6 / 28
第6話神官初級審査⑥
しおりを挟む
都市バルサの商店が立ち並ぶメインストリートは、夜10時を過ぎてもにぎわっていた。街にはたくさんの明かりが灯り、きらびやかな繁華街を若者たちが行きかう。
エリーゼのパーティメンバーであるララとエミリも、洋服店やアクセサリーショップをめぐり、買い物を楽しんでいた。
「ねえララ、そろそろ戻ろうよ」
「ええっ、まだいいじゃん。もっと楽しもうよ」
ララは買ったばかりのネックレスを手に取り、うっとりと眺めている。
「エリーゼに怒られるってー」
「もう、洗礼が済んでるんだから、無視しとけばいんじゃない?」
「それは、まずいよー」
「エミリは卒業してもエリーゼにくっついてるつもり? あの子、家柄だけはいいけど、実力ないから中等科じゃ通用しないよ。私の親、一般学校の教師だから、神殿所属の神官になるのってかなり難しいんだよね。家柄もよくて実力のある子と仲良くしないと、生き残れないってわけ。分かるでしょ?」
「それは、分かるけどさ……」
エミリは小さい声で答えながら、何か言いたそうな表情をする。
神学校初等科では、マリアンヌ聖教の教えと歴史、神官が扱う術式である「神の裁き、神の加護、神の癒し、神の奇跡」を学ぶ。座学が主体の授業であり、実技においては全てが基礎であるため、神官としての能力にそれほどの差は表れない。
中等科の神官コースでは、実技の授業が大幅に増えるため、その差がはっきりと分かってしまう。
エリーゼは決して劣等生というわけではなかった。しかし、座学、実技において他者より抜きんでて目立つ優秀さを兼ね添えてはいなかった。中等科で優れた成績を修める生徒は、すでに初等科から大いにその存在感を示している者たちである。
「……ララは、エリーゼのこと嫌いなの?」
エミリが恐る恐る尋ねる。
「うん。はっきり言って、嫌い。エミリは好きなの?」
「えっと、私は好きとか嫌いとか、別にそういうのは無いけど……」
「あの子、実力無いくせに、いつも偉そうにしてさ。家と親の自慢ばっか。初等科じゃ、あの子のグループが1番優位だから入ってたけど、中等科はあの子よりもっと上のグループに入るから、私」
ララはそう言いながら、靴屋のショーウィンドウの前で立ち止まった。
「すみません、そこのお嬢様方」
後ろから急に声をかけられ、驚く2人。
ララとエミリが振り向くと、一人の小柄な男がしきりに口ひげを触りながら、薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。
「な、何か用?」
尋ねるララの腕に、臆病なエミリはしがみついた。
「おやおや、驚かせてしまったようですみませんねぇ。わたくし、旅商人のレイマーと申します。どうぞお見知りおきを」
レイマーは礼儀正しく深くおじぎをした。
「で、旅商人さんが私たちになんのご用?」
「わたくし、この都市バルサで装飾品店を開こうかと考え中でしてねぇ。この指輪を売り出したいのですが、どう思いますぅ?」
そう言うと、レイマーは上着のポケットから1つの指輪を取り出し、ララの目の前に差し出した。
深みのある漆黒の小さな石があしらわれた指輪だった。
黒い石に吸い込まれるように指輪を見つめるララ。
「ささ、どうぞ手に取ってよく眺めてくさい」
「……」
手渡された指輪を無言で見つめる。
そのまま指輪を左手人差し指にはめる。
「フフッ……フフフフ」
「ララ? ねえララ?」
指輪に視線を奪われたまま、小さな声で笑い出すララに、エミリが心配した様子で呼びかける。
彼女の声は、もうララには届かない。
「ずいぶんとお気に召されたようですねぇ。いいですよ、いいですよぉ。これもなにかのご縁です。その指輪は差し上げましょう。大切にしてくださいねぇ」
漆黒の魔石が、にぶく怪しく光った――。
暗い夜道を、1頭の馬が2人の人間を乗せて疾走する。
1軒の建物も見当たらない広大な平原に一面の闇が広がっている。
2人はその闇の中を、迷いなく突き進んでいく。
「クルーさん、ホントに私が決めた方向で良かったんでしょうか?」
