55 / 421
第三章 黒の主、樹界国に立つ
53:治ったのに壊されていく系少女
しおりを挟む■ジイナ 鉱人族 女
■19歳 セイヤの奴隷 火傷顔 隻眼 右手麻痺
すでに何度驚かされたことか、数えるのも馬鹿らしい。
私のご主人様は基人族でありながら『女神の使徒』であり、Aランククラン【黒屋敷】のクランマスターであり、豪邸を持つ大富豪であり、そして……
「簡単に言うとな、俺は別の世界で死んで、創世の女神とやらにこの【アイロス】に送られたわけだ。この刀もそいつからの貰いもん。あとスキルも貰ったがこれが説明が難しくてな―――」
もう何が何やら……私の頭では把握できなくなっている。
とりあえずあの刀という剣は神器なのかー。
あーだからあんなスゴイのかー。
「ご主人様、詰め込み過ぎです。私から少しずつ説明しておきます」
「そうか? じゃあエメリーに頼むわ」
助かりますよ、侍女長。ほんとに。
屋敷のリビングにご主人様の侍女(※メイドではないらしい)が勢ぞろいの中、私の紹介と説明がなされている。
九人もの女性。その全てが奴隷であり侍女であり共に戦う仲間だと言う。
星面族の占い師も驚いたが、竜人族まで居た。
ほぼ伝説みたいな種族だ。なんという多種族国家……!
おまけに皆が皆、美しい。
私のような火傷女がこの中に入ると思うと心苦しく思う。
なぜご主人様はこれだけの奴隷を集めておきながら私のような女を買ったのか、全く理解できない。
「で、とりあえずジイナが来たからにはやる事は多いんだが、まずはサリュ」
「はいっ!」
「ちょっと治療してみてくれ」
「分かりましたっ!」
治療? そう思っていると、白い狼人族の少女が近づいてきた。
手に持つのは杖。
狼人族は近接戦闘特化の種族だったはずだ。
なぜ魔法使いのような杖を……?
そう思っていると―――
「<超位回復>!」
エク、何? うあっ、何だこの光!
突然発せられた光の奔流は杖からか、もしくは私の身体からか。
これは、神聖魔法……? 狼人族が!?
呆けていた私の視界では光が収まり、侍女の皆とご主人様が拍手する姿が……
……あれ? 視界が広い……?
『おー』パチパチパチ。
「さすがサリュ!」
「ジイナおめでとう!」
え? え?
右目が見える……! 右手も……動く! 火傷が消えている!?
顔を触ってみると、そこにもゴワゴワとした痕が消えているような感触。
な、治ったのか!? それほどの治癒魔法を!?
「高位司教とやらはこの魔法使うのに莫大な金をとるのか。とんだ生臭坊主だな」
「ご主人様、<スキルカスタム>によるサリュの神聖魔法が飛びぬけているのです。世界に何人もおりません」
「そうか?」
「ご主人様のおかげですっ!」
ご主人様は侍女長と狼人族の少女と話している。
が、正直それどころではない。全く耳に入って来ない。
「ま、何にせよ良かったな、ジイナ。一応、目と手はちゃんと機能しているか確認しておけ」
「は、はい、ありがとうございます……」
「礼ならサリュに言え。俺が治したわけじゃない」
「私の魔法はご主人様が授けて下さったものですっ。だからお礼ならご主人様に!」
この後、なかなか正気に戻れなかった私に気遣ってか、ご主人様は「色々やるのは明日にしよう」と私を休ませてくれた。
奴隷となって早々、傷を治してもらったばかりか気遣いまでさせる始末。
なんとも情けない話だ。
……が、ただの休憩であって、それで一日が終わるわけではない。
ご主人様が色々とやるのは明日になっても、驚きの連続が終わるわけではない。
私には侍女長がつき、色々と教えてくれるそうだ。
「とりあえず休憩したら説明に戻りますよ。今日のうちに最低限でも知っておかないと明日以降が困りますから」
「……はい」
「五分の一、いえ、十分の一程度でも理解できると良いのですが……」
そ、そんなに?
