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第7話神官初級審査⑦
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都市バルサ西口から200メートルの丘陵で、聖教騎士団一個大隊が10匹のオークと交戦していた。弓兵の一斉攻撃でオークを足止めし、神官の攻撃術式、神の裁きでダメージを与える。オークの態勢が大きく崩れたのを見計らって、抜刀した歩兵隊が切り込む。
「ボーエン、状況は?」
馬で駆けてきたフェンリルが大隊長に尋ねる。
「現在、歩兵を投入したところであります! 神官による攻撃でオークの態勢は崩れております。戦況は我が隊に有利――」
「うわぁぁぁぁぁっ」
ボーエンの話を遮るかの如く、突入した歩兵隊から悲痛な叫び声が上がった。
両腕を引きちぎられた隊員が泣き叫びながら逃げ惑う。引きちぎった腕にかぶりつきながら、オークは隊員の頭を握りつぶした。それを引き金に、パニックを起こした隊員たちがオークに背を向け走り出す。身の丈3メートルの巨体は、あっという間に隊員たちに追いつき、彼らを無残に叩きつぶしていった。
「撤退! 撤退せよっ」
ボーエン大隊長の声が丘にむなしく響く。
戦場は一瞬で地獄と化した。
「町に魔族が侵入している。ボーエンは住民の避難誘導にあたれ。この場は私が指揮をとる」
「ハッ。了解しました!」
敬礼したボーエンが、騎馬隊を連れて西口へ向かった。
それを確認したフェンリルが神官たちに指示を出し、オークの群れに向かって突進する。
馬上で抜刀した全長80センチのブロードソードを構える。
「グオォォォォォォォ!」
向かってくる彼女に気がついたオークたちは、極上のご馳走にありつけるとばかりに歓喜の咆哮を上げた。
「炎よ、我が剣に宿れ」
フェンリルの発した言霊が、ブロードソードを赤く変色させる。
鼻息荒く、よだれを垂らしながら襲い掛かるオークたちにフェンリルの一太刀が命中していく。深く切り込まれた各部から、鮮血が飛び散った。
しかし、オークたちはひるまない。あっという間に傷口がふさがっていく。
「罪を焼き尽くす地獄の業火よ、焼き払え!」
馬で走り抜けたフェンリルが叫ぶと、オークの修復しかけた傷口から、大きな炎が上がった。炎はみるみるうちにオークの巨体を飲み込んでいく。10体のオークが1つの大きな火柱に包み込まれた。
「自己治癒力が高いなら、それ以上の速さで焼き尽くすまでだ」
剣を鞘に納めたフェンリルが、猛火に焼かれて苦しみもだえるオークにつぶやく。
燃えるオークを取り囲んだ神官たちが、まわりに結界を張る。
「炎はオークが絶命するまで燃え続ける。周囲に火が回らないよう警戒せよ」
「ハッ!」
神官に命じたフェンリルは、部隊に事後処理と西口警護の指示を出し、町に向かって馬を走らせた。
――魔族まで出てくるなんて。東口でもオークの襲撃があるとういうのに……
たずなを握る手に力が入り、フェンリルの表情は固くなっていた。
町の東側居住区に到達したオークの群れが、本能のおもむくままに破壊行為を繰り返す。住居は倒壊し、住人たちはわけの分からぬまま外に飛び出していく。外に出てきた人間たちに、オークの巨大な腕が伸びる。
「フギャァァァァァ!」
人間に手が届く寸前、その手首が切断され、オークは血を吹き出しながら叫び声
を上げた。
「走って逃げろ! 聖教騎士団が避難誘導してる。兵士を見つけたら指示に従って避難しろ!」
「あ、ありがとうござますっ」
親子が泣きながら礼を言い、慌ててその場を去った。
「グルルルルルッ」
オークが、切り落とされた手を拾い上げ、手首に戻す。あっという間に切り口は修復し、オークの腕は元通りに復活した。
「チッ、再生の呪いかよ。いつ見ても胸くそワリィぜ」
舌打ちをしてダガーナイフを構える。
「見事なナイフさばきですねぇ。しかぁし、どんなに斬ろうとも、このオークたちは再生いたしまぁす。あなたぁ、ほとんど魔力がありませんねぇ? 魔術もろくに使えないあなたがぁ、剣技だけでどこまで戦えますかぁ? 見ものですねぇ」
再び姿を現したレイマーが挑発する。
クルーガーは挑発に乗らず、オークたちの動きを見極めて走り出した。
振り下ろされるオークの巨大な拳をかわし、腿や膝裏へ確実にナイフを突き立てる。10匹のオークが次々と崩れていく。
――どんなに治癒力が高かろうが、頭を取っちまえば再生はできねぇ。動きを止めたら次は首だ!
