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第十二章 黒の主、禁忌の域に立つ
285:滝つぼの蛇、討伐作戦 前編
しおりを挟む■ミーティア・ユグドラシア 樹人族 女
■142歳 セイヤの奴隷 日陰の樹人 ユグドル樹界国第二王女
溶岩の滝はゴウゴウと大きな音を立て、絶え間なく下へと流れていきます。
それだけでも恐ろしい光景ではありますが、流れた先の大きな滝つぼに居るのはさらに恐ろしい。
【炎岩竜】と戦った身だからこそ表情には出ませんが、それでもあの巨体を見下ろすと、とても近づきたいとは思えません。
「あれ、シーサーペントなんかじゃないわよ!? 誰よ、シーサーペントとか言ったヤツは!」
「まぁそうだよな。『シー』じゃないし。よし、とりあえず蛇と呼ぼう」
「そういう事言ってんじゃないわよ! 本気でアレと戦うっての!?」
「昨日散々打ち合わせしただろ? 勝つだけなら問題ないんだ。やるだけやるさ」
「ああもうっ! やってやろうじゃないの! 人魚族嘗めんじゃないわよ! この蛇が!」
ラピス様がいつになくはしゃいでいますね。初見でも勇猛果敢とはさすがです。
滝つぼまでの道は断崖に出来た自然……いえ不自然な階段。
岩が段々と迫り出す形で、どうぞ降りて下さいとでも言うように作られています。
しかし崖側には壁があるものの、逆側には手すりなどもありません。
均一で綺麗とはとても言えない岩場の段を、恐怖を抱えながら降りていく必要があります。
しかもその高さたるや魔導王国の王城を思わせるほどのもの。
この高さの崖を徐々に降りながら、そして蛇を警戒しながら進まなければならないのです。
蛇と戦う以前に、その地に辿り着くまでが困難極まる。
この地形も合わせれば【炎岩竜】以上に難しい相手と言えるでしょう。
「よし、作戦通りに進むぞ。一つの段に乗るのは一人まで。壁際から離れないように。徹底して防御しろよ」
『はいっ!』
「先頭は俺だ。シャムシャエル、マルティエル、頼むぞ」
「「はいっ!」」
あの蛇に対してどう戦うのか。
崖の上から遠距離攻撃も可能だと思いますが、そうなると倒せてもドロップ品は溶岩の中です。
ご主人様が<空跳>を使い単独で戦っても同じ事。
やはり滝つぼまで降りて、地上に引きずりだした上で倒さなければなりません。
ではどうやって降りるか。不安定な階段を降りるしかありません。
問題は降りている最中に蛇から攻撃されたらどうするか、という事です。
遠距離攻撃を持っているかも分かりませんが、仮に魔法か何かを撃って来た場合、完全に防御しないとダメージを受けずとも衝撃は起きるでしょう。
足場の悪すぎる階段でそんな事が起これば滑落死。
それを救助する為にシャムとマルは飛びながら警戒して貰いますが、彼女たちの第一の仕事は<光の壁>で蛇からの攻撃を防ぐ事です。
最前線の壁という感じでしょうか。我々と蛇の間に常に居て貰います。
それに守られながら私たちは階段を降りる。
しかし十九人がズラッと並んでゆっくり降りるわけですから、蛇からすれば的は大きい。
滑落にも警戒しなければいけないシャムとマルだけでは防ぎきれないでしょう。
ですので我々も降りながら、常に壁系魔法を撃てるようにしています。
前回までは魔法の使い手も限られていましたが、今は魔竜剣があります。
魔竜剣に壁系魔法を籠めている人員も合わせれば、十四人。
二一人中、十四人が防御魔法を使えるという事です。
魔法に特化したクランであるメルクリオ殿下の【魔導の宝珠】でもここまでの数は揃えられないでしょう。
その十四人が均等にバラけ、列を成して階段を降りていきます。
先頭のご主人様は魔法を使えないので、後ろにはエメリーさんがいつでも壁を貼れるように付いています。
……というかエメリーさん、魔剣を持っているのに魔竜剣も作って貰ったんですね。
先ほど見たショーテルも魔竜剣だそうですし、今はハルバードですが、それも魔竜剣ですよね? 魔竜斧槍?
