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第四章 黒の主、オークション会場に立つ
94:オークション終了後の珍事
しおりを挟む■ジンウ 鬼人族 男
■42歳 迷宮組合本部 衛兵団長
今年のオークションもなんとか無事に終わろうとしている。
迷宮組合に所属する衛兵団としては、年に一度のこのオークションが一番の仕事と言っても過言ではない。
普通の衛兵団ならば魔物との戦いや大捕り物が上がるのだろうが、俺たちは傭兵上がりで組合と契約しただけの衛兵団だからな。
組合が主催する大規模オークションというのは俺たちにとっても一大イベントなのだ。
カオテッドという街の特色上、中央区というだけで四か国から狙われる立場にある。
隙を見せればすぐに喰らいついてきそうな気配が常時している。
オークションという″祭り″に合わせるように牙を向いてくるのも当然だろう。
現に、毎年のように何かしらの騒ぎは起きていた。
例えば正当な商品に紛れて、詐欺まがいの贋作がすり替えられていたり、買い付ける商品の横流し、金銭の横領。
競売の前も警戒する必要があるし、競売が終わってから競り落とした商品が盗まれるなんて事もある。
そのほぼ全てが他区の闇組織が介入した結果だ。
しかし今年は少し安心材料もあった。
まず南西区の巨大闇組織【鴉爪団】の壊滅が大きい。
小さい組織は残っているし、南西区の行政や警備は未だに慌ただしいのは否めないが、確実に闇組織の勢力は弱まっている。
コソ泥のようなごく小規模な組織が中央区に入ることはあっても、俺たちの敵ではないし、中央区にとっても致命的とはならない。
そして南東区の【宵闇の森】だ。
迷宮連続殺人の犯人が捕らえられたことから明るみになった【宵闇の森】の犯行と拠点の存在。
拠点には大量の惨殺死体が残されており、それが証拠隠滅を図った【宵闇の森】幹部の犯行なのか、それとも別組織による犯行なのかは分からない。
いずれにせよ【宵闇の森】の動きはそれ以降、全くと言って良いほど見聞きしなくなった。
残党がいても風前の灯。もしくは潜伏して機会を伺っているのか、どちらにせよ勢力としては大幅な衰退と見る。
あとに残っている危険勢力は、北東区の【天庸】と北西区の【ゾリュトゥア教団】。
【天庸】は何も動いている気配がないが、【ゾリュトゥア教団】は日増しに活発になっている。
よりによってオークション会場である大ホールの入口で堂々と説法するとは思わなかった。
こいつらの取り締まりは非常に難しい。
これだけ屋台やら楽団やらで騒がしいのに、説法が五月蠅いからとどかすわけにもいかない。
無理矢理に説法を止めさせた場合、「邪魔をされた」と攻撃的な報復をするという話もよく聞く。
北西区の衛兵が袋叩きにされたとかな。
本来ならそこから衛兵団全員で検挙でもするんだろうが、邪教徒の連中は相手が衛兵だろうが貴族だろうが、おかまいなしに向こう見ずな攻撃をしてくるらしい。
崇高な教えを説いているのに邪魔をする輩には浄化が必要、それで自分が死んでもそれは浄化だから正しい行いだと。
全く意味が分からんが、衛兵団が尻込みしたのは間違いない。
正直、俺たちだって関わりたくない。
だからホール前の説法も止めさせることが出来ないし、どかすのも億劫だ。
自主的にさっさと居なくなってくれることを祈るのみだ。邪神以外にな。
それでも【鴉爪団】と【宵闇の森】が居ない分、例年に比べりゃだいぶマシなんだがな。
ほんと、【黒屋敷】には足を向けて寝られねえよ。
あいつらが【鴉爪団】を潰して、【宵闇の森】の連中を捕まえたからこそ、だからな。
衛兵団としちゃ感謝状の一つでも送りたいところだ。
オークションが終わり、ホールからぞろぞろと人が流れ出す。
BホールとCホールはすでに終わっていて、残すはAホールだけだ。
ここが一番金が動くし、貴族たちも居るから警備の面では面倒くさい。
「くそがっ! 二度と来るかこんな街! 頼まれたって来てやらんからな!」
「所詮は野蛮な組合員たちの街ざます! 貴族を蔑ろにするとは不敬ざます!」