いや、すでに非常識が満杯すぎて頭と心が追いつかなくなっているのですが……。
「だーいじょうぶだって! 三日も経てば嫌でも慣れるさ! あたしだってそうだった! 自分の常識を一回ぶっ壊せば問題ない!」
「ツェン、貴女はまた適当な事を……ティナと稽古でもしていなさい」
「はーい。じゃあジイナ、頑張れよー」
竜人族に指示する多肢族……。
ああ、また私の頭と心が……。
その後、侍女長について私は屋敷を案内して貰った。
まずは二階の自室へと行く。奴隷の身分で豪華な一人部屋という事に驚き、受け取った侍女服がタイラントクイーンのドロップである【鉄蜘蛛の糸袋】製だと聞いて驚く。
初めて入る風呂ではこれが天国かと思い、夕食に出された食事はまさしく最後の晩餐。
トイレでは実際に天に召された。
何はともあれ激動の一日を何とか乗り切った。
もう火傷が治った事すら些細な事に思えてくる。
私の人生を狂わせたものはあの火災ではなく、今日この日だったのだ。
そう思ってしまうほどだ。
私は悟った。
下手に考えてしまうから心にダメージが入るのだ。
無になれ。
炉に入れた火をただ見つめるかの如く。
そこに余計な考えを入れてはいけない。
そうだ、無になるのだジイナよ。
そう至った翌日、さらなる衝撃が私を襲う。
「右手と右目の調子はどうだ、ジイナ」
「はい、おかげさまで何ともありません。ありがとうございます」
「鍛治は出来そうか?」
「問題ないです……が、どこかの鍛冶場に出向いて働くという事でしょうか」
「いや、厩舎を潰して鍛冶場を作ろうと思ってな」
「……は?」
朝から何を言い出すのかと思えば、鍛冶場を作ると言うのだ。
厩舎なんか使ってないから鍛冶場にする、と。
「ちょっと待った、ご主人様ーっ! ジイナは酒造れるんだろ!? 酒蔵作ろうぜ!」
「酒蔵なぁ……ジイナ、一から酒を造るとなるとどれくらいかかる?」
「一から、ですか。種類にもよりますが、おそらく何月かは掛かると思います」
「な? すぐ飲めないんだから諦めろ」
「だーっ! でももったいないじゃないか! せっかくの鉱人族だぞ!? 酒を造らないでどうする!」
「もったいないのはその通りだな。だから落ち着いたら手を付けるとして、まずは鍛治だ」
なんか酒造りもやる流れになってる。
どうなるんだろう、私。
そして皆を庭へと連れだしたかと思えば、厩舎の前で何やら空中で手を奇妙に動かしている。
ここを鍛冶場にする為の構想を練っているのだろうか。
イブキさんがご主人様に話しかける。
「厩舎を潰すのも勿体ないですね」
「馬車を持つ予定も馬を使う予定もないからな。<インベントリ>に入れて走った方が早い」
「それはまぁそうなのですが……」
「さて、鍛冶場と言っても色々とあるんだな……コークス炉……うわっオーパーツじゃねえか、CP超高いし。もっとデチューンを……何となく中世イメージで……こんな感じか? 一応耐熱レンガと、鉄っぽいのも混じってるけど……煙が上がるのと、騒音が厄介だな、これをどうにか……」
などと喋りながらご主人様が手を動かしていると、厩舎は光だし、その形状が変化していく。
それはまるで煙のように水のように形を変え、やがて小屋のようになったところで光が収まった。
大規模な錬金術か? 私はご主人様の力をまざまざと見せつけられた気がしていた。
「お見事です、ご主人様」
「相変わらずすごいですね」
「建物自体が変化してしまうとは」
「もう我は今さら驚かんぞ」
先輩たちが口々に言うが、やはり慣れているのだろう。
私にはとても現実で起きた出来事とは思えないのだが。
「ジイナ、ちょっと中入って見てみてくれ。使えるかどうか確認するぞ」
「は、はいっ!」
「ダメな所があったら遠慮なく言うように。作り変えるからな」
事もなげにそう言うのだ。
今の大魔法的な何かが何度も使用可能だと。
無だ。無になれジイナ。
今はただ淡々とご主人様に従えば良い。
そして小屋へと入ったはいいが、その素晴らしさにまた心が揺さぶられる。
いや、炉と棚しかないのだ。それでも真新しい鍛冶場は感動する。
炉にしても見たことのない形状ではあるが、石材だけでなく鉄も使っているようだ。
煙突へと繋がる排気口が全て鉄。こんなの初めて見る。
しばし呆然と眺めたが、結局は実際に使ってみてから良し悪しを判断する事となった。
朝から疲労困憊になった気分だ。
とは言え、まさか本当に鍛冶場が出来るとは、私が打てる日が来るとは思わなかった。
ご主人様には改めて感謝しかない。
私は奴隷として侍女として、そして専属鍛治としてこれからもお仕えしたいと思う。
「あと今日の予定はジイナの<カスタム>と北西区に鍛冶場用のもろもろ買い出しに行くからな」
ちょ、ちょっと心休める時間を……。
6
あなたにおすすめの小説
スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する
カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、
