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【頭の中の取り除けないモノ-1】
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四月の薄ら暖かい日射しが、長く寒かった東北地方の一帯を心地よく照らしていた。
ここ、福島県にある郡山市では、春の桜の咲き誇る並木道を老若男女の人達が行き来をし、カメラで春の風景を写真に撮ったり、少しすれば儚く散ってしまう桜の花の姿を記憶に残そうと、ただ見つめている人々がいる。
そんな、それぞれの人々が春の季節を満喫している中で、一人の女性は景色に目もくれず、まるで心ここに在らずといったように宙を見ながら桜並木を歩いていた。
彼女の名前は「田辺望美」といい、年齢は二十歳で仕事はペットショップの店員をしている。髪の色は黒く、前髪は眉の辺りで横に綺麗に揃っていて、顔立ちは至って日本人らしく、どこにでも居そうな感じ。体格も日本人の平均程度で外見を語れば全てが普通である。
だが、そんな表面上は普通な望美にも普通ではない面もあった。それは精神面である。
決してイカれているわけではなく異常者じゃない。よくある心の病で、それは望美の一番の悩みであった。
そんな望美が仕事の休日の昼下がり、この並木道を歩いているのは散歩のためではなく、学生の頃から通っている心療内科の医院に行くためである。
望美はすれ違う人々と一定の距離を保ちながら並木道を進んでいった。まるで自分の空間に他者を入り込ませないようにしているみたいに。
しばらくして望美は大通りに出た。ここは「新さくら通り」と言い、郡山駅などに繋がる通りだ。
横断歩道を渡り、パチンコ屋の横にある小道に入って、閑静な住宅地を進んでいく。それから五分ほどして目的の場所へと望美は到着した。
「柳沼クリニック」と、入り口の看板にはそう書かれていて、建物は二階建ての一軒家を改装しただけの個人で経営している小さな医院だ。
早速、望美は中へと入り、受付で保険証を提示してから奥に置かれている長椅子に腰を下ろした。
院内は整然としていて、微かにクラシックの音楽が流れている。白を基調とした内装で来る者を落ち着かせる空気を作っていた。それらは心療内科の世話になっている患者達の気持ちを考慮しての配慮であろう。
望美はボーッとしながら自分の診療が始まるのを待った。少しして受付横の扉が開き中年の女性が出てきた。どうやら診療が終わった人らしい。
その後に望美の名前が受付の男性に呼ばれた。先程の女性と入れ違いに診療室へと望美は入っていった。
「どうもこんにちは。田辺さん」
望美が入ってくるなり、そう言ったのは医者の「柳沼幹雄」だ。望美が高校時代からお世話になっている心療の先生で、約三年ほどの付き合いがある。
年齢は四十五で、髪には白髪が多く混じっている。シワも歳のわりには多い。人の悩みを解決するのが仕事の一つということもあるからか、人より老けるのが少し早いのかもしれない。
「さあ、お座りになってください」
柳沼はニコリと笑顔を作り、丁寧な言葉使いで望美を手前のイスに促した。
「はい。失礼します」
望美はペコリと頭を下げて、それから静かにイスへと座った。
「どうですか、調子の方は?」
「最近は落ち着いてます」
「夜は眠れていますか?」
「はい。四時間くらいは……」
「それは……寝不足ですね。以前にお渡ししたお薬は飲んでいますか?」
「いえ、あまり睡眠薬に頼りたくないんです」
「それはいけませんね。ちゃんと飲まないとね」
「すいません……」
望美は少しの反省を込めて小さく言った。
「シッカリと睡眠を摂らないと昼間の生活に悪影響を与えます。それに、田辺さんには鬱の気があるんですから、だからこそ睡眠は大切なんですよ。寝不足でいたら気分は晴れません」
「わかりました。ちゃんと薬を飲むようにします」
「鬱のお薬もシッカリと飲んでくださいね」
「はい。ちゃんと良くなれるように頑張ります」
「うんうん。でも、考えすぎは禁物ですよ。田辺さんが心を病んだのには考えすぎによるものが一つの原因なんですから」
柳沼は望美を気遣うように優しく言った。
「そうですよね。でも、やっぱり考えすぎちゃうんです。自分のことなのに思い通りにいかなくて……」
「それは人間だから仕方がないんです。今、私が言いたいのは、考えすぎないということを、考えすぎないってことなんですよ。わかりますね?」
「はい。けど、どうしても思い詰めちゃうんですよ。今は昔と違って毎日の中で嫌な出来事があっても、その度に自分の中で解決することが出来るんです。でも、過去の出来事はどうしても……」
そう言った望美の表情からは落ち着きさが消えていた。
「そうですか、確かにそうですね。過去の部分は目の前にはなく、記憶の中にあるものですからね。辛い経験であれば、なおさら簡単には解決出来ないですね」
望美の胸の内を察した柳沼は、呼吸を合わせるようにして言葉を返した。
「出来ないです! イジメのことはどうしても!」
高校時代、酷いイジメの被害にあっていた望美は、その経験を今も払拭出来ずにいる。
一瞬、過去が頭の中にフラッシュバックしてきたのか、望美は下唇を噛み憎悪を込めた顔を柳沼に向けた。
「田辺さん、気持ちはわかります。イジメの経験が強く記憶に残っていて、心には深い傷として残ってしまっている。さぞ、辛かったのでしょうね……」
当然、柳沼は望美の過去の経験を知っている。そもそも、望美が「柳沼クリニック」を訪れる原因になったのは、そのイジメによるものだからだ。
「どう頑張っても消えてくれないんです! どうしても考えちゃうんです!」
「落ち着いて。それをいくら考えたところで、なにも意味はないんですよ。辛いでしょうが恨みはマイナスでしかありません。楽にいきましょう」
「――わかってるんですけど、本当によくわかってるんですけど。でも、でも……」
望美は頭を左右に振り、記憶を掻き消そうと足掻いた。
「大丈夫、大丈夫ですから。ほら、深呼吸をして」
柳沼に言われた通りに望美は深く息を吸って吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
「少し、楽になりましたか?」
軽く乱れた髪を見ながら、優しく望美に問いかけた。
「はい、少しだけ……」
「今は全てを無にしましょう。きっと、近い将来に傷は癒えますからね」
「はい……」
「今日はここまでにしましょう。今の田辺さんに必要なのは静養です。シッカリと薬を飲んで、ゆっくり寝て、ちゃんと一日を元気に過ごせるように、まず寝不足から解決していきましょう」
「頑張ってみます。でも、一つ一つ解決していっても、確実に解決出来ないものがあるんです」
「大丈夫。それも解決しますよ」
「私はソレが怖い!」
いきなり望美の態度が変わった。瞬時に込み上げてきた感情が心を支配する。
「田辺さん……?」
「私はそんなことしたくない! けど、私はソレをしたいと思ってる!」
「田辺さん、落ち着いてください。なにが怖いのですか?」
柳沼がそう言ってから、少しの沈黙が診療室を覆った。
再び、深呼吸を促された望美はそれに従い、落ち着きを取り戻してから口を開く。
「憎しみによる復讐……」
「――復讐ですか。そんなことを考えてはダメです。なにも変わらないですし、なにも終わらない。結局は解決しませんよ」
「はい……」
「仮に、自分がされたのと同じことを相手にやり返しても空しいだけです」
「いえ、実は……そんなんじゃないんです。私がしようと思ってるのは」
そこで望美は言葉を切って、黙りこんだ。
「田辺さんが考えている復讐の方法。それは一体どんな方法でしょうか? 話したくないのなら、無理に言わなくても大丈夫ですが」
「言いたくありません。先生には悪いんですけど、このことは自分一人で解決しないといけない問題なんだと思います」
「わかりました。田辺さんがそう考えているのなら、私はなにも覗こうとはしません。ですが、話したくなったら、いつでも来てください。助けになりますよ」
「ありがとうございます」
望美は感謝の気持ちを込めて軽く頭をさげたが、内心、ソレについては誰の助けも意味を成さない、他人に話すべきではないと望美は決め込んでいた。
「では、今日はここまでですね。お薬を出しておきますので、お気をつけて帰ってくださいね」
「はい。失礼します」
そう言って望美はイスから立ち上がり、再度、柳沼に頭をさげてから診療室を出ていった。
それから数分間待ち、受付で坑鬱剤と睡眠薬を渡された望美は「柳沼クリニック」をあとにした。
暖かい春の日射しの中をヨタヨタと歩いていく望美の頭の中では、憎しみと不安による強い葛藤があった。
その不安とは自分が過ちを犯してしまうのではないか、そのことにたいする不安。ソレを決してしたくはない。しかし、自分はソレをしてしまうかもしれない。そんな感情が葛藤の中に入り乱れている。憎しみによって生まれてしまったソレは、どんどん大きくなり望美のコントロールが利かなくなりかけていた。
一人の人間に向けられたソレは、その憎む相手の命を奪ってしまう。
そう、殺意が望美の中で膨らんでいた。
ここ、福島県にある郡山市では、春の桜の咲き誇る並木道を老若男女の人達が行き来をし、カメラで春の風景を写真に撮ったり、少しすれば儚く散ってしまう桜の花の姿を記憶に残そうと、ただ見つめている人々がいる。
そんな、それぞれの人々が春の季節を満喫している中で、一人の女性は景色に目もくれず、まるで心ここに在らずといったように宙を見ながら桜並木を歩いていた。
彼女の名前は「田辺望美」といい、年齢は二十歳で仕事はペットショップの店員をしている。髪の色は黒く、前髪は眉の辺りで横に綺麗に揃っていて、顔立ちは至って日本人らしく、どこにでも居そうな感じ。体格も日本人の平均程度で外見を語れば全てが普通である。
だが、そんな表面上は普通な望美にも普通ではない面もあった。それは精神面である。
決してイカれているわけではなく異常者じゃない。よくある心の病で、それは望美の一番の悩みであった。
そんな望美が仕事の休日の昼下がり、この並木道を歩いているのは散歩のためではなく、学生の頃から通っている心療内科の医院に行くためである。
望美はすれ違う人々と一定の距離を保ちながら並木道を進んでいった。まるで自分の空間に他者を入り込ませないようにしているみたいに。
しばらくして望美は大通りに出た。ここは「新さくら通り」と言い、郡山駅などに繋がる通りだ。
横断歩道を渡り、パチンコ屋の横にある小道に入って、閑静な住宅地を進んでいく。それから五分ほどして目的の場所へと望美は到着した。
「柳沼クリニック」と、入り口の看板にはそう書かれていて、建物は二階建ての一軒家を改装しただけの個人で経営している小さな医院だ。
早速、望美は中へと入り、受付で保険証を提示してから奥に置かれている長椅子に腰を下ろした。
院内は整然としていて、微かにクラシックの音楽が流れている。白を基調とした内装で来る者を落ち着かせる空気を作っていた。それらは心療内科の世話になっている患者達の気持ちを考慮しての配慮であろう。
望美はボーッとしながら自分の診療が始まるのを待った。少しして受付横の扉が開き中年の女性が出てきた。どうやら診療が終わった人らしい。
その後に望美の名前が受付の男性に呼ばれた。先程の女性と入れ違いに診療室へと望美は入っていった。
「どうもこんにちは。田辺さん」
望美が入ってくるなり、そう言ったのは医者の「柳沼幹雄」だ。望美が高校時代からお世話になっている心療の先生で、約三年ほどの付き合いがある。
年齢は四十五で、髪には白髪が多く混じっている。シワも歳のわりには多い。人の悩みを解決するのが仕事の一つということもあるからか、人より老けるのが少し早いのかもしれない。
「さあ、お座りになってください」
柳沼はニコリと笑顔を作り、丁寧な言葉使いで望美を手前のイスに促した。
「はい。失礼します」
望美はペコリと頭を下げて、それから静かにイスへと座った。
「どうですか、調子の方は?」
「最近は落ち着いてます」
「夜は眠れていますか?」
「はい。四時間くらいは……」
「それは……寝不足ですね。以前にお渡ししたお薬は飲んでいますか?」
「いえ、あまり睡眠薬に頼りたくないんです」
「それはいけませんね。ちゃんと飲まないとね」
「すいません……」
望美は少しの反省を込めて小さく言った。
「シッカリと睡眠を摂らないと昼間の生活に悪影響を与えます。それに、田辺さんには鬱の気があるんですから、だからこそ睡眠は大切なんですよ。寝不足でいたら気分は晴れません」
「わかりました。ちゃんと薬を飲むようにします」
「鬱のお薬もシッカリと飲んでくださいね」
「はい。ちゃんと良くなれるように頑張ります」
「うんうん。でも、考えすぎは禁物ですよ。田辺さんが心を病んだのには考えすぎによるものが一つの原因なんですから」
柳沼は望美を気遣うように優しく言った。
「そうですよね。でも、やっぱり考えすぎちゃうんです。自分のことなのに思い通りにいかなくて……」
「それは人間だから仕方がないんです。今、私が言いたいのは、考えすぎないということを、考えすぎないってことなんですよ。わかりますね?」
「はい。けど、どうしても思い詰めちゃうんですよ。今は昔と違って毎日の中で嫌な出来事があっても、その度に自分の中で解決することが出来るんです。でも、過去の出来事はどうしても……」
そう言った望美の表情からは落ち着きさが消えていた。
「そうですか、確かにそうですね。過去の部分は目の前にはなく、記憶の中にあるものですからね。辛い経験であれば、なおさら簡単には解決出来ないですね」
望美の胸の内を察した柳沼は、呼吸を合わせるようにして言葉を返した。
「出来ないです! イジメのことはどうしても!」
高校時代、酷いイジメの被害にあっていた望美は、その経験を今も払拭出来ずにいる。
一瞬、過去が頭の中にフラッシュバックしてきたのか、望美は下唇を噛み憎悪を込めた顔を柳沼に向けた。
「田辺さん、気持ちはわかります。イジメの経験が強く記憶に残っていて、心には深い傷として残ってしまっている。さぞ、辛かったのでしょうね……」
当然、柳沼は望美の過去の経験を知っている。そもそも、望美が「柳沼クリニック」を訪れる原因になったのは、そのイジメによるものだからだ。
「どう頑張っても消えてくれないんです! どうしても考えちゃうんです!」
「落ち着いて。それをいくら考えたところで、なにも意味はないんですよ。辛いでしょうが恨みはマイナスでしかありません。楽にいきましょう」
「――わかってるんですけど、本当によくわかってるんですけど。でも、でも……」
望美は頭を左右に振り、記憶を掻き消そうと足掻いた。
「大丈夫、大丈夫ですから。ほら、深呼吸をして」
柳沼に言われた通りに望美は深く息を吸って吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
「少し、楽になりましたか?」
軽く乱れた髪を見ながら、優しく望美に問いかけた。
「はい、少しだけ……」
「今は全てを無にしましょう。きっと、近い将来に傷は癒えますからね」
「はい……」
「今日はここまでにしましょう。今の田辺さんに必要なのは静養です。シッカリと薬を飲んで、ゆっくり寝て、ちゃんと一日を元気に過ごせるように、まず寝不足から解決していきましょう」
「頑張ってみます。でも、一つ一つ解決していっても、確実に解決出来ないものがあるんです」
「大丈夫。それも解決しますよ」
「私はソレが怖い!」
いきなり望美の態度が変わった。瞬時に込み上げてきた感情が心を支配する。
「田辺さん……?」
「私はそんなことしたくない! けど、私はソレをしたいと思ってる!」
「田辺さん、落ち着いてください。なにが怖いのですか?」
柳沼がそう言ってから、少しの沈黙が診療室を覆った。
再び、深呼吸を促された望美はそれに従い、落ち着きを取り戻してから口を開く。
「憎しみによる復讐……」
「――復讐ですか。そんなことを考えてはダメです。なにも変わらないですし、なにも終わらない。結局は解決しませんよ」
「はい……」
「仮に、自分がされたのと同じことを相手にやり返しても空しいだけです」
「いえ、実は……そんなんじゃないんです。私がしようと思ってるのは」
そこで望美は言葉を切って、黙りこんだ。
「田辺さんが考えている復讐の方法。それは一体どんな方法でしょうか? 話したくないのなら、無理に言わなくても大丈夫ですが」
「言いたくありません。先生には悪いんですけど、このことは自分一人で解決しないといけない問題なんだと思います」
「わかりました。田辺さんがそう考えているのなら、私はなにも覗こうとはしません。ですが、話したくなったら、いつでも来てください。助けになりますよ」
「ありがとうございます」
望美は感謝の気持ちを込めて軽く頭をさげたが、内心、ソレについては誰の助けも意味を成さない、他人に話すべきではないと望美は決め込んでいた。
「では、今日はここまでですね。お薬を出しておきますので、お気をつけて帰ってくださいね」
「はい。失礼します」
そう言って望美はイスから立ち上がり、再度、柳沼に頭をさげてから診療室を出ていった。
それから数分間待ち、受付で坑鬱剤と睡眠薬を渡された望美は「柳沼クリニック」をあとにした。
暖かい春の日射しの中をヨタヨタと歩いていく望美の頭の中では、憎しみと不安による強い葛藤があった。
その不安とは自分が過ちを犯してしまうのではないか、そのことにたいする不安。ソレを決してしたくはない。しかし、自分はソレをしてしまうかもしれない。そんな感情が葛藤の中に入り乱れている。憎しみによって生まれてしまったソレは、どんどん大きくなり望美のコントロールが利かなくなりかけていた。
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