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第八章 黒の主、復興の街に立つ
199:苦難と収穫の迷宮
しおりを挟む■ウェルシア・ベルトチーネ 導珠族 女
■70歳 セイヤの奴隷
「随分と固い木だな。叩くとカンカン鳴るぞ」
「もしかすると黒曜樹というものかもしれません」
「知っているのかサロルート」
「僕も見た事はありませんがね。ただ本当に黒曜樹だとするとかなり希少ですよ。加工手段は限られますけど杖の材料にすれば強力なものが出来るはずです」
『おお!』
そう言われて採取しないわけがありません。皆さんマジックバッグの空きを埋めるが如く、木材の採取をし始めました。
ご主人様も自重を忘れ、ズバッと伐っては<インベントリ>に入れていきます。
もう十本以上伐ってますよね? そんなに使わないでしょうに。
そうして『黒い枯れ木の森』改め、仮称『黒曜樹の森』を端から入ろうとした所で、ネネさんの察知に反応があったようです。
「ん! なんかいっぱい来た」
瞬時に警戒をするのはさすがAランククラン、そして我々も同じです。
ネネさんが指さし示すのは前方広範囲からの襲撃。
やがて他の斥候の人たちも騒ぎ始めます。
「小さいですが数が多い!」「羽音がする! 虫だ!」「いや地面からも来てる!」「明かりをよく照らせ!」
「調査だからって様子見する事ないぞ! 即座に倒すつもりでいろ! 決して侮るな! ここは四階層だぞ!」
『おお!』
どうやら一種類だけではないようです。
メルクリオ殿下の号令が響き、緊張感が増します。
わたくしたち【黒屋敷】が先頭ではありますが、五つのクランが防壁のようにまとまって、迎え撃つ体勢を整えました。
「見えたっ! 前方から黒蛇の群れ! 右から緑のナメクジの群れ! 左から蜂……? それが多数!」
「蜂じゃねーよ、ボムバグだ! 近づけさせるな! 体当たりで爆発するぞ!」
「ナメクジも近づけさせちゃいかん! アシッドスラッグじゃ! 酸を吐いて溶かしてくるぞい!」
「ん。黒い蛇は、多分、シャドウスネーク。毒吐くやつ」
毒を吐く黒蛇、酸を吐くナメクジ、爆発する羽虫。
それらが群れで襲って来ていると。随分と攻撃的なエリアですわね。
黒曜樹を伐りすぎたのが問題なのでしょうか。
「サリュ! 蛇を狙ってバンバン撃て! エメリー、イブキ、ネネは防御主体で近づけさせるな! ウェルシアは右! ナメクジも巻き込んで広範囲魔法! 俺は左を対処する!」
『はいっ!』
右側のナメクジと相対するのは【震源崩壊】【風声】の二つですわね。
援護というほどでもないですが、蛇を削るついでにナメクジもいくらか削りましょう。
<魔力凝縮>で範囲を狭めずに威力だけを上げて撃ちます。
群れと言っても三〇体ずつ程度の小物の魔物です。
これだけの面子で挑めば恐れるほどのものではありません。殲滅するまでは早かったですね。
まぁわたくしたちはこうした戦闘を魔物部屋で慣れていますので、トロール一体と戦うよりもやりやすいのですが。
しかし問題は、その状態異常のいやらしさと、集団で襲い掛かってきた経緯の謎でしょうか。
四階層で状態異常と言えば、溶岩による火傷でしたが、ここでは毒・酸・爆発と……爆発を状態異常とは言えませんが、厄介な攻撃手段をとってくるようになったものです。
「採取したから襲って来たのか、領域に侵入したから襲って来たのか、それとも別の何かに反応したのか……」
「三種の魔物が同時に、というのが判断に迷いますね」
「どうする? 進むか、帰るか」
「うん、もう少し進もうか。それで魔物の反応も見たい。なるべく固まって警戒を密にして行こう」
どうやら進むようですね。
この調子で群れで襲って来てくれるとCP稼ぎが捗りますね。
四階層は強い敵が多くても、あまり数が居ませんから。
しかしわたくしの願いも空しく、魔物は単発で攻めて来るのみとなりました。
やはり伐採したのが原因だったのか、そう結論づけた所でまたネネさんは声を上げました。
「ん…………デカイのいる」
デカイの? まさかもう【領域主】ですか?
