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東大陸へーー幻狼エステル誕生。シャルロット、オオカミの精霊のママになる
グレース皇子の初陣
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「うむ、問題ないよ。半減していた生命エネルギーも大分回復しておる。引き続き、ウェスタやグレイから魔力をもらうように。この前処方した薬草も継続して食べてくれ」
本殿で東の魔女ルシアによるシャルロットとエステルの母子定期検診。
エステルはすでに検診を終えて外で護衛の騎士アダムとアーサーとともに待機している。
ルシアは不思議な緑色に輝く魔法石を聴診器のように使い、上半身裸になったシャルロットの胸や背中の皮膚に当てて何かを調べていた。
エステルを産んだ直後は同じ検査をしていると緑色の魔法石が赤く発光していたが、今は変化は無い。
「よかった…」
シャルロットはホッとため息を吐くと、脱いでいたワンピースを着た。
「ただ…エステルな。やっぱり発育が遅れているのか、魔力がまだ安定していないようじゃ。コボルトも懸念しておった」
「え……」
「コボルトが言うには幻狼は産まれた時点で王族の成人した魔人と同じくらいの高い魔力があって魔法も使えるそうじゃ。今のエステルの魔力は中級魔人の子供レベルだな」
「や、やっぱり、……私が魔力のない人間だから?」
「いんや、関係ないよ。殆どの精霊や魔人は父方の魔力や魔法の属性を受け継ぐから、母親の影響は殆どない。精霊には死というものは無いが、このまま育ちが悪ければ発育不良で魂が弱って消えてしまうかもしれない」
「消える……!?そんな!……どうすれば…」
「てっとり早いのは皇子やクロウのように誰かと契約を結べば安定するだろう。まあ、幻狼の特殊な魔力と適合する人間ってのはなかなか居らんからな。クライシア大国の王族とは適合し易いが…陛下も皇子もすでに幻狼がいるし……。王室の分家のレイター公爵家でも良いが…死ぬかもしれない危険な契約なんて結びたがらないだろう」
「私がエステルと契約することはできないのかしら?」
「姫様はすでにグレイと契約しているだろう。二重契約は無理だ。他の精霊と比べて幻狼との契約は負担も大きい」
エステルが心配でシャルロットの顔が曇った。
「うーん、あとは明帝国の王族の人間か?この国の王族と同じく、あいつらも幻狼の魔力と相性が良い」
「それはダメですわ。幻狼を戦争の道具に使うような国にエステルは任せられないわ!」
「そうだな…。まあ、あまり気を落とすでない、姫様。子供の成長度合なんて兄弟でだって個体差があるよ」
ルシアは笑ってシャルロットの肩を撫でた。
シャルロットは笑顔で頷いた。
検診を終えて部屋を出ると、幻狼姿のエステルが待ってましたと言わんばかりにブンブン尻尾を振ってシャルロットに飛び付いた。
アダムとアーサーは姿勢良く並んで壁に背を向け立っていた。
「ママ~!」
「おまたせ、エステル。もう検診は終わりよ。アダムさんとアーサーも付き合ってくれてありがとう。食堂へ戻って一緒にお昼ゴハン食べましょう」
「はい、姫様」
エステルを抱っこしたまま本殿を出たシャルロットは食堂を目指して歩いた。
前世は経産婦、子育ては初めてじゃないが精霊の子供というものはやっぱり人間の赤ちゃんと勝手が違うのか。
不安になることも多いけれど、やっぱり自分の子供は可愛いし大事に思う。
シャルロットは子狼を優しい目で見つめていた。
どうか健やかに大きくなって欲しい。
目を細めて、胸の中でひっそりと願った。
「も~お腹たぷんたぷんだよ~リリース…」
ユハがティーカップを持ってテーブルに突っ伏していた。
食堂へ行くとユハやリリース、アルハンゲルがテーブルを囲んでいた。
卓上には沢山のティーカップが並んでいた。
「ただいま、みんな、何してるの?」
お昼の時間を過ぎた食堂内は席も空いていてまったりモード。
遅めの昼食を取っている使用人や騎士達の姿があった。
「あ、シャルロット、良いところに来たわ!食堂内で出すドリンクの種類を増やそうかと思ってね~試飲して貰ってたの!」
リリースはティーポットを持ちながら楽しげに笑っていた。
「まあ、いっぱいね」
「薬草茶やハーブティーもいろいろ淹れてみたわ。東の魔女からいろいろ茶葉を貰ったの!」
