることができたのだ。

 強請るネタを探しに兄の部屋に忍び込んだのだが、ユハは驚いた。
 兄の部屋には不自然に女物のハンカチや小物が飾られてあった。最近、レイター家御用達の宝石商と頻繁に会っていると居城の侍女から情報を得た。

 倹約家の兄が宝飾品を買うのはおかしいと独自に調査を続けていたのだ。

 幸い宝石を買った金は兄のポケットマネーだそうだが、グレース皇子の婚約者で一国の姫であるシャルロットの私物を盗むなどきっと罪に当たるだろう。

「まさか、皇子の婚約者に横恋慕?幻狼って執着深いから兄ちゃん殺されちゃうかもよ?」

「違っ……そんな下劣な感情ではない!私はただ姫を純粋に応援したくって、姫は私の天使なんだ!……」

 そう、それは恋慕ではなく推しのアイドルを崇めるような感覚だ。
 推しにお金を注ぎたくなるのはヲタクの性であろう。
 保身的な老害宰相と不平不満ばかり言う下のものたちの間で板挟みにされ、碌に休みもなくすっかり社畜に成り下がってすっかり枯れた生活をしていたアズの心を潤してくれた。

「これ、お姫ちゃんの姿絵さ~欲しくない?俺っちが魔法で作ったの」

 ユハはひらひらとシャルロットを隠し撮りした写真をアズに見せた。

「ぐっ……どういうつもりだ?」

「ただ、この予算申請書を通して欲しいだけだよ、兄ちゃんなら不可能ではないでしょ?」

「しかし……、前より強気な数値ではないか。宰相が許可するとは……」

「今なら大サービスでお姫ちゃんとの握手券もつけちゃう!お姫ちゃんの手作り焼き菓子もつけちゃう?」

 アズは机に伏せてプルプルと震えていた。
 ユハは勝ち誇った顔をして、アズから離れた。

「ユハ?何を話してたの?」

 シャルロット、アルハンゲル、リリースは扉の前に突っ立ったまま呆然としていた。
 秘書の男も不思議そうに悶絶するアズを見ていた。

「ジョン!これから宰相と話をしたいのだが可能か?」

 アズは部屋に響くくらい力強く大きな声で秘書の男に尋ねた。

「ええと、朝一の陛下との会議がそろそろ終わる時間です。本日は午前中の議会もありませんし、その後の予定は昼過ぎまで空いているようですが……」

「ユハ、宰相は銀の間にいる。陛下も一緒なら話は早い、直談判だ」

「え!?クライシア王もいるの?」

 急展開だ。


 *

 銀の間では宰相と王が二人で談笑をしながら紅茶を飲んでいた。

 王の座る椅子に寄り添うように紺色の毛並みをした大きな幻狼コボルトが床で伏せ寝しており、背後には第一騎士団に所属している親衛隊が複数控えている。

 王より入室を許可されたのだが、宰相は険しい顔をしていた。

「アズか。急になんなんだ?リリース、お前まで」

 宰相は実の娘さえも睨んでいた。
 王は静観している。

「突然の接見申し訳ございません。社員食堂の予算の件でお話がございます」

 シャルロットは前に出て、一礼をした。

「そのような子供のお遊びに陛下も私も付き合ってる暇はないし、国の金が使えるか!」

「お遊びではございません!この書類にどうか目を通してください!」

 シャルロットは二人に紙を配った。
 アズから入手したここ数年の城内の支出記録簿と社員食堂の予算申請書だ。

「現在は各部署内に食堂があって、使用人達の食事にかかる食材費に諸経費は国が負担していますわ。食堂の数だけ経費が無駄にかかっている状態です。だから、食堂を一つに統合したいのです。大人数分の食事を一つの鍋で作れば手間も経費も食材のロスも抑えられます。今までの支出額より今回の予算は大分節制されているでしょう?」

「姫……、しかし……」

「今この国では脚気や壊血病や感染症が問題になっておりますが、脚気や壊血病も偏食による栄養障害ですわ。食堂で栄養管理をしっかりすれば改善できるし予防にも繋がりますし、食事の内容次第では騎士や兵士達の体力増大、肉体強化も容易く可能です」

