死にたがりな魔王と研究職勇者

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違和感は違和感ではなく

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勇者の館に来て6日目の朝。
勇者の館の生活にも少し慣れてきた。渡された物語は興味深いもので、勇者が気にしないのを良いことに書斎の本を自室に持ち込むことも多くなっていた。魔族の教養としては得られない人間国の魔族の見方、魔法のとらえ方なども知ることができた。魔族での常識とはかけ離れた見解を書いている本もあり、微妙な気持ちにもなったりはしたが。
そんなこんなで知識欲が満たされる数日間ではあったが、
6日目にして3日目に感じていた違和感がただの違和感ではなかったことに気付いた。
身体が普段より重く、魔術具が重く感じるのである。しかし、動けない程ではない。敵陣で不調に気付かれるのは避けたいため、普段通りに過ごすことを心掛けている。



今日も今日とて出された食事は一切摂らず、勇者と研究施設に向かう。転移魔法で研究施設に着くと勇者は部下が持ってきた解析結果を見て今後の研究の計画を立てるためにジュードやトリスと話しあうとのことで二人を呼び寄せていた。
ルイードはその間はシオンに監視を任され来ていたライナーと一緒にミーティングルームの外で待機することになった。



「よお。5日ぶりだな魔王。頼むから暴れてくれるなよ。俺の仕事が増えるから。」



そう言って臆せず話しかけてくるこの剣士も普通とは違う感覚の持ち主らしい。
返答はせず、持ってきた本に目を落とす。魔族の間では娯楽という観点での書物はほとんどなく、魔王は年甲斐もなく物語に興味をひかれていた。こちらが何も仕掛けなければ害はなさそうな剣士にも一定の警戒はしつつ読書をして過ごすことにすることにした。
戦っていた時とは別人のように戦意のない魔王に拍子抜けしつつライナーはその様子をじっと見つめた。髪の毛のせいで表情の見えない魔王だが、5日前より腹の傷は治っているはずだが、何か違和感を覚える。出会ったときもその痩身のどこから強力な魔法や打撃が出るのかと驚いたが、そのときよりも痩せている印象だ。
ライナーは大雑把のように見えて、勇者一行の中では一番と言ってもいいほどの観察眼を持っている。取り合えずは監視しながら勇者たち研究者が話し合いを終えるのを待つことにして違和感を報告しようと思うライナーであった。




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勇者たちがミーティングルームに籠って2時間後、漸く勇者たちが話し合いを終えて出てきた。
時刻は13時。昼食時を少し過ぎたところであった。



「おう、お疲れ~よく飯も食わずに頭が働くね~研究者は」


ライナーは少し呆れた様子で背伸びをして軽口をたたく。



「あなたは食べ過ぎですけどね。いつも。」



そう言って返答したのはトリスであった。前回あったときよりも軽装で研究者たちと同じ白衣を着ている。
その後から出てきたのは研究施設にきて初めに会ったジュードであった。ジュードは魔王と目が合うとなぜか楽し気に表情を緩め、笑顔を見せた。
魔王は疑問を抱きつつ視線を逸らす。
最後に出てきた勇者は少し険しい表情で魔王の方を見つめたが、魔王はその視線には気づかない様子であった。



「おっし、じゃあ食堂に行こうぜ。魔族には悪いが、別室に食事を用意するから交代で見てればいいだろ。」



ライナーが昼食の誘いをするとそこにいたメンバーは同意し、昼食中の監視は誰がするという話しになるが、



「あ、じゃあ私が見てますよ」



とすぐにジュードが挙手し、監視の役割が決まる。ジュードも魔法に精通するものらしい。
ジュードが向けてくる視線の意図がいまいちつかめないルイードは苦手意識があり、渋面を浮かべる。その様子をじっと見つめたライナーは何かを言うでもなく皆と一緒に食堂に向かった。



「では、私たちも別室に行きましょうか。ああ、あなたの食事も研究員に用意させますのでご安心を。」




そう言って先に歩いていくジュードに躊躇しつつもついていく魔王であった。




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別室は氷を置いている研究スぺースから見える透明な部屋であった。
監視を置いているとは言え、安全性の配慮から他のものからも見える場所にしたらしい。


