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第八章 黒の主、復興の街に立つ
187:思い付きの発言から拡大する被害
しおりを挟む■ラグエル 天使族 女
■11018歳 創世教女教皇
ウェヌサリーゼ様の神託にあった【勇者】セイヤ様の下へ、シャムシャエルとマルティエルを送り出してから、まだそれほど時間は経っていません。
しかし、それからの日々は毎日が怒涛の如く。
こんなにも忙しなく過ぎる一日一日というのは記憶の限りではないように思えます。
出掛けに持たせた伝書鳥が数羽、毎日のように飛び交い、彼女たちの報告や情報をこまめに受け取っては一喜一憂しています。
一つの報告が来るたびに協議を重ね、結論が出ないうちにまた次の報告が来る。
それでも備忘録の編纂にあたる者は、セイヤ様のお言葉を一刻も早く綴りたいと、急かしている状態です。
最初の報告からして私たちの中では議論の対象でした。
何とかセイヤ様を探し出し、説得を重ね、二人を側付きに出来たのは僥倖。
思わず皆で拍手しました。よくやったと。
しかしどうもセイヤ様は自らを『女神の使徒』『勇者』とは認めたくないご様子との事。
どうやら【アイロス】に下ろされる前に女神様から直々に試練を与えられたようで、それ故に女神様に対し嫌悪しているようなのです。
さらに言えばその眷属である天使族に対しても快く思っていないらしいと。
そんな中で側付きになれた二人は褒められて然るべきなのですが、″女神様を嫌う【勇者】様″に対して、我々が迂闊な行動はとれません。変に思われればあの二人をも遠ざけられるでしょう。それだけはいけません。
それもまた議論の対象ではあったのですが、問題はここからです。
セイヤ様の僕となった二人には、左手の甲に女神様の紋様が刻まれたと言うのです。
報告書に図付きで記されたそれは、まさしく後光を差す女神様の紋様です。
「なんという神々しさ!」「この紋をあの二人が!?」「ずるい!」「私もセイヤ様の下に行きます!」「いや私こそ!」
宥めるのに苦労しました。
私だって欲しいのに、私や四大司教は国を離れられないのですよ? 行かせるわけがありません。
誰かに席を譲って良いのであればすぐにでも譲りたい。そして私も飛んで行きたいくらいです。
「それにシャムシャエルの報告書にも書いてあります。これを呼び水に天使族がこれ以上来ることのないよう、主人として命じられた、と。セイヤ様もこちらの動きを想定しておられるのです。これに反するわけにはいきません」
『むぅ……』
こうして皆を抑えるのも苦労します。
それからも次々に報告書は上がってくるので、その度に「やっぱり行きたい」と言い出す者や、長く議論をする必要のあるもの、備忘録に載せるべきか悩ましいものなど、たった数日で千年ほど老け込んだ気さえします。
特に気になる報告では『侍女という存在の捉え方』、そして『衛生管理について』でしょうか。
これはセイヤ様の奴隷の方々から聞き取った内容との事ですが、かなり長い報告書になっていました。
先代勇者ミツオ様の御意思により、元いらした世界の詳しい解説や、ご自身が女神様より下賜された能力については秘匿され、備忘録にはあくまで『勇者様がお残しになったお言葉のみ』を載せてあります。
ですので報告書の中身を吟味し、備忘録として編纂すべきか議論する必要があるのです。
どうやら『侍女』と『衛生管理』についてはセイヤ様が熱心に教え込んでいたようで、内容も細かく、考え方も勇者様ならではの特殊性があります。
これは全て備忘録に収めるべきだという意見と、元いらした世界に関する情報だから規制すべきだという意見で割れました。
まぁ載せますがね。私の権限をフル活用して。
今代の勇者様のお言葉ですから、私が残さないわけがございません。
その後の報告では戦いについての記述が多くありました。
迷宮での訓練、【ゾリュトゥア教団】という邪教の討伐、【天庸】という国家レベルの脅威に対する防衛戦。
邪教も【天庸】も魔族が絡んでいたらしく、これはまさに勇者様の聖戦です。
報告書を読む手にも汗がにじみました。
そしてその戦いに参加できた二人を思い、送り出して良かったと心から安堵しました。
しかしこれもまた議論の対象です。
「狼人族の回復役が<聖域結界>を!? そんなばかな!」
「シャムシャエルが<解呪>など放てるわけがないでしょう!」
「いや、マルティエルが<聖なる閃光>や<超位回復>を使える事の方がありえませんわ!」