「すごい、このお茶なんて真っ青で涼しげね」
「あ、それはマロウティーって言ってね、レモンをかけるとピンク色になるのよ!」
「へえ~」
リリースは城に滞在している東の魔女の元に毎日通って薬草や魔草について勉強しているようだ。
自慢げにハーブの知識を話してくれた。
その隣に座っていたアルハンゲルは無言で急に席を立ち、厨房からバスケットを持って来た。
「シャルロット、昼食はまだだろう。まかないだ」
「まあ。アルが作ってくれたの?」
ダイスカットのチーズが混ざった緑色の丸いバンズの間にはスモークチキンとトマトとピクルスが挟まっていた。
「緑色のパンね、何が入ってるの?」
「お前がこの前食ってた薬草だ、食ってみろ」
「え?うん……」
バンズ部分を小さく齧ってみると、シャルロットはびっくりした。
ニガウリに似た強烈な苦味を持つルシアから処方された薬草を毎日食べるのに苦労していたのだが、例の薬草入りだというバンズは信じられないくらい苦味も軽く美味だ。
チキンやチーズの旨味が薬草の苦味を中和し、少し苦いような風味が甘くてコッテリめの重たいソースを爽やかな後味にしてくれている。
「うそ……すごく美味しいわ!ありがとう!アル」
「アルってば~俺っちがチョココロネ食べたいって言っても全然作ってくれないのに~、お姫ちゃんにはパンを焼いてあげるんだあ~」
「新作のパンを考えていただけだ、別にシャルロットのためじゃない」
「でも ありがとう、アル。嬉しいわ」
シャルロットがニッコリと笑いかけると、アルは素っ気なくそっぽうを向いた。
「それにしても薬草パンにハーブティー、健康的で良いですわね」
「病気予防のために料理にも取り入れられたらって思ったのよ、シャルロットの苦い薬草もパンにすれば毎日食べやすいでしょ?」
リリースがお茶を淹れてくれた。
シャルロットはティーカップを受け取り、一口啜る。
爽やかなミントティーだ。
「そうね」
「お姫ちゃんの薬草ならムースやクリーム系のスープにしても美味しいかも?☆もしくはチミチュリソース風にしてチキンやステーキにかけて食べるとかどうかな。明日は俺っちが美味しいまかない作ってあげるね」
「ありがとう、ユハ」
リリースはティーポットをテーブルの上に置くと、ちらっとシャルロットの護衛騎士を見た。
そしてちょっぴり肩を落としている。
ユハがそれに気付き小さく笑った。
「今日のエステルの護衛はアーサーなんだね!」
ユハは隣の卓でアダムと共に軽食を食べていたアーサーに話し掛けた。
「うっす。ユーシンさんは忙しいそうなんでしばらくは自分ですよ」
アーサーはコクリと首を縦に振った。
リリースは更にガックリしている。
「残念だったね~リリース」
「何がよ!?」
「ユーシンなら本殿に居たわよ?午前中から会議に参加していて長引いてるようね。あ、昼食もまだだと思うから、リリース、お弁当を届けてあげたらどうかしら?」
「エッ……」
リリースの頰が赤くなる。
アーサーはムシャムシャとサンドウィッチを頬張りながら、リリースを見てズバリ一言。
「リリースってユーシンさんのことが好きなの?」
「はぁあああ?あっあたしはそんなんじゃないわよ!変なこと言わないでよね、ばか!」
リリースは顔を真っ赤にしてテーブルの上にあった木のトレイをアーサーにぶん投げた。アーサーは軽くそれを避けた。
*
*
月に一度行われているクライシア王や国家の要職、辺境伯、城付きの騎士や兵士・各領地の騎士団や従士団の上長たちが集う軍事会議に、ユーシンもグレース皇子に付き添われて参加していた。
陛下に近い席には人間姿のコボルトや赤獅子シモンの姿もある。
会議終盤。
普段会うことも無いような要人が揃っていてユーシンは緊張して萎縮していた。
だが、グレース皇子と共に王の前に並んで、クロウの塔でシャルロットたちに話した内容を打ち明けた。
クライシア王は顔色をひとつも変えなかったが、周りの要人たちは驚いたように騒めいていた。
「それで……グレース、お前は彼を全面的に信じると言うのか?相手が敵対国でないにしろ他国へ国の情報を流すなど場合によっては極刑だぞ。そもそも、これが全て罠だとしたらどうする?友情などと生温い私情に流されているのではあるまいな?手前らの友情ごっこに国を巻き込むでない!お前は彼の友人である前に、この国の皇子であるぞ。ちゃんと責任は持てるのか?」
