碧眼の守護者

kakasu

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第6話神官初級審査⑥

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 都市バルサの商店が立ち並ぶメインストリートは、夜10時を過ぎてもにぎわっていた。街にはたくさんの明かりが灯り、きらびやかな繁華街を若者たちが行きかう。
 エリーゼのパーティメンバーであるララとエミリも、洋服店やアクセサリーショップをめぐり、買い物を楽しんでいた。
「ねえララ、そろそろ戻ろうよ」
「ええっ、まだいいじゃん。もっと楽しもうよ」
 ララは買ったばかりのネックレスを手に取り、うっとりと眺めている。
「エリーゼに怒られるってー」
「もう、洗礼が済んでるんだから、無視しとけばいんじゃない?」
「それは、まずいよー」
「エミリは卒業してもエリーゼにくっついてるつもり? あの子、家柄だけはいいけど、実力ないから中等科じゃ通用しないよ。私の親、一般学校の教師だから、神殿所属の神官になるのってかなり難しいんだよね。家柄もよくて実力のある子と仲良くしないと、生き残れないってわけ。分かるでしょ?」
「それは、分かるけどさ……」
 エミリは小さい声で答えながら、何か言いたそうな表情をする。
 神学校初等科では、マリアンヌ聖教の教えと歴史、神官が扱う術式である「神の裁き、神の加護、神の癒し、神の奇跡」を学ぶ。座学が主体の授業であり、実技においては全てが基礎であるため、神官としての能力にそれほどの差は表れない。
 中等科の神官コースでは、実技の授業が大幅に増えるため、その差がはっきりと分かってしまう。
 エリーゼは決して劣等生というわけではなかった。しかし、座学、実技において他者より抜きんでて目立つ優秀さを兼ね添えてはいなかった。中等科で優れた成績を修める生徒は、すでに初等科から大いにその存在感を示している者たちである。
「……ララは、エリーゼのこと嫌いなの?」
 エミリが恐る恐る尋ねる。
「うん。はっきり言って、嫌い。エミリは好きなの?」
「えっと、私は好きとか嫌いとか、別にそういうのは無いけど……」
「あの子、実力無いくせに、いつも偉そうにしてさ。家と親の自慢ばっか。初等科じゃ、あの子のグループが1番優位だから入ってたけど、中等科はあの子よりもっと上のグループに入るから、私」
 ララはそう言いながら、靴屋のショーウィンドウの前で立ち止まった。
「すみません、そこのお嬢様方」
 後ろから急に声をかけられ、驚く2人。
 ララとエミリが振り向くと、一人の小柄な男がしきりに口ひげを触りながら、薄気味悪い笑みを浮かべて立っていた。
「な、何か用?」
 尋ねるララの腕に、臆病なエミリはしがみついた。
「おやおや、驚かせてしまったようですみませんねぇ。わたくし、旅商人のレイマーと申します。どうぞお見知りおきを」
 レイマーは礼儀正しく深くおじぎをした。
「で、旅商人さんが私たちになんのご用?」
「わたくし、この都市バルサで装飾品店を開こうかと考え中でしてねぇ。この指輪を売り出したいのですが、どう思いますぅ?」
 そう言うと、レイマーは上着のポケットから1つの指輪を取り出し、ララの目の前に差し出した。
 深みのある漆黒の小さな石があしらわれた指輪だった。
 黒い石に吸い込まれるように指輪を見つめるララ。
「ささ、どうぞ手に取ってよく眺めてくさい」
「……」
 手渡された指輪を無言で見つめる。
 そのまま指輪を左手人差し指にはめる。
「フフッ……フフフフ」
「ララ? ねえララ?」
 指輪に視線を奪われたまま、小さな声で笑い出すララに、エミリが心配した様子で呼びかける。
 彼女の声は、もうララには届かない。
「ずいぶんとお気に召されたようですねぇ。いいですよ、いいですよぉ。これもなにかのご縁です。その指輪は差し上げましょう。大切にしてくださいねぇ」
 漆黒の魔石が、にぶく怪しく光った――。


 暗い夜道を、1頭の馬が2人の人間を乗せて疾走する。
 1軒の建物も見当たらない広大な平原に一面の闇が広がっている。
 2人はその闇の中を、迷いなく突き進んでいく。
「クルーさん、ホントに私が決めた方向で良かったんでしょうか?」
「ああ、この方向で間違いねぇよ。俺も魔族のくせぇ臭いを感じる」
 夜でも月明かりだけで見通しのきくクルーガーが、進行方向をジッと見つめて答える。
 魔族と人間の区別は難しい。しかし、クルーガーは魔族特有の禍々しい魔力を感じ取ることができた。魔族と初めて遭遇したマイが、クルーガーと同様の感覚で見極めができたことに彼は驚いていた。さらに、マイの感覚はクルーガー以上に研ぎ澄まされたものであった。彼女の言う「嫌な感じ」がどの方向へ続いているかが判別できた。マイの示した方角へ馬を走らせると、「くせぇ臭い」がはっきりと濃くなっていき、クルーガーはこの先に魔族がいることを確信していた。
「おいチビ、見えてきたぞ」
 闇夜の先に、多くの明かりが灯る都市が浮かび上がって見える。
「あそこは?」
「バルサだ。神官試験2つ目の遺跡から最も近い都市。初日の森で、いるはずのないミノタウロスが出現した。そしてカーリック村の事件、試験の通過点で発生してる。そう考えると、信憑性が増すってもんだろ?」
 都市バルサへ近づくにつれ、マイがカーリック村で感じた禍々しい嫌な気配がどんどん強くなっていく。

