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第二章 黒の主、混沌の街に立つ
29:受付で色々とやらかそう!
しおりを挟む■メリー 羊人族 女
■22歳 迷宮組合カオテッド本部 受付嬢
真っ黒な基人族と武器を持ったメイドさんたち。
ここカオテッド本部は最大規模を誇る迷宮組合で、組合員の人たちも本当に多く在籍していますが、ここまで異質な人たちは初めてです。
彼らは入ってくるなり粗暴な組合員たちに絡まれました。
絡まれて当然とも思います。
ただでさえ基人族というだけで蔑まれるのに、服装も貴族服とメイド服なのですから。
おまけにメイドさんの中には多肢族の人や罪人の樹人族の人も居ます。
組合員でも依頼人でもなさそうなのに、そうした面々が堂々と入ってくれば揶揄われても仕方ないと思いました。
しかし絡んだそばから投げ飛ばされる人たち。
基人族の男性も多肢族の女性も巨躯の組合員を軽々と外へ投げ飛ばし、地面に叩きつけられた人たちはピクリともしません。
あっという間の出来事に唖然としたのは私だけではなく、組合に居た全員でしょう。
そこで近づいたのは組合専属占い師のフロロさんです。
星面族の占い師を組合に置いておけるというのはスゴイ事で、さすがはカオテッド本部だと言えるでしょう。
的確な占いは不吉を案じるものばかりという事で、それに腹を立てる組合員もいますが、探索する上で注意しなければいけない事を予期できると、毎回占ってもらってから探索する人たちも結構います。
それで死亡率も下がるのですから組合としては居てもらうだけで有り難い存在です。
受付窓口から占いの様子は見れません。
しかし周囲の組合員の雰囲気で、何かとんでもない事が起こったのだと分かりました。
そうしてフロロさんを伴ってやってくる基人族とメイド軍団。
私の窓口に来た時には、なんでこれだけ大勢いる受付で私の所に来るんだと心の中で嘆きました。
なにか触れてはいけないような、受付するのが怖いような感覚があったのです。
「い、いらっしゃいませ。ご用件は」
「ああ、まずは拠点変更手続きを。俺たち六人分」
そう言って組合員証を提示されました。
やはり組合員だったのか。
さすがにあの力を見せられたら基人族と言えども納得せざるを得ません。
しかも組合員証を見てみれば……
「え、Aランク!? イーリス迷宮制覇ぁ!?」
『なにぃ!?』
受付嬢にあるまじき失態。
あまりの予想外に大声を出して、他の組合員にバラしてしまったのです。
私は急いで彼――セイヤさんに頭を下げましたが、すでに組合内の騒めきは増しています。
「本当に申し訳ありません……」
「いや、過ぎた事だ。遅かれ早かれだろうしな。別に気にすることない」
「ありがとうございます……組合員証の手続きはすぐに終わらせます」
Aランクで貴族服を着て力もあるのに、なんと優しい人だろう。
もうこの時点で私は基人族として侮ることなくちゃんとAランク組合員として見ようと決めました。
「あとカオテッドの地図が欲しいんだが」
「中央区の地図でしたらこちらでお売りしています。あとは各区画の商業組合で販売しているはずです」
「そうか。じゃあとりあえず中央区の地図を売ってくれ」
四か国と迷宮組合、それぞれ統治区画を持つカオテッドですから一枚岩というわけにはいきません。
街が大きすぎるというのもありますが、それぞれ管理している商業組合での管轄となるのです。
中央区は他の区画の三分の一程度の面積ですし、独自の商業組合も迷宮組合内での管轄となっています。
「それと家を買おうと思っているんだが不動s……どこへ行けば物件を探せる?」
「家……ですか。正直、中央区は非常に高額なのでおすすめ出来ません。二階に住宅組合を併設していますのでそちらで物件を見ることが出来ますが、他の四区でお探しになったほうが宜しいかと」
「へぇ、中央区でも売ってることは売ってるのか」
「一応ありますが何分中央区は面積が限られていますし、迷宮に近い上に他の区画に行きやすいのでかなり割高になります。組合員を抱える貴族の方や有名クランの方々が持っているくらいです。大抵の組合員は他区画に拠点を設けるか、宿を長期間契約したりしています」
「ちなみにクランが買うような家だとどれくらいするんだ?」
私も大体しか知りませんが、中央区の物件の高価なのはよく聞く話なのでお教えしました。
それは力のあるクランが何年も探索に費やしてやっと買えるような値段。
貴族とておいそれと買う事はできないほどの金額です。
いくらセイヤさんたちがAランクと言えども、カオテッドに来たばかりの人たちが買えるようなものでは……
「いけるな」
「えっ」
「よし、中央区にしよう。あとで二階に行ってみる」
「は、はい……」
そ、そんなにお金持ちなんですか?