普段は比較的物静かで温和であるクライシア王の恐々とした怒鳴り声に、部屋の中が静まり返った。
皆が一斉に王の前に立つグレース皇子に目を向けていた。
「私はユーシンを信じている。彼の今までの国への貢献や素行を陛下もご存知でしょう。この件においての責任はこのグレースが全て持ちます!どうか、明帝国にフォリア男爵夫妻を救出へ向かう許可を頂きたい!」
グレース皇子は怯むこともなく堂々としていた。
「陛下、私からもどうかお願いいたします!私も一切の責任を取ります!」
事前に事情を話していた第二騎士団のコハン団長も起立し、グレース皇子と共に王に向かって頭を深く下げた。
「………コハン団長……」
「頭を上げろ。……明帝国とは幻狼の問題でいずれは衝突も避けられなかっただろう。それが早まっただけのことだな。これ以上、我の仲間達の縄張りや、この国の領土で奴らの好き勝手にはさせられない」
先刻まで無表情でこちらを見ていたコボルトが怒りを露わにした。
王は真っ直ぐ息子の目を見て言った。
「そうだな、コボルト。ーーグレース、お前を臨時的に指揮官に任命する。騎士団や全ての部隊を率いる権限を与えよう。副官にはコハン、お前を。そして、幕僚長にはユハを指名する。初陣もまだで世間知らずなお前より、ユハの方が謀は得意だろう」
「はあ!?え……?うちのユハを……?」
会議に参加していたユハの父親であるレイター公爵はアゴが外れたかのように口をポカンと開けた。
レイター公爵だけではなく、各領主も騒めく。
ユハは貴族界では悪名高いドラ息子である。
そんな評判も悪く実績も何もないしがない公爵令息のユハに、王は躊躇うこともなく重役を与えようとしている。
「陛下、お言葉ですが……遊びではないのですから……」
貴族の一人がオドオドしながら意見するが、王がひと睨みすると引っ込んだ。
「ちょうどいいじゃないか、これがお前の初陣だな」
「陛下、……ありがとうございます!尽力いたします!」
「明後日までに具体的な計画を立てて報告するように」
「……はい!」
どよめく会議室。
だがグレース皇子の目に憂いは無い。
ユーシンと二人で会議室を退室すると安堵のため息を吐いた。
「………ごめんな、グレース……俺のせいで」
ユーシンは申し訳なさそうにグレースの顔を見て謝った。
「謝るな、そんな顔するな!絶対に成功させるぞ」
「あ、ああ!」
グレースの力強い言葉に、ユーシンは心を決めた。
本殿で東の魔女ルシアによるシャルロットとエステルの母子定期検診。
エステルはすでに検診を終えて外で護衛の騎士アダムとアーサーとともに待機している。
ルシアは不思議な緑色に輝く魔法石を聴診器のように使い、上半身裸になったシャルロットの胸や背中の皮膚に当てて何かを調べていた。
エステルを産んだ直後は同じ検査をしていると緑色の魔法石が赤く発光していたが、今は変化は無い。
「よかった…」
シャルロットはホッとため息を吐くと、脱いでいたワンピースを着た。
「ただ…エステルな。やっぱり発育が遅れているのか、魔力がまだ安定していないようじゃ。コボルトも懸念しておった」
「え……」
「コボルトが言うには幻狼は産まれた時点で王族の成人した魔人と同じくらいの高い魔力があって魔法も使えるそうじゃ。今のエステルの魔力は中級魔人の子供レベルだな」
「や、やっぱり、……私が魔力のない人間だから?」
「いんや、関係ないよ。殆どの精霊や魔人は父方の魔力や魔法の属性を受け継ぐから、母親の影響は殆どない。精霊には死というものは無いが、このまま育ちが悪ければ発育不良で魂が弱って消えてしまうかもしれない」
「消える……!?そんな!……どうすれば…」
「てっとり早いのは皇子やクロウのように誰かと契約を結べば安定するだろう。まあ、幻狼の特殊な魔力と適合する人間ってのはなかなか居らんからな。クライシア大国の王族とは適合し易いが…陛下も皇子もすでに幻狼がいるし……。王室の分家のレイター公爵家でも良いが…死ぬかもしれない危険な契約なんて結びたがらないだろう」
「私がエステルと契約することはできないのかしら?」
「姫様はすでにグレイと契約しているだろう。二重契約は無理だ。他の精霊と比べて幻狼との契約は負担も大きい」
エステルが心配でシャルロットの顔が曇った。
「うーん、あとは明帝国の王族の人間か?この国の王族と同じく、あいつらも幻狼の魔力と相性が良い」