走り抜けたクルーガーが、振り向いて素早く向きを変え、オークの首を狙う。
「うおっ!」
目の前に1匹のオークが迫っていた。
――いくらなんでも、再生スピードが速すぎるっ
オークの拳がまっすぐに向かってくる。
「クソッ!」
クルーガーがナイフの刃を向けて胸の前で受け止める。
オークのストレートパンチの勢いは止まらず、殴り飛ばされたクルーガーは、半壊した家屋の壁にめり込んだ。
せき込みながらフラフラと立ち上がるクルーガーを10匹のオークが取り囲む。
「おやおや、もうおしまいですかぁ? 意外とあっけなかったですねぇ。まあ、魔術もろくに使えないあなたの末路なんて、こんなもんですよぉ。あの少女も今頃どうなっていることやら。私はあの子の泣き叫ぶ声が聞きたいので、これにて失礼」
姿が透けていくレイマーをにらみつけ、クルーガーは血の混じった唾液を「ぺっ」っと吐き出した。
――待ってろチビ、今すぐ助けに行くからな
壁を背にしてもたれかかるクルーガーに、よだれを垂れ流すオークの群れがじりじりと詰め寄った。
マイは、次々と繰り出される黒い炎の攻撃を防ぐのに必死だった。少しでも気を抜けば、シールドが破壊されてしまう。ララの攻撃が徐々に威力を増し、それを受け止めるたび、シールドに小さな亀裂が入る。神の加護の詠唱を反復してシールドを補強し続けなければ、漆黒の炎に飲み込まれてしまう。防戦一方となったマイたちに、ララは容赦なく攻撃を続けた。
「おい、エリー。動けるか?」
「え、ええ。でも、何をするつもり?」
マイの後ろでうずくまるエリーゼにルカが尋ねた。
「このままじゃ、アタシらのせいでマイが動けない。ララの攻撃が一時やむのを見計らって走るぞ!」
「わ、分かったわ」
2人がゆっくりと立ち上がった。
「マイ、アタシらが走り出したら、きっとララはアタシらに意識が向く。その隙をついて攻撃するんだ」
「えっ! ララちゃんを攻撃……」
マイが動揺する。
「いいか、マイっ。あのララはもうアタシらの知ってるララじゃねぇ。このままじゃ、市民にまで被害が出るぞ。アタシとエリーもやる! なあエリー、そうだろ?」
「え、ええ。もちろん、やるわ……」
エリーゼは目を合わせず、不安げに答えた。
ララの放った炎が3人に襲い掛かる。
マイがひたすら詠唱を反復しながら、シールドの防御力を維持する。
一瞬、炎が消失した。
「今だ!」
ルカの合図で2人が走り出す。
ララの意識が2人にそれる。
次の攻撃に備えて神の加護を素早く詠唱した2人が光のシールドを展開する。
――ララちゃんに攻撃なんてできない! 友達を傷つけるなんてできない!
マイはララに向かって全力で走り、力いっぱい彼女を抱きしめた。
「バカ! 何やってんだよ!」
ルカが怒鳴り声を上げる。
「クッ……は、はな……せ」
ララがマイの腕をふりほどこうとする。
「絶対に離さないよ! ララちゃん、お願い。元に戻って!」
「ウグッ……やめろぉぉぉ!」
ララが死に物狂いで抵抗する。
マイの背中に爪が食い込む。
「ララちゃん、自分を思い出して! ララちゃんは、おしゃれが好きで、友達に優しい普通の女の子だよ!」
マイの背中に血がにじむ。
痛みを耐えながら、必死に訴えかける。
「無理無理、もう無理なんですよぉ。彼女にあなたの声はまったく届きませんからぁ」
上空からレイマーの声が響いた。
「私、覚えてるよ。1年生の時、孤児だった私だけ誕生日が分からなくて、それでもララちゃんお祝いしてくれた。青色の髪留めをプレゼントしてくれた。今でも大事に使ってるよ。だから、お願い! 魔族になんか負けないで!」
「ウゥゥゥ……」
ララが苦しそうに声を上げながら、突き立てた爪をゆっくりと戻す。
「なにをしているっ。恨みを、憎しみを人間にぶつけろっ。お前の嫌いなヤツは誰だ? 殺せ! 焼き尽くせ!」
上空で姿を見せたレイマーが声を荒げる。
「ウアァァァッ!」
ララが叫び声を上げると、漆黒の炎が彼女自身とマイを包み込んだ。
「ハハハハハ! どうですかぁ? お友達に燃やされる気分はぁ?」
レイマーは嘲笑し、2人を見つめるルカとエリーゼは、愕然としてその場にしゃがみこんだ。
「た……すけ……て。マイ……」
ララの瞳は正気を取り戻していた。
マイを見つめて、涙を流す。
マイの脳裏にカーリック村で亡くなったローラの顔が浮かんだ。
――絶対に死なせない! 今度こそ私が守って見せる!
服が燃え、肌の焼き焦げるさなか、マイは強く誓った。
その刹那、彼女の両手から光が発し、瞬く間に2人の少女を包み込んだ。
火傷の痛みが和らいでいく。
焼き焦げた肌が、元通りに回復していく。
「クッ、なんだあの光は!?」
レイマーがまぶしそうに手で顔を覆った。
「ララちゃんは、私が助ける!」
マイが叫ぶと光はさらに輝きを増し、ララのはめている指輪が粉々に砕け散った。
気を失って倒れるララをマイがしっかりと支える。
「マイ!」
ルカとエリーゼが駆け寄り、2人に肩を貸す。
「な、なんということだ……ありえない。こんなこと、あってはならない……」
レイマーの顔は青ざめていた。
冷酷な表情でマイをにらむ。
「ルカちゃん、エリーゼさん、ララちゃんをお願い!」
「おい、マイ。どうするつもりだよ?」
「私がレイマーを押さえる。その隙に2人はララちゃんを連れて避難して」
「無理だわ。あなた一瞬で殺されるわよ」
「そうだよ! マイ一人でどうにかなる相手じゃないだろっ」
ルカとエリーゼの意見に、マイは首を横に振った。
「大丈夫。きっとすぐに、クルーさんが来てくれるから。だから早く行って!」
マイが2人をそっと押し出した。
ルカがうなずき、エリーゼと共にララを支えて走り出す。
「安心してくださいねぇ。あなたを殺した後に、あの子たちもちゃんと殺してあげますよぉ」
「そんなこと、させない! 天に輝く神の光よ、我ら神の子を守り――」
詠唱を始めた途端、マイの体がはじかれたように飛ばされた。
地面に体を打ち付け、苦痛に顔を歪める。
「術の発動に詠唱が必要とは、つくづく不便で貧弱な生き物だよ、お前たち人間はぁ。お前の存在は、あの方のお邪魔になる。ここで死ねぇ!」
風の魔術が路上のレンガを砕きながらマイに迫りくる。
――間に合わない! もうダメ。
あきらめかけた瞬間、マイの体がふわりと宙に浮いた。
「あらよっと。チビ、大丈夫か?」
マイを抱き上げ着地したクルーガーが、ニッと白い歯を見せて尋ねる。
「く、クルーさん、その血は……」
クルーガーの顔と衣服にはベッタリと大量の血液がこびりついていた。
「ああ、これは俺のじゃねぇから心配すんな。それよりチビ、街中でずいぶん大胆な服装するようになったな。人前での肌の露出は戒律違反じゃねぇのか?」
クルーガーが悪戯っぽく笑う。
「ふぇ? キャ! こ、これは炎で服が焼かれて、クルーさんのエッチ!!」
「イテテテッ、わかったわかった。ひっかくな」
マイは片手で胸元を隠しながら、クルーガーに抱き上げられたまま大暴れする。
「そんだけ元気なら心配いらねぇな」