「ん? ……小っちゃいのもいっぱいいる」
分かりません。どうやら大きな魔物の周りに、小さい魔物……おそらく先ほどの蛇・ナメクジ・羽虫がいるようなのです。
問題はその大きい魔物が何なのか。
近づかなければ確認のしようもないので、少しずつ慎重に近づきます。
各クランの斥候職の人たちも声を潜めて騒ぎ始めました。
こちらでもネネさんが<暗視>も駆使して分かった事を伝えて来ます。
「んー、首が五本のデッカイ蛇。……ヒュドラ?」
「ヒュドラ……ですかね?」
「ヒュドラって首三本じゃないのか?」
ヒュドラは有名な魔物ですね。蛇系の最上位種です。
しかしわたくしも首は三本だったと記憶しています。
この情報を持って、皆さんと相談します。
「普通のヒュドラとて厳しいぞい。儂ら的にはまだトロールキングの方がやりやすい」
「俺んとこも同じく。ヒュドラって毒とかバンバン吐いてくるんだろ? 戦った事ないけど」
「戦った事のある者はこの場に居ないでしょう。僕の所も無理ですね。周りの雑魚敵の掃討くらいならお手伝いできますが」
「僕らは距離とりながら魔法撃つ感じになるかな。あいつの魔法防御次第だけど。セイヤは?」
「んじゃ俺たちだけで行ってみるわ」
「「軽いなー」」
「その代わり雑魚敵を打ち漏らしてこっちに向かって来るようならそれは任せるよ。いいか?」
「ああ、それくらいなら問題ない。初見なんだからくれぐれも気を付けてくれよ?」
どうやらわたくし達だけで倒すようですね。
さて、どうしたものでしょうか。『亀』ほどの脅威は感じませんが、それでも確かに初見ですから注意は必要です。
「俺、エメリー、イブキでヒュドラに突っ込むか。周りの雑魚はサリュ、ネネ、ウェルシアに頼む」
『はい』
「問題はヒュドラの毒……いや普通のヒュドラじゃないからそれ以外にも何かあるかもしれないけど、とにかく首の正面には立たないように。首の動きに注視しておけ。周りの雑魚も毒だの酸だの爆発だのしてくるはずだから、足を止めずに近くの敵から処理していく事。サリュはいつでも回復できるように心構えを頼む」
『はいっ!』
そうして始まりました、ヒュドラ戦。
颯爽と突っ込んでいくご主人様とエメリーさん、イブキさん。
わたくしとサリュさんで魔法を次々に放ち、周りの敵を排除していきます。ネネさんもよく見えない速度で縦横無尽に動いていますね。
やはりヒュドラは毒液をどんどんと吐いてきます。さらには酸液も。
これが五本首の特徴なのでしょうか。足の遅いイブキさんが狙われると厳しいですね。
イフリートの炎で防いでいますが。便利ですね、あの魔剣は。簡易版炎の壁のようにも使えます。
特に厄介なのがボムバグという羽虫。
飛んでくるだけなのですが、当たれば爆発。
こちらの攻撃でも爆発するのですが、ヒュドラの毒などに当たっても爆発します。
意図しないタイミングでの爆発は、隙を生みやすい。そして連鎖するように爆発していきます。
これも魔物ならではの連携と言うのでしょうか。
なるほど、雑魚敵も含めて、ここの【領域主】は厄介だと言えますね。
しかしどうやら神器と魔剣の前では、その硬そうな鱗も意味を為さないようです。
次々に斬られ、腐蝕され、焼かれ、ヒュドラが倒れるまでにあまり時間は掛かりませんでした。
むしろ雑魚敵が多いので、そちらが残っている状態です。
『おおー!』
後方の各クランから歓声が上がりました。
危なげない戦いだったと思いますし、見ている方もそれほど緊張感はなかったようです。
わたくしたちの戦いぶりに見慣れて来たのかもしれませんが。
近寄ってくる間にご主人様がドロップ品を回収します。
「【甲多頭蛇の蛇皮・眼・牙】、あとは大きな魔石だな。トロールキングと同じサイズか」
甲多頭蛇……やはりヒュドラとは別種という事でしょうか。ヒュドラなら普通に【多頭蛇】とかになりそうですし。
「おつかれセイヤ、さすがだね」
「尋常じゃない強さじゃのう! 分かっちゃいたが!」
「あれを初見で完封とか信じらんねぇぜ」
「いやはや、気を揉んで損しましたよ」
そうした労いを受けていると、またもネネさんが声を掛けます。
「ん、ご主人様、魔法陣あった」
「お? やっぱトロールキングと同じで【領域主】の所にはあるんだな。どれどれ」
「こっち」
ヒュドラの居たさらに奥、その壁際に隠し魔法陣があったようです。
暗い中でこれを見つけるのは不可能ですね。さすがネネさんです。
罠がない事を確認。魔力を流して出てきたのは……。
「なんだこれ。リング? あ、イヤリングか?」
二つの小さなイヤリング。紫の宝石が付いた、可愛らしいものです。
「おそらく耐毒か防毒のイヤリングじゃないかな。なかなかの値打ち物だと思うよ」
「へぇ、ヒュドラが毒を使ってたから、それで耐毒装備ってことか? いや、倒した後で貰ってもなぁ」
いずれにせよ、これは売らずに私たちで使うようです。
ちなみに<インベントリ>で確認したら【防毒のイヤリング】だったそうです。
毒を完全に無効とするわけですね。確かに有用だと思います。
「誰に着けさせるか……まぁ毒の危険があるのは前衛だろうな。その中でも一番敵に近づくのは……ツェンか」
「ツェンですね。しかしツェンがイヤリングですか……」
「失くしそうだな……」
「ん。似合わない」
「竜人族だから毒耐性を持ってるとか……あ、合成魔物で毒ってましたね。じゃあやっぱり必要ですかね……似合わないですけど」
なんか散々な言われようですわね。確かにツェンさんにアクセサリーというのはイメージに合いません。
青い髪と紫の宝石は合いそうですけれど。
同じ前衛でもイブキさんやジイナさん、ティナさんは、近づかずに攻撃できる手段がありますし、他はヒイノさんくらいでしょうか……兎耳でイヤリング? 余計に外れそうですわね。
ともかくこれで『黒曜樹の森』は一応制圧ですね。完璧な調査・探索とは言えませんが十分な成果ではあります。
これでようやく帰れるでしょうか。
ご主人様ではありませんが、わたくしもお風呂が恋しくなってきました。
すっかり染まってしまいましわたね。組合員であり、ご主人様の侍女というこの生活に。
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