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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる
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「コラ~!待ちなさい!」
シャルロットが食堂へ戻ると、リリースとウェスタが箒を手に室内を走り回っていた。
びっくりして入り口で立ち止まるとシャルロット目掛けて見たことのないマゼンタ色の毛をした狼が焼豚の塊を加えて突進して来た。
「きゃ……っ!」
「シャルロットちゃん!」
突然目の前に現れたシャルロットに気付き、狼は黄金色の目を見開いた。
正面衝突寸でで、どこからか幻狼グレイがシャルロットの目の前に飛び出して来てマゼンタ色の狼に体当たりをした。
マゼンタ色の狼は食堂内のテーブルや椅子をなぎ倒しながら床の上を転がった。
リリースとウェスタは持っていた箒で、目を回して倒れているマゼンタ色の狼の頭をバンバンと叩いていた。
「このっ泥棒狼!」
「リリース、ウェスタさん?何があったの?」
「コイツが厨房に忍び込んできて焼豚を丸ごと盗もうとしてたの!」
「げ、幻狼よね?」
せっかく仕込んでおいた焼豚が……。
シャルロットは苦笑していた。
グレイは無言のままマゼンタ色幻狼の尻尾を咥えて、思い切り引っ張った。
「ふぎゃあああ!」
マゼンタ色の幻狼は悲鳴を上げながら飛び起きた。
口に咥えていた焼豚がボトッと床の上に落ちた。
「あっ……グレイ!グレイ!」
「何してるんだ?フクシア」
フクシアという名前らしいマゼンタ色の幻狼は、グレイを見るなり目をキラキラさせて尻尾を振った。
「お前の封印が解かれたって仲間に聞いてよ!岩山から会いに来たんだぜ!そしたら美味そうな肉を見つけたからよ~お前も食うか?」
「それは食堂の肉だ。泥棒め」
「グレイのお友達なの?」
「…………」
グレイは黙っている。
するとフクシアはご機嫌な様子で尻尾を更にブンブン振りながら応えた。
「オレはグレイの番のフクシアだ!」
「え!番?……男性同士よね?」
「いんや?精霊には人間のように性別なんか無いぞ、嬢ちゃん」
グレイにも番の相手が居たなんて初耳だった。
フクシアはグレイの身体に擦り寄って、デレデレとした様子で額をペロペロと舐めた。グレイは反応もなく黙り込んだままだ。
「もうあのクソ王様も死んだんだろ?オレと一緒に岩山へ帰ろうぜ!」
「……帰らない。私は今シャルロットと契約している」
「ハァ?」
「お前とは離縁したはずだろ?馬鹿みたいに待っていたのか?私を……」
「馬鹿で良いよ。番は簡単には解消できないぜ?する気もないけどな!オレは100年でも200年でも待ってたよ!」
「馬鹿じゃないの」
ふんとグレイはフクシアに背を向け、食堂を去っていった。
取り残されたフクシアは寂しげな顔をしている。
尻尾はしゅんと垂れていた。
「えぇっと……フクシア?ごめんね、私、何も知らずにグレイと契約してしまったわ……」
「良いんだよ。気にするな。こうやってまたグレイと会えただけでも嬉しいぜ」
サッパリとしていて大らかな雰囲気の幻狼だ。
そんなフクシアの身体をウェスタとリリースが取り押さえた。
「ぎゃああ!」
「逃がさないわよ」
「もうすぐ夜の開店時間よ!それまでにあんたが倒したテーブルや椅子を片しなさい!ついでに迷惑をかけた罰に皿洗いもね!」
「……フクシア、お願いね。今、人手が足らないのよ。私も夜は用事があるの」
フクシアは溜息を吐くと人間の姿に化けた。
マゼンタ色の派手な短髪に黄金の瞳、浅黒い肌に無数のシルバーピアスやブレスレットをジャラジャラと着けている。
