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第六章 黒の主、パーティー会場に立つ
132:そうだ、娯楽室にあれ置こう
しおりを挟む■アネモネ 多眼族 女
■17歳 セイヤの奴隷
大迷宮の探索から帰って来て、私たちの生活は何かと忙しくなった気がする。
もちろん休息はあるし、年中働いているというわけではない。
いや、奴隷の身分で休息などおこがましい……どうぞこき使ってやって下さい、ふふふ。
みんなのミスリル武具も新調し、侍女服も手直しと予備服が完成した。
CP不足という事もあり迷宮で魔物部屋マラソンもする。
これは武器が新しくなった人たちがこぞって参加した。
ただ全員参加というわけではないし、私はお屋敷でお掃除などの家事をする事が多い。
もしくは新設された訓練場でみんなと模擬戦をする。
私はみんなの中で、戦い自体がおそらく一番苦手だと思う。
お前はいらないと切り捨てられるかもしれない。だから頑張らないといけない。
そういった意味ではご主人様が買ってきてくれた本がありがたかった。
いくら<カスタム>で<杖術><闇魔法>をカンストさせて貰ったとは言え、いくら実戦で竜を倒したとは言え、急激な変化に頭が追いついていないと感じる事が多々あったのだ。
それを本で補う感じ。身体だけでなく頭で理解する。もしくは新しく知識を得る。
要は休息の時間でも読書が増え、やる事が増えたという事だ。
休息といいつつ、やってる事は勉強と変わらない。
自分から進んで勉強する事になるとは思わなかったなぁ。
こんな事なら学校でちゃんと勉強しておけば……ダメだダメだダメだ、思い出しちゃダメだ。
私以外にも同じように読書にはまっている人は多い。
自分の能力を伸ばす為に勉強する人も居れば、英雄譚に夢中な人も居る。
ポルちゃんとか英雄譚を読んでカッコイイ必殺技を覚えようとしているらしい。
誰も「鍬用の必殺技はないよ」とは言えない。
夢は持ち続けてもらいたい。現実は非情かもしれないけど。
閑話休題。
そうして私たちが忙しいと言っても一番忙しいのはご主人様だ。
屋敷に居る時もずっと働いているイメージ。
だから出来るだけお手伝いしようってみんなで言っている。
今はタイラントクイーンの何かを作っているらしく、ティナちゃんたちが手伝っている。
フロロさんたちは庭を作り変えてから手入れを担当する事になった。
ジイナさんは鍛冶場でかなり忙しそうだし、ヒイノさんは料理本を手に入れてからキッチンに籠る事が多い。
実は私もご主人様から仕事を仰せつかっている。
私とウェルシアさんがメインで、補助にミーティアさんという面子。
何をやっているかと言うと、とあるものを商業組合を通して業者に発注。製作依頼だ。
ご主人様の元いらした世界のものを作りたいらしい。それを再現したいと。
どうやら【アイロス】にはないものらしく、それを作ろうとすると業者に頼むしかないようなのだ。
そこで元商家の私に白羽の矢が立った。
ただ私が人見知りであまり喋れないのも分かっていらっしゃるので、ウェルシアさんも巻き込まれた。
ミーティアさんはそんな私たちの相談役のようなポジション。
樹界国の組合を相手に表立つと王女様だと騒がれるかもしれないということで裏方に回る。
なんか私がちゃんと話せないから申し訳ない。
一人で商業組合と打ち合わせ出来るくらい喋れればみんなを巻き込む事もなかったのに。
おまけに商家だからと言って、私が商売に携わっていたわけではないので分からない点も多々ある。
こんな事ならちゃんと家の仕事を手伝っていれば……ダメだダメだダメだ、思い出しちゃダメだ。
うん、よし、今からちゃんと出来るよう頑張ろう。
せっかく与えられた任務だから。ちゃんとこなせるようにしないと。本当に捨てられる。
そうして、ご主人様からどんなものかを聞き取り、図にまとめつつメモをとる。
それを持って、南東区の商業組合にウェルシアさんと行って、話し合いを進めた。
表立って喋るのはウェルシアさん。私は流れの確認と調整、相手の言葉の真偽を確かめつつ隣席する。
向こうも私たちが【黒屋敷】だと知っているらしく侮られることはないが、商売は別だ。何かしらの″利″を得ようと嘘くらいついてくる。
「そういったものですと、お時間がかなり掛かるかと思います。最低でも七日程度は」
「(嘘、です)」
「それは困りますわね。五日で何とかなりませんの?」
「五日ですか、出来ない事もありませんが余計に費用が発生しますが」
「(嘘、です)」
「でしたら他の区で頼みますわ。南西区のお店には結構お世話になっておりますのに残念ですわ」
「お、お待ち下さい! わ、分かりました! やらせて頂きます!」
これを私一人で出来ればいいんだけどなぁ。
商談の席ではどうしても嘘発見係になってしまう。
ウェルシアさんごめんなさい。
「別に構いませんわ。わたくしにとっても得難い経験ですもの。それにああして強気に出るのもなかなか楽しいものですわ。相手方の慌てふためく顔を見るとゾクゾクしますわよね」
……ウェルシアさん、性格変わりました?