そこにはソファがおいてあり、ジュードはゆっくり二人掛けのソファに座った。



「お腹が減りましたねえ。あ、魔王もどうぞ座ってください。」


そう言って向かいのソファを指さすジュードに警戒しつつソファに座る。
正直苦手なこの男とは会話を極力したくないため、ルイードは直ぐに持参している本を取り出す。



その様子を考えの読めない笑顔のままジュードは観察していた。




「その本はどうしたんです?」





今日持ってきたのは世界各国を冒険する魔法使いの話で、ノンフィクションのものであった。




「・・・勇者に借りた」



「シオンから?」



ジュードは驚きの表情をした後、ふむ、と考えるように顎に手を当てた。
コンコンとそこで扉がノックされ、ジュードが応答すると研究者が入ってきた。
研究者はこちらの方を見て嫌悪感を露わにしていた者であった。解析担当のため、手が空いていたのであろう。本来は魔王に接触する仕事は請け負っていない、請け負いたくないのがありありと分かる表情であった。




「ジュード博士、言われた食事を持ってきました。」



そう言って魔王には目も合わせず、ジュードに伝えると足早に部屋を出て行った。




「さあ、君のご飯が来たよ。どうぞ。」とジュードはサンドイッチが入っているらしいバスケットをこちらに手渡してくる。
しかし、ルイードは一瞥したのみで、受け取らずにそのまま読書をし続ける。嫌悪感を露わにしている研究員が持ってきた食事に手を付けるはずがないだろうという気持ちで食事には見向きもしないでいると




「食べないのなら僕が戴くよ?」
 



と言ってジュードは徐にバスケットのサンドイッチを取り出すと食べ始めた。




ルイードはその様子をギョッとした表情で窺うと機微を悟られまいと再度本に視線を戻した。
何が入っているか分からないのに食べるなんて気が知れない。と。




「うん。おいしい。ここの研究施設は何がいいかって食事が美味しいことだよね~。毒なんか入ってないよ?」




そうにっこり笑って感想を言うジュードに食べない理由を言い当てられ、それでも無視を決め込むルイードであった。






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シオンたちが昼食から戻り、研究者を集めて今後の方針の説明をすることになった。
まずルイードから採取したサンプルの解析結果はどれも数値としては人間と比較して魔力量が桁違いに多いこと、血液自体に魔素循環機構が備わっており、体のどこからでも魔素を取り込めるというものであった。人間はこのような機構は保有していないため、研究者たちは一様に興奮している様子であった。そして、その魔力循環機構は氷漬けになった魔族達のものも正常に働いているとのことで、それ以上に魔力が流出してしまっているのが今回の病気の問題点であるようだった。魔力循環機構というものが備わっているのは体感的にはわかっていたが、データを解析することで分かるのだということに素直に感心するルイードであった。



今後はなぜ流出しているのか、という原因を探る研究となるようだった。原因究明のためにはルイードのサンプルとの比較、病原となる菌やウイルスの発見、魔力鑑定による病原の核となる部位の特定などが今後必要になるらしい。
ルイードには人間の研究のノウハウは分からないため、言われたことをこなすしかない状況である。魔族にとって不利になるデータも人間側に渡ってしまう可能性があるが、それもルイードには選別のしようがないため、何か不利になるようであればなったときに考えるしかないと腹をくくる。




今後の方針が決まったころには就業時刻になっており、研究者たちは規律正しく帰宅していく。
ライナーやトリスも帰宅し、ルイードたちも勇者の館に戻っていく。



勇者の館に着くと帰宅時間を知らせているわけではないのに執事が玄関前に立っていた。




「おかえりなさいませ。シオン様。夕食の支度もできておりますが、いかがいたしますか?」





そう言ってシオンのカバンを受け取る。
その言葉にシオンは何か思いついた様子でルイードの方を見た。




「一緒に食事を摂るか?」





一瞬何を言われたのか分からなかったルイードであったが、



「一緒に食べるわけないだろう」



シオンの言葉を一蹴した。
片眉を器用に上げたシオンは「そうか」と返答し、食堂の方に進んでいった。
その様子を見てため息をついたルイードは与えられた部屋に足早に歩いて行った。
部屋に入るとしばらくして食事が部屋に置いていかれた。
毎度食べていないことは分かっているだろうに律儀に用意する人間の意図をつかむことができない。




「本当に調子が狂う。」






そう言ってルイードはベッドに横になり、目を閉じた。
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