つり上がった目尻に八重歯が特徴的で快活そうな雰囲気の青年の姿。
「わかった、任せろ!力仕事なら得意だ!」
「ありがとう!助かりますわ!」
フクシアは魔法が使えるはずなのに自慢げに重たいテーブルを片手で起こしてドヤ顔している。
「あ、丁度よかったわ!本殿の食糧庫から米俵と小麦粉を運んできてくれる?いつもはユハが魔法で移動してくれるんだけどねー休んでるのよ。あたしも出来るけど魔力使って疲れるの嫌だし」
「はあ?人使い荒い奴等だな」
フクシアはテーブルや椅子を全て元に戻すと、今度は短距離走のように勢いよく走り去って食堂を出て行った。
どうやら物理的に運ぶようだ。
グレイの番の相手は本当に元気でお調子者って感じの人だ。
*
満天の星空をバックに、クロウの塔は聳え立っていた。
塔の真下には今年もたくさんの向日葵が咲いていた。
「へえ、フクシアが……」
「しばらく食堂で働いてくれるんですって!厨房担当の1人が里帰り中で人手が足りなかったの。助かったわ」
黒を基調とした大きなベッドの上でシャルロットはグレース皇子と並んで座っていた。
ユーシンがやって来るのを待ちながら編み物をする事になったのだが、意外にも手先が器用で手芸が得意らしいグレース皇子が丁寧に教えてくれている。
編み物も慣れた手つきでスイスイと編み上げている。
「ここはこうだ」
「グレース様、本当にお上手だわ!」
「俺の母は脚が悪くてな、専ら部屋の中で手芸をしていたから俺も付き合いで色々作っていたんだ」
兄の嫁ビオラの子供へ贈る帽子と手袋。
不得手な編み物で四苦八苦していたが、編み物が得意なグレース皇子が手伝ってくれているので順調に出来上がっている。
「ふふ」
グレース皇子は優しげに笑う。
「俺が見本に作った帽子と手袋はエステルにやるか」
グレース皇子が仕上げた編み物は売り物の様に綺麗でしっかりとしていた。
シャルロットは自分の手の編みかけの手袋を見て溜息。
「きっと喜ぶわ。ごめんなさいね、私ってば本当に編み物がヘタクソで……」
「いいや……。姫に出来ないことは俺がするし、俺に足りないものは姫がくれるだろう。俺たちはそれでいいと思う」
グレース皇子に頭を撫でられてシャルロットは照れたように笑った。
「グレース様…、そうね!」
塔の外の結界が歪み、幻狼姿のクロウとグレイ、グレイの背中に乗ったユーシンが現れた。
シャルロットはハッとしてすぐにベッドから立ち上がる。
「ユーシン!いらっしゃい」
「母さん、グレース……急にごめんな」
約束通り、ユーシンが訪ねて来てくれた。
ユーシンは眉をハの字にして不安そうに笑っている。
しばらく躊躇うような長い沈黙の後で、ユーシンはゆっくりと切り出した。
「……俺は、小さい頃に父さんに拾われたって母さん知ってるよね」
「ええ……」
「……俺は、現世での俺の父親は明帝国の王家の人間だったらしい。母は明帝国の平民の女性だ」
「え……」
「向こうの国では余計な王位継承争いを避けるために皇帝しか子を成さない。けど、俺は皇帝の弟の私生児っす。母さんがこの城にやってくる3年前だったかな…、明帝国の人間が俺に接触してきた。いや、暗殺されかけて、生かしてやる代わりにこの国の城内に潜伏して間諜をしろと……」
「!」
シャルロットだけではなく、グレース皇子も心底驚いたような顔をしていた。
「俺は父さんやコボルトさんたち幻狼やグレース皇子と近しいし利用価値があるとでも思ったんじゃないかな。間諜て言っても、時折他愛のない近況報告する程度で今まで殆ど使われることなんてなかったすけどね……。母さんがドラジェの精霊の祝福を受けたことも敢えてあの国には黙っていた。そうしたら怒った明帝国の連中がジェニーさん達を……」
「ジェニーさん……?ってユーシンを育ててくれた使用人ご夫婦?」
ジェニーさん夫婦はユーシンの育て親。