「それはダメですわ。幻狼を戦争の道具に使うような国にエステルは任せられないわ!」
「そうだな…。まあ、あまり気を落とすでない、姫様。子供の成長度合なんて兄弟でだって個体差があるよ」
ルシアは笑ってシャルロットの肩を撫でた。
シャルロットは笑顔で頷いた。
検診を終えて部屋を出ると、幻狼姿のエステルが待ってましたと言わんばかりにブンブン尻尾を振ってシャルロットに飛び付いた。
アダムとアーサーは姿勢良く並んで壁に背を向け立っていた。
「ママ~!」
「おまたせ、エステル。もう検診は終わりよ。アダムさんとアーサーも付き合ってくれてありがとう。食堂へ戻って一緒にお昼ゴハン食べましょう」
「はい、姫様」
エステルを抱っこしたまま本殿を出たシャルロットは食堂を目指して歩いた。
前世は経産婦、子育ては初めてじゃないが精霊の子供というものはやっぱり人間の赤ちゃんと勝手が違うのか。
不安になることも多いけれど、やっぱり自分の子供は可愛いし大事に思う。
シャルロットは子狼を優しい目で見つめていた。
どうか健やかに大きくなって欲しい。
目を細めて、胸の中でひっそりと願った。
「も~お腹たぷんたぷんだよ~リリース…」
ユハがティーカップを持ってテーブルに突っ伏していた。
食堂へ行くとユハやリリース、アルハンゲルがテーブルを囲んでいた。
卓上には沢山のティーカップが並んでいた。
「ただいま、みんな、何してるの?」
お昼の時間を過ぎた食堂内は席も空いていてまったりモード。
遅めの昼食を取っている使用人や騎士達の姿があった。
「あ、シャルロット、良いところに来たわ!食堂内で出すドリンクの種類を増やそうかと思ってね~試飲して貰ってたの!」
リリースはティーポットを持ちながら楽しげに笑っていた。
「まあ、いっぱいね」
「薬草茶やハーブティーもいろいろ淹れてみたわ。東の魔女からいろいろ茶葉を貰ったの!」
「すごい、このお茶なんて真っ青で涼しげね」
「あ、それはマロウティーって言ってね、レモンをかけるとピンク色になるのよ!」
「へえ~」
リリースは城に滞在している東の魔女の元に毎日通って薬草や魔草について勉強しているようだ。
自慢げにハーブの知識を話してくれた。
その隣に座っていたアルハンゲルは無言で急に席を立ち、厨房からバスケットを持って来た。
「シャルロット、昼食はまだだろう。まかないだ」
「まあ。アルが作ってくれたの?」
ダイスカットのチーズが混ざった緑色の丸いバンズの間にはスモークチキンとトマトとピクルスが挟まっていた。
「緑色のパンね、何が入ってるの?」
「お前がこの前食ってた薬草だ、食ってみろ」
「え?うん……」
バンズ部分を小さく齧ってみると、シャルロットはびっくりした。
ニガウリに似た強烈な苦味を持つルシアから処方された薬草を毎日食べるのに苦労していたのだが、例の薬草入りだというバンズは信じられないくらい苦味も軽く美味だ。
チキンやチーズの旨味が薬草の苦味を中和し、少し苦いような風味が甘くてコッテリめの重たいソースを爽やかな後味にしてくれている。
「うそ……すごく美味しいわ!ありがとう!アル」
「アルってば~俺っちがチョココロネ食べたいって言っても全然作ってくれないのに~、お姫ちゃんにはパンを焼いてあげるんだあ~」
「新作のパンを考えていただけだ、別にシャルロットのためじゃない」
「でも ありがとう、アル。嬉しいわ」
シャルロットがニッコリと笑いかけると、アルは素っ気なくそっぽうを向いた。
「それにしても薬草パンにハーブティー、健康的で良いですわね」
「病気予防のために料理にも取り入れられたらって思ったのよ、シャルロットの苦い薬草もパンにすれば毎日食べやすいでしょ?」
リリースがお茶を淹れてくれた。
シャルロットはティーカップを受け取り、一口啜る。
爽やかなミントティーだ。
「そうね」
「お姫ちゃんの薬草ならムースやクリーム系のスープにしても美味しいかも?☆もしくはチミチュリソース風にしてチキンやステーキにかけて食べるとかどうかな。明日は俺っちが美味しいまかない作ってあげるね」
「ありがとう、ユハ」
リリースはティーポットをテーブルの上に置くと、ちらっとシャルロットの護衛騎士を見た。
そしてちょっぴり肩を落としている。
ユハがそれに気付き小さく笑った。
「今日のエステルの護衛はアーサーなんだね!」
ユハは隣の卓でアダムと共に軽食を食べていたアーサーに話し掛けた。
「うっす。ユーシンさんは忙しいそうなんでしばらくは自分ですよ」
アーサーはコクリと首を縦に振った。
リリースは更にガックリしている。
「残念だったね~リリース」
「何がよ!?」
「ユーシンなら本殿に居たわよ?午前中から会議に参加していて長引いてるようね。あ、昼食もまだだと思うから、リリース、お弁当を届けてあげたらどうかしら?」
「エッ……」
リリースの頰が赤くなる。
アーサーはムシャムシャとサンドウィッチを頬張りながら、リリースを見てズバリ一言。
「リリースってユーシンさんのことが好きなの?」
「はぁあああ?あっあたしはそんなんじゃないわよ!変なこと言わないでよね、ばか!」
リリースは顔を真っ赤にしてテーブルの上にあった木のトレイをアーサーにぶん投げた。アーサーは軽くそれを避けた。
*
*
月に一度行われているクライシア王や国家の要職、辺境伯、城付きの騎士や兵士・各領地の騎士団や従士団の上長たちが集う軍事会議に、ユーシンもグレース皇子に付き添われて参加していた。
陛下に近い席には人間姿のコボルトや赤獅子シモンの姿もある。
会議終盤。
普段会うことも無いような要人が揃っていてユーシンは緊張して萎縮していた。
だが、グレース皇子と共に王の前に並んで、クロウの塔でシャルロットたちに話した内容を打ち明けた。
クライシア王は顔色をひとつも変えなかったが、周りの要人たちは驚いたように騒めいていた。
「それで……グレース、お前は彼を全面的に信じると言うのか?相手が敵対国でないにしろ他国へ国の情報を流すなど場合によっては極刑だぞ。そもそも、これが全て罠だとしたらどうする?友情などと生温い私情に流されているのではあるまいな?手前らの友情ごっこに国を巻き込むでない!お前は彼の友人である前に、この国の皇子であるぞ。ちゃんと責任は持てるのか?」
普段は比較的物静かで温和であるクライシア王の恐々とした怒鳴り声に、部屋の中が静まり返った。
皆が一斉に王の前に立つグレース皇子に目を向けていた。
「私はユーシンを信じている。彼の今までの国への貢献や素行を陛下もご存知でしょう。この件においての責任はこのグレースが全て持ちます!どうか、明帝国にフォリア男爵夫妻を救出へ向かう許可を頂きたい!」
グレース皇子は怯むこともなく堂々としていた。
「陛下、私からもどうかお願いいたします!私も一切の責任を取ります!」
事前に事情を話していた第二騎士団のコハン団長も起立し、グレース皇子と共に王に向かって頭を深く下げた。
「………コハン団長……」
「頭を上げろ。……明帝国とは幻狼の問題でいずれは衝突も避けられなかっただろう。それが早まっただけのことだな。これ以上、我の仲間達の縄張りや、この国の領土で奴らの好き勝手にはさせられない」
先刻まで無表情でこちらを見ていたコボルトが怒りを露わにした。
王は真っ直ぐ息子の目を見て言った。
「そうだな、コボルト。ーーグレース、お前を臨時的に指揮官に任命する。騎士団や全ての部隊を率いる権限を与えよう。副官にはコハン、お前を。そして、幕僚長にはユハを指名する。初陣もまだで世間知らずなお前より、ユハの方が謀は得意だろう」
「はあ!?え……?うちのユハを……?」
会議に参加していたユハの父親であるレイター公爵はアゴが外れたかのように口をポカンと開けた。
レイター公爵だけではなく、各領主も騒めく。
ユハは貴族界では悪名高いドラ息子である。
そんな評判も悪く実績も何もないしがない公爵令息のユハに、王は躊躇うこともなく重役を与えようとしている。
「陛下、お言葉ですが……遊びではないのですから……」
貴族の一人がオドオドしながら意見するが、王がひと睨みすると引っ込んだ。
「ちょうどいいじゃないか、これがお前の初陣だな」
「陛下、……ありがとうございます!尽力いたします!」
「明後日までに具体的な計画を立てて報告するように」
「……はい!」
どよめく会議室。
だがグレース皇子の目に憂いは無い。
ユーシンと二人で会議室を退室すると安堵のため息を吐いた。
「………ごめんな、グレース……俺のせいで」
ユーシンは申し訳なさそうにグレースの顔を見て謝った。
「謝るな、そんな顔するな!絶対に成功させるぞ」
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