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第七章 黒の主、【天庸】に向かい立つ
174:事件の後処理はまだ始まったばかり
しおりを挟む■スペッキオ 導珠族 男
■303歳 迷宮組合カオテッド本部長
「本部長、ジンウです。失礼します」
「おお、入れ」
昨日の事件から一夜明け、それでもまだ尚忙しい。
年寄りに徹夜などさせるでないわ、と言いたいがある程度諦めている部分もある。
この年で眠気覚ましポーションの世話になるとは思わんかったわ。
【天庸】の襲撃があったのは昨日の昼前から昼過ぎくらいまで。大体鐘一つ分程度の時間で起こった事件じゃった。
あれだけの規模の襲撃を受け、その程度の時間で終息したのは偏にヤツらのおかげと言える。
早くに終えられたから、陽の出ている間に片付けや修復を始めることが出来た。
まあ、もちろんまだまだ終わっていないし、とりあえず被害の拡大を防ぎ、死者がこれ以上出ないよう処置をしただけじゃがな。
幸いにも……と言うか何と言うか、迷宮組合本部は無事なので、儂はこうして本部長室で執務に追われておる。
ここも本来であれば壊されておったじゃろう。
迷宮の氾濫を防ぐ為に、砦のように堅牢に作られたはずの組合本部。
その安全性を過信して、下部組織である衛兵団や中央区商業組合、住居組合、傭兵組合なども詰め込んでおった。
もしここが潰されていたら、中央区が全く機能しなくなったであろう事は想像に難くない。
さらに言えば迷宮の入口も中にあるのだ。
組合が瓦礫の山と化せば、迷宮への出入りも出来なくなる。
入っていた組合員も戻れず、資源採取に赴く事さえ出来ん。
そうなれば大迷宮を糧とするカオテッド全体、また周辺諸国にとっても大打撃だったじゃろう。
中央区、そして迷宮組合本部というものはそれほどの影響力を有する。
だからこそ狙われもしたし、だからこそ本部が残って良かったとは言える。
衛兵団長のジンウも昨日、いや一昨日からか、忙しく動いておる。
休ませたいが今はそうも言えん。
「現段階での中央区の被害が出ました。住居全壊が十二棟、半壊以下が三五棟になります。死者は判明している限りで八五人。怪我人は順次回復をしています」
「ふむ、多いと見るか、少ないと見るか」
「限りなく少ないでしょう。中央区だけで数千が死んでいてもおかしくはありません」
「じゃろうな」
それでも簡単に「少ないな」と言える為政者ではないんじゃよ。儂は。
いかに強力な敵が相手とは言え、一人と一体だけで八五人が死んでおる。
それを「被害が少ない」とは口が裂けても言えんわ。
「四地区の状況はどうじゃ?」
「そちらはまだ。いかんせん四地区全ての商業組合が潰されています。各区長も動いてはいますが、しばらく混乱は続くでしょう」
「はぁ、厄介な真似をしてくれるわ」
「しかし逆に言えば大通り沿いの商業組合近辺だけで被害が抑えられています。これが広い大通りでなく密集された住宅地などであった場合、さらに被害は増していたかと」
「数で言えばそうじゃな。しかし長期的に見れば商業組合の壊滅は四地区の経済だけでなく、周辺各国への通商破壊も同じ事。混乱が続くうちは二次被害が広がると見ておいたほうが良い」
「はい」
単純な被害だけで見れば中央区が最も多い。
狙われた組合本部の周りに背の高い建物が密集しているから当然じゃが。
おまけに合成魔物が四地区に比べて長時間に渡り暴れたせいで、その分被害も出ているわけじゃ。
ブレスさえ吐かなければ……と言っても仕方ないがのう。
「それとどの地区の衛兵からも【黒屋敷】に感謝を、と言付かっています。彼らにより助けられた衛兵、住民が多数おり、中央区を通して是非とも礼をと」
「あー、うむ」
「昨日の襲撃以降、今日も各地で復興作業に従事しているようです。それは中央区でも同じですが」
「あー、うむ」
そう、そこが問題じゃ。いや、問題でも何でもないんじゃが、個人的に頭が痛いポイントじゃ。
まず、一昨日の深夜の一件から考えねばならん。
【黒屋敷】のホームを襲撃した【ゾリュトゥア教団】の事件。
これもまた前代未聞の事件じゃった。すっかり【天庸】の影に隠れておるがとんでもない。
魔族による集団洗脳、禁忌の薬物、それを回復させる大魔法、そして北西区の教団支部への逆襲撃。
これにより教団を隠れ蓑にした魔族の暗躍が発覚。
ドボルダート鉱王国だけでなくカオテッドにも魔族が入り込んでいた事が明らかになった。
これだけ見てもパニックになるのは必至。それは鉱王国やカオテッドだけではない。
周辺諸国でさえも危険と感じるレベルじゃろう。他人事ではないとな。
それを示し、尚且つカオテッドに潜む魔族……それも男爵級悪魔族を倒したのが【黒の主】セイヤと【黒屋敷】のメイドたち。
おまけに薬物による洗脳を治すにもヤツらの神聖魔法でなければ無理だと言う。
それも無償で治すから、もし居たら連れて来てくれと。
