パンドラ

猫の手

文字の大きさ
18 / 33
三章

【プログラム-6】

しおりを挟む
 コンビニの休憩室で修一がスマホを操作していた。

「よし、コレで三人に連絡完了だな」

 修一はバイトの休憩中に三人にメールを送り終えたところで、三人に送ったメールの内容はこうだった。

〔修一だよ。以前と同じアドレスだけど、変更したから登録よろしく。色々と心配を掛けたけど僕は立ち直ったからもう大丈夫。僕のことを心配してくれて本当にありがとう。また、元気な僕に戻ったからさ、その内みんなが暇な時にでもどこかに出掛けて遊ぼう。それじゃ、またね〕

 修一の顔には以前のように前向きで希望に満ちた表情が浮かんでいた。そして、店で買ったおにぎりを食べ、ジュースを飲み終えてから休憩の時間は終わり、修一は仕事に戻った。

 レジでは福井が客の商品のレジ打ちをしている。手慣れた動作で素早く商品を袋に詰め終わり、清算もスグに済ませた。

「ありがとうございました!」

 福井は愛想良く挨拶をしてから後ろで立っている修一に気付いた。

「休憩終わり? だったらレジ打ちを交代してくれるかな? 僕はお菓子類の品出しをするから」

「はい、わかりました」

「君はまた元気になったよね? 昨日、久しぶりに仕事に来た君は昔の君に戻った感じだったのに、今日の君は昨日と違って一日でまた元気な修一君に変わったよ」

「まぁ、そうですね」

「君はなんだかわからない人間だな」

 福井は首を傾げながら言った。

「あんまり気にしないでください。とりあえず僕は元気になりましたから」

「そうだね、元気なら問題ない。仕事にも影響が出なければ店長も困らないしね。それじゃ、僕は品出しするからレジよろしく」

「はい」

 修一がそう言ってから福井はお菓子類の商品棚に向かった。

 修一は次々にレジで仕事をこなしていく、少ししてから店の自動ドアが開き一人の女性の客が入ってきた。

「いらっしゃいませ」

 修一は挨拶をしたが、その客を見て表情が曇る。客の女性は昨日来てタバコを買っていった、あの態度の悪い女性だったからだ。

 その女性は昨日と同じく店内に入るとレジに直行してきた。

「マイルドノブァを一つ」

「はい」

 昨日は商品の場所がわからなかったため焦ったが、今日は手際良くタバコの棚からマイルドノブァを一つ取りレジを打つ。

「五百円になります」

 それを聞いてから女性は財布から金を取り出し店員の修一に渡した。

「はい、丁度頂きます。ありがとうございました」

 修一は丁寧な対応をして挨拶をした。

 女性はタバコをバックにしまってからレジを離れ、そのまま店内の外に出た。

(昨日と違って態度が良いな。でも昨日は僕の接客の対応がダメだったからか……)

 そう思ってから修一は店の外を見た。そしたらその女性の客が外からレジに立つ修一を見ていた。

(なんだろ?)

 見ていることを修一に気付かれたとわかり、その女性は車に乗りコンビニの駐車場から走り去った。

(別になんでもないか)

 そう頭の中で呟いてから修一は次の客のレジ打ちをする。しかし修一は頭の中でなにか違和感を感じていた。それはさっきの女性が自分を観察するような目で見ているような、そんな印象を受けたからだった。

 それから時間は過ぎ、時計は夕方五時になるところだった。

「白井君は今日のバイトは五時迄だったね?」

 店長が言った。

「はい、そうですよ」

「うーん……」

 店長はなにやら考える顔をした。

「どうしたんですか?」

「いや、五時から来る学生のバイトの子が今日は都合があって六時からじゃないとバイトに出れないようなんだ」

 それを聞いて修一は店長が自分になにを言いたいかを理解した。

「それなら僕が六時まで続けますよ。給料も増えますし」

「そうか、それは良かった。ならお願いする」

「はい」

「そういえば白井君」

「なんですか?」

「今日の仕事始まりから思ってたんだが、昨日と違って今日の白井君は元気だな」

「ハハハ、福井さんにも言われましたよ」

「昨日、久しぶりに仕事に来た君は昔の君に戻った感じだった。今日は一日でまた元気な白井君に変わったような感じだ」

「それも福井さんに言われました。とりあえず元気なので仕事を頑張ります」

「よし、それじゃ六時まで頑張ってくれ」

「はい、わかりました」

 店長は事務所に入ろうとするが、修一に振り向き言う。

「改めて不思議に思う」

 そう言ってから店長は事務所に入った。

(ハハ……それも同じことを福井さんに言われましたよ……)

