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四章
【駒-3】
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「白井君。おにぎりを品出ししておいてくれ」
店長がたった今店に届いたおにぎりの入った箱を指差し言った。
「はい、わかりました」
修一は店内の床をモップで拭き掃除をしていたが掃除を止めて店長の言う通りに作業を始める。
今日はおにぎりが全品目、百円均一セールでおにぎりの売れ行きが良く、ちょくちょく品出しをしていた。
修一は箱からおにぎりを取り出し陳列棚に丁寧に並べていった。
「修一君」
福井に後ろから声を掛けられた。
「はい」
「修一君にお客さんだよ」
「え?」
レジ越しに修一に声を掛けた福井の前に一人の中年の女性が立っていた。
「どうも白井君。お仕事ごくろうさま」
女性は愛想良く修一に言った。
「あ、如月さん。どうもお久しぶりです」
女性は彩の母親の「如月秋子」だった。
歳は四十代前半で現在二十二才の彩を若い時に出産した。
長年連れ添った旦那である彩の父親とは約半年前に離婚している。それは、彩が廃墟ビルの過ちを犯したスグあとのことだった。
修一は離婚の原因は知らないが、その時期に彩が犯罪を犯したことから察するに家庭環境の悪化が原因かなと修一は思っている。
約一ヶ月前に彩が警察に自首するまでは半年間の短い間だったが親子二人で生活してきた。彩は天里刑務所に入所したばかりで全てのことが解決するのはまだまだ先の話しだが秋子は娘の彩を心から想い、罪を償っている彩と同じ気持ちになって日々を過ごしていた。
「どうしたんですか? うちのコンビニに来るなんて初めてじゃないですか」
「そうね」
「おにぎりでも買いに来ましたか? だったら今、丁度新しいのが来たんで良かったらどうぞ」
「フフ違うわ。白井君に彩のことで報告しなきゃいけないことがあって来たの」
「彩のことで?」
「ええ。実は彩が面会の許可をしたのよ。白井君は彩と面会したいと思ってたでしょ?」
「本当ですか?」
秋子の言葉を聞いて修一は心が踊った。彩は少し気持ちが落ち着くまでは自ら面会謝絶をしていたから面会は身内の人間以外は出来ずにいた。だから修一は彩と面会することを待ち望んでいた。
「本当よ。だから都合が合う時にでもよろしくね」
「もちろんです! すぐにでも行きます!」
「フフフ、今日は仕事があるでしょ」
「ああ、そうですね。ハハハ」
「それじゃ、私はこれで。あ、そうそう」
秋子は修一に言おうとしていたことを思い出した。
「言われていた通りに彩のスマホは今も契約をしているわ」
「ありがとうございます」
「でも、おかしな話よね。娘のスマホは誰も使わないのにね。どうしてかしら?」
「ああ、いや……さあ、どうしてですかね。ハハハ」
修一は笑いながら誤魔化した。
「本当にね」
彩は自分のスマホの契約を切らないでいた。
それは修一の考えで、契約を継続していれば、刑務所から出所した時に二人はスマホで連絡をすることが出来る。
全ては約束を果たすために。
「でも、なんでもいいわ。娘も賛成しているみたいだしね」
そう言ってから秋子は軽く会釈をして踵を返し、その場を立ち去ろうとした。だが、その時に傍らで二人の会話を黙って聞いていた福井が口を開き秋子に言う。
「お客さん、おにぎりはどうですか? 只今セール中でしてお買い得ですよ」
「フフ、色々と金銭面で辛い時期なのよ。セール中で有難いけどごめんなさいね」
秋子は福井に振り向き愛想良く言葉を返した。
「ああ、そうなんですか。それじゃ、またの機会に是非」
「ええ、ありがとう」
そして、修一にニコリと笑顔を向けてから店内から出ていった。
「修一君、なにか色々とあるようだね」
「そうですね……色々と大変だと思います」
修一は秋子の心情は察していたから心が痛んだ。離婚して旦那を失い、娘は刑務所にいる。そのために現在一人身の秋子は相当寂しいはずだ。そう修一は感じていた。
「面会がどうとか言ってたけど誰か病院にでも入院中なのかい?」
「え? ああ……まぁそうですね」
修一は焦りながら言った。
彩の話は福井には話していなかった。そして、友達である村野や蒼太と紅太にも。
「それじゃ僕はおにぎりを全部出しちゃいます」
そう言って修一はその場をはぐらかし、品出しを再開し始めた。
(明日は丁度バイトが休みだ。さっそく彩に会いに行こう)
修一は軽くほくそ笑んだ。
午前十時頃、修一は天里刑務所に行くためにバスに乗っていた。
刑務所に向かうバスの中で修一は何処か好奇心をくすぐられている自分に気が付く。
それは面会とはいえ刑務所に行くことなど普通に生活していればそんな機会はなかなか無いからだ。だが、修一はそういう気持ちになっている自分に後ろめたさを感じた。
(不謹慎だよ……刑務所に行くことに少しワクワクしてるなんて)
そう思いながらもそのワクワク感の本当の真意は彩に会えるからだとは修一はわかっている。
今日は道路がすいていたため、三十分ほどで目的地の天里刑務所の近くにあるバス停に到着した。
