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第八章 黒の主、復興の街に立つ
175:おてんば姫の人魚
しおりを挟む■ラピス・アクアマリン 人魚族 女
■145歳 アクアマロウ海王国 第一王女
「あ、ジューエルただいまー」
「ただいまーじゃありませんっ! ふらっと出て行ったかと思えば一年も!」
「たった一年で帰ってきたんだから、そんな怒んないでよ」
「たったじゃありません、たったじゃっ!」
耳がキーンとなるから怒鳴らないでほしい。
久しぶりに王城に帰って見ればこの有様だ。
部屋に着くなり口うるさいジューエル婆やが迫ってくる。その年齢でよくそんな大声出せるものだ。
「とにかく早くお召し替えを! 陛下がお待ちですよ!」
「えぇぇ、別にこのままでいいじゃない。お父様に会うだけだし」
「姫様が普段着で出歩く事が問題なのですっ!」
「分かった! 分かったから近くで怒鳴らないでよもうっ!」
渋々、されるがままにドレスに着替える。
妹も貴族連中もよくこんなの着れるもんだ。すごい忍耐力だと感心する。
そうして着付けされていると、申し訳なさそうに部屋の扉が開いた。
恐る恐る顔を覗かせたのは、愛すべき妹だ。
「お姉様っ! 帰っていらしたのですねっ!」
「ただいまサフィア。相変わらず可愛いわね~。元気そうね?」
「はいっ! お帰りになるのを待ちわびておりましたっ!」
なんって愛くるしい妹なのでしょう。
幼いながらも感じさせる気品と美しさは王女そのもの。
どこぞの王女とはまるで違う、宝石のような輝きね。
どこぞの王女はドレスを着るにも苦労してるらしいわよ痛い痛い痛い、ジューエル、コルセット締めすぎだから。
「今度はどこにお出掛けしていたのですか! わたくしまたお話お聞きしたいですっ!」
「ふふっ、陸地は樹界国に行っただけよ?」
「樹界国! どうでしたか! 相変わらず木がたくさんあるのですか! 山は、山は登りましたか!」
「落ち着きなさい、サフィア。とりあえずお父様に報告してから、後でゆっくりお話ししてあげるから」
「ぅぅ……分かりました。お待ちしております……」
サフィアは私と違って王都から出たことがない。
過保護とか籠の鳥というわけではないのだが、優秀すぎる妹は真面目なのだ。
王族が用もなく出歩く事を良しとしない。その教えを忠実に守っている。
本当にどこぞの王女とは大違いね。
だからこそ国外、特に地上の事に関して非常に興味を持っている。
見たことのない景色を見たい、でも見れない。だからいつも私が土産話を持ち帰ってくるのを楽しみにしている。
そんな様子が可愛らしくて私はお出掛けの様子を武勇伝のごとく話してしまうのだ。
多少の脚色も致し方ないだろう。
聞きたいけど我慢しなくてはいけないという悲しそうな顔に、思わず抱きしめたくなるが、先にお父様に報告だ。
……やっぱ抱きしめてから行こう。ギューっとね。
ジューエルに急かされるように執務室へ。謁見の間とかじゃなくて良かったわ。
軽く適当にノックして承諾を得てから入る。
もうノックの仕方で私だと分かるらしい。
「ようやく帰ってきたか馬鹿娘が」
「ただいま戻りました、お父様。お土産に樹界国のワインを」
「はぁ、で? まーた樹界国に迷惑かけてきたのか? まーたディセリュート陛下にお詫びをせにゃならんのか? お前がふらっと出掛けるたびにこっちが苦労するんだが?」
失礼ね、お父様は。
別にどこにも迷惑なんか掛けた覚えないわよ。
確かにいつも約束なしで行っちゃうけど、無断で出掛けてるんだから仕方ないし。
「いえ、今日はちゃんとした報告よ。ただの土産話じゃないわ。外交よ外交」
「寝言は寝て言え。お前が外交とか海が干上がっても任せられんわ」
「私だって外交くらいちゃんとするわよ。で、これ、陛下からの親書。読んでみて」
「親書? お前に対する被害届じゃないだろうな……」
全く失礼ね、この親父は。
まぁいつも樹界国へ行っても親書なんか貰ってこないから怪しむのも分かるけど。
今回は事情が事情だからちゃんとした報告なのよ。だから私も受け取ってすぐ戻ってきたんだし。
たった一年で帰ってきたんだからそれくらい察しなさいよ。
お父様が親書を読むなり真剣な表情になる。
気持ちはよく分かる。
私も実際に樹界国でを聞いて、取り乱したのだから。
♦
「ミーティアが、居ない、ですか?」
「ああ、本来ならば真っ先に周辺各国へ一連の内容を通達すべきだったのだが、後回しになっている現状だ。ラピス姫にも海王国にも申し訳なく思う」
「一体何があったのです?」