23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。
急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。
完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。
そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。
最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。
すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。
どうやら本当にレベルアップしている模様。
「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」
最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。
他サイトにも掲載しています。
欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します
ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!!
カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。
最強賢者の最強メイド~主人もメイドもこの世界に敵がいないようです~
津ヶ谷
ファンタジー
綾瀬樹、都内の私立高校に通う高校二年生だった。
ある日、樹は交通事故で命を落としてしまう。
目覚めた樹の前に現れたのは神を名乗る人物だった。
その神により、チートな力を与えられた樹は異世界へと転生することになる。
その世界での樹の功績は認められ、ほんの数ヶ月で最強賢者として名前が広がりつつあった。
そこで、褒美として、王都に拠点となる屋敷をもらい、執事とメイドを派遣してもらうことになるのだが、このメイドも実は元世界最強だったのだ。
これは、世界最強賢者の樹と世界最強メイドのアリアの異世界英雄譚。
異世界帰りの英雄は理不尽な現代でそこそこ無双する〜やりすぎはいかんよ、やりすぎは〜
mitsuzoエンターテインメンツ
ファンタジー
<これからは「週一投稿(できれば毎週土曜日9:00)」または「不定期投稿」となります>
「異世界から元の世界に戻るとレベルはリセットされる」⋯⋯そう女神に告げられるも「それでも元の世界で自分の人生を取り戻したい」と言って一から出直すつもりで元の世界に戻った結城タケル。
死ぬ前の時間軸——5年前の高校2年生の、あの事故現場に戻ったタケル。そこはダンジョンのある現代。タケルはダンジョン探索者《シーカー》になるべくダンジョン養成講座を受け、初心者養成ダンジョンに入る。
レベル1ではスライム1匹にさえ苦戦するという貧弱さであるにも関わらず、最悪なことに2匹のゴブリンに遭遇するタケル。
絶望の中、タケルは「どうにかしなければ⋯⋯」と必死の中、ステータスをおもむろに開く。それはただの悪あがきのようなものだったが、
「え?、何だ⋯⋯これ?」
これは、異世界に転移し魔王を倒した勇者が、ダンジョンのある現代に戻っていろいろとやらかしていく物語である。
【状態異常耐性】を手に入れたがパーティーを追い出されたEランク冒険者、危険度SSアルラウネ(美少女)と出会う。そして幸せになる。
シトラス=ライス
ファンタジー
万年Eランクで弓使いの冒険者【クルス】には目標があった。
十数年かけてため込んだ魔力を使って課題魔法を獲得し、冒険者ランクを上げたかったのだ。
そんな大事な魔力を、心優しいクルスは仲間の危機を救うべく"状態異常耐性"として使ってしまう。
おかげで辛くも勝利を収めたが、リーダーの魔法剣士はあろうことか、命の恩人である彼を、嫉妬が原因でパーティーから追放してしまう。
夢も、魔力も、そしてパーティーで唯一慕ってくれていた“魔法使いの後輩の少女”とも引き離され、何もかもをも失ったクルス。
彼は失意を酩酊でごまかし、死を覚悟して禁断の樹海へ足を踏み入れる。そしてそこで彼を待ち受けていたのは、
「獲物、来ましたね……?」
下半身はグロテスクな植物だが、上半身は女神のように美しい危険度SSの魔物:【アルラウネ】
アルラウネとの出会いと、手にした"状態異常耐性"の力が、Eランク冒険者クルスを新しい人生へ導いて行く。
*前作DSS(*パーティーを追い出されたDランク冒険者、声を失ったSSランク魔法使い(美少女)を拾う。そして癒される)と設定を共有する作品です。単体でも十分楽しめますが、前作をご覧いただくとより一層お楽しみいただけます。
また三章より、前作キャラクターが多数登場いたします!
