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第九章 黒の主、魔導王国に立つ
227:帰郷、長き旅路の果てに
しおりを挟む■フォッティマ・グルンゼム 導珠族 男
■195歳 エクスマギア魔導王国騎士団長 伯爵位
今回、騎士団長である私がセイヤ殿たちの案内に就いたのには色々と思いがあった。
もちろん要人だからと言うのは間違いない。
ミーティア姫、ラピス姫、司教殿も居るし、何よりセイヤ殿が一番の要人なのだから。
我が愚息、ベヘラタの一件もある。
陛下の温情で死罪だけは免れたが、跡目を継がせるのはもう無理だ。
あの場で斬り捨てられても当然の失態をしたのだから、私こそ責任を取るべきなのだが、それも許しては貰えなかった。
ならばせめてもの罪滅ぼし。セイヤ殿たちの要人警護、及び王都案内については全身全霊をもって臨むつもりでいた。
まぁその実力を知った今では警護の意味など全くないと分かっているのだが、それでも下手に絡まれるような事があってはならない。せめて盾くらいにはなれるだろうと考えた。
「フォッティマ卿、失礼ですがその考えは甘いですよ。危険が振りかかろうともフォッティマ卿がそれを感じる前に全てが終わっています。あの連中は皆が皆、規格外。何をしでかすか分かりません。くれぐれも心を強くもっていて下さい」
任に就く前に、メルクリオ殿下からそう言われた。
そこまで仰るのであれば私は案内に徹するべきか、そう考えたのは後に正しかったと思い知らされる。
……いや、別に危険な目にあったというわけではない。
……ただ案内して買い物に付きあっているだけなのだ。
だと言うのに殿下が「規格外」と言ったその意味を恐ろしいほど体感した。
市場を歩けば軒先から食材が消えていく。本屋に行けば棚から本が消えていく。装飾を見れば平然と準国宝級と言えるものを買う。魔道具屋でも店を開くのかと思うほどに買いこんだ。
マジックバッグ四〇個って何だよ、四〇個って……失礼、言葉が乱れた。
ともかく王族であってもしないような散財っぷりだ。伯爵の私でも絶対しない。
これが組合員の資金力とは思えない。いや、ただの組合員でないのは重々承知しているのだが。
見ているだけでこんなにも疲れる買い物は初めてだ。
妻が高級服飾店で時間をかけて服を選んでいる姿が、とても可愛らしく思える。
いずれにせよメルクリオ殿下の言う「規格外」の一端を私は見た。
その疲労感は筆舌に尽くしがたい。
帰って報告した際、殿下の「ね?」という顔に若干イラっとした。
■アネモネ 多眼族 女
■17歳 セイヤの奴隷
「じゃあみんな乗ってくれ。忘れ物などないようにな」
王都到着から二〇日目、王城出発。
メルクリオ殿下の号令で私たちは行きと同じ馬車に乗り始めた。
「ご主人様よ、奴隷を買い忘れてはおらぬか?」
「お前はどれだけ俺に買わせたいんだ、フロロ」
そんな軽口を言いながら、みんな楽し気に乗り込んだ。
さすがに王城の入口まで陛下たちが見送りにくるような真似はしない。城内の人たちの手前もあるし。
ただ出発前にご挨拶は済ませた。陛下とヴァーニー殿下とジルドラ殿下にも。
『改めて今回は助かった。何かあれば今度はこちらが助ける番だ。くれぐれも息災でいてくれ。道中気を付けるように』
そんなお言葉を頂いた。国王としての言葉ではなかったと思う。
でもとても身近で暖かい雰囲気だった。
私の魔眼が、その言葉を真実だと告げていた。本心だと。
馬車はゆっくりと動き出す。そして大通りへ。
ちらりと窓から見える景色。それは見覚えのあるものだ。
あの通りを入った先にあるのは―――見ないと決めた家。
私はそっと三つの目を閉じた。
嘘しか言わない両親が怖かった。
私を奴隷に落とした両親が憎かった。
だから親が逮捕され、店が潰れて良かったと思うのは″真実″だ。
ではなぜ、心の中に靄がかかるのだろう。まるで私の<闇魔法>に浸食されたような靄が。
私にはこの感情が分からない。
″嬉しさ″ではない。かと言って″悲しさ″でもない。
それを何と表現すればいいのか分からなかった。
『大丈夫です。わたくしは貴女の味方ですわ』
ただ、ウェルシアさんの言葉に救われた気持ちになったのは″真実″だ。
抱きしめてもらった時の温かみに、なぜか涙が溢れた。
色々な気持ちを整理する為に、二日間一人で過ごせたのは良かったと思う。
それでも分からない事は分からないのだが。
馬車は大通りを南へと進み、城門を通る。
私はまたここへ戻ってくる事があるのだろうか。
ふとそう思うが、振り返りはしなかった。見ないと決めたから。
途中、御者をさせてもらいつつ、行きと同じ道を進む。
五日目にはトランシルの街に一泊した。
王城出発前にメルクリオ殿下から聞いていた。
どうやら捕らえられたキルギストンという商業組合の職員はこれまでの所業を自供したらしい。
やはりユアさんの師匠はその人に殺されたと。
そしてその錬金資料を街の工房に拡散するのと同時に、ユアさんを利用して、息のかかった工房を押し上げたらしい。
今回の処遇では、ユアさんやその工房に罪はないという事だった。
でも錬金知識の拡散自体が罪であるならば、罰せられてもおかしくはない。
それをしなかったのは温情なのか、国の方針なのか、私には分からない。
でもユアさんが危険な立場だったのは間違いない。
一歩間違えればユアさんが処罰を受けただろう。
『そ、そんな……キルギストンさんが……私は……』
ショックを受けていたユアさんはみんなに慰められていた。
親代わりであった師匠が殺され、親身になってくれていたはずの職員がその犯人だった。
その事実はどれだけ重いのだろう。
ユアさんは自分を責めていた。
何も知らず、何も出来ず、流されるままだった自分を。
私も他人の事は言えない。
親の悪事に気付いていながら、親の嘘を見抜いておきながら、私は安易に″死″を選んだ。
魔眼に映るものを拒み続け、世の中の全てが″嘘″だと決めつけていた。
それが過ちだと気付けたのは奴隷に落ちてからだった。
ティサリーンさんに出会い、ウェルシアさんに出会い、ご主人様に買われてからだった。
それまでの私の人生が無駄だったとは言えない。でも良い物だったとも言えない。
心の中の靄はまだ残っていた。
今回のトランシルの街では全員でユアさんの師匠のお墓参りをした。
全員で挨拶し、一連の事件についての報告もした。
その中で私は、ユアさんの背中を見ていた。
そこにあったのは後悔、懺悔、それとこれからの希望。
様々な感情が詰まった″真実″。私にはそれがとても眩しく思えた。
「お師匠様、また来ます。その時はもっと上手く錬金できるようになっています。頑張ります」
―――なんて強い人だろう。
今の私の周りにはこんなにも強い人がいっぱい居る。
こんなにも眩しい人がいっぱい居る。
こんな私を受け入れてくれる人が―――こんなにも居る。
ただ見ているだけで、また涙が溢れた。
そこからカオテッドに帰るまでは六日かかった。
でももう、私の心の靄は晴れていた。
近づく長い第二防壁。私は御者台からそれを見る。
これから見える街並みを眼に焼き付ける。
私はそう決めたんだ。
ご主人様と、みんなと共に―――この街で生きると。
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