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最終章 黒の主、聖戦の地に立つ
316:帝都騒乱~海王の大掃除~
しおりを挟む■モロモフ 狸人族 男
■65歳 ボロウリッツ獣帝国 宰相位
「た、大変です! 海王国の軍勢が現れました! すでに帝都に入っています!」
「何ぃ!? 監視はどうした! 防衛は! なぜ帝都に入られる!?」
「そ、それはその、騎士団もカオテッドに出向いており、最低限の衛兵しか……」
「くそっ!」
それは突然の報だった。
カオテッド奪還に向けての出兵から一月弱、そろそろ開戦していてもおかしくはないというタイミングでの事。
帝都ディン=ボロウの近くを流れる大河の支流から、海王国の軍勢が突如として現れたと。
人魚族を中心とした三千もの正規兵が瞬く間に帝都へと辿り着いた。
おそらく川を泳ぎ、主だった街にも寄らず、ここまで来たのだろう。
だからこそこれまで目撃情報を得られる事なく来られたのだ。
一方でこちらは完全に手薄。
帝都を守る騎士団だけでなく近隣の諸侯軍までもがカオテッドに出向いている。
当然、帝都外の監視も疎かになるし、帝都への侵入を防ごうにも戦える数がない。
あっさりと海王国軍の侵入を許したらしい。
「ブフォッ!? どういう事だ! まさか海王国が我が国を乗っ取ろうと!? そんな事は許さんぞ! 獣帝国は余のものだ!」
ドドメキウス皇帝陛下もくぐもった声を荒げる。
こちらが手薄になったのを知って海王国が攻めて来たのは間違いない。
しかし目的は? 領土侵犯? 海側から攻めて来るのではなく、中央の帝都をいきなり攻め落とすものか?
分からない事は多いが、今はそれどころではない。
すでに海王国軍は迫って来ているのだ。
防衛すらも出来ない現状、我らの動向を考えなければならん!
しかし今とれる策など……大人しく国を明け渡す? それとも皇帝陛下もつれて逃げるべきか?
皇帝陛下はどちらも認めまい。譲りもせず、逃げもしまい。
ならば私だけでも逃げるか? いっその事、皇帝陛下の首を差し出し、私だけ見逃してもらうか?
「き、来ました! 海王国軍です!」
「ブフゥ! 守れッ! 近衛よ、余を守るのだッ!」
どうやらそんな時間も許されないらしい。
ザッザッと規律正しい足音がこの謁見の間まで聞こえる。
そして勢いよく扉は開かれ、現れたのはやはり人魚族の軍勢だった。
鱗を使った揃いの鎧と外套、そして手には三叉の槍。
先頭に立つのは壮年の男性。立派な髭と厳しい顔つきは如何にも指揮官であると告げている。気配がまるで違う。
その男は玉座に座る皇帝陛下を見やると、少し笑みを浮かべながら近づいた。
「初めまして、かな? ドドメキウス皇帝陛下」
「何者だ貴様ッ! 海王国の魚どもが入って良い場所ではないわッ!」
「何者とはご挨拶ではないか。私はアクアマロウ海王国国王、トリトーン・アクアマリンという。まぁ覚えてもらう必要もないが」
「なっ!? こ、国王だと!?」
その名前に皇帝陛下だけでなく、私も近衛兵も言葉を失くした。
指揮官どころの騒ぎではない。海王国の国王が自ら軍を率いて、ここ――獣帝国の帝都に攻め込んできたのだ。
そんな事がありえるのか!? 偽っているだけではないのか!?
こちらの表情から考えを読み取ったのか、国王を名乗る男性は続けて語る。
「さすがに場所と相手を考えれば、下の者に任せるわけにもいくまい。私自ら出張るのが筋であろう。それに――勇者様が戦っておられる時に海王国王家の私が城でのんびりしているわけにもいかん」
「ゆ、勇者だと!? 何を言っておる!?」
「ん? 知らんのか? 獣帝国には御伽話にも残っていないのか? 一万年前に現れし勇者様の逸話を」
知っている。もちろん知っている。
一万年前に現れ悪しき神を打ち倒したという御伽話……しかしなぜ今、勇者の話を?
基人族の勇者など何の関係が……
……ああっ!? 基人族!? まさか……!!!