どこぞの大司教に大金叩いてやっと施してもらえる大魔法を無償でやると。
まぁおそらく個人レベルではカオテッドで一番の金持ちじゃろうからサービスするつもりなのじゃろうが。
ちなみにその大魔法を使える狼人族のサリュという娘は、昨日の一件で一部組合員から「聖女」と言われておる。
言われている事に本人が気付いているかどうかは知らん。
ともかく、その一件だけでも大事件で、北西区、鉱王国から礼や表彰などが行われてもおかしくはない。
中央区でも住民に対する表彰として礼をしなければいけない。
しかし、そんな事を考える暇もなく起こったのが昨日の更なる大事件じゃ。
いや、鉱王国だけで見れば【ゾリュトゥア教団】の事件の方が大きいかもしれんが、カオテッドとしては昨日の事件の方が重い。
実質的な被害が分かりやすいと言ったほうが良いかもしれぬ。
魔族に操られながらも死者の出ていない【ゾリュトゥア教団】と、カオテッド全体で数百人が死に、建物の破壊、通商破壊がされた【天庸】。
比べる事自体が間違っているが、目に見えて分かる大規模被害というインパクトが大きすぎる。
そしてその【天庸】の襲撃を防いだのもまた【黒屋敷】。
いやもうお前らが事件を呼び寄せているんじゃないかと。
なんでこう立て続けに起こって、それがお前らの手で解決されるんだと。
実際はもちろん感謝しかないわけじゃが、何とも言えぬモヤモヤが儂の中にある。
あいつらが動くと派手になって、いつも儂の心労が増すんじゃ。
昨日のフロロとツェンにしたって「お前らそれだけの力があるんじゃったら、もっと別のやり方で被害を抑えられたんじゃないんか」と言いたくなる。
いや、感謝しかないというのは間違いない。
ヤツらが居なければカオテッド全体が壊滅し、何万人が死に、儂も死んでいたじゃろう。
それも分かっておる。だから本当に感謝しておる。
それでも何かこう、愚痴りたい気持ちがあるんじゃよ……モヤモヤするのう。
正直な話、メルクリオと事前に相談していたとは言え、【黒屋敷】の動きは見事じゃった。
たった十数人のクランでカオテッド全体を守ろうなどと他の誰が考え、誰が実行できようか。
そしてそれを為した実力は、単にSランククランと言うだけでは済まん。
本当に御伽話の【勇者】なのではないかと噂もされておるくらいじゃ。
うーん、セイヤが規格外の基人族であるのは分かるし、奴隷紋を見る限り『女神の使徒』と呼ばれるのも頷けるが、【勇者】というのもなぁ……。
【勇者】であれば仲間を強くできるのか? そんな話は聞いたことがない。
儂としては【勇者】とは別種の何かだと思っておるが、まぁそれはいいわい。
「いずれにしても礼は必要かと思います。自分たちが倒したワイバーンを四地区にそれぞれ「復興の足しに」と寄付し、中央区にも合成魔物をそのまま寄付してくれたのですから」
「そうじゃな。腐る前に解体はさせたが、売りさばくにしても四地区の商業組合がほぼ止まっておるからのう。中央区内だけでさばくしかないか」
「ゴールデンレオの部分だけでも希少ですからね。欲しがる者は多いでしょう」
そう。【黒屋敷】は各地区の復興従事だけでなく、仕留めたワイバーンも寄付しよった。
曰く「自分たちだけでなく衛兵と一緒に戦ったから」と。
それもあって四地区からの礼も来ておるわけじゃ。
正直、儂らとしてもあの合成魔物は助かるんじゃが、そうなると誰より活躍した【黒屋敷】の取り分がなくなるじゃろう。
と聞けば「うちはワイバーン一匹と、特大ワイバーンと、風竜を貰いますので」との事。
なにそれ。
えっ、そんなの来てたの? となったのが昨日の事。
儂の見えん所でそんなのと戦ってたんかい! しかもごく近所ではないか!
えっ、みんな知ってたの!? 知らなかったの儂だけ!? うそん!
風竜とかいつの間に現れたんじゃ! そんでいつの間に倒されたんじゃ!
そんな報告を聞いて、また心労が増した。
やめてくれんかのう、年寄りを助けた上で虐めるプレイ。
何プレイって言うんじゃそれ。
そういった事も含めてモヤモヤしておるんじゃ、儂は。
まぁ昨日と一昨日の件も含め【黒屋敷】には礼を弾まないわけにもいくまい。
復興作業を手伝ってもらっている事もある。これで「ありがとう」だけで終わらせるわけにもいくまい。
落ち着くまでしばらくは掛かるじゃろうから、それからじゃがな。
それに四階層の共同探索の件も頼まねばならん。
未だ【黒屋敷】しか行ってないから真偽や詳細が掴めない部分が多い。
【魔導の宝珠】か他のAランククランと組んで潜ってもらう必要がある。
メルクリオにしても今回の件を本国に伝えに行く必要があるじゃろう。
もしかすると目的だった【天庸】を倒した事で【魔導の宝珠】は解散するやもしれん。
それも含めてメルクリオと話し合わなければならんな。
やれやれ、仕事ばかりで嫌になるのう。
いつになったら休めるものやら。
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