 それからアッと言う間に一時間が過ぎた。

「修一君、今日はバイト終わりだね」

 福井が言った。

「はい、お先に終わります」

「僕は今日は七時迄だから」

「あと一時間頑張ってください」

「ああ、ありがとう」

 福井はそう言ってからアクビをした。

「なんか眠そうですね」

「ん? ああ、寝不足でね」

「夜中までゲームでもしてるんですか?」

「そうなんだよ。パソコンでネットゲームにハマっててね。オンラインで色々な人達と対戦したり冒険したり。かなり楽しいから修一君もやらないかい?」

「楽しそうですね。シュミレーション系ですか?」

「ああ。駒を上手く揃える感じに陣形を作るのが大事なんだ」

「はあ、駒ですか。でも僕は読書で夜は過ごしてますから」

「そう……」

 福井は残念そうに言った。

「それじゃ、お先に失礼します」

「ああ、お疲れ様」

「お疲れ様でした」

 そう言って頭を下げ、修一は事務所で制服から私服に着替え、退社時のタイムカードを終えてから店長に挨拶をして店を出た。

 駐車場で修一を呼ぶ声がした。

「よう、修一」

 修一は声のする方を振り返り見た。そしたら村野が車の窓を開けながら修一を見ていた。

「村野。仕事おわり? 今日はいつもより遅いんだね」

 そう言った修一を見て村野は心の中で喜んだ。それは自分の知っている今までの修一だったからだ。

 修一の顔の表情を見て、それは一目瞭然だった。

「ああ。残業だったからな。後片付けや次の仕事の下準備やら色々あってよ。お前こそ今バイト終わったのか?」

「うん。一時間の残業だよ」

「そうか、お互いに大変だな。まぁ、一時間の残業なんか大したことは無いけどよ」

「村野はコレからいつも通り弁当と酒を買って帰るの?」

「そう思ってたけどお前を見て気が変わった。コレからどっか飯を食いに行かねぇか?」

「そうだね。どこに行こうか?」

「俺、ラーメンは今日の昼飯で食ったしな。どうすっか?」

「ファミレスでも行かない?」

「ファミレスかぁ……男二人で行くのもなぁ」

 村野は首を捻りながら言ったが、その時、なにかを思い出したように言う。

「そうだ! 蒼太と紅太を呼ぼうぜ」

「そうしよう。ファミレスで待ち合わせするの?」

「そうだな。あいつらの家の近くにあるファミレスに行こうぜ。そうすりゃ向こうは都合が良いしな」

「そうだね。そうしよう」

 そして、村野がオカマ達に電話で連絡をして話は決まった。

「あ、そうだ! 村野、実はお願いがあるんだ」

 車に乗ろうとする途中で修一が思い立った。

「なんだ? どうした?」

「うちの店の会員カードを作ってくれないかな? 何人かのお客さんにカードを作ってもらわないと店長に色々と言われるんだよ」

「ノルマみたいなのがあんだな。まあ、別に良いぜ」

「良かった!」

 それから、修一は村野を連れて再びコンビニへと入り、スグに村野に会員カード作成用の用紙を渡す。

 村野は手早く個人情報などを記入する欄を書き終わらせてカードを作った。

「助かったよ。村野ありがとう」

「なんでもいいから早く行こうぜ」

 その後、二人は車に乗りファミレスに向かった。

 車の中で二人が話をしている間に車はファミレスに到着し、二人は車から降りて店内に入った。

 店員に待ち合わせをしていることを伝えてから二人は店内を見回した。奥のテーブル席から聞き慣れているオカマ達の声が聞こえ二人はその席に向かった。

「よう、お前ら。来るの早かったな」

 村野がオカマ達に言った。オカマ達は村野の声で振り向く。

「あら、そっちこそ早いじゃない。でも車だもの当然ね」

