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第九章 黒の主、魔導王国に立つ
216:迷宮の中の黒屋敷、もう一方の黒屋敷
しおりを挟む■サリュ 狼人族 女
■15歳 セイヤの奴隷 アルビノ
【ツェッペルンド迷宮】は中規模迷宮と呼ばれているそうです。
私は″小規模迷宮″である【イーリス迷宮】と、″大規模迷宮″である【カオテッド大迷宮】しか知りません。
まぁ他の迷宮に潜った事のある人なんて私たちの中には居ないわけですが、娯楽室の本などで調べた人に教えてもらいました。
″小規模迷宮″というのは、いわゆる迷宮壁と呼ばれる石材で造られた迷路ばかり。
通路と部屋で構成された階層が連なり、大体十階程度。多くても十五階程度のものだそうです。
場所によっては三階くらいしかない迷宮もあるのだとか。
【主】も【迷宮主】しか居ないそうです。
【イーリス迷宮】で言えば、十階に居たタイラントクイーンですね。
それを倒せば迷宮制覇で、現れた魔法陣から転移で入口まで戻れます。
″大規模迷宮″は一層ごとの広さが段違い。まるで階段を下りるたびに世界が変わるように階層が広がります。
迷宮壁の迷路だけでなく、迷宮の中なのに屋外を探索しているような不思議な迷宮。
その代わり、階層はそれほど深くないと言います。
私たちにとってはこちらが″普通″なのですが、一般的にはカオテッドのような迷宮は珍しいらしいです。
階層が広い分、その中は領域と呼ばれる区分けがされ、そこには稀に【領域主】が現れます。
つまりは同じ階層の中に【主】が何体も居る事になり、余計に探索を難しくさせているそうです。
と、説明されても今さらですよね。どうしてもそれが″普通″に感じてしまいます。
では″中規模迷宮″とはどういったものかと言いますと、構成は″小規模迷宮″と変わらない迷宮壁の迷路がほとんどだそうです。
しかし深さが段違い。二〇~三〇階層の所が多く、一番大きい所では五〇階層と言う所もあるそうです。
そこだけ聞けば″大規模迷宮″より難しそうだと思いますが、そんな事はないそうです。
″中規模迷宮″には【迷宮主】の他に【階層主】という魔物が居るそうです。
その階層は【主】の居る大部屋ただ一つ、というのがほとんど。
しかも【階層主】を倒すと、次の階層への階段の他、転移魔法陣も出現するらしいのです。
つまり、【迷宮主】を倒して制覇しなくても転移による撤退が可能だと。
【ツェッペルンド迷宮】は全三〇階層で、五階毎に【階層主】が居るらしいです。
十日の間に、どの【階層主】を倒して転移で帰還するのか。今回はそういった勝負のようなのです。
帰還すれば持ち帰ったドロップから階層を調べられる。
もし同じ階層からの帰還であれば、その時間で勝敗が決まると。
だから私たちはとりあえず制覇するつもりで潜っています。
「懐かしいですねぇ、こうした壁の迷宮を見ると初めて入った【イーリス迷宮】を思い出します」
「あ、ミーティアさんもですか。私もそう思ってました」
「ふふっ、あの頃は私も付いて行くだけで精一杯だったですから」
「私だってそうですよ。戦いの事なんて全然分かりませんでしたし」
隣のミーティアさんと話しながら進みます。
あの時は迷宮どころか、全く戦えない状態でしたからね。
イブキさんに教わりながら全部実戦で訓練したようなものです。
今は新人さんが屋敷の訓練場で教わった上で迷宮に入っていますが、私たちの頃はそんな事ありませんでしたし。
今にして思えば結構無茶してたなーと思います。
だからこそ今こうして戦えているとも思いますが。
そう感慨に耽っていると、ラピスさんから話しかけられました。
「景色が変わらないっていうのが嫌よねー。カオテッドだと一階層でも多少なりとも変わるのに」