高校生の俺、異世界転移していきなり追放されるが、じつは最強魔法使い。可愛い看板娘がいる宿屋に拾われたのでもう戻りません
下昴しん
ファンタジー
高校生のタクトは部活帰りに突然異世界へ転移してしまう。
横柄な態度の王から、魔法使いはいらんわ、城から出ていけと言われ、いきなり無職になったタクト。
偶然会った宿屋の店長トロに仕事をもらい、看板娘のマロンと一緒に宿と食堂を手伝うことに。
すると突然、客の兵士が暴れだし宿はメチャクチャになる。
兵士に殴り飛ばされるトロとマロン。
この世界の魔法は、生活で利用する程度の威力しかなく、とても弱い。
しかし──タクトの魔法は人並み外れて、無法者も脳筋男もひれ伏すほど強かった。
【モブ魂】~ゲームの下っ端ザコキャラに転生したオレ、知識チートで無双したらハーレムできました~なお、妹は激怒している模様
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
よくゲームとかで敵を回復するうざい敵キャラっているだろ?
――――それ、オレなんだわ……。
昔流行ったゲーム『魔剣伝説』の中で、悪事を働く辺境伯の息子……の取り巻きの一人に転生してしまったオレ。
そんなオレには、病に侵された双子の妹がいた。
妹を死なせないために、オレがとった秘策とは――――。
異世界転生、防御特化能力で彼女たちを英雄にしようと思ったが、そんな彼女たちには俺が英雄のようだ。
Mです。
ファンタジー
異世界学園バトル。
現世で惨めなサラリーマンをしていた……
そんな会社からの帰り道、「転生屋」という見慣れない怪しげな店を見つける。
その転生屋で新たな世界で生きる為の能力を受け取る。
それを自由イメージして良いと言われた為、せめて、新しい世界では苦しまないようにと防御に突出した能力をイメージする。
目を覚ますと見知らぬ世界に居て……学生くらいの年齢に若返っていて……
現実か夢かわからなくて……そんな世界で出会うヒロイン達に……
特殊な能力が当然のように存在するその世界で……
自分の存在も、手に入れた能力も……異世界に来たって俺の人生はそんなもん。
俺は俺の出来ること……
彼女たちを守り……そして俺はその能力を駆使して彼女たちを英雄にする。
だけど、そんな彼女たちにとっては俺が英雄のようだ……。
※※多少意識はしていますが、主人公最強で無双はなく、普通に苦戦します……流行ではないのは承知ですが、登場人物の個性を持たせるためそのキャラの物語(エピソード)や回想のような場面が多いです……後一応理由はありますが、主人公の年上に対する態度がなってません……、後、私(さくしゃ)の変な癖で「……」が凄く多いです。その変ご了承の上で楽しんで頂けると……Mです。の本望です(どうでもいいですよね…)※※
※※楽しかった……続きが気になると思って頂けた場合、お気に入り登録……このエピソード好みだなとか思ったらコメントを貰えたりすると軽い絶頂を覚えるくらいには喜びます……メンタル弱めなので、誹謗中傷てきなものには怯えていますが、気軽に頂けると嬉しいです。※※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる