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第九章 黒の主、魔導王国に立つ
214:連鎖する謀略と重なる思惑
しおりを挟む■キルギストン 多眼族 男
■50歳 商業組合ツェッペルンド支部 担当員
「なるほど。さすがは侯爵閣下。ジルドラ殿下を動かし、陛下への忠言を率先して行い、その場をご自身の意のままに操るとは……見事な手腕に御座います。このキルギストン、感服致しました」
「操るなど人聞きが悪いではないか。あれはあの場に居た全員の思いを代弁しただけだ。貴様も直に見れば分かったはずだ。あの者たちに【天庸】を倒せるはずがない、とな」
私はドグラ侯爵の私室へと呼ばれてやって来た。
本来であれば商業組合の支部長でもない、ただの職員である私が来られるような場所ではない。
そもそも王都にやって来るまでが大変だったのだ。
大錬金術師デボラを殺害し、金を握らせた衛兵に″老衰″だと認めさせる。
そうして得たデボラの錬金知識を息のかかった錬金工房に拡散し、同時にデボラの弟子だった娘をその工房へと次々に派遣した。
知識を得て、実際に弟子の製法を見た工房主たちは、どんどんと錬金の実力を伸ばしていった。
それによりトランシルの街が『錬金の街』と言われるようになり、私はやっと王都栄転となる。
王都に着くや否や、大貴族との接触を試みた。
全ては私が魔導王国の商業組合全体を手に入れる為。王都支部長の座を得る為に。
伝手と金を使い、やっとお会い出来たのが宮廷魔導士団副長たるドグラ侯爵であった。
それからこれまで、私は陰日向となって侯爵閣下を支え続けて来たのだ。
ある時は金の融通。ある時は禁制品の横流し。ある時は闇商人の仲介。
危ない橋を渡り続け、ようやく覚えめでたく信頼されるまでとなった。
今回の一件は、ドグラ侯爵が将来、宰相位に就く為の確実な一歩となるだろう。
少なくとも【天庸】討伐の功績が偽りであったと証明されれば、″メルクリオ派″は完全に終了、″ヴァーニー派″も窮地に立たされる。
ならばジルドラ殿下が王位に就き、ドグラ侯爵が宰相位、もしくは宮廷魔導士団長の座を得るのは間違いない。
そうしてやっと私が商業組合の実権を握る事が出来るというわけだ。
ここは是が非でも勝たなくてはいけない勝負所である。
「【相克の蒼炎】にはすでに話が行ってある。ヤツらは金さえ握らせればこちらの言う事を聞くからな。都合が良い」
「実際、Aランクの腕も御座います。迷宮組合の王都支部においても間違いなくトップクラスの戦力かと。そこを意のままに動かせる侯爵閣下に感服するばかりです」
「仮に【黒屋敷】とか言うあの連中が実際にSランク相当の腕だとしても、今回の勝負、我らの勝ちは間違いない。【相克の蒼炎】は【ツェッペルンド迷宮】を知り尽くしている」
確かに仰る通り。
【ツェッペルンド迷宮】に慣れ親しんだAランククランと、初めて挑戦するSランククラン。
どちらが勝つかと言われれば誰に聞いても前者だろう。迷宮探索は強さが全てではないのだ。
そんな事は迷宮に潜った事のない私からしても分かる事実。
それなのに勝負として成立させたのは、「【天庸】を倒せるほどのSランクであれば、その条件でもAランクを倒せるでしょう?」とその場の雰囲気と勢いを利用した侯爵閣下の手腕に他ならない。
やはりこの御方はキレる。改めてそう思う。
「とは言え、若干の懸念もある」
「と言いますと?」
「陛下は恐ろしい智謀を持った御方だ。あの方が何も考えず、メルクリオ殿下の言を信用し、あの者たちを認め、褒美を与えるとは思えん。翻っては、あの【黒屋敷】とか言う連中に見た目以上の何かがあると見ておいた方が良い」
神算鬼謀。陛下の恐ろしさは音に聞く。
しかしながら侯爵閣下には油断も慢心もない。
策を巡らせるその様は、私からして同じく神算鬼謀に思える。
私は隣に座らせていた男を見やる。
「なればこそ、今日はこの者を連れて参ったのです」
「ジキタリスだな。色々と話は聞いている」
「はっ。閣下のお耳汚しでなければ良いのですが」
小太りな多眼族の中年。王都に店を構える【ジキタリス商会】の店主だ。
恐縮そうな顔をしているが、言葉は堂々としている。
それは貴族と相対する事に慣れた商人のものだ。
「今回の勝負、閣下の悲願の為にも、是が非でも勝たねばなりませぬ。このジキタリスであれば、【相克の蒼炎】への装備やポーション類の提供も可能。何でしたら禁制の品や毒などもご用意できます」
「はい、なんなりとご用命下さい」
「それは心強いな。【相克の蒼炎】がその方の店を訪れた時には便宜を図ってやれ」
「はっ」
「それと、もし【黒屋敷】の連中が来る事があれば粗悪品でも売ってやればよい」
「かしこまりました」
迷宮組合員に対する装備やポーション類のサポートというのは絶対に必要だ。
普通に探索するだけでも重要視される第一のものであり、今回のような短期間の勝負であれば尚更。
【相克の蒼炎】を勝たせる為ならば我らが一丸となって補助する必要がある。
「それと念の為ではあるが―――ジルドラ殿下に″庭師″を動かしてもらう」
「っ!? ″庭師″を……ですか……!」
「なんと……!」
″庭師″。それは魔導王国の暗部組織【静かなる庭】の一員を表す別称だ。
″軍務卿″であらせられるジルドラ殿下であれば確かに動かす事は可能。
しかしまさか暗部まで動かすとは……それだけ殿下もこの勝負に掛ける本気度が窺えるというもの。
これはもう仮に【天庸】討伐の報が正しかったとしても、勝つのは間違いない。
迷宮という空間で、【静かなる庭】に狙われた上、最大限のサポートを受けたベテランのAランククランに勝つなど不可能だ。
Sランクだろうが何だろうが全く関係ない。必ず勝てる。
ならば私も早々に動かねばなるまい。
私の″勝負″はまだ終わらない。
商業組合を手中に収めるまでは―――。
■フロロ・クゥ 星面族 女
■25歳 セイヤの奴隷 半面
仮初の『褒賞の席』の翌日、我らは全員で王城を出て、迷宮組合へと向かう。
なんでも【ツェッペルンド迷宮】は王都の外、少し離れた東側にあるらしい。
いくら迷宮資源が欲しいとは言え、氾濫の危険性もある迷宮だ。さすがに王都の中というわけにもいかないのだろう。
そういう意味でもカオテッドの異質さがよく分かる。
街の中心、迷宮組合の中に迷宮の入口があるなど、他の街では考えられん。
通常はそこに住む人の暮らしからは離れた場所で管理するものだ。
ともかくそうしたわけで迷宮組合のツェッペルンド支部は王都の東寄りにある。
王都をぐるりと囲む城壁、その東門の傍だな。
大通り沿いに進めば良いから分かりやすい。
「ぅぅぅ……飛べないのは大変でござる……」
「たまにはお手て繋いで一緒に歩こうよ、マルちゃん!」
「ティナちゃん……でもこの格好、変じゃないでござるか?」
中央を歩くシャムとマルは全身を大きなローブに包まれている。
しかも料理人が被るような長い帽子を乗せ、その上にローブのフードだ。
集団で侍女服の我らが言うのは何だが、異様も異様。むしろ笑える。
「はっはっは! すげえ面白えぞ、これ! 頭と背中が盛り上がってて怪しすぎるだろ!」
「ツェンさん笑わないで下さい……ご主人様の御意向でございますので……」
「今日だけは我慢してくれ。今はまだ種族バレは嫌だからな。……ジャミラみたいだけど(小声)」
今は戦力や素性を隠す意味でも、出来る限り目立ちたくはない。
いや、我らが歩いているだけで目立つのは仕方ないが、あくまで『基人族と侍女集団』くらいに留めておく必要がある。
特に天使族という存在は隠しておいた方が良いのだ。
ただそこに居るだけで色々と勘繰られるからのう。
ちなみに我らも『ただの侍女』を装うべく、ご主人様以外は武器を装備していない。
街行く人々はギョッとした表情で見てくる。
それはまぁ仕方ないが、絡んでくるような者はおらん。