「カオテッドが一般的というわけではないらしいですよ、ラピス様」
「ミーティアやサリュはイーリスって所でこんな迷宮に入ってたんでしょ? よく飽きなかったわね」
飽きる暇もないですよ。
ネネちゃんが入る前は私の<聴覚強化>とイブキさんの<気配察知>だけで斥候やってるようなものでしたし、ネネちゃんが入ってからも六人しか居ないので攻撃と回復で、常に魔法を使ってたような印象です。
必死で付いて行った感じです。
「私だって同じです。パーティー戦闘の経験もないどころか使ったことのない<火魔法>を自分のものにしなくてはいけませんでした。後衛は私とサリュだけでしたからね。ご主人様に付いて行くには弓のみで戦えるわけもありませんし」
「うわぁ……そう聞くと大変だわ。今はかなり恵まれている状況なのね……」
今は自分が無理して魔物を倒さなくても誰かしらが倒してくれます。
斥候も本職のネネちゃんとアネモネさんの他に察知系スキルを持った人が何人も居ます。
回復も私以外にシャムさんとマルちゃんが居ますし、盾役が三人も居るので安定して戦えます。
不足していた魔法攻撃にしても半数くらいの人が撃てるわけですしね。
「同じ景色を見ながら走るだけが退屈だったら、ラピスさんも必死になれるような事をすればいいんじゃないですか?」
「必死? どういう事?」
「うーん、例えば、ポルちゃんとかフロロさんより魔法を速く正確に当てるようにするとか」
「槍を持って前に立つというのも良いかと思います。私もやりましたけど、前衛で武器を振るいながら魔法を放つというのは、それだけで頭がいっぱいになりますよ。そこにパーティーの連携だとか、迷宮の狭さや罠の有無を考慮しながらとなると、とても暇している余裕はありません」
「なるほどね……」
後衛として<水魔法>を極めるにしても、今は練習相手に事欠きません。
前衛にしても同じ事。参考になる人は沢山いますし、それを確かめながら実践できる環境にあります。
ただ暇して走っているより、研鑽を積んだ方がマシでしょう。
納得したような表情で、ラピスさんは前に行きました。
「私たちもただ走っているってわけにもいかないですね」
「当然です! 私だってまだまだですから!」
優秀な回復役のシャムさんたちが入りましたからね。私がお役御免と言われるわけにはいきません。
という事で、実は走りながらあれこれと魔法を使っているのです。
疲れたような人(主にユアさん)には回復を飛ばしていますし、それ以上に今は能力向上魔法に取り組んでいます。
<光魔法>や<神聖魔法>にあるのは知っていましたが、今まではほとんど使っていない魔法ですからね。
まぁ力押しと言うか、一撃で倒せる魔物ばかりで使う必要もなかったので私も練習なんてしていなかったのですが。
しかし【天庸】の一件もあり、こうして色々と魔法を試せる時間もあるので、習熟しておこうかと。
ミーティアさんも同じで、使っていない<火魔法>が多くあるので、それを練習しようとしています。
今は後衛から前衛の人たちに<身体能力向上>を飛ばし、色々と試しているようです。
能力向上の掛かった人は動きも変わってしまうので、その慣れも含めて練習ですね。
そうこうしていると、後ろからご主人様の声が聞こえました。
「よーし、そろそろ五階だぞー。初の【階層主】だからなー。さっくり行くぞー」
『はいっ!』
「メンバーはジイナ、ドルチェ、アネモネ、マルティエル、ラピス、ユアで行くぞー。多分速攻で終わっちゃうから、他の連中は入ってすぐ待機。六人は全員が一発ずつは攻撃入れる事。いいなー?」
『はいっ!』
一応パーティー戦闘で六人に経験値を集めるという事ですね。
私の出番はまだ先ですかねー。
ちなみに五階層の【階層主】ってどんな魔物なんです?