――あの魔族はきっとここにいる。もう絶対に、あんなひどいことはさせない!

 マイは街に灯るたくさんの明かりを真っすぐに見つめた。


 レイマーから渡された指輪をはめたララの様子が明らかにおかしい。瞳の色はどんよりと濁り、ブツブツ言いながら薄ら笑いを浮かべている。エミリが呼びかけても、体を揺さぶっても全く反応が無い。
「こんなところで何をしているの! 夜の外出は禁止と言ったはずよ!」
 エリーゼの声がして、エミリは後ろを振り返った。
 入浴を終えて部屋に戻ったエリーゼが2人の外出に気づき探しに来たのだ。
「エリーゼ、どうしよう。ララの様子がおかしいの」
 今にも泣きだしそうな顔でエミリがうったえる。
 異変に気付いたエリーゼが彼女の元へ駆け寄った。
「ララ、しっかりしなさい! ララ!」
 エリーゼがララの両肩を掴んで必死に呼びかける。
「……偉そうにしやがって……自慢ばっかしやがって」
「え? あなた何を……」
 小声でつぶやくララの目つきが鋭く変わった。
「うんざりなんだよぉぉぉ!」
「キャァ!」
 突如ララの体から吹き上がった爆風に、エリーゼが吹き飛ばされた。
 地面に強く体を打ち付け、エリーゼは苦痛で顔を歪ませる。
「エリーゼ様! 貴様、それ以上近づいたら斬るぞっ」
 エリーゼの前に出た剣士たちが抜刀し、弓兵たちが弓を構える。
「お前らもだ……私の前で偉そうにすんなぁぁぁ!」
 ララが叫ぶと同時に、剣士と弓兵が吹き飛ばされた。
「ウアァァァ!」
 エリーゼのときよりもさらに威力の増した風が兵士たちに直撃し、彼らは通りを隔てた向かいの建物の壁に体をめり込ませて停止した。
 エミリは、今目の前で起こっている出来事に、ただ体を震わせながら頭を抱えてうずくまるしかなかった。
「おい、なにやってんだよ!」
 別の通りで2人を探していたルカが、騒ぎに気がつき走ってきた。
 倒れているエリーゼを抱き起す。
「おい、大丈夫かよ?」
「うっ……ルカ、ここから離れなさい。ララが……」
 ルカは、こちらに向かってくるララに視線を向けた。
 彼女の体から黒い炎が吹き出している。顔中に青黒い血管が浮かび上がり、真っ赤に充血した瞳がギラギラと光る。
 あきらかにルカの知るララとは別人に変貌を遂げていた。
「はやく……お逃げなさい」
「自分1人だけ逃げられるかよ!」
 ルカが神の加護を詠唱し、光のシールドを展開した。
「偉そうにしやがってぇ。ウオォォォォォォ!」
 ララの咆哮と共に、荒れ狂う漆黒の炎がうねりながらルカに襲い掛かった。
 シールドが粉々に砕け散り、消失する。
 その反動で、ルカは地面に叩きつけられた。
「グッ……」
「ルカ!」
 自分の隣で倒れるルカを守るように、エリーゼが体で覆う。
 背後にララが近づいてくるのを感じながらも、なすすべなく、エリーゼはギュッと目を閉じた。