数年前に城務めを辞め、クライシア大国の南部の田舎の村で隠居しているそうだ。
「はい。明帝国が彼らを自国へ連れ去ってしまった……。彼らに危害を加えられたくなければ、大人しく言うことを聞け、と言われたんだ。それで彼らに指示されるまま、母さんを暗殺しようとした封建派の貴族に接触した…。まさか、その貴族が母さんに危害を加えるなんて考えてもいなかった……!ごめん……っ!」
ユーシンは泣きそうな顔をしていた。
「ひ、酷い……っ、関係のない家族を人質に取るなんて!」
シャルロットは怒りで身体がブルブル震えていた。
グレース皇子は深く息を吐いた。
「あの帝国ならやりかねないな。目的のためには手段は選ばない国だ。だから国に仕えていた幻狼にも見放されたというのに、それすらわからない連中なのか!……」
「そうだ!そうだ!」
クロウは吠えた。
その隣でグレイは黙って俯いていた。
「ユーシン、お前がエステルの護衛に手を挙げた理由はなんだ?それも明帝国の指示か?」
グレースは問いただす。
ユーシンはまっすぐとグレース皇子の目を見てハッキリと言った。
「それは断じて違う!まだ動きはないが、奴らの狙いは幻狼だ。必ずエステルに接触してくる。……もしかしたら幻狼の子供を産める体の母さんにも危害を加えるかもしれない……。幻狼が1匹もいない明帝国が、幻狼を何匹も抱えて魔人の騎士団も持っているクライシア大国に表立って戦争をふっかけることは流石に悪手だと考えているはず……、手段を選ばない彼らが次にどんな手を使ってくるのかわからない。だから2人を護りたかった。親衛隊やエステルの護衛を希望したんだ」
「………ユーシン…、ひとりで頑張っていたのね」
「…………他国と繋がっている人間など、信用してもらえないかもしれない。それに、具体的な打つ手が見つからないまま、打ち明けられなかったんす」
部屋の中がシーンと静まり返った。
「私はユーシンを信じます。私はオリヴィア小国の王女だし、クライシア大国に嫁ぐ身で、王族として言葉の重みが違うわ。無責任な事を安易に発言できる立場じゃないけれど……、でも絶対に貴方を信じるわ。みんなが貴方の敵に回るなら、私は何もかも捨ててたった一人でも貴方の味方になる!簡単な事じゃなくても、そうしますわ……!これはあくまで極端な話だけど、一先ずは最善手を一緒に探しましょう!」
シャルロットは震えていたユーシンの手を強く握り、笑った。
強い眼差しに、ユーシンの張り詰めた心が解ける。
グレース皇子はシャルロットの横顔を見つめて優しく笑った。
「ユーシン、それは一人でどうにかするにはあまりに重すぎる問題だ。俺もお前を信じるし、協力しよう。いずれ王座を継ぐ者として、親友1人を守れなくて国を護れるはずがない」
グレース皇子はユーシンの手を取り、固く握った。
ユーシンに、かつて独り善がりで孤高に突っ走っていた自分の姿を重ねていた。
「グレース……」
「俺は不甲斐ない皇子だが、幸いなことに姫や、有能な友人達や幻狼のクロウや最強の騎士団が居るし、俺たちには明帝国の兵士数万人に匹敵するほどの強固な信頼関係があるだろう」
「そうだよ!明帝国には幻狼の仲間達もうんざりしてるんだ!岩山の幻狼たちも味方になってくれるよ~!父さんが幻狼のリーダーに話つけてあげるよ!」
クロウはユーシンの周りをぐるぐる回って訴えた。
「一人で抱え込むのはよくない」
グレイもユーシンの顔を見上げて言った。
「ありがとう……みんな」
ユーシンは涙を流した。
「先ず、人質になったジェニーさん達をどうにかしなきゃね」
「彼らは長く城に勤めていた者だ。功績を認められて叙爵もされている。王家としても放っては置けない」
「人質が居たら、こちらも動けないもんね。そのために攫ったんだろうけど……」
「しかし、地理的にも気軽に動ける距離ではないな……」