……コッコクイーン? 知らない魔物ですね。
■ズーゴ 猪人族 男
■40歳 傭兵団【八戒】団長
「おおっ! ズーゴちゃん、今日もやってるね~! おつかれー!」
「お、コゥム殿、お疲れさまです。今日も畑の世話ですかな」
「うんっ! あの子たちが居ない間に枯らせるわけにはいかないからね~、畑も庭もアチシに任せておけってなもんよ!」
「ははっ、何とも頼もしいですな」
今日も今日とて【黒屋敷】の警備。
すっかりこの屋敷自体の事を【黒屋敷】と呼ぶようになってしまった。
屋根が黒くなったし、見たまんまだから仕方ないが。言えば誰にでも分かるし。
草人族のコゥム殿は毎日のように南東区からやって来ては、畑の世話と庭の手入れを行っている。
水やりや雑草抜き、収穫はもちろん、庭木の剪定までやっている。
たった一人、しかも小柄なあの身体でよくやれるものだと感心するばかりだ。
コゥム殿はカオテッドに南東区が出来始めた頃から植樹計画に携わっていたそうだ。
今、南東区の至る所にある木々の緑は、この人の構想と腕によるものらしい。
俺には木や森の事なんて全く分からないんだが、仕事ぶりを見ていると、それは決して真似できないものだと思わされる。
なるほどプロの庭師というものはこうした人を言うのかと。
まぁ庭師と括って良いものか悩ましいところだが。
ともかくこの人に任せておけば、この綺麗な庭も維持されるものだろうと思える。
警備をしつつ、その仕事ぶりを眺めていると、また客が来た。
主の居ない【黒屋敷】に訪れる客なんてたかが知れている。
「おつかれーっす、ズーゴさん」
「おつかれ、バルボッサ。今日も訓練場か」
「そうそう。ズーゴさんも一緒にどうです?」
「もうじき交代だから、そうしたら向かうよ」
「了解」
【獣の咆哮】のメンバーを数人引き連れてきたのはバルボッサだ。
俺たち以外だとバルボッサたちが一番よく訓練場を訪れている。
ドゴールたち【震源崩壊】もたまに来る。サロルートたち【風声】は全く来ない。
ここの訓練場は広いし丈夫だし、遠当てや壁上りも出来るとあって、迷宮外の訓練場としてはやはり破格だ。
訓練場は自由に使って良いとセイヤ殿からも言われているので、バルボッサたちを招き入れるのも問題ない。
やはりここの警備は依頼として最上だと言わざるを得ない。訓練し放題だからな。
サロルートは訓練よりも娯楽室目当てで訪れていたから、屋敷に入れない今は全く来なくなったらしい。
むしろ積極的に迷宮に潜っているのだとか。
自分でビリヤード台でも買うつもりなのだろうか。高価らしいが。
「どうせだったら【黒屋敷】と【魔導の宝珠】が居ないうちに四階層に挑戦したらどうだ?」
「実際そういう話が出てるよ。俺らと【風声】【震源崩壊】で組んで、リッチを討伐しないかってな」
「ほう、いけそうなのか?」
「一回、間近で【黒屋敷】が蹂躙してるのを見たってのがデカイな。あそこまでは無理でも希望は見えたって感じさ」
なるほど。腐ってもAランクの連中だ。セイヤ殿たちの戦いを見て楽観するほどバカじゃない。
しかしやれそうな気配を感じたってところか。
倒せるイメージが掴めたのならば、四階層の調査探索はバルボッサたちに大きな収穫だったのだろう。
「それと四階層から持ち帰った黒曜樹もだな」
「ああ、かなり希少な素材なんだろ? 杖にするとか何とか」
「あれで回復役用の杖を造れば、サリュほどとは言えないが神聖魔法は強力になる。おまけに盾を造れば魔法防御もかなり上がるらしい」
「ほう。リッチの闇魔法対策か」
「ああ、俺らが組んで仕掛けた所で、何もさせずに完封なんて出来ないからな。少なからず闇魔法はくらうだろうし」
なるほど。対リッチに特化して黒曜樹を扱うというわけか。
魔法防御を上げて闇魔法を抑えつつ、神聖魔法の威力を上げて攻撃する。
確かにそれならば【黒屋敷】と【魔導の宝珠】の居ない三つのクランであってもいけそうな気がする。
同時に戦う事になるであろうデュラハン二〇体とガーゴイル二体の問題はあるだろうが、一番の問題はやはりリッチだ。
それさえ攻略出来ればなんとかなるかもしれん。
これはセイヤ殿たちが帰って来る頃には土産話が出来るかもしれないな。
まぁ楽観は出来ないし、あまり無理はして欲しくないものだが。
はてさてどうなるか。俺に出来る事は訓練相手になる事くらいだがな。
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