マイをそっと下におろす。
「ば、バカな。オーク10匹だぞ! 魔術も使えない人間がなんで生きてる?」
驚きを隠しきれないレイマーの方を向き、クルーガーがナイフを構えた。
「クルーさん、気を付けてください!」
「ああ、知ってるよ。魔族はちょっとした体の動作で魔術を使える。たしかに人間よりつえぇ。でもな、俺はこの大陸で1番つえぇんだよ!」
クルーガーが走り出す。
巻き起こる旋風をかいくぐり、レイマーにナイフを振り下ろす。
すかさず姿を消して攻撃を回避したレイマーが、手を振り上げて風を呼ぶ。
疾風がクルーガーの体を空中に舞い上がらせ、そのまま壁に打ち付ける。
「ガハッ……」
吐血したクルーガーが息を詰まらせる。
「クルーさん!」
彼のもとへ駆け寄ろうとするマイに向かって、クルーガーが「来なくていい」と手を上げた。
「ふむ。確かに人間にしてはいい動きですねぇ。でも、それではまだまだ足りませんねぇ。たっぷりいたぶって、あなたが泣きわめきながら死ぬのを楽しませてもらいますよぉ」
余裕の戻ったレイマーが、気味の悪い笑みを浮かべた。
やれやれといった表情でクルーガーが立ち上がり、ナイフを握った両手をだらりと下げて脱力する。
「攻撃速度がおせぇから、このままでもいけると思ったんだけどな。お前、逃げ足はえぇな」
「人間が、かなうわけないんですよぉ。魔族はこの地上の支配者です。貧弱な人間なんて、虫けらみたいな価値しかないんですよぉ。ハハハハッ」
すでに勝利を確信したレイマーが高らかに笑う。
「弱肉強食は、人間社会でも変わらねえ。強い国が弱い国を侵略する。強いヤツが弱いヤツを支配する。強い権力の下で社会が形作られてる。でもよ、ときに弱いヤツが巻き返すってこともあるんだぜ!」
クルーガーが目を閉じる。
「フン、負け惜しみもほどほどに――」
「ファースト・ブレイクッ」
クルーガーが言葉を発した直後、辺りの空気が振動した。
「ドン」という音と共に小さな衝撃波が発生し、クルーガーの髪が一瞬ふわりと逆立った。
クルーガーが閉じた目を開く。
彼の瞳は、普段の青色よりもさらに濃く、深みのある藍色に変わり、光を反射して揺れる水面のように輝いた――。
「ボーエン、状況は?」
馬で駆けてきたフェンリルが大隊長に尋ねる。
「現在、歩兵を投入したところであります! 神官による攻撃でオークの態勢は崩れております。戦況は我が隊に有利――」
「うわぁぁぁぁぁっ」
ボーエンの話を遮るかの如く、突入した歩兵隊から悲痛な叫び声が上がった。
両腕を引きちぎられた隊員が泣き叫びながら逃げ惑う。引きちぎった腕にかぶりつきながら、オークは隊員の頭を握りつぶした。それを引き金に、パニックを起こした隊員たちがオークに背を向け走り出す。身の丈3メートルの巨体は、あっという間に隊員たちに追いつき、彼らを無残に叩きつぶしていった。
「撤退! 撤退せよっ」
ボーエン大隊長の声が丘にむなしく響く。
戦場は一瞬で地獄と化した。
「町に魔族が侵入している。ボーエンは住民の避難誘導にあたれ。この場は私が指揮をとる」
「ハッ。了解しました!」
敬礼したボーエンが、騎馬隊を連れて西口へ向かった。
それを確認したフェンリルが神官たちに指示を出し、オークの群れに向かって突進する。
馬上で抜刀した全長80センチのブロードソードを構える。
「グオォォォォォォォ!」
向かってくる彼女に気がついたオークたちは、極上のご馳走にありつけるとばかりに歓喜の咆哮を上げた。
「炎よ、我が剣に宿れ」
フェンリルの発した言霊が、ブロードソードを赤く変色させる。
鼻息荒く、よだれを垂らしながら襲い掛かるオークたちにフェンリルの一太刀が命中していく。深く切り込まれた各部から、鮮血が飛び散った。
しかし、オークたちはひるまない。あっという間に傷口がふさがっていく。
「罪を焼き尽くす地獄の業火よ、焼き払え!」
馬で走り抜けたフェンリルが叫ぶと、オークの修復しかけた傷口から、大きな炎が上がった。炎はみるみるうちにオークの巨体を飲み込んでいく。10体のオークが1つの大きな火柱に包み込まれた。
「自己治癒力が高いなら、それ以上の速さで焼き尽くすまでだ」
剣を鞘に納めたフェンリルが、猛火に焼かれて苦しみもだえるオークにつぶやく。
燃えるオークを取り囲んだ神官たちが、まわりに結界を張る。
「炎はオークが絶命するまで燃え続ける。周囲に火が回らないよう警戒せよ」