嘘を書くとは思えません。こうなると分かっていて報告してきたのでしょう。
という事は『書きたいけれど書けない内容がある』という事。
すなわち女神様から下賜されたセイヤ様の能力によるものだろうと思います。
なんらかのお力……御加護なのかスキルなのか、それにより二人が強化された。
それも助祭であるマルティエルが四大司教と並ぶほどの神聖魔法が使えるようになるほど強力な強化。
狼人族の娘に関しては私をも超えているやもしれません。
そんな力の存在が世に広まれば、備忘録で後世に残れば……これは大事です。
さすがにこれは載せるわけにはいきません。
私の権限で強化に関する記述を全て破棄させましょう。
さらに数日後の報告では、今度は『総合神殿』なるものを作る話が出て来ました。
どういう事かと思えば、他種族の信仰する神々を女神様と共に同じ場所で祀ると。
女神様の神像を中心に、神々が手を取り合うように並べると言うのです。
少数ながらこれに反発した者もおりました。
女神様が絶対であり、他の神々を同列に扱うなど許される事ではないと。
その気持ちも分かります。しかしセイヤ様が『総合神殿』を提案されたのには理由があるのではないでしょうか。
「理由、ですか?」
「シャムシャエルの見解では『勇者が他種族と手を取り合うように信仰する神々も手を取り合う』となっています。しかし私はそれだけを理由にセイヤ様が『総合神殿』を提案されたとは思えません」
「それは一体……」
「『総合神殿』は所謂″神殿″ではなく、セイヤ様のお屋敷の一部屋に作られるとあります。なぜわざわざ屋敷の部屋を改造し、『総合神殿』としたのか。それは即ち、『神々をも自らの内に引き込もう』『民と同じく神々をも自らが守ろう』、そういう意図があるのではないでしょうか。つまりは『信仰の保護』です」
『おおっ!』
ただの人が行えば烏滸がましいほどの行為。
しかし女神の使徒たる【勇者】様であれば、傲慢でも何でもなく、自然な発想とも言えます。
全てに対する救済の精神が勇者様たる所以なのですから。
これにより反対意見は沈静化しました。
考えれば考えるほど深く素晴らしい発想だと思います。
出来ればここの聖殿も同じようにしたいくらいですが……我々がそれをやれば不敬となるでしょう。
残念ですが、セイヤ様のお屋敷のみとした方が良いですね。
何でしたらそこを創世教の本聖殿に位置付けても良いかもしれません。
勇者様の御意思で作られた『総合神殿』は、女神様の御意思も同じなのですから。
さて、これもまた議論の対象か、と思った矢先。
次なる報告書に神聖国が揺れる事となります。
女神様のお顔が……違う……でございますと……!?
■ウェヌサリーゼ 創世の女神
「ディール! リンデアルト! てめえらどさくさに紛れて何してくれてんだ!」
「そうだそうだ! 勝手にベストポジションとりやがって!」
「貴方たちが『誰々の隣は嫌だ』とか言うから代弁したんですよ!? 別にこれくらいの役得は良いでしょう!」
「ですです。文句言うなら自分で頑張って神託すればいいのです」
「出来たらしてるわ! あの面子に神託下ろせるヤツが他にいねえんだよ! ユグドも使えねーし!」
「つ、使えないとは酷いですね! 私だって神託が禁止されていなければ即座にミーティアに伝えています!」
「禁止されるような事をしてるから馬鹿って言うんだよ!」
「な、なんですって!? 言うに事欠いてこの駄犬が!」
「だ、駄犬!? 俺は獣神だぞ!? 犬でも狼でもねえよ! 木! この枯れ木が!」
「か、かれっ……もう許しませんよ! 戦争です! 樹界国と獣帝国の戦争です!」
「おお、望むところだバカ野郎!」
……うっせ。
何なんだこいつらは。
次々に来たかと思えば「神託を下ろさせてくれ」だの「女神様から指示してくれ」だの「あの神がむかつくから何とかしてくれ」だの。
本気で消滅させてやろうかと思った。
全く、セイヤ・シンマも相変わらず理解不能の動きをするものだ。
いくら面白くてもこちらに被害が出るのは堪らん。
しかも私の神像の顔、変えさせるし。
せっかく数万年前に指示して少し美形にしたと言うのに、余計な事を……。
とりあえずディールとリンデアルトは、今後しばらく神託禁止だ。
占いの枠で未来を示唆する程度ならば運命神としての権限の範疇だが、神託で指示するのはやりすぎ。
しかもどうでもいいような神像の順番決めの為だけの神託など言語道断。
あー、頭痛いわぁ……。
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