「ふむ、国の恥を吹聴するのも問題なのだが……そうも言っておれん状況でもある。ラピス姫や海王国との親交も考えれば黙ったままとはいくまい。……くれぐれも内密に頼む」
川を上り、そこから歩いて向かった樹界国の王都ユグドラシア。
数年ぶりとは言え変わらない街並みに見えたが、言われてみればどこか慌ただしく感じたものだ。
来た目的は同年代の『神樹の巫女』ミーティアと遊ぶ為だったのだが、そのミーティアが居ないと言う。
さらに言えば、フューグリス王子もユーフィス王女もゲルルド宰相までも居ない。
一応は謁見の間に通されたが、その陣容にかなりの違和感を覚えていた。
そして話を聞くにつれ、それが只事ではないと知る。
私はなんて時に来てしまったのかと少し後悔もした。
逆にこのタイミングで来た事が良かったとも思えた。
確かに樹界国の混乱は尾を引き、陛下も忙しそうで疲れたお顔をしている。それは今までに見た事もない陛下だ。
長くを生きる樹人族も、そして人魚族も変化に疎く情勢に置いて行かれる時もある。
樹人族である陛下が忙しそうに動くほどの変化を、待たずして知れたのは僥倖だろう。
私がここへ来なければ、いつ海王国へ情報が届くかも分からないのだから。
私は急ぎ、陛下からの親書を持って帰還する事を決めた。
そしてこれからどう動くのかも。
♦
「これは……ただの政変で済ませるわけにもいかんな。確かに真実なのだな?」
「私が親書を読んだわけじゃないから、そう言われても分からないわよ」
「ミーティア王女の追放、フューグリス王子とユーフィス王女の死亡。魔族の暗躍に魔導王国の【天庸】……。捕らえられた陛下をお救いし、政変を直したのもまたミーティア王女――そして『女神の使徒』様だと」
樹界国に起こった一連の事を、一言で済ませるのは無理だ。
国が滅んでもおかしくないほどの事件が起き、それが一日にして解決されたのだから。
私は最初、ミーティアが『神樹の巫女』の地位をはく奪され『日陰の樹人』となったと、そう聞いただけでも驚いた。
さらには国外追放処分という名目で売られたと聞けば、声を荒げたのも仕方ないだろう。
あのミーティアが、『神樹の巫女』として誰より国を思い、誰より努力していたミーティアがそんな目に会うだなんて、聞くだけで悲しくなる。
そんな目に会わせたのがフューグリス王子とユーフィス王女だと言うのだから、余計に怒りもするものだ。
なぜ自分の妹にそんな真似が出来るのかと、陛下の手前、言えはしなかったが、本人が生きていれば私が殴っていたところだ。
そして、そのミーティアを助け、樹界国まで救ったのが『女神の使徒』様。
「セイヤ殿という名の基人族か……。今はミーティア王女と共に【混沌の街カオテッド】に住んでおられると」
「私はそこへ行くわよ」
「はぁ、言うと思ったが……ミーティア王女の元へ遊びに行くだけではないのだな?」
「それもあるけど」
「おいっ!」
そりゃミーティアだって心配だから様子見に行くわよ。当然じゃない。
「そのセイヤって人がどういう人なのか、見ないわけにもいかないでしょ。ディセリュート陛下は大絶賛だったけど」
「そりゃ国を救われれば絶賛もするだろう。おまけに神託があった上、『女神の使徒』様ともなれば余計に、だ。聞く限りではその方が【勇者】様であったとしても不思議ではない」
「それよ。もしセイヤという人が【勇者】様であるならば――」
だからこそ私は行きたいのだ。
話に聞くだけでなく、この目で確かめなければならない。その真偽を。
「はぁ、分かった。ただいつものごとく『お出掛け』というわけにはいかんぞ。これこそ『外交』だ」
「分かってるわよ。なるべく便りを出すようにするわ」
「なるべくじゃない、密に報告しろ」
「はいはい」
長旅になったらサフィアも悲しんじゃうでしょうしね。
サフィア宛ての土産話を手紙にすればお父様への報告になるかしら。そうすれば一石二鳥よね。
「国の方は警戒しておこう。行方不明のゲルルド宰相と魔族……一応は隣接する海王国に来ないとも限らんからな」
「ええ、ディセリュート陛下も危惧していらっしゃったけど、そっちはお願いね」
そうして私は執務室を出た。
さて、サフィアと遊んだら早速行ってみよう。
カオテッド……行った事のない街。
ミーティアやセイヤって人に会うのもそうだけど、新しい街に行くのは楽しみでしょうがない。
とは言え、そこまで大河をずっと上るのがしんどいんだけど。
はてさて、何日泳げば着けるのやら。
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