「ハッ!」
神官に命じたフェンリルは、部隊に事後処理と西口警護の指示を出し、町に向かって馬を走らせた。
――魔族まで出てくるなんて。東口でもオークの襲撃があるとういうのに……
たずなを握る手に力が入り、フェンリルの表情は固くなっていた。
町の東側居住区に到達したオークの群れが、本能のおもむくままに破壊行為を繰り返す。住居は倒壊し、住人たちはわけの分からぬまま外に飛び出していく。外に出てきた人間たちに、オークの巨大な腕が伸びる。
「フギャァァァァァ!」
人間に手が届く寸前、その手首が切断され、オークは血を吹き出しながら叫び声
を上げた。
「走って逃げろ! 聖教騎士団が避難誘導してる。兵士を見つけたら指示に従って避難しろ!」
「あ、ありがとうござますっ」
親子が泣きながら礼を言い、慌ててその場を去った。
「グルルルルルッ」
オークが、切り落とされた手を拾い上げ、手首に戻す。あっという間に切り口は修復し、オークの腕は元通りに復活した。
「チッ、再生の呪いかよ。いつ見ても胸くそワリィぜ」
舌打ちをしてダガーナイフを構える。
「見事なナイフさばきですねぇ。しかぁし、どんなに斬ろうとも、このオークたちは再生いたしまぁす。あなたぁ、ほとんど魔力がありませんねぇ? 魔術もろくに使えないあなたがぁ、剣技だけでどこまで戦えますかぁ? 見ものですねぇ」
再び姿を現したレイマーが挑発する。
クルーガーは挑発に乗らず、オークたちの動きを見極めて走り出した。
振り下ろされるオークの巨大な拳をかわし、腿や膝裏へ確実にナイフを突き立てる。10匹のオークが次々と崩れていく。
――どんなに治癒力が高かろうが、頭を取っちまえば再生はできねぇ。動きを止めたら次は首だ!
走り抜けたクルーガーが、振り向いて素早く向きを変え、オークの首を狙う。
「うおっ!」
目の前に1匹のオークが迫っていた。
――いくらなんでも、再生スピードが速すぎるっ
オークの拳がまっすぐに向かってくる。
「クソッ!」
クルーガーがナイフの刃を向けて胸の前で受け止める。
オークのストレートパンチの勢いは止まらず、殴り飛ばされたクルーガーは、半壊した家屋の壁にめり込んだ。
せき込みながらフラフラと立ち上がるクルーガーを10匹のオークが取り囲む。
「おやおや、もうおしまいですかぁ? 意外とあっけなかったですねぇ。まあ、魔術もろくに使えないあなたの末路なんて、こんなもんですよぉ。あの少女も今頃どうなっていることやら。私はあの子の泣き叫ぶ声が聞きたいので、これにて失礼」
姿が透けていくレイマーをにらみつけ、クルーガーは血の混じった唾液を「ぺっ」っと吐き出した。
――待ってろチビ、今すぐ助けに行くからな
壁を背にしてもたれかかるクルーガーに、よだれを垂れ流すオークの群れがじりじりと詰め寄った。
マイは、次々と繰り出される黒い炎の攻撃を防ぐのに必死だった。少しでも気を抜けば、シールドが破壊されてしまう。ララの攻撃が徐々に威力を増し、それを受け止めるたび、シールドに小さな亀裂が入る。神の加護の詠唱を反復してシールドを補強し続けなければ、漆黒の炎に飲み込まれてしまう。防戦一方となったマイたちに、ララは容赦なく攻撃を続けた。
「おい、エリー。動けるか?」
「え、ええ。でも、何をするつもり?」
マイの後ろでうずくまるエリーゼにルカが尋ねた。
「このままじゃ、アタシらのせいでマイが動けない。ララの攻撃が一時やむのを見計らって走るぞ!」
「わ、分かったわ」
2人がゆっくりと立ち上がった。
「マイ、アタシらが走り出したら、きっとララはアタシらに意識が向く。その隙をついて攻撃するんだ」
「えっ! ララちゃんを攻撃……」
マイが動揺する。
「いいか、マイっ。あのララはもうアタシらの知ってるララじゃねぇ。このままじゃ、市民にまで被害が出るぞ。アタシとエリーもやる! なあエリー、そうだろ?」
「え、ええ。もちろん、やるわ……」
エリーゼは目を合わせず、不安げに答えた。
ララの放った炎が3人に襲い掛かる。
マイがひたすら詠唱を反復しながら、シールドの防御力を維持する。
一瞬、炎が消失した。
「今だ!」
ルカの合図で2人が走り出す。
ララの意識が2人にそれる。
次の攻撃に備えて神の加護を素早く詠唱した2人が光のシールドを展開する。
――ララちゃんに攻撃なんてできない! 友達を傷つけるなんてできない!