グレイは口を開いた。
「グレース。オーギュスト国のパーティーで、紅国の鳳太子より協商の打診があって、紅国で調印式があるでしょ?」
「………グレイ?」
「紅国は、明帝国のすぐ隣に位置している。人質夫婦を取り戻すならチャンスじゃないか。騎士団が不用意に帝国へ向かって動けばあちらも警戒するだろうが、調印式というアリバイがあれば護衛という名目で容易く近づける。むしろ向こうから接触があるだろう」
「紅国と明帝国は不可侵条約を結んでいるから、紅国の友好国になるクライシア大国に正面切って攻め入れないだろうねえ」
グレイとクロウは語る。
「…………ふむ。陛下は国が戦争に発展するような事には賛同しないだろうし、なるべく穏便に解決したいな」
グレース皇子は少し考えた後で、ユーシンに言った。
「ユーシン、こちらからもしばらくは間諜を頼めないか?明帝国の情報が欲しい」
「Wスパイってやつっすね!」
「危険な役割だ、くれぐれも気を付けてくれ」
「…………わかった」
夜も更ける前に、ユーシンはグレイの背中に乗って塔を出て行った。
シャルロットはベッドの上に腰を下ろすと、ため息をついた。
ユーシンのため気丈に振る舞っていたが、やはり今も緊張や怒りや不安が抜けない。
グレース皇子はシャルロットの手のひらをキュッと優しく握ると目を見つめて笑った。
「大丈夫だ」
低くて心地良い声。
シャルロットは笑うと甘えるようにグレース皇子の肩に寄りかかった。
シャルロットが食堂へ戻ると、リリースとウェスタが箒を手に室内を走り回っていた。
びっくりして入り口で立ち止まるとシャルロット目掛けて見たことのないマゼンタ色の毛をした狼が焼豚の塊を加えて突進して来た。
「きゃ……っ!」
「シャルロットちゃん!」
突然目の前に現れたシャルロットに気付き、狼は黄金色の目を見開いた。
正面衝突寸でで、どこからか幻狼グレイがシャルロットの目の前に飛び出して来てマゼンタ色の狼に体当たりをした。
マゼンタ色の狼は食堂内のテーブルや椅子をなぎ倒しながら床の上を転がった。
リリースとウェスタは持っていた箒で、目を回して倒れているマゼンタ色の狼の頭をバンバンと叩いていた。
「このっ泥棒狼!」
「リリース、ウェスタさん?何があったの?」
「コイツが厨房に忍び込んできて焼豚を丸ごと盗もうとしてたの!」
「げ、幻狼よね?」
せっかく仕込んでおいた焼豚が……。
シャルロットは苦笑していた。
グレイは無言のままマゼンタ色幻狼の尻尾を咥えて、思い切り引っ張った。
「ふぎゃあああ!」
マゼンタ色の幻狼は悲鳴を上げながら飛び起きた。
口に咥えていた焼豚がボトッと床の上に落ちた。
「あっ……グレイ!グレイ!」
「何してるんだ?フクシア」
フクシアという名前らしいマゼンタ色の幻狼は、グレイを見るなり目をキラキラさせて尻尾を振った。
「お前の封印が解かれたって仲間に聞いてよ!岩山から会いに来たんだぜ!そしたら美味そうな肉を見つけたからよ~お前も食うか?」
「それは食堂の肉だ。泥棒め」
「グレイのお友達なの?」
「…………」
グレイは黙っている。
するとフクシアはご機嫌な様子で尻尾を更にブンブン振りながら応えた。
「オレはグレイの番のフクシアだ!」
「え!番?……男性同士よね?」
「いんや?精霊には人間のように性別なんか無いぞ、嬢ちゃん」
グレイにも番の相手が居たなんて初耳だった。
フクシアはグレイの身体に擦り寄って、デレデレとした様子で額をペロペロと舐めた。グレイは反応もなく黙り込んだままだ。
「もうあのクソ王様も死んだんだろ?オレと一緒に岩山へ帰ろうぜ!」
「……帰らない。私は今シャルロットと契約している」
「ハァ?」
「お前とは離縁したはずだろ?馬鹿みたいに待っていたのか?私を……」