「ふむ、病人や死者が出なければ、治療費や人的損失も抑えられて利になるな」

 王は興味を持ってくれた様子だった。
 シャルロットはホッと胸を撫で下ろした。

「しかし、陛下……」

 それでも宰相は異議があるようだ、狼狽えながら王に向かう。
 アルハンゲルはすかさず王に紙を差し出した。

「陛下、頼まれていた報告書です。報告が遅くなり申し訳ございません」

「ふむ、手を煩わせたな、感謝する。ミシュウ、この半年間私はお前にソレイユ国での仕事を頼んだ覚えはないのだが?何故、お前の名で外交費用が請求されているのだ?」

 王の淡々とした問いに宰相の顔から血の気が引いていった。

「へ、陛下っ……」

「やはりな、不透明な支出が多いとアズから報告があったのだ。第三者による公正な調査が必要だと判断し、アルハンゲルに裏付けを依頼していたのだ。お前、国の金を着服していたな?お前だけではない、ゴルソン侯爵や、その他 複数の貴族の名もリストに上がっているぞ」

 シャルロットは目を見張った。
 王は終始冷静であった。

「ああ、話が逸れたな。予算申請書は私が受理した。食堂の計画は進めて良い。後の処理はアズ、お前に任せよう」

「は、はいっ!」

 アズは元気に返事をした。
 無事に受理されて、シャルロット達は銀の間を出た。
 緊張の糸が解けて少しよろめいた。

「やったー!これで無事に進行できそうだね!」

「お父様、大丈夫かしら」

 リリースは不安げに扉を見つめた。

「宰相は正直クソジジイですけど、まあ功績も多いし有能ですからね。それに陛下も鬼じゃないさ、多少罰は受けるでしょうけど」

 アズは言った。

「あの!アズさん、ありがとうございます!」

 シャルロットはアズの前に出て頭を下げた。
 間近で天使に微笑みかけられ、アズは顔を真っ赤にして口をパクパクしていた。

「あああああ、どうも!」

「アズさん?」

「ごめんね、お姫ちゃん、うちの兄ちゃんってすっごくシャイなんだ」

「そう……」


 後日、王により不正をした宰相や貴族達に対して減棒処分や停職、遠い領地への左遷処分が言い渡され、突然のスキャンダルに城内がしばらくの間騒がしくなっていた。

 失くしたはずの私物もシャルロットの元へ無事に還って来て、一先ずは一件落着した。

 ーー筈だとシャルロットは思っていた。

*


 深夜、踊り場に一人の少女が立っていた。

 少女は瓶に入ったポーションを目の前の狼のブロンズ像の体に注ぐと、空になった小瓶を仕舞った。
 そして小さなナイフで細い指の腹を切った、赤い血がブロンズ像の額に滴る。

「お願いよ、幻狼。私に力を貸して。あなたをここから解放するから」

 少女の手には魔法のポーション。
   血と特殊なポーション、幻狼との契約に必要なアイテム。

 目の前のブロンズ像の狼は先代の王の幻狼だ。

 憎しみや怒りに支配されーー我を失ったこの幻狼は、契約者とその配偶者を殺した罪によりブロンズ像の中に閉じ込められ、長い間 生きたまま封印されていた。

 窓から差し込む月光を浴びて、パラパラと全身を覆っていた銅が剥がれ落ちた。
   少女は驚いて尻餅をついた。

「ひっ……!」

 怯えた目で幻狼を凝視して震えていた。
 幻狼は身体を大きく身震いし、体毛に絡み付いた銅の欠片を払った。

「ーー何故私の封印を解いた?」

 黄金の瞳で貫ぬくように睨まれ、低い声で凄まれて少女はガタガタと震えた。

「こ……殺して欲しい人がいるの」

「ふむ」


「お願い!ーーシャルロット姫を殺してちょうだい!」

 少女は震える声で叫んだ。

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