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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
163:悪鬼は業火に焼かれ地獄へと
しおりを挟む◎北西区(鉱王国領):第八席 鬼人族ラセツvsイブキ、ジイナ
■イブキ 鬼人族 女
■19歳 セイヤの奴隷
ラセツは幼い頃から粗暴だった。悪ガキどもを集め、徒党を組んでいつも悪さをしていた。
それを年下の私が咎めるのが日常だった。
悪さをする度に注意していた記憶がある。
私が長の娘という事もあるだろう。幼いながらも正義感のようなものがあったのだと思う。
絵物語で聞いた騎士に憧れていたのかもしれない。
年上であっても、男であっても、集落に害する輩を許せなかったのだ。
ついでに言えば私には剣の才があった。
幼い者同士とは言え、悪ガキ集団を叩き伏せられる力量があったのだ。
だからこそ毎日のように、私が出向き、彼らを懲らしめるという日々が続いた。
しかし年を重ねれば次第に男女の体格差も出て来る。
私は真面目に毎日の鍛錬を重ねたが、相変わらず悪さをする連中、特にラセツはその力を誇示するようになっていった。
それでも何とか抑えられたのは、やはり才と鍛錬の賜物なのだろう。
やがて悪ガキ集団が成人を迎えようとしても、その粗暴さは変わっていなかった。
特にラセツは集落に反発するように、ますます酷くなる。
この頃にはさすがに大人たちが対処するようになっていた。
そして成人。待っていたかのようにラセツたちは集落を出る。
出向く先でどんな悪事を働くか、大人たちは気が気でなかったと言う。
集落を出る前夜、お礼参りとでも言うように、私はヤツらに襲われた。
今までの恨みを晴らしたかったのだろう。集落を出る前に置き土産のようなつもりだったのかもしれない。
私は数名の手で地面にうつ伏せに抑えつけられた。
無理して見上げたそこには、ニヤリと見下ろすラセツの顔が見えたのだ。
「くっ……! 放せっ……!」
「おおっと、動くんじゃねえぞ、イブキぃ。あんまり暴れると間違って首を落としちまうからなぁ!」
どこからか持ち出された大剣。
それが私目がけて振り下ろされ―――
♦
「ちっ! くそがっ! っざけんなよてめえっ!!!」
「はあっ!!!」
ラセツの特大剣と私の【魔剣イフリート】が、ガンガンと打ちつけ合う。
正直、こんな男の顔はいつまでも見ていなくはない。
声も聞きたくないし、話したくもない。
こんなにも『敵』を殺したいと思った事はないだろう。
しかし、それに飲まれるわけにはいかないと、頭では冷静を貫く。
冷静に見て、冷静に考え、冷静に対処する。
そう言い聞かせている。
そうして受けるラセツの剣は、案の定と言うべきか、体格の良さと力強さを前面に押し出したものだった。
確かにヴェリオの手により強化はされているのだろう。
鬼人族という枠からかけ離れたパワーと速度を感じる。
しかしそれだけだ。
剣術としての剣技ではないし、力任せに振るっているだけ。
ご主人様はボルボラをして「トロールキングと同じくらい」と称したが、まさしくその通り。
いや、むしろトロールキングより弱いとさえ思える。
これは私が経験と<カスタム>により強くなったというだけではないだろう。
「そのままでいいのか?」
「ああん!?」
「そのままでいいのか、と言っている! この程度の力で私に勝てるとでも思っているのか!?」
「てめえっ!!!」
何も隠していないと言うのであればそれでいい。ただ倒すのみ。
隠していながら使う気がないと言うのであれば、それもいいだろう。
だが私を侮ったまま死んでいいのか?
全力を出さずに殺されて満足なのか?
私はそれをこそ打ち砕きたい。
完膚なきまでに打ちのめしたい。
でなければ私の悪夢は永劫晴れないのだからな!
はあああっっ!!!
「……て、てめえっ! なんだその剣はぁ……!?」
「【魔剣イフリート】―――ラセツ、貴様を殺す剣だ」
「ちいっ!」
炎を纏わせ斬りつければ、今までのようにただ受けるというわけにもいかない。
この炎は灼熱の斬撃。火耐性、魔法耐性がなければ、受けただけで炎熱ダメージだ。
侍女服に耐熱を<カスタム>され、【抵抗】を上げた私でさえも、持つだけで熱いと感じる。
それで斬られれば、いかに強化されたとは言え、ただのヒトに防ぐ術はない。
「があっ! くっそがああああ!!!」
案の定、ラセツの身体には火傷の痕。煙も上がっている。
剣を振るった道筋にも炎が残り、それに触れてもダメージが入る。
鍔迫り合いする事さえ出来まい。受ける事は出来ず、炎から逃げるようにひたすら距離を置くしかないのだ。
ラセツに遠距離攻撃の手段があるのかは分からない。
しかし私は―――
「はああっっ! 【飛炎斬】!!!」
「なんだとっ!? ぐあっ!!!」
ご主人様の<飛刃>を真似たものだ。剣筋に炎が残るのであれば、それを前方に飛ばす事も可能。
振り下ろしの斬撃は一閃の炎となって襲い掛かる!
飛距離はないものの、それは炎の槍と変わらない!