「馬鹿で良いよ。番は簡単には解消できないぜ?する気もないけどな!オレは100年でも200年でも待ってたよ!」
「馬鹿じゃないの」
ふんとグレイはフクシアに背を向け、食堂を去っていった。
取り残されたフクシアは寂しげな顔をしている。
尻尾はしゅんと垂れていた。
「えぇっと……フクシア?ごめんね、私、何も知らずにグレイと契約してしまったわ……」
「良いんだよ。気にするな。こうやってまたグレイと会えただけでも嬉しいぜ」
サッパリとしていて大らかな雰囲気の幻狼だ。
そんなフクシアの身体をウェスタとリリースが取り押さえた。
「ぎゃああ!」
「逃がさないわよ」
「もうすぐ夜の開店時間よ!それまでにあんたが倒したテーブルや椅子を片しなさい!ついでに迷惑をかけた罰に皿洗いもね!」
「……フクシア、お願いね。今、人手が足らないのよ。私も夜は用事があるの」
フクシアは溜息を吐くと人間の姿に化けた。
マゼンタ色の派手な短髪に黄金の瞳、浅黒い肌に無数のシルバーピアスやブレスレットをジャラジャラと着けている。
つり上がった目尻に八重歯が特徴的で快活そうな雰囲気の青年の姿。
「わかった、任せろ!力仕事なら得意だ!」
「ありがとう!助かりますわ!」
フクシアは魔法が使えるはずなのに自慢げに重たいテーブルを片手で起こしてドヤ顔している。
「あ、丁度よかったわ!本殿の食糧庫から米俵と小麦粉を運んできてくれる?いつもはユハが魔法で移動してくれるんだけどねー休んでるのよ。あたしも出来るけど魔力使って疲れるの嫌だし」
「はあ?人使い荒い奴等だな」
フクシアはテーブルや椅子を全て元に戻すと、今度は短距離走のように勢いよく走り去って食堂を出て行った。
どうやら物理的に運ぶようだ。
グレイの番の相手は本当に元気でお調子者って感じの人だ。
*
満天の星空をバックに、クロウの塔は聳え立っていた。
塔の真下には今年もたくさんの向日葵が咲いていた。
「へえ、フクシアが……」
「しばらく食堂で働いてくれるんですって!厨房担当の1人が里帰り中で人手が足りなかったの。助かったわ」
黒を基調とした大きなベッドの上でシャルロットはグレース皇子と並んで座っていた。
ユーシンがやって来るのを待ちながら編み物をする事になったのだが、意外にも手先が器用で手芸が得意らしいグレース皇子が丁寧に教えてくれている。
編み物も慣れた手つきでスイスイと編み上げている。
「ここはこうだ」
「グレース様、本当にお上手だわ!」
「俺の母は脚が悪くてな、専ら部屋の中で手芸をしていたから俺も付き合いで色々作っていたんだ」
兄の嫁ビオラの子供へ贈る帽子と手袋。
不得手な編み物で四苦八苦していたが、編み物が得意なグレース皇子が手伝ってくれているので順調に出来上がっている。
「ふふ」
グレース皇子は優しげに笑う。
「俺が見本に作った帽子と手袋はエステルにやるか」
グレース皇子が仕上げた編み物は売り物の様に綺麗でしっかりとしていた。
シャルロットは自分の手の編みかけの手袋を見て溜息。
「きっと喜ぶわ。ごめんなさいね、私ってば本当に編み物がヘタクソで……」
「いいや……。姫に出来ないことは俺がするし、俺に足りないものは姫がくれるだろう。俺たちはそれでいいと思う」
グレース皇子に頭を撫でられてシャルロットは照れたように笑った。
「グレース様…、そうね!」
塔の外の結界が歪み、幻狼姿のクロウとグレイ、グレイの背中に乗ったユーシンが現れた。
シャルロットはハッとしてすぐにベッドから立ち上がる。
「ユーシン!いらっしゃい」
「母さん、グレース……急にごめんな」
約束通り、ユーシンが訪ねて来てくれた。
ユーシンは眉をハの字にして不安そうに笑っている。
しばらく躊躇うような長い沈黙の後で、ユーシンはゆっくりと切り出した。
「……俺は、小さい頃に父さんに拾われたって母さん知ってるよね」