「ああ、この方向で間違いねぇよ。俺も魔族のくせぇ臭いを感じる」
夜でも月明かりだけで見通しのきくクルーガーが、進行方向をジッと見つめて答える。
魔族と人間の区別は難しい。しかし、クルーガーは魔族特有の禍々しい魔力を感じ取ることができた。魔族と初めて遭遇したマイが、クルーガーと同様の感覚で見極めができたことに彼は驚いていた。さらに、マイの感覚はクルーガー以上に研ぎ澄まされたものであった。彼女の言う「嫌な感じ」がどの方向へ続いているかが判別できた。マイの示した方角へ馬を走らせると、「くせぇ臭い」がはっきりと濃くなっていき、クルーガーはこの先に魔族がいることを確信していた。
「おいチビ、見えてきたぞ」
闇夜の先に、多くの明かりが灯る都市が浮かび上がって見える。
「あそこは?」
「バルサだ。神官試験2つ目の遺跡から最も近い都市。初日の森で、いるはずのないミノタウロスが出現した。そしてカーリック村の事件、試験の通過点で発生してる。そう考えると、信憑性が増すってもんだろ?」
都市バルサへ近づくにつれ、マイがカーリック村で感じた禍々しい嫌な気配がどんどん強くなっていく。
――あの魔族はきっとここにいる。もう絶対に、あんなひどいことはさせない!
マイは街に灯るたくさんの明かりを真っすぐに見つめた。
レイマーから渡された指輪をはめたララの様子が明らかにおかしい。瞳の色はどんよりと濁り、ブツブツ言いながら薄ら笑いを浮かべている。エミリが呼びかけても、体を揺さぶっても全く反応が無い。
「こんなところで何をしているの! 夜の外出は禁止と言ったはずよ!」
エリーゼの声がして、エミリは後ろを振り返った。
入浴を終えて部屋に戻ったエリーゼが2人の外出に気づき探しに来たのだ。
「エリーゼ、どうしよう。ララの様子がおかしいの」
今にも泣きだしそうな顔でエミリがうったえる。
異変に気付いたエリーゼが彼女の元へ駆け寄った。
「ララ、しっかりしなさい! ララ!」
エリーゼがララの両肩を掴んで必死に呼びかける。
「……偉そうにしやがって……自慢ばっかしやがって」
「え? あなた何を……」
小声でつぶやくララの目つきが鋭く変わった。
「うんざりなんだよぉぉぉ!」
「キャァ!」
突如ララの体から吹き上がった爆風に、エリーゼが吹き飛ばされた。
地面に強く体を打ち付け、エリーゼは苦痛で顔を歪ませる。
「エリーゼ様! 貴様、それ以上近づいたら斬るぞっ」
エリーゼの前に出た剣士たちが抜刀し、弓兵たちが弓を構える。
「お前らもだ……私の前で偉そうにすんなぁぁぁ!」
ララが叫ぶと同時に、剣士と弓兵が吹き飛ばされた。
「ウアァァァ!」
エリーゼのときよりもさらに威力の増した風が兵士たちに直撃し、彼らは通りを隔てた向かいの建物の壁に体をめり込ませて停止した。
エミリは、今目の前で起こっている出来事に、ただ体を震わせながら頭を抱えてうずくまるしかなかった。
「おい、なにやってんだよ!」
別の通りで2人を探していたルカが、騒ぎに気がつき走ってきた。
倒れているエリーゼを抱き起す。
「おい、大丈夫かよ?」
「うっ……ルカ、ここから離れなさい。ララが……」
ルカは、こちらに向かってくるララに視線を向けた。
彼女の体から黒い炎が吹き出している。顔中に青黒い血管が浮かび上がり、真っ赤に充血した瞳がギラギラと光る。
あきらかにルカの知るララとは別人に変貌を遂げていた。
「はやく……お逃げなさい」
「自分1人だけ逃げられるかよ!」
ルカが神の加護を詠唱し、光のシールドを展開した。
「偉そうにしやがってぇ。ウオォォォォォォ!」
ララの咆哮と共に、荒れ狂う漆黒の炎がうねりながらルカに襲い掛かった。
シールドが粉々に砕け散り、消失する。
その反動で、ルカは地面に叩きつけられた。
「グッ……」
「ルカ!」
自分の隣で倒れるルカを守るように、エリーゼが体で覆う。
背後にララが近づいてくるのを感じながらも、なすすべなく、エリーゼはギュッと目を閉じた。
――神様、どうぞお助けください。マリアンヌ様、なにとぞお救いください。