マイはララに向かって全力で走り、力いっぱい彼女を抱きしめた。
「バカ! 何やってんだよ!」
ルカが怒鳴り声を上げる。
「クッ……は、はな……せ」
ララがマイの腕をふりほどこうとする。
「絶対に離さないよ! ララちゃん、お願い。元に戻って!」
「ウグッ……やめろぉぉぉ!」
ララが死に物狂いで抵抗する。
マイの背中に爪が食い込む。
「ララちゃん、自分を思い出して! ララちゃんは、おしゃれが好きで、友達に優しい普通の女の子だよ!」
マイの背中に血がにじむ。
痛みを耐えながら、必死に訴えかける。
「無理無理、もう無理なんですよぉ。彼女にあなたの声はまったく届きませんからぁ」
上空からレイマーの声が響いた。
「私、覚えてるよ。1年生の時、孤児だった私だけ誕生日が分からなくて、それでもララちゃんお祝いしてくれた。青色の髪留めをプレゼントしてくれた。今でも大事に使ってるよ。だから、お願い! 魔族になんか負けないで!」
「ウゥゥゥ……」
ララが苦しそうに声を上げながら、突き立てた爪をゆっくりと戻す。
「なにをしているっ。恨みを、憎しみを人間にぶつけろっ。お前の嫌いなヤツは誰だ? 殺せ! 焼き尽くせ!」
上空で姿を見せたレイマーが声を荒げる。
「ウアァァァッ!」
ララが叫び声を上げると、漆黒の炎が彼女自身とマイを包み込んだ。
「ハハハハハ! どうですかぁ? お友達に燃やされる気分はぁ?」
レイマーは嘲笑し、2人を見つめるルカとエリーゼは、愕然としてその場にしゃがみこんだ。
「た……すけ……て。マイ……」
ララの瞳は正気を取り戻していた。
マイを見つめて、涙を流す。
マイの脳裏にカーリック村で亡くなったローラの顔が浮かんだ。
――絶対に死なせない! 今度こそ私が守って見せる!
