死にたがりな魔王と研究職勇者

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勇者の館で

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研究施設を一通り回る頃にはその日の研究準備が終わりを告げる時刻となり、研究員たちは魔族の警備をするものを除いて帰宅の途に着くとのことであった。
勇者一行もそれぞれの自宅に今日は帰るとのことであり、ルイードは勇者の館に連れていかれることになった。当たり前ではあるが、魔法、破壊などの行為ができない付与をされた魔術具を付けられている。しかし、両手、両足は使用できる状態の腕輪のような形であった。

勇者の館は研究施設から徒歩圏内とのことであり、あまり部下から離れた場所でないことにほっとする。
転移で館まで移動し、館に入ると執事らしき男が出迎えた。




「おかえりなさいませ。シオン様。そちらが今回お連れになった魔族ですね。」




中年の見目の良い男性だが、余談なくこちらを窺っており、自分を警戒していることが分かる。
魔王であることは知らされていないようであるが、討伐先の生き残りの魔族と情報は伝わっているようだった。
これが通常の人間の反応だ。





「ああ。今回研究施設預かりになった魔族だ。研究施設においておくわけにもいかないからな。まあ、魔術具はつけているし、俺の結界の中だから何もできないとは思うが、よろしくな。あー名前は・・・」




「ルイードだ」





「だそうだ。ルイード、お前には研究施設に同行してはもらうが、常に行く必要はないだろうから何かあれば執事のコンラッドに言ってくれ。ああ、一応言っておくがうちのものは皆魔法、武術に精通しているからな。人質にとるのはおすすめしないぞ。」



そう言って勇者は笑う。




「人質になどとるものか」






ルイードは油断ならない執事を尻目に勇者にそっぽを向いた。




「では、シオン様、お申し付け通りに魔族の部屋はシオン様の隣の部屋といたしましたので、何か御用がありましたらお呼びください。」






執事はそう残し、その場を後にした。
警戒心を露わにしつつルイードには一言も声はかけることなく去ったところを見るとやはり魔族にたいしては他の人間と変わらず嫌悪の対象であるようだ。






「では、お前の部屋に案内しよう」






そう言って勇者は前を歩いていく。



この勇者だけは今まであった人間とは違う反応であったことを思い出しながら後に続いた。




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地下牢や魔法を通さない閉鎖空間のような場所に入れられると想像していたが、俺の部屋として通されたのは客室のような部屋であった。





「こんな部屋に通して何のつもりだ・・・?」






「気に入らなかったか?まあお前の部屋よりは見劣りはするが、一応俺の部屋と遜色ないんだがな。」





そう冗談かわからない返答が帰ってくるのを聞き、呆れた表情を出してしまう。





「そうではない。普通捕らえた敵を客間に通さないだろうということだ。牢屋とか閉鎖空間にいれるものではないのか。」




「ああ。そんなものうちにはないしな。まあ閉鎖空間は魔法でどうにでも作れるが・・・入りたかったのか?」






そう言って疑問の表情を浮かべる勇者に「こいつは何を言ってるんだ・・・」という気持ちになるが、好き好んで閉鎖的な空間に入りたいわけではないため、その言葉は飲み込んで




「いや・・・そうではないが。」と手短に答えると、



「そうだろう?」と返答し、何やら魔法陣を展開し始めた。



「まあそうは言っても野放しにするのはどうかと思うからな。この部屋にも俺の魔法を付与させてもらう。夜は俺も休みたいんでな。夜は部屋から出られないようにさせてもらうぞ」



展開した魔法を見ると出られない以外に魔法、破壊、思念伝達など複数の能力を封じるものが付与されているようであった。勇者は剣術だけではなく魔法操作もお手の物らしい。まあ、戦いを見ていたらそれも分かっていたことだが。