エリーゼに出来ることは、ただひたすら祈ることのみ。
「偉そうにするな! 私をバカにするなぁぁぁ!」
漆黒の炎が勢いを増して2人に襲い掛かる。
「天に輝く神の光よ、我ら神の子を守りたもう! 悪しき力を祓いたまえ!」
エリーゼとルカの前に光のシールドが出現し、漆黒の炎を消失させた。
2人が顔を上げると、そこにはマイと長身の男性が立っていた。
「間に合ってよかった! 2人とも大丈夫?」
「マイーーー!」
「……」
起き上がったルカが歓喜の声を上げながらマイに抱き着く。
その様子を無表情のエリーゼが黙って見ている。
「命を救った謝礼はあとから正式に請求するんで、そこんとこよろしく!」
クルーガーが2人の少女にビシッと指さす。
「なんなの、この汚らしいおっさんは?」
「お、おいエリー失礼だろ。助けてもらったのに」
エリーゼがまるで不審者を見るような目つきをする。
「えっと、こちら一応、私の従者のクルーさんだよ。クルーさんはゲスいけど汚くはないよ」
「ゲスで汚いおっさんだったら最悪だな……」
ルカが自分で言いながら苦笑いする。
「俺はゲスでもねぇし、汚くもねぇ! おっさんでもねぇ! まだ29だ!」
クルーガーが訂正しているところに、再びララから炎の攻撃を受ける。
「天に輝く神の光よ、さらなる力を与えたもう! 邪気を祓いて我らを守護せよ!」
両手を前にかざしながら、マイが素早く詠唱する。
光が強く輝き、シールドが二重となりさらに大きなものへ進化した。
炎の直撃を受け止めてもシールドには傷一つつかない。
「マイ、すげぇ! 神の加護第2か条なんていつから出来るようになったんだよ? しかも杖なしで展開させるなんて! アタシらの学年じゃ、まだ誰も出来ないのに」
ルカが興奮気味に言いながら目を大きくしてマイを見る。
「えっと、私ただ必死で……」
自分でも驚いた様子のマイの前にクルーガーが飛び出した。
そのまま走り出し、何もない空間をナイフで切りつける。
「危ないですねぇ。そんなもの振り回したらいけませんよぉ」
姿を現したレイマーがふわりと浮いて攻撃を回避する。
「あいつよ! レイマー。あいつがララをこんな風にしたの!」
路上にうずくまっていたエミリが声を張り上げる。
「では、わたくしはこれにて失礼いたしますよぉ。ごきげんよう」
再び姿の見えなくなったレイマーの声が遠のいていった。
「クルーさん、追ってくださいっ」
「チビ、おまえ……」
「私は大丈夫です! 私は私の大切な人たちを守りますからっ。クルーさんは、この町を、この町の人たちを守ってください!」
力のこもった言葉がクルーガーの踏みとどまった足を動した。
「レイマーは俺にまかせろ。ここはチビにまかせる。すぐに戻るから踏ん張っとけよ、神官様」
全速力で走りだしたクルーガーの背中は、あっという間に見えなくなった。
「絶対に助けるからね」
マイは自分に言い聞かせるようにつぶやき、変わり果てた姿のララを見た。
クルーガーは姿を消して移動するレイマーを追い、町の西に向かって走っていた。市民の居住区に入ると繁華街とは異なり、出歩く人も見かけない。家の明かりもほとんど消え、夜の道を小さな街灯がぼんやり照らす。
町の西口でレイマーの動きが止まった。
クルーガーも距離を保った状態で足を止めた。
「人間にしては速すぎですよぉ。どんな足をしているのですかぁ?」
「鍛えてっからな。鬼ごっこはそろそろ飽きたぜ。お次はナイフの腕を見せてやるよ」
クルーガーが両手にナイフを構える。
その直後、町の外から「グオォォォォォ!」という雄叫びとともに、地響きが起こった。
――この声、モンスターか? しかも大型だ。この振動、1匹や2匹じゃねぇ。
クルーガーが冷静に分析しつつ、焦りの色を顔に浮かべる。
「ではではぁ、あなたのナイフの腕前、見せていただきましょう。今こちらに10匹のオークが向かっています。さらにさらにぃ、東口にも10匹のオークがぁぁぁ! ささぁ、あなたはどうしますかぁ?」
レイマーがさも楽しそうに、ふざけたダンスを披露する。
