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第二章 黒の主、混沌の街に立つ
47:みんなで楽しい迷宮探索・前編
しおりを挟む■エメリー 多肢族(四腕二足) 女
■18歳 セイヤの奴隷(侍女長)
「明後日、みんなで迷宮に行こうと思う」
夕食の席でご主人様が仰いました。
これに声を上げて反応したのがツェン。次いでティナ。
ティナはともかくツェンは侍女教育より戦いたいというだけでしょう。
全く……これは更に厳しくしなければなりませんね。
「うおっ、な、なんだこの寒気は……!」
「どうしたツェン?」
「お、いや、なんでもありません、ご主人様……」
みんなで迷宮、ですか。
今までは屋敷に残る方も考慮して迷宮に潜るのは六名に絞っていました。パーティーとしての上限ですね。
しかし全員で行くとなると、十名ですか。五名・五名の二パーティーになりますね。
「バランスを考えるとAチームが俺・サリュ・ミーティア・ヒイノ・ティナ。Bチームがエメリー・イブキ・ネネ・フロロ・ツェンかな。ルートも目的地も別だから、分かれて行動する事になる」
「ネネがこちらで宜しいのですか? ご主人様の方に<魔法陣看破>持ちのネネを入れたほうが良いのでは」
「一応地図と魔法陣発見の魔道具は持って行くが毒系のトラップも考えてサリュをこっちに入れた。逆にそっちに回復役がいないから気を付けてくれ。ポーション類は多めにな」
「かしこまりました」
前衛・後衛・察知系スキル持ちを分けても、斥候と回復役は一人ずつしか居ませんからね。
分けざるを得ないでしょう。
しかし、なぜ全員で、それも分かれて行動などと……。
「装備をちゃんと揃えようと思ってな。【鴉爪団】から貰った金はあるんだが素材は揃えたほうがいいし、まぁたまには全員で行くのもいいかもって気まぐれだ」
「なるほど」
「目的は二階層。Aチームは一階層の東ルートから鍾乳洞方面の魔物部屋を三つ経由し二階層へ。そこから東部の森林地帯に侵入、蜘蛛の縄張り最深部のタイラントクイーンを倒す」
「「えっ!?」」
声を上げたのはヒイノとティナ。
私たちが今まで行っていたのは一階層までですからね。
それにカオテッドから侍女となった人たちは、イーリス迷宮でタイラントクイーンと戦ったのを知ってはいても実際に戦うとは思っていなかったのでしょう。
「Bチームは一階層の西ルートから採掘エリア付近の魔物部屋三つを経由して二階層へ。平原を越え北部の山岳地帯へ行き、ミスリル鉱山で採掘してもらいたい」
「んなっ!?」「採掘かぁ」
声を上げたのはフロロと採掘を嘆くツェン。
組合で十年働いた経験からでしょうか、フロロが忠言します。
「ちょ、ちょっと待ってくれご主人様。二階層の山岳地帯は組合員でも難関と言われておる。毎年そこで何人死んだかも分からん。だからこそミスリルが未だに貴重なのだが……」
「らしいな。地図でもそう書いてあった。平原の【主】がグレートウルフ、山岳地帯の【主】がオーガキング、鉱山の【主】がジュエルクラブと地竜。おまけに山岳には稀にワイバーンも飛んでるらしい」
カオテッド大迷宮はイーリス迷宮の何倍も広大です。
作りがまるで違うと言っても良いでしょう。
十年間で探索されたのはわずか三階層まで。
それだけでいかに広くいかに困難かが分かります。
一つの階層が広いので、階層内に様々な領域が存在します。
そしてそこには稀に【領域主】と言われる強大な魔物が出現するのです。
イーリス迷宮で【主】と言えば【迷宮主】のタイラントクイーンですが、カオテッド大迷宮のタイラントクイーンは【二階層の森林地帯の一つの領域に現れる領域主】でしかありません。
その領域にしか出ない【主】ですので用事がなければ避けて通るのが普通です。
知らずに領域に足を踏み入れれば例え【主】がいなくとも苦戦は必至。
しかしだからこそ採取目的やドロップアイテム目的で挑む人も多く、そこにあると分かっているのに採取物やアイテムが高価になっているのです。
そして今回は二チームともその領域に入り、採取なり討伐なりしようという狙いのようです。
タイラントクイーンのドロップで侍女服を。
ミスリル鉱石で武器を、という事でしょう。
「おおっ!」
「はしゃぐなツェン! いや、ご主人様よ、それをご主人様を抜いた五名でやるのか!? 出来るのか!?」
