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第十二章 黒の主、禁忌の域に立つ
294:一難去ってまた一難な予感
しおりを挟む■ヒイノ 兎人族 女
■30歳 セイヤの奴隷 ティナの母親
「ふぅ……」
大きく息を吐き、思わず腰を下ろしたくなります。でも地面が氷ですからね、座れません。
最後はご主人様が<空跳>からの<抜刀術>で首を落としました。
それまでにとぐろの方に攻撃し、大体の硬さを確かめていたようです。
そして二回ほど首に攻撃を加え、同じ個所へと本気の一撃を加える前に皆に宣言したようでした。
紛れもなく強敵でした。安堵感と達成感はあります。
しかし【炎岩竜】ほどではないというのが正直な所。
【炎岩竜】と戦った人たちは皆さん、私と同じ気持ちじゃないでしょうか。
逆に戦った事のないラピスさんやシャムさん、マルちゃんなんかは結構はしゃいでいます。
あの時はろくに防御も出来ず、攻撃も通らず、ただ吹き飛ばされるだけの戦いでした。
死ぬかと思いましたし、だからこそ終わった時の安堵感と達成感は今と比較にならないものでした。
今回は、人数も増え、装備も替え、レベルも上がり、戦略を練り、能力向上魔法を多用しての戦い。
厳しい戦いには違いありませんでしたが、苦戦したのかと言われると……安定感の方が勝ると思います。
竜の身体は光に消え、ドロップアイテムが現れました。
やはり【領域主】なのですね。当然ではありますが。
「えーと……【氷晶竜の牙・爪・氷塊】だそうだ。あと青い魔石……水属性だろうな。大きさは炎岩竜と同じだ」
「やっぱり竜でしたか」
「【氷晶竜】……聞いた事はないですね」
誰も知らない竜だそうです。本でも見た事がないと。
四階層は新種が多いですね。カオテッドが特殊なのでしょうか。
「総評すると滝つぼの蛇の完全上位互換だな。どれをとっても強い。ただ亀に比べると弱いかな」
「亀は防御力と体力が図抜けていましたからね……」
「逆に速さやブレスの頻度などを比べれば、【氷晶竜】の方が攻撃力があるのでは?」
「亀の攻撃はその重さも加わってるから何ともな。ただこっちのが激しいのは確かだ」
結局は竜としての相応しい強さという事でしょう。
もう一度戦うとなれば亀よりこちらを選びますが。
今の状態でも亀の攻撃をちゃんと防げるイメージは湧きません。
そう皆さんで話していると、主のいなくなった大空洞を調べていたネネちゃんとパティちゃんが戻ってきました。
「ん。宝魔法陣、一つあった」
「お、でかした。やっぱり【領域主】の居る所にはあるんだな。四階層のお決まりみたいな感じだな」
リポップ前にさっさと回収しようと、ご主人様は魔法陣へと向かいます。
私たちもぞろぞろと。場所はとぐろを巻いていた、その裏のようですね。
ご主人様が魔法陣に手をかざすと、現れたのは……斧、ですね?
「バトルアクス? ポールアクス? ラブリュス? ……なんかどれとも違うな」
両手持ちの両刃の斧。柄は長め、刃はかなり大きめだと思います。
全体的に黒く、柄も刃もどことなく禍々しい。
ご主人様が<インベントリ>にしまうと「あっ」と声を出しました。
「……【魔剣マティウス】だそうだ」
『魔剣!?』
驚きの声が大空洞に響きます。
確かに魔剣は迷宮からでしか発見されないとは聞いていますが、まさか私たちが実際に手にするとは……。
いえ、三本も持っていて今さら何をと言われればそれまでですが、イブキさんの【魔剣イフリート】はオークションで競り落としたものですし、エメリーさんの【魔剣グラシャラボラス】は【天庸】の妖魔族の人からのもらい物ですし、ネネちゃんの【魔剣パンデモニウム】は魔導王国の国宝です。
それくらいお目に掛かれない国宝級のお宝が、いざ宝魔法陣から出て来ると驚くものです。
これは【氷晶竜】に挑んで正解ですね。洞窟を見つけたパティちゃんを褒めるべきでしょう。
「しかし斧か……」
あ……そ、そうですよね。
私たちでは誰も使えないんですか……売るのは論外として、応接室に飾るくらいしか出来ないんでしょうか。
魔剣を? せっかくの魔剣を? それこそ勿体ない気がします。
同じ事を考えているであろうご主人様は渋い顔。どうしたものかと。
そこでジイナちゃんが勢いよく挙手しました。
「わ、私、槌やめて斧にしますっ!」
『えっ』
いきなり何を言い出すのかと皆でジイナちゃんを見ます。
「だってせっかくの魔剣ですよ!? 使わないなんてもったいない! 武器がかわいそうです! それにほら、槌の振り方と斧の振り方って似てるじゃないですか! ね!」
「いや鈍器と斧だと全然違うと思うが。それに<斧術>なんか持ってないだろうに」
「頑張れば身に付きますよ! 【器用】にも<カスタム>してもらってますし! 【震源崩壊】に鉱人族の斧使いの人だって居るじゃないですか! 適正だってあるはずですよ! だから私に下さい! ね!」
確かに言われてみれば種族的にも斧に一番適正がありそうなのはジイナちゃんなのかもしれません。
ご主人様も「そこまで言うなら」と、結局はジイナちゃんに使わせる事にしました。
でも多分、ジイナちゃん、単純にマイ魔剣が欲しかっただけだと思うんですけどね。
ご主人様もそれを分かっているから渋々渡したんでしょうけど。
斧を手に持つジイナちゃんの顔が酷い事になってますもん。よだれ垂れそうですよ?