――くそったれ! ここでオークを瞬殺しても、確実に東側の居住区で被害が出る。そもそも、レイマーをやらねぇと意味がねぇ。
考えているクルーガーをあざ笑うかのように、レイマーが姿を消した。
「わたくし、東側の見物に行きますので、これで失礼」
耳障りなレイマーの声に苛立ちを募らせ、クルーガーが歯を噛み締める。
ナイフを構えたまま、オークの襲撃に備える。
さっきまで聞こえていたオークの足音が止んだ。
遠くの暗闇から馬に乗って姿を現したのは、褐色の肌に燃えるような赤髪をなびかせる女騎士だった。
「レオン様、東口に小隊規模の大型モンスターが接近しております! おそらくはオークかと。西側のオークは、我が聖教騎士団ボーエン大隊がせん滅します!」
「ふう、助かったぜ。ありがとな、フェンリル。町に魔族が1匹入り込んでんだ。住民の避難誘導も頼まれてくれるか?」
「ハッ、了解しました」
フェンリルが拳を胸に当て敬礼する。
クルーガーはうなずくと、東口に向かって走り出した。
エリーゼのパーティメンバーであるララとエミリも、洋服店やアクセサリーショップをめぐり、買い物を楽しんでいた。
「ねえララ、そろそろ戻ろうよ」
「ええっ、まだいいじゃん。もっと楽しもうよ」
ララは買ったばかりのネックレスを手に取り、うっとりと眺めている。
「エリーゼに怒られるってー」
「もう、洗礼が済んでるんだから、無視しとけばいんじゃない?」
「それは、まずいよー」
「エミリは卒業してもエリーゼにくっついてるつもり? あの子、家柄だけはいいけど、実力ないから中等科じゃ通用しないよ。私の親、一般学校の教師だから、神殿所属の神官になるのってかなり難しいんだよね。家柄もよくて実力のある子と仲良くしないと、生き残れないってわけ。分かるでしょ?」
「それは、分かるけどさ……」
エミリは小さい声で答えながら、何か言いたそうな表情をする。
神学校初等科では、マリアンヌ聖教の教えと歴史、神官が扱う術式である「神の裁き、神の加護、神の癒し、神の奇跡」を学ぶ。座学が主体の授業であり、実技においては全てが基礎であるため、神官としての能力にそれほどの差は表れない。
中等科の神官コースでは、実技の授業が大幅に増えるため、その差がはっきりと分かってしまう。
エリーゼは決して劣等生というわけではなかった。しかし、座学、実技において他者より抜きんでて目立つ優秀さを兼ね添えてはいなかった。中等科で優れた成績を修める生徒は、すでに初等科から大いにその存在感を示している者たちである。
「……ララは、エリーゼのこと嫌いなの?」
エミリが恐る恐る尋ねる。
「うん。はっきり言って、嫌い。エミリは好きなの?」
「えっと、私は好きとか嫌いとか、別にそういうのは無いけど……」
「あの子、実力無いくせに、いつも偉そうにしてさ。家と親の自慢ばっか。初等科じゃ、あの子のグループが1番優位だから入ってたけど、中等科はあの子よりもっと上のグループに入るから、私」
ララはそう言いながら、靴屋のショーウィンドウの前で立ち止まった。
「すみません、そこのお嬢様方」
後ろから急に声をかけられ、驚く2人。
ララとエミリが振り向くと、一人の小柄な男がしきりに口ひげを触りながら、薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。
「な、何か用?」
尋ねるララの腕に、臆病なエミリはしがみついた。
「おやおや、驚かせてしまったようですみませんねぇ。わたくし、旅商人のレイマーと申します。どうぞお見知りおきを」
レイマーは礼儀正しく深くおじぎをした。
「で、旅商人さんが私たちになんのご用?」
「わたくし、この都市バルサで装飾品店を開こうかと考え中でしてねぇ。この指輪を売り出したいのですが、どう思いますぅ?」
そう言うと、レイマーは上着のポケットから1つの指輪を取り出し、ララの目の前に差し出した。
深みのある漆黒の小さな石があしらわれた指輪だった。
黒い石に吸い込まれるように指輪を見つめるララ。