「旦那様、奥方様、一度宿へと戻りましょう」
「ええい、離せスバセチャン! あのくそ基人族に私が直々にガツンと―――」
あーあー、鼠人族の貴族が執事の人に連れられ、ホールの外へと出ていく。
こちらが【黒の主】に感謝したくても、敵愾心を集めるのはいつもの事。
今回もオークションで資金力にものを言わせ、大量に買い漁ったと聞いている。
貴族や大商人相手によくやるものだと感心するが、恨みを買いすぎなんだよなーいつも。
事前に溜めこんでたミスリル鉱石やらタイラントクイーンのドロップアイテムを組合で売りさばいたらしいから、資金が豊富にあるのは知っていた。
その金を渡したのは組合なんだからな。
そして【黒の主】から買い取った素材は、今回Cホールのオークションで大金に化けたらしい。
良い素材が大量に手に入る機会なんて少ないから、鍛治師や商人はこぞって競り合ったとか。
組合としちゃ【黒の主】関連だけでとんでもない利益を出してる。
こちらも感謝状案件だな。いやSランクにでも上げるのかな?
そんな事を思っていると、最後のほうに、噂の【黒屋敷】メンバーが歩いてきた。
他にもぞろぞろと……あれは……
「いやいや、セイヤ、爆買いとはこの事だね」
「今日だけで十万くらい使ったんじゃないですか?」
「そんな事ないだろ、えーと……九万八千かな」
「大差ないじゃろ! なんじゃその資金は! どうやって稼いだ!?」
「普通に毎日迷宮でこつこつ稼いでるだけだよ」
「んなわけあるか!」「「ハハハハ」」
ありゃあ【魔導の宝珠】のメルクリオ、【風声】のサロルート、【震源崩壊】のドゴール。
先頭をAランククランのクラマス四人とは壮観だな。
一人混じってる基人族が異質すぎる。
「じゃあ僕はここで」
「今後は私のほうもよろしくお願いしますよ」
「わしもな! しばらくはカオテッドに入り浸るからのう!」
「ああ、サロルートにドゴールだったか、こっちこそよろしくな」
そう言って四つのクランは分かれた。
ライバル同士だろうに仲が良さそうで何よりだ。
どうやら孤立していた【黒屋敷】もメルクリオを介して、今回の一件で親睦を深めたか。
組合員には横のつながりも大事だからな。
付き合っておいて損はないだろう。
まだ騒めきの残るホール内。
組合員たちの酒の肴は競り勝った品になるのか、それとも【黒の主】の武勇伝になるのか……まぁそんなところだろうな。
低ランク組合員はAホールに入ることさえ出来ないし、入れた組合員に話を聞くことになるんだろう。
そんな光景が目に浮かぶ。
そんな事を思いつつ、彼らをホールの外へと見送ったところで事件が起きた。
「貴様あああ! 基人族のくせに、この私をこけにしおって!」
さっきの鼠人族の貴族だ。
まだホールの外に居たらしい。
外へ出た【黒の主】とバッティングしちまった。
興味なさげに貴族の方に顔を向ける【黒の主】。
そこへ近づこうとする鼠人族。
執事や護衛を振りほどいて向かう。
まだ人の多く残るホールの入口。
その人波をかき分け、時に突き飛ばし、強引に【黒の主】へと。
「邪魔だ、どけいっ!」
「いてえっ! なにすんだこのおっさん!」
「なんなんだよ、こいつは!」
「―――であるからして、今世界は滅亡の危機に瀕しているのです! 今こそ浄化の時! 邪神ゾリュトゥア様は待っておられます!」
「ええい! 私の邪魔をするでないわ! 黙れ! この黒ローブめが!」
―――ドカッ
『あっ……』
見ていた周りの組合員が一斉に止まる。思わず俺も呆けてしまった。
【黒の主】へと歩み寄ろうとした鼠人族が、説法をしていた邪教徒を突き飛ばしたのだ。邪魔だと。
そんな事をすれば……
―――ざわっ ざわっ
「うおっ、な、なんだ貴様ら!」
「「「教えを説くに阻む者は浄化せよ」」」
「わ、私を誰だと思っている! 邪魔をするな! 平民風情が!」
「「「「「浄化せよ」」」」」
「「「「「浄化せよ」」」」」
「うわあっ! な、なにをするか! わ、私は公爵家―――」
どこに潜んでいたのか続々と邪教徒が集まって来やがった。
鼠人族を囲んで殴り始める。
マ、マズイ! どう見ても集団暴行現場!