「ええ……」
「……俺は、現世での俺の父親は明帝国の王家の人間だったらしい。母は明帝国の平民の女性だ」
「え……」
「向こうの国では余計な王位継承争いを避けるために皇帝しか子を成さない。けど、俺は皇帝の弟の私生児っす。母さんがこの城にやってくる3年前だったかな…、明帝国の人間が俺に接触してきた。いや、暗殺されかけて、生かしてやる代わりにこの国の城内に潜伏して間諜をしろと……」
「!」
シャルロットだけではなく、グレース皇子も心底驚いたような顔をしていた。
「俺は父さんやコボルトさんたち幻狼やグレース皇子と近しいし利用価値があるとでも思ったんじゃないかな。間諜て言っても、時折他愛のない近況報告する程度で今まで殆ど使われることなんてなかったすけどね……。母さんがドラジェの精霊の祝福を受けたことも敢えてあの国には黙っていた。そうしたら怒った明帝国の連中がジェニーさん達を……」
「ジェニーさん……?ってユーシンを育ててくれた使用人ご夫婦?」
ジェニーさん夫婦はユーシンの育て親。
数年前に城務めを辞め、クライシア大国の南部の田舎の村で隠居しているそうだ。
「はい。明帝国が彼らを自国へ連れ去ってしまった……。彼らに危害を加えられたくなければ、大人しく言うことを聞け、と言われたんだ。それで彼らに指示されるまま、母さんを暗殺しようとした封建派の貴族に接触した…。まさか、その貴族が母さんに危害を加えるなんて考えてもいなかった……!ごめん……っ!」
ユーシンは泣きそうな顔をしていた。
「ひ、酷い……っ、関係のない家族を人質に取るなんて!」
シャルロットは怒りで身体がブルブル震えていた。
グレース皇子は深く息を吐いた。
「あの帝国ならやりかねないな。目的のためには手段は選ばない国だ。だから国に仕えていた幻狼にも見放されたというのに、それすらわからない連中なのか!……」
「そうだ!そうだ!」
クロウは吠えた。
その隣でグレイは黙って俯いていた。
「ユーシン、お前がエステルの護衛に手を挙げた理由はなんだ?それも明帝国の指示か?」
グレースは問いただす。
ユーシンはまっすぐとグレース皇子の目を見てハッキリと言った。
「それは断じて違う!まだ動きはないが、奴らの狙いは幻狼だ。必ずエステルに接触してくる。……もしかしたら幻狼の子供を産める体の母さんにも危害を加えるかもしれない……。幻狼が1匹もいない明帝国が、幻狼を何匹も抱えて魔人の騎士団も持っているクライシア大国に表立って戦争をふっかけることは流石に悪手だと考えているはず……、手段を選ばない彼らが次にどんな手を使ってくるのかわからない。だから2人を護りたかった。親衛隊やエステルの護衛を希望したんだ」
「………ユーシン…、ひとりで頑張っていたのね」
「…………他国と繋がっている人間など、信用してもらえないかもしれない。それに、具体的な打つ手が見つからないまま、打ち明けられなかったんす」
部屋の中がシーンと静まり返った。
「私はユーシンを信じます。私はオリヴィア小国の王女だし、クライシア大国に嫁ぐ身で、王族として言葉の重みが違うわ。無責任な事を安易に発言できる立場じゃないけれど……、でも絶対に貴方を信じるわ。みんなが貴方の敵に回るなら、私は何もかも捨ててたった一人でも貴方の味方になる!簡単な事じゃなくても、そうしますわ……!これはあくまで極端な話だけど、一先ずは最善手を一緒に探しましょう!」
シャルロットは震えていたユーシンの手を強く握り、笑った。
強い眼差しに、ユーシンの張り詰めた心が解ける。
グレース皇子はシャルロットの横顔を見つめて優しく笑った。
「ユーシン、それは一人でどうにかするにはあまりに重すぎる問題だ。俺もお前を信じるし、協力しよう。いずれ王座を継ぐ者として、親友1人を守れなくて国を護れるはずがない」
グレース皇子はユーシンの手を取り、固く握った。
ユーシンに、かつて独り善がりで孤高に突っ走っていた自分の姿を重ねていた。
「グレース……」
「俺は不甲斐ない皇子だが、幸いなことに姫や、有能な友人達や幻狼のクロウや最強の騎士団が居るし、俺たちには明帝国の兵士数万人に匹敵するほどの強固な信頼関係があるだろう」
「そうだよ!明帝国には幻狼の仲間達もうんざりしてるんだ!岩山の幻狼たちも味方になってくれるよ~!父さんが幻狼のリーダーに話つけてあげるよ!」
クロウはユーシンの周りをぐるぐる回って訴えた。
「一人で抱え込むのはよくない」
グレイもユーシンの顔を見上げて言った。
「ありがとう……みんな」
ユーシンは涙を流した。
「先ず、人質になったジェニーさん達をどうにかしなきゃね」
「彼らは長く城に勤めていた者だ。功績を認められて叙爵もされている。王家としても放っては置けない」
「人質が居たら、こちらも動けないもんね。そのために攫ったんだろうけど……」
「しかし、地理的にも気軽に動ける距離ではないな……」
グレイは口を開いた。
「グレース。オーギュスト国のパーティーで、紅国の鳳太子より協商の打診があって、紅国で調印式があるでしょ?」
「………グレイ?」
「紅国は、明帝国のすぐ隣に位置している。人質夫婦を取り戻すならチャンスじゃないか。騎士団が不用意に帝国へ向かって動けばあちらも警戒するだろうが、調印式というアリバイがあれば護衛という名目で容易く近づける。むしろ向こうから接触があるだろう」
「紅国と明帝国は不可侵条約を結んでいるから、紅国の友好国になるクライシア大国に正面切って攻め入れないだろうねえ」
グレイとクロウは語る。
「…………ふむ。陛下は国が戦争に発展するような事には賛同しないだろうし、なるべく穏便に解決したいな」
グレース皇子は少し考えた後で、ユーシンに言った。
「ユーシン、こちらからもしばらくは間諜を頼めないか?明帝国の情報が欲しい」
「Wスパイってやつっすね!」
「危険な役割だ、くれぐれも気を付けてくれ」
「…………わかった」
夜も更ける前に、ユーシンはグレイの背中に乗って塔を出て行った。
シャルロットはベッドの上に腰を下ろすと、ため息をついた。
ユーシンのため気丈に振る舞っていたが、やはり今も緊張や怒りや不安が抜けない。
グレース皇子はシャルロットの手のひらをキュッと優しく握ると目を見つめて笑った。
「大丈夫だ」
低くて心地良い声。
シャルロットは笑うと甘えるようにグレース皇子の肩に寄りかかった。
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聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
家の庭にダンジョンができたので、会社辞めました。
希羽
ファンタジー
都内のブラックIT企業で働く社畜・佐藤健太(27歳)。
手取り18万、残業100時間。唯一の資産は、亡き祖母から相続した郊外のボロ戸建てだけ。
「このまま死ぬのかな……」
そう絶望していたある夜、庭の物置の裏に謎の穴が出現する。
そこは、なぜか最弱モンスターしか出ないのに、ドロップアイテムだけは最高ランクという、奇跡のボーナスダンジョンだった。
試しにスライムを叩いたら、出てきた宝石の査定額はなんと――【1,000,000円】。
「……え、これ一個で、俺の年収の3分の1?」
スマホアプリで即換金、ドローン配送で手間いらず。
たった10分の庭仕事で5000万円を稼ぎ出した健太は、翌朝、上司に辞表を叩きつけることを決意する。
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