「出来ると思うんだが、イブキはどうだ? ほとんど倒した事のあるやつだけだろ?」
「問題ないかと。ワイバーンは戦ったことがないので分かりませんが、地竜と戦えるならば以前のように苦戦はしないと思います」
「んなっ!?」
「あ、ワイバーンならあたしが戦ったことあるぞ。飛ばれると厄介だけど近づければ殺れる」
「んなっ!?」
おお、ツェンが戦った事ありましたか。
それは心強いですね。
では尚更問題ないでしょう。
何やらブツブツと言っているフロロを無視して話は進みます。
「無理して一日で戻るような事は考えていない。念の為、数日分野営できる準備と食事の用意を明日に行う。【鴉爪団】のアジトからマジックバッグが大量に手に入ったから、Bチームはなるべく持って行ってくれ。あと採掘道具もな」
『はい』
「他になにかあるか? なければ今日はこれで終わりだ。もし聞きたいことがあれば明日にでも遠慮なく聞いてくれ」
そうして夕食の席は終了しました。
ヒイノとフロロは終始不安そうな顔をしています。ティナはワクワクでしょうか。
二階層へ行ったことがないのは私たちも同じですが、【主】と連戦するかもしれないというのが不安なのでしょう。
これは私たちでフォローするしかありません。
一方で本格的な迷宮探索が初めてとなるツェンは機嫌が良さそうです。
前祝いだとばかりにキッチンの方へと行きました。
お酒を探して飲むつもりですね。
これは私の方で説得しておきましょう。
「うおっ、なんか寒気が……!」
■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
時々、組合員だった夫の話を思い出します。
「カオテッドの大迷宮は他の迷宮と訳が違う、広さも敵の多さも強さも段違いだ」
「他のパーティーが誤って魔物部屋に入っちまったらしい。三人死んだそうだ」
「まさか一階層のあんな浅いところでゴブリンキングに出くわすとは思わなかった。運良く逃げ切れたがやはり大迷宮は異常だ」
「一階層に鍾乳洞の領域を見つけたそうだ。そこじゃ水晶の採掘ができるらしい。確かに稼げそうだが、リザードマンの群れが出るらしいんだ。おそらく【主】は群れを率いたリザードキングだろう。とてもじゃないが荷が重い。死にに行くようなもんだ。俺はまだ死ぬわけにはいかないからな」
それから数年が経ちました。
私は今、その大迷宮で戦っています。
たった今「ズシィィィン」と音を立てて倒れたのはゴブリンキングです。
一撃で倒したのは娘のティナです。
私もゴブリンキングの大剣による一撃を盾で受け止めてみました。
あれ? 軽いな、と思いました。
訓練でのイブキさんの打ち込みより数倍軽いな、と。
何でしたらティナの打ち込みよりも軽いな、と。
「よーし、ティナよくやった。ヒイノもいい守りだったぞ」
「はいっ」「ありがとうございます」
「じゃあさっさと鍾乳洞方面に行くか。途中に魔物部屋あるからついでに寄っていくぞ」
『はい』
私が実際に迷宮に入るのは、もちろんご主人様に拾われてからなので、どうしてもこれが普通と思ってしまいます。
亡くなった夫の話と齟齬が多いのですが、私の実体験で見れば、魔物部屋もゴブリンキングも大して恐れるものではないと。
もしかすると夫は大げさに言っていたのでしょうか。
迷宮の危険性を誇張して伝えることで、自分がいつ死んでもおかしくない、心構えだけはしておけ、そう言いたかったのでしょうか。
今となっては分かりません。
「ヒイノ、サリュ、察知は任せるぞ。ミーティアは魔法陣を頼む」
『はい』
「ティナ、次の魔物部屋はどっちがたくさん狩れるか勝負するか」
「はいっ! がんばりますっ!」
「よーし、じゃあ勝ったらミスリルのレイピア作ってやるからな」
「うわぁ!」
……ティナ、こんなに剣に夢中になるなんて。
苦労させていたから嬉しいけれど、お母さんは心配です。
こんな風に育つはずではなかったのですが……。
そしてご主人様、ご褒美が高価すぎます。
侍女服もそうですけど八歳の娘がする装備ではありませんよ。
あまり甘やかさないで下さい。
……いえ、苦労させた分、私も甘やかしたい気持ちはあるのですが、いくらなんでもミスリルは……。
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