修一は乗車賃を払いバスから降りた。それから前方に顔を向けた修一は目に映る刑務所を見て少し驚いた。刑務所の建物の外観に対してではなく、敷地の広さにだった。
(こんなに広いのか)
それから歩を進め刑務所の入り口へと向かう。
スグに入り口に到着した修一は門にいる職員に目的を告げた。そして刑務所の面会室に向かうために修一は所内に案内された。
「こちらになります」
職員が言った。
「あ、はい」
敷地の広さに比例して当然建物も巨大だが、修一は思っていたより中はそこまででもないなと感じていた。
しかし、修一がそう感じる理由はただ単に受刑者が服役するためのエリアと一般人が面会などで入れるエリアが分けられているからに過ぎない。
「それではこの部屋でお待ち下さい」
職員は部屋のドアを開け言った。
「わかりました」
修一は案内された部屋に入る途中に入り口の頭上に目がいった。「面会室」とそこにはそう書かれたプレートが付いていた。
面会室に入った修一は室内にある長椅子に座り緊張の面持ちで静かに面会が始まるのを待った。
修一は面会が始まるのを待つ中で以前読んだ刑務所に関する本の内容を思い出した。
受刑者の一日や作業内容は決められていて受刑者は刑務所に収容されると、単独室と共同室などのどちらかに収容される。室内の定員は単独室は一名で共同室は六名だ。しかし収容状態のよって多くの刑務所で単独室に二名、共同室に八名を収容するといった状態の場所もある。
基本として平日の起床は午前七時前で刑務所によって少しの違いはあるが、だいたいは六時四十分頃である。
起床後に刑務官が受刑者の人員点呼を行ってから受刑者は朝食を食べ、工場へ出役する。だが、作業を望まない禁錮刑の受刑者は除かれる。刑務作業を行い、その間に、運動・面会・医務診察などがある。
夕方の午後四時半前後に受刑者はそれぞれ単独室、共同室に戻り、閉室点検をしてから夕食の配膳が行われる。夕食後は余暇時間帯となる。そして午後七時頃から受刑者はテレビを視聴できる。ただし、自由にチャンネルを選べる場合は限られていて、ほとんど録画した物を放送している。ニュースはテレビの時間外にラジオで流すケースが大半だが、その日の朝のニュースを昼や夕方に流すといった場合もある。ニュースに関しては工場備え付けの日刊新聞の回覧で見ることも出来るし、自弁購入で新聞を購入することも出来る。
ほとんどの刑務所では午後九時に就寝時間となって消灯されるが、完全に明かりが消えるわけではなく、読書できる程度の明るさが維持されている。この時間については読書を認めている刑務所と認めていない刑務所とで対応が分かれ、当然、認められていない刑務所では時間外読書となり、場合によっては調査・懲罰を受けることになる。
受刑者の刑務作業は、木工・金工・紙工・縫製などの生産作業から、洗濯・炊場・水道・電気などの作業まで色々とある。
そんな生活をしながら受刑者は自分が犯した罪を償い日々を送っている。
(彩も大変なんだろうな。元気にしてるかな?)
修一は彩のことを思いながら面会の時間になるのを落ち着かない気持ちでひたすら待った。
(まだかな? あれから二十分は経ったけど)
あまりに遅いために修一は腕時計を見ながら思った。
(予定が狂って今日は面会取り消しになったり……)
修一は少し不安に駆られた。
やはり、刑務所の中は外と比べれば隔離された世界に変わりはない。それ故に修一はあれこれと余計なことを考えてしまっていた。
だが、その場にはその場の空気というものがあるために修一がマイナスな思考に捕らわれるのは仕方がなかった。
(早く始まらないかな)
修一がそう思ったその時に面会室の扉が開いた。
「面会の時間です」
先程と同じ職員が言った。
修一は職員に促され今まで座っていた長椅子の真向かいの奥にある面会者と受刑者が面会するための椅子に座った。
受刑者側との間は透明の硬いプラスチックの板のような物で遮られている。それは面会者と受刑者が規則外のやり取りを防止するためでもあり、または万が一に備えて受刑者が暴れだした時に面会者に被害が起きないようにするための物でもあった。
現実に受刑者が暴れだして面会者を殺害したケースは本当にある。
(緊張するな)
彩はまだ来ていないため、修一は高鳴る思いで彩が来るのを待った。先程までのマイナスな思考は消え去り色々と考えていたのはタダの杞憂に過ぎなかった。
修一は半ば安心感に浸っていたが緊張感の方が遥かに強く胸に手のひらを当てて鼓動を落ち着けようとした。
その時、下を見ていた修一の目に人間の影が映った。修一は顔を上げた。目の前には彩が立っていた。
「面会時間の終わりに声を掛ける」
刑務官が彩に言った。
それを聞いて彩はペコリとお辞儀をした。それから椅子に座り笑顔で修一と対面した。
「久し振りだね、修一君」
彩のその言葉と声を聞いて修一も自然と微笑んだ。
さっきまでの緊張感は全く無くなり、修一の気持ちは幸福感に変わっていた。そのうえ心配していた、彩が現在も「変化の力を受けているのか?」といった心配は目の前にいる彩を見て消えた。
(よかった! 大丈夫みたいだ!)