「ささ、どうぞ手に取ってよく眺めてくさい」
「……」
手渡された指輪を無言で見つめる。
そのまま指輪を左手人差し指にはめる。
「フフッ……フフフフ」
「ララ? ねえララ?」
指輪に視線を奪われたまま、小さな声で笑い出すララに、エミリが心配した様子で呼びかける。
彼女の声は、もうララには届かない。
「ずいぶんとお気に召されたようですねぇ。いいですよ、いいですよぉ。これもなにかのご縁です。その指輪は差し上げましょう。大切にしてくださいねぇ」
漆黒の魔石が、にぶく怪しく光った――。
暗い夜道を、1頭の馬が2人の人間を乗せて疾走する。
1軒の建物も見当たらない広大な平原に一面の闇が広がっている。
2人はその闇の中を、迷いなく突き進んでいく。
「クルーさん、ホントに私が決めた方向で良かったんでしょうか?」
「ああ、この方向で間違いねぇよ。俺も魔族のくせぇ臭いを感じる」
夜でも月明かりだけで見通しのきくクルーガーが、進行方向をジッと見つめて答える。
魔族と人間の区別は難しい。しかし、クルーガーは魔族特有の禍々しい魔力を感じ取ることができた。魔族と初めて遭遇したマイが、クルーガーと同様の感覚で見極めができたことに彼は驚いていた。さらに、マイの感覚はクルーガー以上に研ぎ澄まされたものであった。彼女の言う「嫌な感じ」がどの方向へ続いているかが判別できた。マイの示した方角へ馬を走らせると、「くせぇ臭い」がはっきりと濃くなっていき、クルーガーはこの先に魔族がいることを確信していた。
「おいチビ、見えてきたぞ」
闇夜の先に、多くの明かりが灯る都市が浮かび上がって見える。
「あそこは?」
「バルサだ。神官試験2つ目の遺跡から最も近い都市。初日の森で、いるはずのないミノタウロスが出現した。そしてカーリック村の事件、試験の通過点で発生してる。そう考えると、信憑性が増すってもんだろ?」
都市バルサへ近づくにつれ、マイがカーリック村で感じた禍々しい嫌な気配がどんどん強くなっていく。
――あの魔族はきっとここにいる。もう絶対に、あんなひどいことはさせない!
マイは街に灯るたくさんの明かりを真っすぐに見つめた。
レイマーから渡された指輪をはめたララの様子が明らかにおかしい。瞳の色はどんよりと濁り、ブツブツ言いながら薄ら笑いを浮かべている。エミリが呼びかけても、体を揺さぶっても全く反応が無い。
「こんなところで何をしているの! 夜の外出は禁止と言ったはずよ!」
エリーゼの声がして、エミリは後ろを振り返った。
入浴を終えて部屋に戻ったエリーゼが2人の外出に気づき探しに来たのだ。
「エリーゼ、どうしよう。ララの様子がおかしいの」
今にも泣きだしそうな顔でエミリがうったえる。
異変に気付いたエリーゼが彼女の元へ駆け寄った。
「ララ、しっかりしなさい! ララ!」
エリーゼがララの両肩を掴んで必死に呼びかける。
「……偉そうにしやがって……自慢ばっかしやがって」
「え? あなた何を……」
小声でつぶやくララの目つきが鋭く変わった。
「うんざりなんだよぉぉぉ!」
「キャァ!」
突如ララの体から吹き上がった爆風に、エリーゼが吹き飛ばされた。
地面に強く体を打ち付け、エリーゼは苦痛で顔を歪ませる。
「エリーゼ様! 貴様、それ以上近づいたら斬るぞっ」
エリーゼの前に出た剣士たちが抜刀し、弓兵たちが弓を構える。
「お前らもだ……私の前で偉そうにすんなぁぁぁ!」
ララが叫ぶと同時に、剣士と弓兵が吹き飛ばされた。
「ウアァァァ!」
エリーゼのときよりもさらに威力の増した風が兵士たちに直撃し、彼らは通りを隔てた向かいの建物の壁に体をめり込ませて停止した。
エミリは、今目の前で起こっている出来事に、ただ体を震わせながら頭を抱えてうずくまるしかなかった。
「おい、なにやってんだよ!」
別の通りで2人を探していたルカが、騒ぎに気がつき走ってきた。
倒れているエリーゼを抱き起す。
「おい、大丈夫かよ?」
「うっ……ルカ、ここから離れなさい。ララが……」
ルカは、こちらに向かってくるララに視線を向けた。