「ともかく魔剣の検証も後回しだ。いつまでもここに居るわけにはいかん。リポップ前にさっさと出るぞ」
はっ! そうでした! さすがに【氷晶竜】との再戦は厳しいです!
滑る足元に気を付けながらも、我先にとばかりに洞窟から撤退します。
そうして洞窟を抜けた時の事です。
脱出出来た喜びや安堵感を覚える前に、私たちの目に飛び込んできたものがありました。
その光景に皆が唖然とし、言葉を失くしたまま立ち尽くしてしまったのです。
――それは天に昇る光の柱。
暗い階層において目立つそれは、山岳の中腹であるこの場所からよく見えました。
天から光が差しているのではなく、おそらく地上から立ち昇っている光は、輝くような紫色。
紫の光と言われても何だという感じですが、そうとしか表現出来ない光なのです。
そしてそれは『廃墟の街』の先、火山の麓から立ち昇っているように見えます。
あの場所に何があるのか……私たちはまだ行った事がありません。
「なんだ、あれは……?」
ご主人様のその問いに答えられる人はいません――と思っていました。
「お、お姉様、あれ、もしかして……」
「ええ……″瘴気″かもしれません……」
シャムさんとマルちゃんが怯えた表情でそう言います。
すかさずご主人様がシャムさんに聞きます。皆も耳を傾けました。
「……創世教の聖典に書かれた一万年前の聖戦の伝承にございます。【邪神ゾリュトゥア】は後光の如く紫の光を発していた。それは″瘴気″と呼ばれ多くのヒトを害した、と」
「は? じゃあ邪神と何か関係があるのか? ここ迷宮だぞ? 言ってみれば【アイロス】の中の異世界だ。邪神が顕現したのは地表だろうに」
「分かりません。もしかすると【邪神ゾリュトゥア】に関わるものなのかもしれませんし、別のナニカなのかもしれません。しかし伝承における″瘴気″と似ているとしか……」
判断材料が少なすぎるようです。
いえ、シャムさんたちがここに居る分、これでも多いくらいなのでしょう。
他の誰もが全く分からない状態なのですから。
「パティ、あの光の根元に何があるか<探索眼>で見られるか?」
「は、はいっ! えっと……小屋? 祠? ……石造りの小さな家みたいのがあります」
「よし、とりあえずそこに行く――」
と、ご主人様が号令を掛けようとした時、紫の光柱は細くなり、すぐに消えてしまいました。
「何なんだよ……一時的に発していたのか? それともその小屋だか祠だか自体が消えたのか?」
「すいません、もう暗くて見えません……」
「ここからじゃさすがに<聖なる閃光>も届かないな。とにかくあの場所に行ってみよう」
『はい』
確認しないと何も分からない。それはそうです。
山岳地帯の探索も完全に出来ていない現状ではありますが、私たちは下山する事にしました。
はぁ……洞窟を見つけ、強敵である【氷晶竜】を倒し、魔剣を手に入れ……そこまでは良かったんですけどね。
何だか妙な事が起きてしまった感があります。
不安な気持ち。少し気分が重くなってしまいますね。
夕食はドラゴンステーキでも食べて英気を養いたいところです。
どうです? ご主人様。せっかく竜も倒した事ですし。ね?
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