一体何本作って貰ったのでしょうか。それを使いこなせる事に呆れてしまいます。
エメリーさんのすぐ後ろにはネネを配置し、トラップの警戒もして貰います。
こんな不安定な場所で罠魔法陣などあろうものなら大惨事ですからね。警戒は怠りません。
ネネも壁は使えないのでエメリーさんはそのフォローも兼ねています。
私はイブキさんと共に最後尾です。
イブキさんを守るのと同時にいざとなれば最後方から【神樹の長弓】で援護します。
私の攻撃は一番飛距離がありますので。
さて、そういうわけで恐る恐るといった感じで階段を降りていきます。
「ひぃぃぃぃも、もうダメです! 私死にますぅ!」
「大丈夫だよユアお姉ちゃん! 命綱もあるし! 頑張って!」
「ティナちゃんが元気なのが不思議でならない……私も死ねる……ふふふ」
「ほれ、お前ら騒ぐでない。蛇に睨まれたらどうするのだ」
大丈夫そうな人もちらほら居ますね。全体的に緊張感は漂っていますが。
足元と蛇に気を使いつつ、長く不安定な階段をひたすら降りる。
騒ぐのは確かに危険ですが、何か言葉を発しないと不安な気持ちも分かります。
時間を掛けながら進み、やっと中腹といった所でしょうか。
蛇との距離はまだありますが、あの細長い巨体を伸ばせばここまで届くのでは? と心配にもなってきます。
「探知範囲が狭いのか? 少しこちらに目をやればすぐにでも気付きそうなものだが……」
「そうですね。何で探知するかは魔物によって異なると思いますが……視覚や聴覚ではないのでしょうか」
「魔力か? にしてもネネの気配察知より範囲は狭そうだな。あの巨体なのに」
イブキさんとそう話しながら進んでいます。
ネネの察知範囲は異常ですから参考にはならないと思いますが、確かにあの巨体にしては範囲が狭いのかもしれません。
溶岩の中だからと言って地上の気配が分からないという事もないでしょうに。
疑問と警戒を増しつつ、少し慣れてきた足取りで階段を降りていきます。
皆もそのようですが、慣れてきたのと同時に、徐々に地面に近づいているというのが大きいのでしょう。
近づいているのは地面だけでなく蛇もなので、警戒は増すのですが。
しかし警戒していたのも馬鹿らしいほど、蛇はこちらを全く見ようともしませんでした。
そうしてやっと着いたかと、先頭のご主人様が地面に足を付けた時、蛇は急に動き出したのです。
溶岩から出した頭部をギョロっとご主人様の方に向け、急に威嚇行動をとりました。
「そういう仕組みかよ! 地面に着いたら襲うようになってんのか!?」
「ご主人様、お守りするでございます!」
「シャムシャエル頼む! みんな急いで降りてこい! 防御陣形を布け!」
『はいっ!』
この高さであれば何も恐れる事はありません。即座に飛び降り、ご主人様の元へと集合します。
階段を降りた場所は蛇の住む滝つぼ――大きな溶岩池から屋敷二つ分ほど離れた場所。
そこからさらに下がりつつ陣形を整えます。
二一人を一塊とし、前衛後衛の並びは打ち合わせ済み。
その中でも盾役と壁を貼る魔法担当が一歩前。
最後尾にはラピス様、ウェルシア、ポルが並び、<水の遮幕>を切らさない。
徹底した防御陣形というのはおそらく初めての事でしょうね。
私たちはどちらかと言えば攻撃に特化したクランなのですから。
そうして陣形を組んでいるのを黙って見ている蛇ではありません。
こちらを睨みつける顔はやはり蛇というより竜のようにも見えます。
細長い顔とその側面のヒレ、頭頂部から背中に掛けても背ビレがあり、それが余計にそう思わせます。
大きな口を開け、鋭い牙を見せて来ました。細長い舌は蛇そのもの。
「来るぞッ!」
ご主人様の号令のすぐ後、蛇は溶岩弾のようなものを吐いてきました。
人をまるごと飲み込むような大きさの塊。
勢いよく射出されたそれは、フロロの出した<岩の壁>に当たり、溶岩が飛び散ります。
「ちいっ! 一発しか持たんか! 結構な威力だぞこれは!」
「十分だ! そのまま防御陣形で徐々に下がるぞ! 防いだ後の溶岩にも気を付けろ!」
『はいっ!』
蛇は続けざまに溶岩弾を吐いてきます。【炎岩竜】のブレスより間隔は短いようですね。威力は向こうの方が上でしょうが。
こちらはフロロだけでなく、皆が順番に壁を貼り、防ぐだけならば問題ないように思います。
「マルティエル! 牽制で一発撃て! 首筋でいい!」
「はいでござる!」
マルが【風竜の複合弓】を構え、少し飛び上がってからの一射。
距離もそれほどなく的も大きい。問題なく当てます。
ご主人様は牽制と言いましたが、私が撃った場合、下手すると殺してしまうかもしれないと危惧したのだと思います。
【神樹の長弓】の威力は破格。急所に当てれば同じ四階層の【領域主】であるトロールキングでも倒せるほど。
見るからに体力がありそうな巨大蛇ではありますが、万一この状態で倒してしまうとドロップ品が溶岩池の中に沈んでしまいます。
だからこそのマルであり、だからこその″牽制″。
これで相手が【炎岩竜】のような鱗を持っていたらマルの矢は弾かれたでしょう。
しかし首筋に刺さった。やはり【炎岩竜】ほどの防御力はない。
「よし! やたらな攻撃はするな! カスダメージくらいで継続! 地面に引きずり出すぞ!」
『はいっ!』
チマチマとした攻撃のみを入れつつ、一歩ずつ後退していきます。
一向に溶岩弾が効かない事に痺れを切らしたのか、それとも攻撃がうっとおしかったのか。
蛇は長い身体をくねらせ、反動をつけるように逸らした後、口を広げ頭から突進してきました。
「来たぞ! 盾役!」
「「はいっ!」」
正面で受けるのはドルチェとヒイノ。シャムは一歩後ろで備えます。
当然盾役にはフロロの<防御力上昇>とユアの<身体能力向上>が掛けられています。
防御陣形であるからこそ、いつもより余計に能力向上魔法を。
―――ドシャアアアアア!!!
そして響く衝突音。
それは金属同士にも思えるような硬質な音でした。
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