彼女の体から黒い炎が吹き出している。顔中に青黒い血管が浮かび上がり、真っ赤に充血した瞳がギラギラと光る。
あきらかにルカの知るララとは別人に変貌を遂げていた。
「はやく……お逃げなさい」
「自分1人だけ逃げられるかよ!」
ルカが神の加護を詠唱し、光のシールドを展開した。
「偉そうにしやがってぇ。ウオォォォォォォ!」
ララの咆哮と共に、荒れ狂う漆黒の炎がうねりながらルカに襲い掛かった。
シールドが粉々に砕け散り、消失する。
その反動で、ルカは地面に叩きつけられた。
「グッ……」
「ルカ!」
自分の隣で倒れるルカを守るように、エリーゼが体で覆う。
背後にララが近づいてくるのを感じながらも、なすすべなく、エリーゼはギュッと目を閉じた。
――神様、どうぞお助けください。マリアンヌ様、なにとぞお救いください。
エリーゼに出来ることは、ただひたすら祈ることのみ。
「偉そうにするな! 私をバカにするなぁぁぁ!」
漆黒の炎が勢いを増して2人に襲い掛かる。
「天に輝く神の光よ、我ら神の子を守りたもう! 悪しき力を祓いたまえ!」
エリーゼとルカの前に光のシールドが出現し、漆黒の炎を消失させた。
2人が顔を上げると、そこにはマイと長身の男性が立っていた。
「間に合ってよかった! 2人とも大丈夫?」
「マイーーー!」
「……」
起き上がったルカが歓喜の声を上げながらマイに抱き着く。
その様子を無表情のエリーゼが黙って見ている。
「命を救った謝礼はあとから正式に請求するんで、そこんとこよろしく!」
クルーガーが2人の少女にビシッと指さす。
「なんなの、この汚らしいおっさんは?」
「お、おいエリー失礼だろ。助けてもらったのに」
エリーゼがまるで不審者を見るような目つきをする。
「えっと、こちら一応、私の従者のクルーさんだよ。クルーさんはゲスいけど汚くはないよ」
「ゲスで汚いおっさんだったら最悪だな……」
ルカが自分で言いながら苦笑いする。
「俺はゲスでもねぇし、汚くもねぇ! おっさんでもねぇ! まだ29だ!」
クルーガーが訂正しているところに、再びララから炎の攻撃を受ける。
「天に輝く神の光よ、さらなる力を与えたもう! 邪気を祓いて我らを守護せよ!」
両手を前にかざしながら、マイが素早く詠唱する。
光が強く輝き、シールドが二重となりさらに大きなものへ進化した。
炎の直撃を受け止めてもシールドには傷一つつかない。
「マイ、すげぇ! 神の加護第2か条なんていつから出来るようになったんだよ? しかも杖なしで展開させるなんて! アタシらの学年じゃ、まだ誰も出来ないのに」
ルカが興奮気味に言いながら目を大きくしてマイを見る。
「えっと、私ただ必死で……」
自分でも驚いた様子のマイの前にクルーガーが飛び出した。
そのまま走り出し、何もない空間をナイフで切りつける。
「危ないですねぇ。そんなもの振り回したらいけませんよぉ」
姿を現したレイマーがふわりと浮いて攻撃を回避する。
「あいつよ! レイマー。あいつがララをこんな風にしたの!」
路上にうずくまっていたエミリが声を張り上げる。
「では、わたくしはこれにて失礼いたしますよぉ。ごきげんよう」
再び姿の見えなくなったレイマーの声が遠のいていった。
「クルーさん、追ってくださいっ」
「チビ、おまえ……」
「私は大丈夫です! 私は私の大切な人たちを守りますからっ。クルーさんは、この町を、この町の人たちを守ってください!」
力のこもった言葉がクルーガーの踏みとどまった足を動した。
「レイマーは俺にまかせろ。ここはチビにまかせる。すぐに戻るから踏ん張っとけよ、神官様」
全速力で走りだしたクルーガーの背中は、あっという間に見えなくなった。
「絶対に助けるからね」
マイは自分に言い聞かせるようにつぶやき、変わり果てた姿のララを見た。
クルーガーは姿を消して移動するレイマーを追い、町の西に向かって走っていた。市民の居住区に入ると繁華街とは異なり、出歩く人も見かけない。家の明かりもほとんど消え、夜の道を小さな街灯がぼんやり照らす。