「私達は家がすぐ近くだもの当然よぉ」

 修一と村野は席に座る。

「二人ともこんばんは」

 修一がオカマ達に言った。

「こんばんは、修一さん。メール見たわよ」

「元気になって良かったわぁ。本当に心配してたんだからぁ」

「うん。本当に心配を掛けたけど僕は立ち直ったからさ。だから大丈夫。心配してくれててありがとう」

「友達の心配をするのは当たり前よ」

「そうよぉ。修一ちゃんは友達なんだから」

「友達か……そうだよね」

 修一はオカマ達の言葉を聞いて心が暖かくなった。

 三人の会話を黙って聞いていた村野が口を開く。

「そうだぜ修一。お前はもう蒼太と紅太の友達なんだ」

「うん、そうだね」

 修一は深く頷いた。

「そんなことにも気付かなかったのか?」

「ハハハ、そうかもしれない」

「気付いててよね。修一さん」

「そうよぉ、修一ちゃんたらぁ」

 オカマ達は修一に顔を近付け言った。

「でも、ありがとう。オカマ達」

「もう、オカマ達は酷いわ」

「それって前も私達に言ったわぁ」

「ハハハ、ごめん、ハハ」

 修一は笑い続けた。

「まぁ、なんにしても俺達四人は友達ってことだ。なぁ、みんな」

 村野の言葉を聞き三人は頷いた。

 修一はとても満たされた気持ちで幸せだった。この場の空気や店内の見た目が全て変わって見えた。

「でも、修一が元気になって本当に良かったぜ」

「うん。村野もありがとう」

「礼なんかいらねぇよ。お互いに過去を語り合った仲だしな」

「村野……そうだよね」

 修一は心から村野に感謝した。

「それって昨日、車の中で私達に話してくれた二人の過去の話?」

 蒼太が村野に訊いた。

「ああ、そうだぜ。詳しく話してやっただろ」

「私達、話を聞いて泣いちゃったわぁ」

 紅太が言った。

「俺達二人はとりあえず色々あった。なぁ、修一」

「色々あったね。てか、この二人に話したんだ?」

「ああ、廃墟ビル跡の時に変わっちまったお前のことを色々と話してたら俺達の出会いとかお前のことを知りたいって言うからよ、話してやったんだよ」

「そうだったんだ。でも僕のことを話してくれて良かったかも」

「どうしてだ?」

「自分を他人に知って貰わないと人間って心を本当には開けないんじゃないかって思うから」

「まぁ、そうかもな。お互いの過去を話したからこそ俺達は友達なれたんだろうしな」

 そう言ってから村野はウンウンと頷く。

「だから、オカマ達にも知って貰えて良かったよ。僕達は友達になれた」

 修一はオカマ達を見て言った。

「そうね。修一さん」

「改めてよろしくねぇ。修一ちゃん」

「うん。よろしく」

 四人の座るテーブル席には固い友情が漂っていた。

「でも、本当に不思議よね。今日の昼に修一さんからのメールを見て修一さんは元気になったんだわって思ったわ。でも実際、修一さんを見て内心驚いたわ」

「そうよねぇ。昨日、村野ちゃんと大月市に買い物に行く前に修一ちゃんの家で会ったけど、あれから一日で変わったわぁ」

 そう言って紅太が不思議そうな表情を浮かべた。

「まぁ、そうだね。でも、深く考えなくて大丈夫」

「本当に修一さんって不思議ね。戻ったりとか変わったりとか」

「まぁ、ハハハ……」

「本当ねぇ。修一ちゃんのそこだけはイマイチわからないわぁ」

「ハハ……」

 修一はそれを言われるのは今日で何回目なんだと思った。

 突如、村野が口を開いた。

「お前ら二人に話したけど修一には変われる出来事があって、修一は変わった。そして廃墟ビル跡の時に昔の修一に戻った。それでまた変われる出来事があって修一は変わったんだよ。それで話は終わりだぜ」

「確かにそうね。詮索はダメよね」

「修一ちゃんが元気なら問題無いわよねぇ」

 村野の言葉を聞き、オカマ達は納得した。

「村野、わかりやすく説明してくれてありがとう」

「ハハ、簡単な話だ。未だに変われる出来事って一体なんなのかわかんねぇけどな」

「教える機会があったら話すよ。たぶんね」

「たぶんかよ。まぁ、俺はもう自分からは訊かないぜ。耳を疑うみたいだしな」

「そうだね。本当にそうだよ」

 会話を聞いていたオカマ達がほぼ同時に「グゥー」と腹を鳴らした。

「あらやだ!」

「恥ずかしいわぁ!」

 オカマ達は赤面しながら腹を押さえた。それを見た修一と村野は爆笑した。

「それじゃ、なんか頼んで食おうぜ」

 そう言って村野はメニュー表をテーブル上に開いた。

 それから四人はファミレスでワイワイしながら楽しく過ごし、時間は経過していった。時刻は夜の八時になっていた。

「そろそろお開きにするか」

 そう村野が言ってから四人は席を立ち、カウンターで会計を済ませてからファミレスから出た。

「村野さん。今日はごちそうさま」

「また、おごってねぇ」

 オカマ達は村野にファミレスでおごってもらい上機嫌だった。

「今度は僕がオカマ達におごるよ」

 修一が言った。

「あら、さすが修一さん! 社会人はやっぱり違うわね」

「本当ねぇ! 村野ちゃんも修一ちゃんも働いてるからお金があって羨ましいわぁ。私達もバイトでもしようかしら」

 オカマ達は少し欲があらわれた表情を浮かべ修一と村野を見ながら言った。

「僕は村野と違ってバイトで働いてるから村野ほど給料は無いよ」

「修一はあんま金を使わないから溜め込んでんぞ」

 村野が笑みを作り言った。

「修一さん。今度、買い物に行きましょうね」

「そうねぇ。バックが欲しいわぁ。最新のブランド物よぉ」

 オカマ達は目をキラキラさせ修一を見ながら言った。

「――たぶんね」

 修一はハッキリとは言わなかった。

「ハハハ、お前らはオカマバーで働いて高いお小遣いくれる客でも見つけろよ」

 村野が笑いながら言った。修一は心の中でウンウンと頷いていた。

「ヒッドーォーイ!」

 オカマ達は同時に叫んだ。

「夜の蝶にはならないわよ!」

「そうよぉ。私達は将来は美容師になりたいのぉ!」

 オカマ達は握った手を振りながら村野に言った。
「なれても夜の蛾だな」

 村野のその言葉を聞き修一は笑いを抑えきれず吹き出した。

「プッ! ハハハ!」

 それを見てオカマ達は修一を睨み付けた。

「ハハハ、本当にごめん。村野が笑わすから」

「また、この前みたいに私達に絞められたいのかしら?」

「今度は手加減しないわぁ」

 オカマ達から殺気を感じ修一は身震いした。

「ごめん」

 修一はボソリと言った。

「わかればいいの」

「まったくもぉ」

 オカマ達はそう言ってニヤニヤとした。

「さて、帰ろうぜ」

 村野が背伸びをしながら言った。

「そうだね。それじゃ行こうか」

「ああ。じゃ、またな蒼太と紅太。気を付けて帰れよ」

「バイバイ、村野さんに修一さん」

「またねぇ。今日はありがとうねぇ」

 それからそれぞれは帰路についた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

サレ妻の娘なので、母の敵にざまぁします

二階堂まりい
大衆娯楽
大衆娯楽部門最高記録1位! ※この物語はフィクションです 流行のサレ妻ものを眺めていて、私ならどうする? と思ったので、短編でしたためてみました。 当方未婚なので、妻目線ではなく娘目線で失礼します。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

離婚すると夫に告げる

tartan321
恋愛
タイトル通りです

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

処理中です...