魔法を付与し終えた勇者は「食事はこちらに用意する」と話し、部屋を出て行った。




勇者が出て行った部屋を見回したが、魔法を付与された以外は変哲もない部屋であり、生活するには困らないものであった。



「本当に変なやつだ。」




そう言ってルイードはベッドに座り、体だけ横になると目を閉じた。






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結局あの後勇者が食事を持ってきたが、敵陣の食事にルイードはさすがに手を付けることなく、その日は休むことにした。
しかし、警戒心をこちらも解くことはなく、朝までベッドに体を休めていただけではあるが。




次の日になり、本格的な研究がさっそく始まるらしく、ルイードは研究施設へと連れていかれた。




本日は血液採取、魔力鑑定があり、部下たちも同様の検査が行われるらしい。
研究員も魔族への警戒はしつつも淡々と仕事をこなしているようであった。そのため、ルイードが魔族だからと言って何か不利になることをされるわけでもなく、時間は淡々と過ぎていった。



今まで見たことのある人間とは少し違う反応に違和感を覚える。
今まで人間はこちらが魔族と気づくと暴言や自己防衛のための攻撃、嫌悪感を示してくることがほとんどであった。
まあ、中には嫌悪の視線を向けてくる研究員もいたが、その研究員は直接魔族である自分や部下たちに触れたり関わる作業ではなく、解析などに携わっている様子であった。



本日の結果はデータとして解析されるため、解析時間が少しかかるということで解析が終わるまではルイードは研究施設に行く必要がないとのことで数日は勇者の館で過ごすこととなった。勇者も解析は部下だけでできるとのことで館で他の仕事をするようだった。それは口実として魔王を見張るのが本音かもしれないが。






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勇者の館に来て3日目。今日も今日とて出された食事は摂っていないが、部下たちを氷漬けにしてからは魔王城にいたころから食事というものはあまりとっていなかったため、それでも特に問題はないと思っているが、体に少し違和感が出てきた。
もともと空気中の魔素があればそれを吸収して生きていられるため、食事を摂らないだけでは影響は出ないはず。そう思い、今日はその後勇者が仕事があるとのことで監視の名目もあるため、勇者に仕事部屋へと連れられて行った。





「今日はここで仕事をするからお前も適当にここで過ごしてくれ。」





そう言って勇者は広い書斎にあるソファを指し示すと早速仕事なのか書類に向き合ってしまった。
魔王は何もすることがないため、取り合えず指示されたソファに座る。
座ったところで扉がノックされた。
勇者が返答すると執事のコンラッドがお茶セットを持って現れた。




「シオン様、お茶をご用意いたしました。」



「ああ、ありがとう」




そう言ってお茶を受け取り、再度書類に目を落とす。
その様子を確認し、執事は静かに扉を開けて礼をとり、去っていった。
一度も目は合わなかったが、魔法が使えるということで身体には防御魔法を展開していたところを見ると警戒は変わらずされているようだ。
人間というものはここにいる勇者や研究員とは違って大抵そいういうものであったと再度認識を新たにする魔王であった。



1時間程経過し、ふと勇者が顔を上げて魔王を見た。


かなり集中しているようであったため、魔王も少し気を抜いていたのかハッと勇者の方を見て警戒を露わにした。




「なんだ?」



「いや、すまない。暇だっただろう。」



そんな気を遣うような言葉をかけられた魔王は新たにした認識が崩れそうになった。




「いや、別に」




そう言って視線を逸らすが、勇者は立ち上がると書斎の本棚から数冊本を取り出し、魔王の目の前のテーブルに置いた。


 
「好みに合うかはわからないが、人間の国の物語とあとは人間が作った魔族に関する本だ。これでも読んでいてくれ。」



勇者はルイードの返事を待たず再度机に戻り、意識を書類に向けてしまった。



勇者の気遣いのようなものにどのように反応したらいいのか分からない魔王は混乱しつつも暇ではあるため、勇者から齎された暇つぶし道具を手に取るのであった。



この日の仕事は午前中には終わるものであったようで、昼時間前には終了し、お互いの部屋に戻ることになった。
このような生活は3日ほど続き、データ解析が終了したようで勇者の館にきて6日目に再度研究施設に出向くことになった。



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