ブスブスと身体から煙を上げるラセツは、すでに肩で息をしている。
どうやら火傷のダメージが大きいようだ。魔法耐性はそこまで高くないのかもしれない。
「はぁっ、はぁっ、ゆるさねぇ……てめえだけはゆるさねえぞ、イブキぃ!!!」
その目はまだ死んでいない。
見下ろしていたニヤケ面が、見上げるしかめっ面になっただけだ。
やはりまだ何かがある。
「ぜってえぶっころす!!! てめえだけはぜってえぶっころしてやるよぉイブキぃぃ!!!」
怨嗟の声を上げたラセツは懐から何かを取り出し、口に入れた。
変化は途端に現れる。
「GAAAAA!!!」
元々体格の良かった褐色の身体は、さらに膨張し見上げるほどにもなる。
筋肉が膨れ、元々薄着だった服を破いていく。
身体中の血管が浮き上がり、目は血走った白眼となった。
「貴様……それは……ッ!」
それは昨日見たばかりの現象に酷似していた。
邪教徒の集団襲撃、そしてそれを口にした者が次々と同じように変貌し、獣のようになったのだ。
つまりは『狂心薬』……!
邪教から流れたのか、それともヴェリオの錬金術で生み出されたのか。
ラセツの変容を見るに、それは同じものだと思わざるを得ない。
「GAAAAAAA!!!」
「ぐっ……! はあっ!」
理性があるのかないのか、ラセツは未だ手にした特大剣を片手に襲って来た。
その攻撃は苛烈の一言。
あの邪教徒の襲撃でさえ、一般人だった信者をドルチェ曰くゴブリンキング相当まで引き上げたらしい。
薬を飲んだ妖魔族とは戦ったが、元が戦闘系でない上に後衛型の種族だった為、比較もなにも出来なかった。
だがラセツはどうだ。
元が規格外の近接特化。そこへ『狂心薬』の効果が乗るとすれば……この有様だ。
トロールキングを軽く超える威力の斬撃が、怒涛の如く押し寄せる。
技術のない力任せの攻撃に拍車は掛かったが、それが暴れ狂う獣となれば話は別だ。
魔剣の炎もダメージになっているのか、いないのか、全く怯む事なく突っ込んでくる。
「GAAAAAA!!!」
「シッ―――はあっ!!!」
正面からまともには戦えない。ならば足を使う。
直線的で暴力的な攻撃を、避け、逸らし、身体を動かし魔剣を振るう。
―――ザシュッ!!!
「GUAAAA!!!」
「嘗めるなよ! 私が毎日、誰と模擬戦していると思っている! 貴様よりも速く強い相手だ!」
一度も勝てた事がないがな。ご主人様には。
体格だけはラセツが勝っている。しかし他の全てはご主人様が勝るのだ。
今さら臆すなどありえない!
「イ、イブキさん! 何なんですかそれ!?」
どうやらジイナが来たらしい。ワイバーンは倒してくれたようだな。
「ジイナ! こいつは私が戦う! すまんがフォローを頼む!」
「ええっ!? 大丈夫なんですか、一人で!?」
「問題ないっ!」
そうは言ったが、実際は問題ありだ。
本当に獣と化したかのように、こうも我武者羅に攻められると辛いものがある。
だがこいつは私の手で倒す。ただの我が儘だ。
「GAAAA!!!」
「ぐっ……くうっ……!」
片手で軽々と振られる特大剣を逸らし、側面に回ろうとした所で、空いている左手が飛んで来た。
拳で殴るというのではない。爪でひっかくような動作。まさしく獣。
しかしそれで私の身体は下がらされる。
侍女服も肩の部分が裂かれた。が、肩も腕もまだ動く。問題ない。
「GAUGAUGAA!!!」
意気揚々と追撃が来る。何とか躱すが体勢を整えないとジリ貧か。
ジイナが今にも参戦しようと魔法槌を構えて近づいている。
まずいな。まさか攻撃するなとも言えん。
安心させるためにも一気に決めたいところだ。
「はああっっ!!!」
横薙ぎに魔剣を振るう。狙いは顔面。
距離があるからダメージにはなるまい。今さら炎で怯むわけもない。
しかし目くらましにはなる。
「GAGAAAAA!!」
その隙に体勢を立て直し、私の方から突貫する。
<カスタム>で上げて頂いたステータスを十全に活かし、思いきりジャンプ。
魔剣は炎を纏ったまま、上段で構え、両手でしっかりと握りしめた。
「くらえラセツ!! これが私の最高の一撃だ!!!」
「GAAAAA!!!」
私を見つけたラセツが咄嗟に特大剣を振るって来る。
しかし、もう遅い!
「業炎纏繞―――<断塔斬り>!!!」
―――ズシャアアアアア!!!
「GYUUUEEEAAAA!!!」
ラセツの頭から足元まで、一気に魔剣を振り下ろす。
<カスタム>によって底上げされた力と、魔剣の斬れ味、そして炎の威力、全てが一つの斬撃となって刻まれる。
いかに改造強化していようが、狂心薬の作用があろうが関係ない。
身体を縦断する深い傷跡。そこに魔剣の炎が纏わりつき、ラセツの肉体を一気に燃え上がらせた。
それでも尚、奇声をあげ抗う姿は、すでにヒトとは呼べない何かだ。
確実に致命傷と言える剣戟と全身火だるまの状態でもがき続けたラセツは、やがて力尽きたようで動かなくなった。
私はそれを見届けた。
そこにあるのは達成感でもなく、正義の心でもない。
ただの虚無だ。
何も思わないのではなく、何も思えない。
何とも言えない奇妙な気持ちが、私を支配していた。
「イブキさん!」
ジイナが駆け寄ってくる。
すまんな、私の我が儘を聞いてもらって。
おかげで私も一つの踏ん切りが―――
「何やってんですか! 街がめちゃくちゃですよ! あちこち焦げてるし! あそこまだ燃えてます! もう、どんな戦い方してるんですか! 早く消火しますよ!」
お、おう…………すまん、ほんとに……。
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