やはりカオテッドは組合員が多いから、粗暴な輩も多いという事であろう。
あそこも決して治安が良いとは言えないからな。
そうして迷宮組合へと着いた。当然ながらカオテッド本部よりは小さい。
しかしさすがは王都と言うべきか、立派な造りになっておる。
「はぁっ? 基人族とメイド? なんだありゃ」
「ハハハッ! おいおい、ここが組合だって分かって来てるのか!?」
「まさか組合員じゃねえよなぁ! 入るとこ間違えてんぞ!?」
「基人族が組合員なわけねえだろ! ハハハハッ!」
おお、やはり魔導王国の王都であっても組合の中だと言われるのだな。
我が初めてご主人様たちと会った時を思い出す。
あの時も初めて入った組合で同じように絡まれておったのう……。
最近はさすがに周知されてこのような言われ方をする事もない。
たまに来るイキった新人が騒ぐ程度だ。
それもカオテッド所属の先達が必死に止めていたりのう。
そんな声は当然のように無視し、受付へと進む。
「おい、てめえら無視してんじゃねえぞ、コラァ! ……うわあああっ!!!」
「な、なにしやがる! ざけん……うわああああっ!!!」
「おいふざけぎゃああああ!!!」
……懐かしいのう。こんな日常もあったなぁ。
そう思ってしまう我は、何か大切なものを失った気がする。深く考えるのはよそう。
ちなみにご主人様からの事前の指示で、対応は全てイブキとツェンに任せている。
見た目で『強い種族』だと分かりやすいからのう。この二人ならば力も見せても問題ないと。
入口から外へと投げ飛ばされ、ピクリともしない組合員。
組合の中はそれでシーンと静まりかえるが、我らにとっては好都合だ。
何もなかったかのようにご主人様は受付へと向かった。
ザザッと人波が分かれる。ここの組合は一度力を見せれば何も言わずに避けるのか。随分と聞き分けが良いのう。
「いいいいらっしゃいませ、ご用件は……」
「拠点変更手続きをしたい。騒がずに小声で頼む」
「えっ、あっ、は、はい……」
どんな注文だと言う感じだが、そう言っておかないとカオテッドの時のメリーと同じだからのう。
実際、ご主人様から組合員証を受け取った受付嬢は『Sランク』とか『竜殺し』とか言いそうになっておった。
その度、皆で「シーッ!」とやるのが続いた。
「お願いしますでございます」「お願いするでござる」
「か、かしこまり……!? ア、アン―――」
「「シーッ!」」
「はっ、し、失礼しました……何なのこの人たち……(小声)」
本来ならばSランク組合員の対応となれば支部長なのかもしれないが、支部長室まで行くとそれはそれで目立つからのう。
受付で無理矢理対応させた。
そしてさっさと組合を出る。
登録だけ済めば勝負の際に迷宮に潜るのも問題なかろう。
「さて、あとは探索用の買い出しをして帰るが、半分くらいは先に王城に戻っていてくれ。こんなに人数いらないからな」
という事で、事前に言われていたシャム、マル、ミーティア、ウェルシア、アネモネの他、ユアやジイナ、我も先に帰る事にした。
ラピスは意地でも王都を歩きたいと言い張った。
まぁ人魚族は目立つが王女だと分かる者など皆無だろうと、ご主人様も折れた。
観光は後日にすると言うからそれまで我慢すれば良いものを。……ラピスは無理か。
ちなみに我らが最初に通された八階の応接室。そこは我らが滞在中のリビング扱いにさせてもらっておる。
どうせ長居するのだからと、ご主人様はそこに、屋敷から<インベントリ>に入れて来た本棚やビリヤード台も置いてきた。
普通にテーブルでトランプをするのも良い。読書や娯楽には事欠かんというわけだ。
その日、応接室を訪れたメルクリオがビックリしていた。
「……いつからここは【黒屋敷】の娯楽室になったんだい?」
そう言わずに、ビリヤードでもしようではないか。な?
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