――神様、どうぞお助けください。マリアンヌ様、なにとぞお救いください。

 エリーゼに出来ることは、ただひたすら祈ることのみ。

「偉そうにするな! 私をバカにするなぁぁぁ!」
 漆黒の炎が勢いを増して2人に襲い掛かる。
「天に輝く神の光よ、我ら神の子を守りたもう! 悪しき力を祓いたまえ!」
 エリーゼとルカの前に光のシールドが出現し、漆黒の炎を消失させた。
 2人が顔を上げると、そこにはマイと長身の男性が立っていた。
「間に合ってよかった! 2人とも大丈夫?」
「マイーーー!」
「……」
 起き上がったルカが歓喜の声を上げながらマイに抱き着く。
 その様子を無表情のエリーゼが黙って見ている。
「命を救った謝礼はあとから正式に請求するんで、そこんとこよろしく!」
 クルーガーが2人の少女にビシッと指さす。
「なんなの、この汚らしいおっさんは?」
「お、おいエリー失礼だろ。助けてもらったのに」
 エリーゼがまるで不審者を見るような目つきをする。
「えっと、こちら一応、私の従者のクルーさんだよ。クルーさんはゲスいけど汚くはないよ」
「ゲスで汚いおっさんだったら最悪だな……」
 ルカが自分で言いながら苦笑いする。
「俺はゲスでもねぇし、汚くもねぇ! おっさんでもねぇ! まだ29だ!」
 クルーガーが訂正しているところに、再びララから炎の攻撃を受ける。
「天に輝く神の光よ、さらなる力を与えたもう! 邪気を祓いて我らを守護せよ!」
 両手を前にかざしながら、マイが素早く詠唱する。
 光が強く輝き、シールドが二重となりさらに大きなものへ進化した。
 炎の直撃を受け止めてもシールドには傷一つつかない。
「マイ、すげぇ! 神の加護第2か条なんていつから出来るようになったんだよ? しかも杖なしで展開させるなんて! アタシらの学年じゃ、まだ誰も出来ないのに」
 ルカが興奮気味に言いながら目を大きくしてマイを見る。
「えっと、私ただ必死で……」
 自分でも驚いた様子のマイの前にクルーガーが飛び出した。
 そのまま走り出し、何もない空間をナイフで切りつける。
「危ないですねぇ。そんなもの振り回したらいけませんよぉ」
 姿を現したレイマーがふわりと浮いて攻撃を回避する。
「あいつよ! レイマー。あいつがララをこんな風にしたの!」
 路上にうずくまっていたエミリが声を張り上げる。
「では、わたくしはこれにて失礼いたしますよぉ。ごきげんよう」
 再び姿の見えなくなったレイマーの声が遠のいていった。
「クルーさん、追ってくださいっ」
「チビ、おまえ……」
「私は大丈夫です! 私は私の大切な人たちを守りますからっ。クルーさんは、この町を、この町の人たちを守ってください!」
 力のこもった言葉がクルーガーの踏みとどまった足を動した。
「レイマーは俺にまかせろ。ここはチビにまかせる。すぐに戻るから踏ん張っとけよ、神官様」
 全速力で走りだしたクルーガーの背中は、あっという間に見えなくなった。
「絶対に助けるからね」
 マイは自分に言い聞かせるようにつぶやき、変わり果てた姿のララを見た。


 クルーガーは姿を消して移動するレイマーを追い、町の西に向かって走っていた。市民の居住区に入ると繁華街とは異なり、出歩く人も見かけない。家の明かりもほとんど消え、夜の道を小さな街灯がぼんやり照らす。
 町の西口でレイマーの動きが止まった。
 クルーガーも距離を保った状態で足を止めた。
「人間にしては速すぎですよぉ。どんな足をしているのですかぁ?」
「鍛えてっからな。鬼ごっこはそろそろ飽きたぜ。お次はナイフの腕を見せてやるよ」
 クルーガーが両手にナイフを構える。
 その直後、町の外から「グオォォォォォ!」という雄叫びとともに、地響きが起こった。

――この声、モンスターか? しかも大型だ。この振動、1匹や2匹じゃねぇ。

 クルーガーが冷静に分析しつつ、焦りの色を顔に浮かべる。
「ではではぁ、あなたのナイフの腕前、見せていただきましょう。今こちらに10匹のオークが向かっています。さらにさらにぃ、東口にも10匹のオークがぁぁぁ! ささぁ、あなたはどうしますかぁ?」
 レイマーがさも楽しそうに、ふざけたダンスを披露する。

――くそったれ! ここでオークを瞬殺しても、確実に東側の居住区で被害が出る。そもそも、レイマーをやらねぇと意味がねぇ。

 考えているクルーガーをあざ笑うかのように、レイマーが姿を消した。
「わたくし、東側の見物に行きますので、これで失礼」
 耳障りなレイマーの声に苛立ちを募らせ、クルーガーが歯を噛み締める。
 ナイフを構えたまま、オークの襲撃に備える。
 さっきまで聞こえていたオークの足音が止んだ。
 遠くの暗闇から馬に乗って姿を現したのは、褐色の肌に燃えるような赤髪をなびかせる女騎士だった。
「レオン様、東口に小隊規模の大型モンスターが接近しております! おそらくはオークかと。西側のオークは、我が聖教騎士団ボーエン大隊がせん滅します!」
「ふう、助かったぜ。ありがとな、フェンリル。町に魔族が1匹入り込んでんだ。住民の避難誘導も頼まれてくれるか?」
「ハッ、了解しました」
 フェンリルが拳を胸に当て敬礼する。
 クルーガーはうなずくと、東口に向かって走り出した。
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