……そんなアレな人でしたっけ?
♦
とまぁそんな事があり、急ぎで作らせたものがお屋敷に届いた。
自分の仕事が実を結んだようで、かなり嬉しい。
一階の娯楽室へと運び込んだそれは、大き目のテーブルのようなものだ。
それが部屋の中心に置かれる。
「おおっ、出来たか。すごいじゃないか。アネモネ、ウェルシア、よくやったな」
「「はい」」
改まって褒められると嬉しい。
でも私はウェルシアさんにほとんどお任せしちゃっただけです。
「ご主人様、これ何ですか? 普通のテーブル?」
「座りにくいですね。穴も空いてますし」
「こっちの棒と玉は? 色が綺麗ですが……」
「これビリヤードって言うんだよ」
『ビリヤード?』
そう。なんでもご主人様曰く「娯楽室に何を置くかと言われれば第一にビリヤード」らしい。
こんな豪勢なものを置くとは、ご主人様の世界の家はすごいと感心する。
仕組みも複雑、何より水平や真球の精度が求められる。
これ一台でちょっとした家なら買えると思う。
「本当はビリヤード以外にも卓球台とダーツを考えたんだが、あれ無理だからなー。ダーツは出来ても壁破壊の未来しか見えんし」
「よく分かりませんが、要はこのテーブル自体が娯楽という事ですか?」
「ああ、ちょっとやってみるよ。お試しがてらな」
ご主人様自らキューという棒をとり、三角形の木枠で玉を並べる。今回は九個らしい。
十五個のルールと九個のルールがあるらしく、カラフルな玉が全部で十六個用意してある。
周りで見ているみんなに説明しながら、白い玉に狙いをつけ、キューを突いた。
カーンッと小気味良い音が部屋に響き、九個の玉が散らばる。
「おお、すごいな。かなり再現度高いわ。マットがどうかと思ったけど案外いける。キューもよくこんな細いのを真っすぐに作れたもんだよ。先は何かの皮か、これ」
「オークの皮、です」
「なるほどなぁ。おっ、ちゃんと落ちたボールが集まるじゃないか。素晴らしい、素晴らしい」
どうやらお気に召したらしい。良かった。
私も何回もご主人様から聞き取りして、何回も業者と打ち合わせしたけど、こうして喜ばれるのは嬉しい。
「―――そうやって交互に打って、最終的に九番ボールを落とした人が勝ちだ」
「なるほど」
「面白そう! 私やりたいです!」
「私も是非」
結構盛り上がった。ルールが単純だから、誰でもすぐ覚えられるし。
ただ二人ずつしか遊べないから、さっそくもう一台、追加発注が掛かった。
まぁ「とりあえず最初は一台だけ」とは言われていたから、何となく予想はしていたけど。
「うわー、真ん中に当てるのが意外と難しいです!」
「んー、ここからじゃ四番は狙えない……」
「次に当てるボールの事を考えて威力や方向を決めておかないとそうなるんだ。頭を使え」
「よっしゃ! あたしの必殺『ぶれいくしょっと』を見やがれ!」
「待て待て待て、ツェン! お前が力籠めるとボールが割れる! あとキューを立てるな! マットが破ける!」
……これは早々にもう一台用意しておいた方がいい。
補修用のマットと予備のボールとキューも。
明日にでもまた業者に相談に行こう。
ちなみに、ティナちゃんが意外にも得意そうだった。
普段からレイピアで突いているからだろうか。
背が低いから台に乗りながらだけど、様になっている。
だけど一番上手かったのはエメリーさんだ。
相手に打つ事を許さず、最初から最後まで一人で落とし続けた。
完封勝利だ。
「お前はもうプロになれよ。その道で生きていける」
「こんな道はありませんので、ご主人様の元におります」
「そりゃどうも」
熱いですね……ふふふ……。
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