心配の一つが消えた。
「修一君、元気にしてた?」
「うん元気だよ。最近色々とあったけどね」
「そう良かった。でも色々あったってなにがあったの?」
「あ、いや、なんでもないよ。バイト先で仕事のことで色々あったってことだよ」
修一は焦りながら誤魔化した。彩には廃墟ビル跡の出来事や変化のアドレスのこと。その力の源である『パンドラ』のプラグラムのこと。自分にそのアドレスを送ってくれたシンドラーのこと。そしてパイストス社の計画のこと。それら全てのことは彩には話さないと決めていた。それは刑務所で服役中の彩に余計な心配を与えたくないという修一の配慮だった。
「そうなんだ。大変なんだね。そういえばコンビニで働いてるんだっけ?」
「うん。まぁ、でも所詮はバイトだから大事って言っても程度が知れてるけどさ」
「フフフ、でも頑張ってるんだね。私も色々と大変だよ」
そう言って彩は面会室の隅の方にいる刑務官をチラッと見た。
「まぁ、だろうね。なんとなく想像はつくよ」
そう言って修一も刑務官をチラッと見る。
やはり刑務官に見張られながらの面会だけに意識してしまう。
「大変だけど、大変だと思うのが刑の一つでもあるからね。だから当然のこと」
「そうだね……。彩が出所するまで僕は待ってるからさ。だから頑張って」
「うん。ありがとう」
彩は修一の言葉に心が温かくなった。
廃墟ビルでの二人の会話をお互いに思い出し、二人は微笑んだ。
「そうだ、私のスマホって契約したままになってるんでしょ?」
「なってるよ。彩のお母さんにお願いしたからさ」
「私のスマホの契約を継続したままにって話を面会でお母さんに聞かされた時は少し驚いたわ。えっ? って感じよ」
「全ては約束のためだから」
「フフフ、大事なんだね」
「大事だよ」
「そういえば、あれからあの不思議なアドレスのことでなにかわかった?」
修一は軽くギクッとした。アドレスのことでなにか訊かれるだろうとは思っていたが反応してしまった。
「いや、なにもわからないんだ」
「そうなの。それにしても不思議な出来事だったわよね」
「確かにね」
「非現実的ってヤツよね」
「うん。まぁ、でも僕達がわかってるのは変化の力は本当って現実だよ」
「うん、そうよね」
彩は感慨深い表情をして頷いた。
それから二人はお互いの近況を話し始めた。当然、修一は話さないと決めたことは話さなかったが、バイト先のこと、自分の友達のことなどを彩に話した。
彩は刑務所生活のことで話せる範囲で話した。しかし刑務官の存在が気になるらしく何処か遠慮がちだった。
「お母さんコンビニで面会のことを修一君に話したんだ?」
「そうだよ。おにぎり出してたらいつの間にか来てた」
「なにか買っていったの?」
「いや、金銭面で今は辛い時期だからってなにも買っていかなかったよ」
「そっか。お母さん大変だもんね」
そう言って彩は悲しい顔をする。
「あ、ごめん。言わなくてもいいことを……」
「ううん、いいの。悪いのは私だし、修一君は私達の助けになってるよ」
「そう?」
「なってるよ。犯罪を犯して一番お母さんを苦しめてるのは私だから偉そうに言える立場じゃないけどね」
「助けになってるなら良かった!」
「うん、感謝してる。私を救ってくれたし。それにあの時に私が自殺してたらお母さんもどうなってたかわからないもの」
「彩のお母さん、彩が居なくなったら本当に一人ぼっちになっちゃうしね」
「私が服役してる間は寂しくしてると思う。お父さんなんか一度も会いに来てないし。でも、それは離婚したんだから仕方ないんだけどね」
「彩のお父さんとお母さんが離婚したのって約半年前だっけ?」
「うん。私が放火事件を犯した時期のほんの少し前なんだけどね」
「そうなんだ……」
「お父さんが居なくなってから私は罪を犯した。多分、両親が離婚したりして私自身も色々とストレスが堪ってたりしたんだと思うのよね。だからあんなことを……」
「人間は敏感な生き物だよ」
「うん。他にもストレスになる原因はあったんだろうけど全ては言いわけよね」
「言いわけでも本人が反省してるなら気にすることないよ」
「ううん、やっぱり犯罪を犯していい理由にはならないわ」
修一はそう言った彩の表情から正義感の心を感じ取った。
「それはそうか」
「そうよ」
二人はお互いの意見に共感した。
「でも、未だに放火した時の自分の心は理解出来ないわ」
「そういう時って理性を失ってたりするから仕方ないよ」
「そうよね……」
「きっとストレスのせいで自分の情動を抑えきれなかったんだよ」
「うん」
彩がそう言ったあとに暗い話しをしていることに気付いた修一はスグに話題を変えようと思考を巡らせる。
「彩のお父さんってどんな人だったの?」
修一はそれしか思いつかなかった。
「私のお父さん?」
「うん。どんな人だったのかなって。訊かない方がいい?」
「全然。別に話してあげるわよ」
彩はそう言ってから父親のことを思い出しながら話し始めた。
「どんな人って訊かれるとコレと言った答えに困るけど、一つ言えることは半年前にお母さんと離婚するまで、生まれてから一緒に暮らしてきた中でお父さんに対する私の印象は、とりあえず偉そうな態度の人だったかな。そして家庭内での会話はほとんどって感じに無かったわ」
「そうなんだ」
「今になって考えると、私は父親って存在としてお父さんを見てなかったかもなぁ。だって小さい頃から遊びに連れていってくれたことなんか無かったし、お父さん毎日毎日、仕事で忙しくてほとんど顔を合わせる機会も無かったから」
「彩のお父さんってそんなに忙しい大変な仕事をしてるんだ?」
「そうよ。だって会社社長だもの」
それを訊いて修一は驚いた。
「彩って社長令嬢なの? スゴイ!」
「大袈裟よ。それに元よ。今はお母さんと離婚して私とは関係ないんだから」
「ああ、そっか……」
「あと大した会社じゃないもの。社員数もそんなに多くないしね」
「どんな事業をしてるの?」
「仕事のことを全く話してくれたことが無かったから詳しくは知らないんだけどIT関係みたい」
「そうなんだ。でも父親が社長とか憧れるな」
「フフフ、なにを子供みたいなこと言ってるのよ」
修一はその通りだと思った。
「でも、如月社長令嬢とか聞こえが良いよね」
「如月はお母さんの旧姓で離婚する前までは別の名字だったわよ」
「そうか」
「フフ、そうよ。バカね」
「でも、僕は「如月」って名字が良いな」
「そう?」
「うん。「白井彩」も悪くはないけどね」
「あらそう?」
「まぁ……僕の中での勝手な妄想だよ……」
「フフ、そうなの。ん?」
二人が会話をしているその時に刑務官が彩に近付いてきた。
「百八十番、面会は終わりだ」
刑務官が言った。
今の番号は受刑者番号だなと修一は思った。
「わかりました」
彩は静かに返事をした。修一はそう言った彩の顔が明らかに残念そうに見えた。しかしそれは修一も全く同じ気持ちだった。
「それじゃ修一君、またね」
そう言って彩は椅子から立ち上がり、刑務官の言うことに従い面会室から出ようとした。
「あ、彩」
修一の言葉に彩は振り向く。だが返事は無い。受刑者は余計な言動や動作を規則として禁じられている。面会時間の終わった今は修一に言葉を返すことは出来なかった。
「とりあえず頑張って。あと約束は必ず守るから」
その言葉を聞いた彩は刑務官が開けた面会室の扉を通過する途中に笑みを浮かべる。そして修一はそれをしっかりと見逃さなかった。
それから修一を面会室まで案内してくれた職員が来て、ここまで来た道を戻り、修一はスグに刑務所の入り口へと着いた。
修一は職員にお辞儀をしてから刑務所をあとにした。
バスを待つバス停のベンチに座りながら修一は最後に彩に言った言葉を思い出していた。
(どうしようかな……約束のこと……)
彩に嘘をついたことを修一は悔いていた。
(また自分の変化のアドレスは手に入れたけど、パイストス社の連中に消された彩の変化のアドレスは無いし)
修一は約束を守れない事実をどうにかしたかった。だが、それはどうしようもない現実だとはわかっている。彩のケータイは刑務所の私物保管所にあるために直接的な方法でアドレスを知ろうにも手段は無かった。
(そういえば、シンドラーさんは約束のことは心配しなくても大丈夫って感じに言ってたけど、どうしてだ?)
考えても答えは出ず、修一は項垂れながらバスが来るのを待った。
それから十分ほどしてからバスが来て、修一はバスに乗り込み、バスの最後部座席に座った。
そこから見える他の乗客の姿を見て修一は考える。
(パイストス社の計画が実行されたらこの人達も災いの被害を受けるんだろうな。確かに約束も大事だけど計画が行われれば彩の母親や村野達も大変なことになる。彩には悪いけど、今、最も気にしなければいけないことはパイストス社の計画を阻止することだ)
そう、修一は気持ちを切りかえた。
(とりあえず、みんなに全てのことを話してみないとな)
計画を阻止するためのメンバーを集めるために、修一は自分の周りにいる人間にシンドラーに聞いたパイストス社の計画や『パンドラ』のプログラムのこと、自分に起きた変化のこと、そして彩のことを話すつもりでいる。
修一は廃墟ビル跡の出来事の原因を話さないわけにはいかなかった。だが、計画阻止のためのメンバー集めとはいえ、みんなにはあくまでも、それらのことを話すだけだと決めている。修一は友達を危険な目に合わせたくなかった。
それから修一は視線を窓の外に向け、走り行くバスの中から平和な町並みを眺めた。
店長がたった今店に届いたおにぎりの入った箱を指差し言った。
「はい、わかりました」
修一は店内の床をモップで拭き掃除をしていたが掃除を止めて店長の言う通りに作業を始める。
今日はおにぎりが全品目、百円均一セールでおにぎりの売れ行きが良く、ちょくちょく品出しをしていた。
修一は箱からおにぎりを取り出し陳列棚に丁寧に並べていった。
「修一君」
福井に後ろから声を掛けられた。
「はい」
「修一君にお客さんだよ」
「え?」
レジ越しに修一に声を掛けた福井の前に一人の中年の女性が立っていた。
「どうも白井君。お仕事ごくろうさま」
女性は愛想良く修一に言った。
「あ、如月さん。どうもお久しぶりです」
女性は彩の母親の「如月秋子」だった。
歳は四十代前半で現在二十二才の彩を若い時に出産した。
長年連れ添った旦那である彩の父親とは約半年前に離婚している。それは、彩が廃墟ビルの過ちを犯したスグあとのことだった。
修一は離婚の原因は知らないが、その時期に彩が犯罪を犯したことから察するに家庭環境の悪化が原因かなと修一は思っている。
約一ヶ月前に彩が警察に自首するまでは半年間の短い間だったが親子二人で生活してきた。彩は天里刑務所に入所したばかりで全てのことが解決するのはまだまだ先の話しだが秋子は娘の彩を心から想い、罪を償っている彩と同じ気持ちになって日々を過ごしていた。
「どうしたんですか? うちのコンビニに来るなんて初めてじゃないですか」
「そうね」
「おにぎりでも買いに来ましたか? だったら今、丁度新しいのが来たんで良かったらどうぞ」
「フフ違うわ。白井君に彩のことで報告しなきゃいけないことがあって来たの」
「彩のことで?」
「ええ。実は彩が面会の許可をしたのよ。白井君は彩と面会したいと思ってたでしょ?」
「本当ですか?」
秋子の言葉を聞いて修一は心が踊った。彩は少し気持ちが落ち着くまでは自ら面会謝絶をしていたから面会は身内の人間以外は出来ずにいた。だから修一は彩と面会することを待ち望んでいた。
「本当よ。だから都合が合う時にでもよろしくね」
「もちろんです! すぐにでも行きます!」
「フフフ、今日は仕事があるでしょ」
「ああ、そうですね。ハハハ」
「それじゃ、私はこれで。あ、そうそう」
秋子は修一に言おうとしていたことを思い出した。
「言われていた通りに彩のスマホは今も契約をしているわ」
「ありがとうございます」
「でも、おかしな話よね。娘のスマホは誰も使わないのにね。どうしてかしら?」
「ああ、いや……さあ、どうしてですかね。ハハハ」
修一は笑いながら誤魔化した。
「本当にね」
彩は自分のスマホの契約を切らないでいた。
それは修一の考えで、契約を継続していれば、刑務所から出所した時に二人はスマホで連絡をすることが出来る。
全ては約束を果たすために。
「でも、なんでもいいわ。娘も賛成しているみたいだしね」
そう言ってから秋子は軽く会釈をして踵を返し、その場を立ち去ろうとした。だが、その時に傍らで二人の会話を黙って聞いていた福井が口を開き秋子に言う。
「お客さん、おにぎりはどうですか? 只今セール中でしてお買い得ですよ」
「フフ、色々と金銭面で辛い時期なのよ。セール中で有難いけどごめんなさいね」
秋子は福井に振り向き愛想良く言葉を返した。
「ああ、そうなんですか。それじゃ、またの機会に是非」
「ええ、ありがとう」
そして、修一にニコリと笑顔を向けてから店内から出ていった。
「修一君、なにか色々とあるようだね」
「そうですね……色々と大変だと思います」
修一は秋子の心情は察していたから心が痛んだ。離婚して旦那を失い、娘は刑務所にいる。そのために現在一人身の秋子は相当寂しいはずだ。そう修一は感じていた。
「面会がどうとか言ってたけど誰か病院にでも入院中なのかい?」
「え? ああ……まぁそうですね」
修一は焦りながら言った。
彩の話は福井には話していなかった。そして、友達である村野や蒼太と紅太にも。
「それじゃ僕はおにぎりを全部出しちゃいます」
そう言って修一はその場をはぐらかし、品出しを再開し始めた。
(明日は丁度バイトが休みだ。さっそく彩に会いに行こう)
修一は軽くほくそ笑んだ。
午前十時頃、修一は天里刑務所に行くためにバスに乗っていた。
刑務所に向かうバスの中で修一は何処か好奇心をくすぐられている自分に気が付く。
それは面会とはいえ刑務所に行くことなど普通に生活していればそんな機会はなかなか無いからだ。だが、修一はそういう気持ちになっている自分に後ろめたさを感じた。
(不謹慎だよ……刑務所に行くことに少しワクワクしてるなんて)
そう思いながらもそのワクワク感の本当の真意は彩に会えるからだとは修一はわかっている。
今日は道路がすいていたため、三十分ほどで目的地の天里刑務所の近くにあるバス停に到着した。
修一は乗車賃を払いバスから降りた。それから前方に顔を向けた修一は目に映る刑務所を見て少し驚いた。刑務所の建物の外観に対してではなく、敷地の広さにだった。
(こんなに広いのか)
それから歩を進め刑務所の入り口へと向かう。
スグに入り口に到着した修一は門にいる職員に目的を告げた。そして刑務所の面会室に向かうために修一は所内に案内された。
「こちらになります」
職員が言った。
「あ、はい」
敷地の広さに比例して当然建物も巨大だが、修一は思っていたより中はそこまででもないなと感じていた。
しかし、修一がそう感じる理由はただ単に受刑者が服役するためのエリアと一般人が面会などで入れるエリアが分けられているからに過ぎない。
「それではこの部屋でお待ち下さい」
職員は部屋のドアを開け言った。
「わかりました」
修一は案内された部屋に入る途中に入り口の頭上に目がいった。「面会室」とそこにはそう書かれたプレートが付いていた。
面会室に入った修一は室内にある長椅子に座り緊張の面持ちで静かに面会が始まるのを待った。
修一は面会が始まるのを待つ中で以前読んだ刑務所に関する本の内容を思い出した。
受刑者の一日や作業内容は決められていて受刑者は刑務所に収容されると、単独室と共同室などのどちらかに収容される。室内の定員は単独室は一名で共同室は六名だ。しかし収容状態のよって多くの刑務所で単独室に二名、共同室に八名を収容するといった状態の場所もある。
基本として平日の起床は午前七時前で刑務所によって少しの違いはあるが、だいたいは六時四十分頃である。
起床後に刑務官が受刑者の人員点呼を行ってから受刑者は朝食を食べ、工場へ出役する。だが、作業を望まない禁錮刑の受刑者は除かれる。刑務作業を行い、その間に、運動・面会・医務診察などがある。
夕方の午後四時半前後に受刑者はそれぞれ単独室、共同室に戻り、閉室点検をしてから夕食の配膳が行われる。夕食後は余暇時間帯となる。そして午後七時頃から受刑者はテレビを視聴できる。ただし、自由にチャンネルを選べる場合は限られていて、ほとんど録画した物を放送している。ニュースはテレビの時間外にラジオで流すケースが大半だが、その日の朝のニュースを昼や夕方に流すといった場合もある。ニュースに関しては工場備え付けの日刊新聞の回覧で見ることも出来るし、自弁購入で新聞を購入することも出来る。
ほとんどの刑務所では午後九時に就寝時間となって消灯されるが、完全に明かりが消えるわけではなく、読書できる程度の明るさが維持されている。この時間については読書を認めている刑務所と認めていない刑務所とで対応が分かれ、当然、認められていない刑務所では時間外読書となり、場合によっては調査・懲罰を受けることになる。
受刑者の刑務作業は、木工・金工・紙工・縫製などの生産作業から、洗濯・炊場・水道・電気などの作業まで色々とある。
そんな生活をしながら受刑者は自分が犯した罪を償い日々を送っている。
(彩も大変なんだろうな。元気にしてるかな?)
修一は彩のことを思いながら面会の時間になるのを落ち着かない気持ちでひたすら待った。
(まだかな? あれから二十分は経ったけど)
あまりに遅いために修一は腕時計を見ながら思った。
(予定が狂って今日は面会取り消しになったり……)
修一は少し不安に駆られた。
やはり、刑務所の中は外と比べれば隔離された世界に変わりはない。それ故に修一はあれこれと余計なことを考えてしまっていた。
だが、その場にはその場の空気というものがあるために修一がマイナスな思考に捕らわれるのは仕方がなかった。
(早く始まらないかな)
修一がそう思ったその時に面会室の扉が開いた。
「面会の時間です」
先程と同じ職員が言った。
修一は職員に促され今まで座っていた長椅子の真向かいの奥にある面会者と受刑者が面会するための椅子に座った。
受刑者側との間は透明の硬いプラスチックの板のような物で遮られている。それは面会者と受刑者が規則外のやり取りを防止するためでもあり、または万が一に備えて受刑者が暴れだした時に面会者に被害が起きないようにするための物でもあった。
現実に受刑者が暴れだして面会者を殺害したケースは本当にある。
(緊張するな)
彩はまだ来ていないため、修一は高鳴る思いで彩が来るのを待った。先程までのマイナスな思考は消え去り色々と考えていたのはタダの杞憂に過ぎなかった。
修一は半ば安心感に浸っていたが緊張感の方が遥かに強く胸に手のひらを当てて鼓動を落ち着けようとした。
その時、下を見ていた修一の目に人間の影が映った。修一は顔を上げた。目の前には彩が立っていた。
「面会時間の終わりに声を掛ける」
刑務官が彩に言った。
それを聞いて彩はペコリとお辞儀をした。それから椅子に座り笑顔で修一と対面した。
「久し振りだね、修一君」
彩のその言葉と声を聞いて修一も自然と微笑んだ。
さっきまでの緊張感は全く無くなり、修一の気持ちは幸福感に変わっていた。そのうえ心配していた、彩が現在も「変化の力を受けているのか?」といった心配は目の前にいる彩を見て消えた。
(よかった! 大丈夫みたいだ!)
心配の一つが消えた。
「修一君、元気にしてた?」
「うん元気だよ。最近色々とあったけどね」
「そう良かった。でも色々あったってなにがあったの?」
「あ、いや、なんでもないよ。バイト先で仕事のことで色々あったってことだよ」
修一は焦りながら誤魔化した。彩には廃墟ビル跡の出来事や変化のアドレスのこと。その力の源である『パンドラ』のプラグラムのこと。自分にそのアドレスを送ってくれたシンドラーのこと。そしてパイストス社の計画のこと。それら全てのことは彩には話さないと決めていた。それは刑務所で服役中の彩に余計な心配を与えたくないという修一の配慮だった。
「そうなんだ。大変なんだね。そういえばコンビニで働いてるんだっけ?」
「うん。まぁ、でも所詮はバイトだから大事って言っても程度が知れてるけどさ」
「フフフ、でも頑張ってるんだね。私も色々と大変だよ」
そう言って彩は面会室の隅の方にいる刑務官をチラッと見た。
「まぁ、だろうね。なんとなく想像はつくよ」
そう言って修一も刑務官をチラッと見る。
やはり刑務官に見張られながらの面会だけに意識してしまう。
「大変だけど、大変だと思うのが刑の一つでもあるからね。だから当然のこと」
「そうだね……。彩が出所するまで僕は待ってるからさ。だから頑張って」
「うん。ありがとう」
彩は修一の言葉に心が温かくなった。
廃墟ビルでの二人の会話をお互いに思い出し、二人は微笑んだ。
「そうだ、私のスマホって契約したままになってるんでしょ?」
「なってるよ。彩のお母さんにお願いしたからさ」
「私のスマホの契約を継続したままにって話を面会でお母さんに聞かされた時は少し驚いたわ。えっ? って感じよ」
「全ては約束のためだから」
「フフフ、大事なんだね」
「大事だよ」
「そういえば、あれからあの不思議なアドレスのことでなにかわかった?」
修一は軽くギクッとした。アドレスのことでなにか訊かれるだろうとは思っていたが反応してしまった。
「いや、なにもわからないんだ」
「そうなの。それにしても不思議な出来事だったわよね」
「確かにね」
「非現実的ってヤツよね」
「うん。まぁ、でも僕達がわかってるのは変化の力は本当って現実だよ」
「うん、そうよね」
彩は感慨深い表情をして頷いた。
それから二人はお互いの近況を話し始めた。当然、修一は話さないと決めたことは話さなかったが、バイト先のこと、自分の友達のことなどを彩に話した。
彩は刑務所生活のことで話せる範囲で話した。しかし刑務官の存在が気になるらしく何処か遠慮がちだった。
「お母さんコンビニで面会のことを修一君に話したんだ?」
「そうだよ。おにぎり出してたらいつの間にか来てた」
「なにか買っていったの?」
「いや、金銭面で今は辛い時期だからってなにも買っていかなかったよ」
「そっか。お母さん大変だもんね」
そう言って彩は悲しい顔をする。
「あ、ごめん。言わなくてもいいことを……」
「ううん、いいの。悪いのは私だし、修一君は私達の助けになってるよ」
「そう?」
「なってるよ。犯罪を犯して一番お母さんを苦しめてるのは私だから偉そうに言える立場じゃないけどね」
「助けになってるなら良かった!」
「うん、感謝してる。私を救ってくれたし。それにあの時に私が自殺してたらお母さんもどうなってたかわからないもの」
「彩のお母さん、彩が居なくなったら本当に一人ぼっちになっちゃうしね」
「私が服役してる間は寂しくしてると思う。お父さんなんか一度も会いに来てないし。でも、それは離婚したんだから仕方ないんだけどね」
「彩のお父さんとお母さんが離婚したのって約半年前だっけ?」
「うん。私が放火事件を犯した時期のほんの少し前なんだけどね」
「そうなんだ……」
「お父さんが居なくなってから私は罪を犯した。多分、両親が離婚したりして私自身も色々とストレスが堪ってたりしたんだと思うのよね。だからあんなことを……」
「人間は敏感な生き物だよ」
「うん。他にもストレスになる原因はあったんだろうけど全ては言いわけよね」
「言いわけでも本人が反省してるなら気にすることないよ」
「ううん、やっぱり犯罪を犯していい理由にはならないわ」
修一はそう言った彩の表情から正義感の心を感じ取った。
「それはそうか」
「そうよ」
二人はお互いの意見に共感した。
「でも、未だに放火した時の自分の心は理解出来ないわ」
「そういう時って理性を失ってたりするから仕方ないよ」
「そうよね……」
「きっとストレスのせいで自分の情動を抑えきれなかったんだよ」
「うん」
彩がそう言ったあとに暗い話しをしていることに気付いた修一はスグに話題を変えようと思考を巡らせる。
「彩のお父さんってどんな人だったの?」
修一はそれしか思いつかなかった。
「私のお父さん?」
「うん。どんな人だったのかなって。訊かない方がいい?」
「全然。別に話してあげるわよ」
彩はそう言ってから父親のことを思い出しながら話し始めた。
「どんな人って訊かれるとコレと言った答えに困るけど、一つ言えることは半年前にお母さんと離婚するまで、生まれてから一緒に暮らしてきた中でお父さんに対する私の印象は、とりあえず偉そうな態度の人だったかな。そして家庭内での会話はほとんどって感じに無かったわ」
「そうなんだ」
「今になって考えると、私は父親って存在としてお父さんを見てなかったかもなぁ。だって小さい頃から遊びに連れていってくれたことなんか無かったし、お父さん毎日毎日、仕事で忙しくてほとんど顔を合わせる機会も無かったから」
「彩のお父さんってそんなに忙しい大変な仕事をしてるんだ?」
「そうよ。だって会社社長だもの」
それを訊いて修一は驚いた。
「彩って社長令嬢なの? スゴイ!」
「大袈裟よ。それに元よ。今はお母さんと離婚して私とは関係ないんだから」
「ああ、そっか……」
「あと大した会社じゃないもの。社員数もそんなに多くないしね」
「どんな事業をしてるの?」
「仕事のことを全く話してくれたことが無かったから詳しくは知らないんだけどIT関係みたい」
「そうなんだ。でも父親が社長とか憧れるな」
「フフフ、なにを子供みたいなこと言ってるのよ」
修一はその通りだと思った。
「でも、如月社長令嬢とか聞こえが良いよね」
「如月はお母さんの旧姓で離婚する前までは別の名字だったわよ」
「そうか」
「フフ、そうよ。バカね」
「でも、僕は「如月」って名字が良いな」
「そう?」
「うん。「白井彩」も悪くはないけどね」
「あらそう?」
「まぁ……僕の中での勝手な妄想だよ……」
「フフ、そうなの。ん?」
二人が会話をしているその時に刑務官が彩に近付いてきた。
「百八十番、面会は終わりだ」
刑務官が言った。
今の番号は受刑者番号だなと修一は思った。
「わかりました」
彩は静かに返事をした。修一はそう言った彩の顔が明らかに残念そうに見えた。しかしそれは修一も全く同じ気持ちだった。
「それじゃ修一君、またね」
そう言って彩は椅子から立ち上がり、刑務官の言うことに従い面会室から出ようとした。
「あ、彩」
修一の言葉に彩は振り向く。だが返事は無い。受刑者は余計な言動や動作を規則として禁じられている。面会時間の終わった今は修一に言葉を返すことは出来なかった。
「とりあえず頑張って。あと約束は必ず守るから」
その言葉を聞いた彩は刑務官が開けた面会室の扉を通過する途中に笑みを浮かべる。そして修一はそれをしっかりと見逃さなかった。
それから修一を面会室まで案内してくれた職員が来て、ここまで来た道を戻り、修一はスグに刑務所の入り口へと着いた。
修一は職員にお辞儀をしてから刑務所をあとにした。
バスを待つバス停のベンチに座りながら修一は最後に彩に言った言葉を思い出していた。
(どうしようかな……約束のこと……)
彩に嘘をついたことを修一は悔いていた。
(また自分の変化のアドレスは手に入れたけど、パイストス社の連中に消された彩の変化のアドレスは無いし)
修一は約束を守れない事実をどうにかしたかった。だが、それはどうしようもない現実だとはわかっている。彩のケータイは刑務所の私物保管所にあるために直接的な方法でアドレスを知ろうにも手段は無かった。
(そういえば、シンドラーさんは約束のことは心配しなくても大丈夫って感じに言ってたけど、どうしてだ?)
考えても答えは出ず、修一は項垂れながらバスが来るのを待った。
それから十分ほどしてからバスが来て、修一はバスに乗り込み、バスの最後部座席に座った。
そこから見える他の乗客の姿を見て修一は考える。
(パイストス社の計画が実行されたらこの人達も災いの被害を受けるんだろうな。確かに約束も大事だけど計画が行われれば彩の母親や村野達も大変なことになる。彩には悪いけど、今、最も気にしなければいけないことはパイストス社の計画を阻止することだ)
そう、修一は気持ちを切りかえた。
(とりあえず、みんなに全てのことを話してみないとな)
計画を阻止するためのメンバーを集めるために、修一は自分の周りにいる人間にシンドラーに聞いたパイストス社の計画や『パンドラ』のプログラムのこと、自分に起きた変化のこと、そして彩のことを話すつもりでいる。
修一は廃墟ビル跡の出来事の原因を話さないわけにはいかなかった。だが、計画阻止のためのメンバー集めとはいえ、みんなにはあくまでも、それらのことを話すだけだと決めている。修一は友達を危険な目に合わせたくなかった。
それから修一は視線を窓の外に向け、走り行くバスの中から平和な町並みを眺めた。
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