「貴様らがカオテッド欲しさに勇者様を暗殺しようと目論んだ事はすでに知っておる。そして今度は勇者様が住まうカオテッドを侵略しようと派兵した事もな」
「そ、そんなっ! では【黒の主】とか言う基人族が勇者だとでも言うのかっ!」
勇者はあくまで御伽話の中の存在だ。それを信じるはずがない。
確かに報告に聞く【黒屋敷】【黒の主】の噂は常軌を逸しており、簡単に″嘘″だと断じる事が出来るほど荒唐無稽なものばかりだった。
しかしもし【黒の主】が勇者だとしたら? 噂の全てが本当だとしたら?
我々は神を倒すほどの相手に喧嘩を売った事になる……!
いいや、それだけではない……!
「世界を救う勇者様を亡き者にしようとした時点で貴様らは″世界の敵″なのだ。魔族と何ら変わらん。――そうだろう?」
そう、そういう事になってしまう!
我らはただの基人族を殺すだけのつもりだったのだ!
ただカオテッドを領土にしたかっただけなのだ!
それがカオテッドの周囲三国だけでなく、世界全てを敵に回す事になるだなんて……!
「ブフッ! ま、待てっ! 知らなかったのだ! 余は勇者だと知らなかったのだ! 世界の敵になるつもりなど――」
「知らなかったのではない。信じたくなかっただけなのだろう? 先に剣を振り下ろしたのは貴様なのだ。今さら知らぬ存ぜぬで通せるわけがなかろう」
「いや! 違う! 余は悪くない! 何かの間違いだ!」
「はぁ……これが為政者とは呆れたものだ。今後、新しい獣帝国にはまともな為政者が収まる事を期待しているよ」
そうしてトリトーン王は背後の自兵に命令を下す。
「先にリストアップした数名を除き、城の官僚は全て粛清する。とりあえずこの場は全員だ」
『ハッ』
そして私にも槍が向けられた。
「なっ! ちょ、ちょっとお待ち下さい! わ、私は皇帝に指示されていただけなのです! 私はカオテッドへの派兵も止めさせようと忠言していたのです!」
「ブホッ!? モロモフ、貴様っ!?」
「わ、私は勇者様の為に働きますっ! 従順にっ! 従順に働きますっ! だからどうか――」
「はぁ……宰相のモロモフだな? こちらも色々と調べた上で来ているのだ。全ての貴族を殺せば国として動けなくなる。獣帝国を潰せば民が死ぬ。だからこそ粛清の対象はこれでも選んでいるのだ」
「で、ではっ――」
「貴様は皇帝と並んで粛清の筆頭だ。逃がすわけがなかろう。今まで貴様がしてきた事を海より深く反省して逝け」
「な……っ!?」
そして槍は振り下ろされた。
■トリトーン・アクアマリン 人魚族 男
■485歳 アクアマロウ海王国国王
「陛下! 城内の制圧、完了いたしました!」
「うむ、ご苦労。牢屋と帝都の邸宅はどうだ?」
「そちらもすでに! 幽閉されていた例の貴族たちもこちらに向かわせるようです!」
「体調が優れない者もいるだろう。急かす事のないよう注意せよ」
「ハッ!」
謁見の間。玉座に座るわけにもいかず、私は部下からの報告を受けている。
こちら目線で見るとまともな貴族――豚皇帝から見れば忠言してきたりと邪魔な存在だったのであろう彼らは、殺された者も居るし、有用が故に生かされた者も居る。
牢屋に囚われていたり、自宅に軟禁状態だった者も居る。
そうした者たちには今後の獣帝国の舵取りをしてもらわなくてはならん。
私が口を出せば本当に海王国が侵略したも同じだ。それはしない。援助くらいはするつもりだが。
あくまでここは獣帝国。獣人系種族が回さねば意味がない。
まぁ軌道に乗るまでは我々も共に動く必要があるし、そこまでが一番大変だろう。
しかし勇者様が戦っている今、我らは我らで戦わないわけがない。苦労くらいいくらでもしようではないか。
どうせどこかの馬鹿娘が迷惑をお掛けしている事だしな……。
これもまた罪滅ぼしみたいなもんだ……はぁ……。
10
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