服が燃え、肌の焼き焦げるさなか、マイは強く誓った。
その刹那、彼女の両手から光が発し、瞬く間に2人の少女を包み込んだ。
火傷の痛みが和らいでいく。
焼き焦げた肌が、元通りに回復していく。
「クッ、なんだあの光は!?」
レイマーがまぶしそうに手で顔を覆った。
「ララちゃんは、私が助ける!」
マイが叫ぶと光はさらに輝きを増し、ララのはめている指輪が粉々に砕け散った。
気を失って倒れるララをマイがしっかりと支える。
「マイ!」
ルカとエリーゼが駆け寄り、2人に肩を貸す。
「な、なんということだ……ありえない。こんなこと、あってはならない……」
レイマーの顔は青ざめていた。
冷酷な表情でマイをにらむ。
「ルカちゃん、エリーゼさん、ララちゃんをお願い!」
「おい、マイ。どうするつもりだよ?」
「私がレイマーを押さえる。その隙に2人はララちゃんを連れて避難して」
「無理だわ。あなた一瞬で殺されるわよ」
「そうだよ! マイ一人でどうにかなる相手じゃないだろっ」
ルカとエリーゼの意見に、マイは首を横に振った。
「大丈夫。きっとすぐに、クルーさんが来てくれるから。だから早く行って!」
マイが2人をそっと押し出した。
ルカがうなずき、エリーゼと共にララを支えて走り出す。
「安心してくださいねぇ。あなたを殺した後に、あの子たちもちゃんと殺してあげますよぉ」
「そんなこと、させない! 天に輝く神の光よ、我ら神の子を守り――」
詠唱を始めた途端、マイの体がはじかれたように飛ばされた。
地面に体を打ち付け、苦痛に顔を歪める。
「術の発動に詠唱が必要とは、つくづく不便で貧弱な生き物だよ、お前たち人間はぁ。お前の存在は、あの方のお邪魔になる。ここで死ねぇ!」
風の魔術が路上のレンガを砕きながらマイに迫りくる。
――間に合わない! もうダメ。
あきらめかけた瞬間、マイの体がふわりと宙に浮いた。
「あらよっと。チビ、大丈夫か?」
マイを抱き上げ着地したクルーガーが、ニッと白い歯を見せて尋ねる。
「く、クルーさん、その血は……」
クルーガーの顔と衣服にはベッタリと大量の血液がこびりついていた。
「ああ、これは俺のじゃねぇから心配すんな。それよりチビ、街中でずいぶん大胆な服装するようになったな。人前での肌の露出は戒律違反じゃねぇのか?」
クルーガーが悪戯っぽく笑う。
「ふぇ? キャ! こ、これは炎で服が焼かれて、クルーさんのエッチ!!」
「イテテテッ、わかったわかった。ひっかくな」
マイは片手で胸元を隠しながら、クルーガーに抱き上げられたまま大暴れする。
「そんだけ元気なら心配いらねぇな」
マイをそっと下におろす。
「ば、バカな。オーク10匹だぞ! 魔術も使えない人間がなんで生きてる?」
驚きを隠しきれないレイマーの方を向き、クルーガーがナイフを構えた。
「クルーさん、気を付けてください!」
「ああ、知ってるよ。魔族はちょっとした体の動作で魔術を使える。たしかに人間よりつえぇ。でもな、俺はこの大陸で1番つえぇんだよ!」
クルーガーが走り出す。
巻き起こる旋風をかいくぐり、レイマーにナイフを振り下ろす。
すかさず姿を消して攻撃を回避したレイマーが、手を振り上げて風を呼ぶ。
疾風がクルーガーの体を空中に舞い上がらせ、そのまま壁に打ち付ける。
「ガハッ……」
吐血したクルーガーが息を詰まらせる。
「クルーさん!」
彼のもとへ駆け寄ろうとするマイに向かって、クルーガーが「来なくていい」と手を上げた。
「ふむ。確かに人間にしてはいい動きですねぇ。でも、それではまだまだ足りませんねぇ。たっぷりいたぶって、あなたが泣きわめきながら死ぬのを楽しませてもらいますよぉ」
余裕の戻ったレイマーが、気味の悪い笑みを浮かべた。
やれやれといった表情でクルーガーが立ち上がり、ナイフを握った両手をだらりと下げて脱力する。
「攻撃速度がおせぇから、このままでもいけると思ったんだけどな。お前、逃げ足はえぇな」
「人間が、かなうわけないんですよぉ。魔族はこの地上の支配者です。貧弱な人間なんて、虫けらみたいな価値しかないんですよぉ。ハハハハッ」
すでに勝利を確信したレイマーが高らかに笑う。
「弱肉強食は、人間社会でも変わらねえ。強い国が弱い国を侵略する。強いヤツが弱いヤツを支配する。強い権力の下で社会が形作られてる。でもよ、ときに弱いヤツが巻き返すってこともあるんだぜ!」
クルーガーが目を閉じる。
「フン、負け惜しみもほどほどに――」
「ファースト・ブレイクッ」
クルーガーが言葉を発した直後、辺りの空気が振動した。
「ドン」という音と共に小さな衝撃波が発生し、クルーガーの髪が一瞬ふわりと逆立った。
クルーガーが閉じた目を開く。
彼の瞳は、普段の青色よりもさらに濃く、深みのある藍色に変わり、光を反射して揺れる水面のように輝いた――。
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※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。
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