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8話 魔物討伐作戦

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 森の中を進むこと数十分、目的の場所に辿り着く。



「ほら、あそこにいるのが件の魔物よ。一応名前もついてるわ。その名も<黒蛇/カドモス>」



 エルミースが木々の隙間からある方向を指さす。ソルがその方向を見ると開けた空間に大きな木と何か目に入る。それは蛇のような魔物だった。だが、体は鱗ではなく黒い岩のようなもので全身を覆われている。



「名が付くほどの魔物には見えないけどな」



「甘く見ない方がいいわよ。中央の巨木以外の植物がないでしょ? 長年あの魔物が這いずり回っているせいで生えてこなくなったらしいわ」



「だが、裏を返せばあの魔物はあのエリアから出てこないということだろ?」



「その通りよ。でも、あの領域に一歩でも踏み入れば襲ってくるわ。実際足を踏み入れたものは例外なくあの化け物の腹の中。それに一度刺激すればまるで天災のように暴れまわるらしいわよ。どうする? やめる?」



 エルミースがソルの顔を覗き込む。だが、ソルの顔には悲観的な感情は浮かんでいなかった。寧ろ、好戦的な笑みが浮かんでいる。



「冗談だろ? さっきの言葉はあんたの安全を気遣っての発言だよ。問題なくあのくらい倒して見せるさ。俺が言ったことを証明するためにもな」



 そう言ってソルは腰の刀を抜き、巨大な魔物……<黒蛇/カドモス>の領域へと堂々と足を踏み入れる。するとその瞬間、黄金色の瞳がぎょろりと動き一人の男を捉えた。巻き付いている木を支柱にして回転しながらソルに迫る。その速度はまるで弾丸のようで瞬く間にソルが立っていた場所を通り過ぎた。



 やられてしまったかとエルミースが思った時、空から刀を持った人影が降ってくる。



「魔操流刀術<加具土命/カグツチ>」



 熱せられた黒い刀身が岩のようにごつごつした黒蛇の皮膚の合間を捉える。狙いすました剣戟は阻まれることなく黒蛇の胴体の一部を両断した。皮膚が酒、毒々しい色をした液体が飛び散る。しかし、斬ったのはあくまでも一部。巨大な体の一片い過ぎない。



 黒蛇から発せられた奇声が轟き、木々が揺れる。大気を裂くようなその声は本来なら敵対者に恐怖を植え付けるのだろう。だが、ソルの顔に浮かんでいた感情は嘲りだった。



(強い、強いと言っていたからどの程度のものかと思ったが存外大したことはなかったな。あの洞窟にいた化け物の方がずっと強かった。まあ、どうでもいいか。こいつは唯の糧、戦う相手ですらないのだから……もう終わらせよう)



 ソルは足に力を籠め、一気に距離を詰める。しかし、黒蛇も負けじと蜷局を巻いていた尻尾の部分を器用に動かし、ソルの逃げ道を塞いでいく。ソルは元から逃げる気はないため気にせず突っ込んで行く。黒蛇は何かを吐き出す準備をしているのか胴体の一部を大きく膨らませる。



 何らかの攻撃が来る、ソルはその予測を立ててはいる。だが、迷うことなくさらに速度を上げ肉薄していく。黒蛇は飛び込んでくるソル目掛けて紫色の霧状の何かを噴出する。もちろん無防備に受ければ致命傷は必死。しかし、ソルはそんな状況でも顔色一つ変えない。



「魔操流刀術<旋風/ツムジカゼ>」



 魔操流抜刀術<鎌鼬/カマイタチ>とは違い刀全体に渦巻くように風を纏わせ、体ごと回転する。そるすることで竜巻のような巨大な風の渦を発生させるのだ。その風は荒々しく吹き乱れ、毒々しい霧をはるか上空へと吹き飛ばした。



 さらに、ソルは風の流れになり黒蛇の眼前へと躍り出る。揺らめく影のような闇が刀身を覆う。ソルはにやりと笑うと巨大な頭部目掛けて刀を振るう。その剣戟が顔を割り、放たれた闇が胴体を裂く。およそ黒蛇の四分の一ほどが真っ二つに裂け、千切れ飛んだ。巨大な二つの肉の塊が大きな音を立てて地面に落ちる。



 雑な斬り方をしたためか気味の悪い黒蛇の血液がそこら中に飛び散っている。幸い風の中心にいたソルは汚れずに済んでいた、しかし、有毒な黒蛇の血が森に散ってしまったため生態系に悪影響が出てしまうかもしれない。もっとうまく殺せばよかったと後悔しながらソルは頭を掻いた。



(これは不味いかもしれんな。おそらくあの血は猛毒だ。気化してしまえば近くの街に影響が出てしまうかもしれない。闇ですべて消すことはできるが……)



 ソルは一部始終を見ていたはずのエルミースへと視線を向ける。少女は何故か呆けた顔をして立っていた。



「おい、終わったぞ。だが、飛び散った毒の血を片付けなければならないのだが……」



 ソルが後片付けについて淡々と語っていると慌てたようにエルミースが割り込んでくる。



「ちょ、ちょっと待って。何あの強さ! 剣であの硬い皮膚を真っ二つなんてありえないでしょ!」



「できたのだから考えても仕方ないだろ。今はそれよりも毒の始末の方が先だ」



 当たり前のように語るソルに面食らいながらも冷静になろうと少女は呼吸を整える。頭の整理がついたのか腰に下げていた杖のようなものを持ち上げた。



「掃除は私に任せて」



 そう言うとエルミースは杖のような物をを構える。



「『水の精霊よ。我が声に答え、大いなる流れをここにもたらせーー出でよ、ウンディーネ』」



 すると、どこからともなく青く澄んだ水が現れた。それは独りでに人間の女性の形へと変化し、血が飛び散った上空目がけて聖なる水を散布する。その水が血液を中和し、おどろおどろしい色をしていた液体をどんどん薄めいていく。



「何だ……これは?」



「魔術よ。まあ、その中でも精霊術という分野の技術なんだけどね」



 ソルは全く聞いたことがない技術に内心小首を傾げていた。だが、そんな様子をおくびにも出さず平静を装う。



「なるほどな……。とりあえず、助かった。せっかく邪魔な魔物を倒したのに余計な被害が出るところだったよ」



「これくらいお安い御用だわ。それに戦っていない分何かしないと悪いもの」



「さて、それじゃ大手を振って街へ向かうとしようか」



 ソルは微笑を浮かべながら、少女にそう告げたのだった。
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