俺らが止めないといけないのか、あれを!
止めたらこっちが報復されるんじゃねえのか!?
い、いや、そんな事言ってる場合じゃねえか!
貴族の護衛騎士も駆けつけ、引きはがしに掛かってる!
俺らも行かないと!
「待て、こちら衛兵団だ! そこまでにしろ!」
■セイヤ・シンマ 基人族 男
■23歳 転生者
「うおお……なんだこれ……」
「ご主人様、危険です。少し離れましょう」
ホールから出て、なんか鼠のおっさんに絡まれたかと思ったら、邪教徒にボコられ始めた。
何が何だか分からないが、これ俺、関係者じゃないよね?
無視してもいいんだよね?
「ご主人様に文句を言いに来たんでしょうが、間に居た邪教徒の説法を邪魔扱いしたようですね」
「それで報復か。ホントにこの教団は酷いのう」
と言うか、これ鼠のおっさんも邪教徒も俺が蹴散らせちゃえばいいんじゃね?
おっさんは絡んで来たんだし、邪教徒はドルチェの一件でもはや敵だし。
衛兵に任せるんじゃなくて俺がやった方がいいのか?
「いえ、さすがに周りの目が多すぎます。周りからみれば無関係な我々が無理して首をつっこむ事もないかと」
「そうか」
「そうです。せっかくAランククランの皆さんと仲良くなれたのに、わざわざ悪役になりにいく必要はありません」
確かになー。
ま、正直おっさんも邪教徒もどっちも面倒くさいし放っておくか。
そんな事を話しているうちに、おっさんの護衛騎士団vs邪教徒集団、それを止めに入る衛兵団、気絶するおっさんというカオスな状況が出来上がっていた。
おっさん陣営にいた組合員がこちらに逃げて来る。
ん? あの虎人族は組合で見た事あるな。
「おお、【黒の主】、災難だったな」
「ああ、あんたは?」
「俺は【獣の咆哮】ってクランのクラマスでバルボッサってもんだ。ちゃんと話すのは初めてだな」
「【獣の咆哮】……確かAランクだったよな。名前は知ってるよ」
「ああ、あのハゲネズミの案内で指名依頼だったんだがな。いや、参ったよ、こんな事になるなんてな」
「助けないでいいのか? 一応依頼主なんだろ?」
「俺は護衛じゃなくてあくまで案内役だ。って言うか俺まで邪教徒の目の敵にされるじゃねえか。そんなのごめんだぜ」
「ははっ、確かにな」
依頼主を助ければ邪教徒の敵認定。
助けなければ依頼主から反感を買う、最悪は依頼失敗。
どっちをとるかってトコか。大変だな。
あまり見物しているのも何なので、バルボッサとは適当に挨拶して別れた。
俺たちはさっさと屋敷に帰ろう。
みんなにお土産渡さないとな。
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