お金持ちの基人族がこの世に存在するとは思いませんでした……。
なんかもう本当に色々と規格外な人たちなんですね……。
「あとはどこか有名な奴隷商館はあるか?」
「え、ええ、組合を出て東側に歩くと【ティサリーン商館】というお店があります。何か国にも支店を持つ大店です」
「分かった。じゃあそこでフロロと契約だな」
「うm………はい」
「ええっ!? フ、フロロさん奴隷になるのですか!?」
思わず立ち上がってしまいました。
これもまた大失態ですが、それどころではありません。
私が配属になるずっと前から、十年もの間、組合の専属として貢献してくれたフロロさんが奴隷に!?
星面族の有名占い師が基人族の奴隷になると!?
そりゃセイヤさんが普通の基人族じゃないってもう嫌ってほど分かりましたけど、それでも何でフロロさんを!?
フロロさんを見るその視界に、セイヤさんのメイドさんたちの姿が入りました。
みなさん左手の甲をこれ見よがしに見せつけて来ます。
そこにあるのは奴隷紋。
メイドの全員がセイヤさんの奴隷!?
しかもその紋様は……女神様!?
なんと美しい! こんな奴隷紋見たことがありません!
じゃあフロロさんにもこの奴隷紋が刻まれるということですか!
もう何が何やら……しかし追い打ちが襲い掛かってきます。
「うむ、世話になったな。本部長にもよろしく伝えておいてくれ」
「ええっ! 奴隷になるだけじゃなくて占いもやめるんですか!?」
「ご主人様と組合員として働くつもりだ」
「迷宮に潜るんですか!? ちょ、ちょっと待ってて下さい! 本部長呼んできます!」
私は急いで階段を駆け上がり、本部長室を叩きました。
本部長は導珠族という種族の御老体です。
フロロさんの事を矢継ぎ早に話すと、一緒に受付まで下りて来て下さいました。
階段を駆け下りる速度は年齢を感じさせない、さすが元組合員というべきものです。
「フロロ、聞いたぞ。ようやく見つけたようじゃの」
「うむ、本部長、世話になった」
「そっちが例の……ほう基人族とは意外じゃったのう」
「初めまして。Aランクのセイヤと言います。お世話になります」
「ほほほっ、なんとも珍しい礼儀正しいAランクじゃな。フロロの事、よろしく頼むぞ」
「はい」
どうやら本部長はフロロさんが人を探していて、その人を見つけるまで専属でいた、というのを知っていたようでした。
私は本部長に占いを続けてもらうよう説得してもらうつもりだったのですが……。
でもフロロさんが迷宮に潜るなんて大丈夫なんでしょうか。
「俺としては一緒に潜らないでフロロだけ占いを続けてもいいと思うんだけどな」
「何を言うかご主人様。主人を危険な目に会わせ、のうのうと商売する奴隷がいるものか」
「ほほほっ、それもそうじゃな。セイヤもメリーも諦めるんじゃな」
「「はぁ」」
フロロさんの意思は固いようです。
Aランクのパーティーに入ってついて行けるとは思えないんですけど………。
あ、パーティー?
「七名になるのでクランを作るという事ですか?」
「ああ、その手続きもしたいんだった。頼む」
「分かりました。クラン名はどうされますか?」
そう言うと、セイヤさんは少し悩んだ素振りを見せ、こう言いました。
「…………く、【黒屋敷】」
これが私と【黒の主】とその一行に初めて会った日のことです。
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