町の西口でレイマーの動きが止まった。
クルーガーも距離を保った状態で足を止めた。
「人間にしては速すぎですよぉ。どんな足をしているのですかぁ?」
「鍛えてっからな。鬼ごっこはそろそろ飽きたぜ。お次はナイフの腕を見せてやるよ」
クルーガーが両手にナイフを構える。
その直後、町の外から「グオォォォォォ!」という雄叫びとともに、地響きが起こった。
――この声、モンスターか? しかも大型だ。この振動、1匹や2匹じゃねぇ。
クルーガーが冷静に分析しつつ、焦りの色を顔に浮かべる。
「ではではぁ、あなたのナイフの腕前、見せていただきましょう。今こちらに10匹のオークが向かっています。さらにさらにぃ、東口にも10匹のオークがぁぁぁ! ささぁ、あなたはどうしますかぁ?」
レイマーがさも楽しそうに、ふざけたダンスを披露する。
――くそったれ! ここでオークを瞬殺しても、確実に東側の居住区で被害が出る。そもそも、レイマーをやらねぇと意味がねぇ。
考えているクルーガーをあざ笑うかのように、レイマーが姿を消した。
「わたくし、東側の見物に行きますので、これで失礼」
耳障りなレイマーの声に苛立ちを募らせ、クルーガーが歯を噛み締める。
ナイフを構えたまま、オークの襲撃に備える。
さっきまで聞こえていたオークの足音が止んだ。
遠くの暗闇から馬に乗って姿を現したのは、褐色の肌に燃えるような赤髪をなびかせる女騎士だった。
「レオン様、東口に小隊規模の大型モンスターが接近しております! おそらくはオークかと。西側のオークは、我が聖教騎士団ボーエン大隊がせん滅します!」
「ふう、助かったぜ。ありがとな、フェンリル。町に魔族が1匹入り込んでんだ。住民の避難誘導も頼まれてくれるか?」
「ハッ、了解しました」
フェンリルが拳を胸に当て敬礼する。
クルーガーはうなずくと、東口に向かって走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
存在感のない聖女が姿を消した後 [完]
風龍佳乃
恋愛
聖女であるディアターナは
永く仕えた国を捨てた。
何故って?
それは新たに現れた聖女が
ヒロインだったから。
ディアターナは
いつの日からか新聖女と比べられ
人々の心が離れていった事を悟った。
もう私の役目は終わったわ…
神託を受けたディアターナは
手紙を残して消えた。
残された国は天災に見舞われ
てしまった。
しかし聖女は戻る事はなかった。
ディアターナは西帝国にて
初代聖女のコリーアンナに出会い
運命を切り開いて
自分自身の幸せをみつけるのだった。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます
天田れおぽん
ファンタジー
ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。
ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。
サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める――――
※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【完結】乙女ゲーム開始前に消える病弱モブ令嬢に転生しました
佐倉穂波
恋愛
転生したルイシャは、自分が若くして死んでしまう乙女ゲームのモブ令嬢で事を知る。
確かに、まともに起き上がることすら困難なこの体は、いつ死んでもおかしくない状態だった。
(そんな……死にたくないっ!)
乙女ゲームの記憶が正しければ、あと数年で死んでしまうルイシャは、「生きる」ために努力することにした。
2023.9.3 投稿分の改稿終了。
2023.9.4 表紙を作ってみました。
2023.9.15 完結。
2023.9.23 後日談を投稿しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる