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【消したい記憶-1】
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天井にある部屋の蛍光灯を消し、ベット脇に置いてあるスタンド型のライトをつけて、望美はベットの上で膝を組み合わせ座る。
薄明かりに照らされながら望美は膝に顔を埋め、身も心もクタクタになった自分の渇いた叫びを息に変え、大きな溜め息を吐いた。
(行かなければよかった……)
渋谷に会いにいったことを後悔していた。
(余計に辛くなったし……)
悩みを語りかける友人のいない望美は、部屋の中で一人で本音をさらけ出す。
(今頃、二人はどうしてるんだろ?)
望美は微かに見える部屋の壁に掛けてある時計に目をやった。時刻はもう夜の九時をまわっていて、男女の恋人同士が過ごす一時としてベストな時間。例え今がそうでないにしても、この先二人の時間は濃いものとなっていくのは確かであった。そんな二人のことを想像しただけで吐き気が襲ってきた。
脳から発するストレスというシグナルが、自律神経で働く望美の胃に障害を起こした。
(音楽でも聴いて落ち着かないと)
左手で腹部を擦りながら、高校の頃から愛用しているコンポ型の音楽プレーヤーに手を伸ばして電源のスイッチを入れた。
ディスクを手早く交換し、番号を目当ての曲に合わせる。「キュルル、キュルル」とディスクを読み込む機械の音がしてから曲が再生された。
(こんな気分の時には、やっぱり『レット・イット・ビー』が一番ね……)
ピアノのメロディーに癒されつつ、吐き気を抑えながら膝に顔を埋める。
(なすがままに……なすがままに……)
曲に合わせて望美は頭の中で歌う。舞台に立ち、観客に語りかけるように歌う自分の姿を思い浮かべながら。
(私はこの先……)
その次の言葉は言わず、望美は曲のメロディーに心を乗せて一人薄暗い部屋の中で妄想の世界に浸る。
曲が終わり、もう一度再生して同じく繰り返す。
それから二時間ほどが経過し、何度もリピート再生し続けた曲は望美の脳に言葉を植えつけた。
(なすがままに……なすがままに……)
壊れた機械のように同じ言葉を頭の中で繰り返し続ける。
いつの間にか吐き気はおさまっていた。望美はベットから出て、パジャマに着替えようとタンスの引き出しを開ける。
その時、望美のスマホが鳴った。軽くビクッと反応したが、ただのスマホの着信、なにも驚くことはない。望美は枕元に置いたスマホを手に取り画面を見た。
いきなり望美の息が詰まり、それと同時に先程おさまった吐き気が戻ってくる。
電話の相手は美那子だった。
(な……なんで? どうして?)
思わずスマホを手から落としそうになった。
(この女が私に連絡してくるなんて……)
「Help」で美那子と再会した時に二人はスマホの番号とアドレスを交換したのだが、交換しただけで二人が連絡を取り合ったことは一度もなかった。
驚愕に立ち尽くす望美に理解の言葉は浮かんでこない。
(用事があるの? 私に? 一体どんな?)
鳴り続けているスマホを見詰めながら乱れた呼吸を落ち着かせようと深呼吸をする。
着信が止んでくれないかと、それから望美は十秒ほど待った。けれどもスマホは鳴り止まない。仕方なく望美は覚悟を決めた。
無視をしていても後々に残る。余計な面倒はゴメンだった。しかし、そんな「怯み」にも似た感情の中に「闘志」といった感情も入り交じっている。願わくば、この電話の最中に最後の糸が切れて欲しいと望んだ。
殺意にまみれた望美ではあるが人殺しにはなりたくない。それが望美を踏みとどまらせている。葛藤の渦に飲み込まれても、やがて原点回帰する自分の「人の心」というものが嫌であった。
望美は一拍おき、武者震いのように震えた手でスマホの通話ボタンを押してからソッと耳元に近づけた。
「もしもし! 望美?」
スマホを当てている左耳から反対側の右耳を貫くくらいの大きな声が望美の耳に響く。
「そ……そうだけど、どうしたの? い、いきなり電話なんか」
自分の声のトーンの強弱を上手く調整出来ないままに言葉を返す。
「いやいや、どうしてスグに電話に出ないの? かなり鳴らしたわよね?」
「怒らないで。ちょうどお風呂から出て着替えてたの」
「なるほど、そういうことね」
「うん、ごめんなさい……」
「まあいいわ。それにしても久しぶりよね。二ヶ月くらい前に裕人の店で再会した時も同じことを言ったけど」
「うん、そうだね」
「私から連絡しといてアレだけど、こうやって電話するの初めてじゃない?」
「そうだよね。言われてみれば初めて」
「高校の時はなんだかんだでお互いの連絡先なんかわからなかったし」
「うん」
「せっかく久しぶりに再会して連絡先を交換したのに、望美ったら一度も連絡してこないし」
「ごめんなさい」
「私、望美に嫌われてるのかなって考えたりしたし」
「い、いや、ううん。そんなことないよ」
「あらそう? でも高校の頃にヒドイことをしちゃったしなって気にしてたのよ」
「それは……」
「望美、今も恨んでるんじゃないの?」
「もう、昔の話だよ」
「ま、そうよね。終わったことよね。じゃ、許してくれるの?」
「許すとか許さないとか言われても」
「え、なに? 自分のことでしょ! 適当こかないでよ」
いきなり美那子の語気が荒くなる。ちょっと話がずれたり、自分の思い通りにいかないとスグに機嫌が悪くなるのは、高校からの美那子の悪い性格。望美はそれ以前の美那子を知っているわけではないが、そんな美那子の性格が大嫌いだった。
「ごめんなさい」
「そういうところ今も変わらないのね」
「うん、たぶん」
「まあ、なんでもいいわ。すべては終わった話よね?」
美那子は口調を強くして言った。
「うん」
「今は今よね?」
「うん……」
望美は、ただ一言一言を小さく返すだけで、自分の美那子にたいする憎しみを言葉にすることが出来ないでいた。
「はい、解決解決。これでおしまい。望美ったらイラつかせないでよね」
「うん、美那子さん」
「だから呼び捨てでいいわよ。高校の頃にも言ったじゃない」
「そうだったっけ?」
「相変わらず『さん』を付けるのね」
「変わらないでいいの。そのままがいいの」
このまま変わらずにいれば、望美は憎しみを弱めることなくいられる。憎しみがさらに強まれば葛藤の渦を消し去らせることが出来る。自分の心に迷いはなくなる。望美はそう考えていた。
「てか、そんな話はいいとして。さっき裕人とバイバイして暇だったってのもあるんだけど、実は私が電話した理由は望美にお願いがあるからなのよ」
美那子の言葉で望美はえもいえぬ不安に襲われた。
美那子の言う「お願い」とは、望美にとっては「命令」と同じだからだ。
「な、なにを?」
「明後日、飲み会があるのよ。それで望美にも来てほしいのよね」
「飲み会? 明後日?」
「そう。金曜日の夜なんだけど、望美って土曜日は仕事は休み?」
「そうだけど」
望美はそう言ってから自分の言葉に悔いた。どうして嘘をつき、土曜は仕事だと言わなかったんだろうと。
「よかった! なら来れるわね。どのくらい飲み会が続くかわからないし、次の日に仕事があったらキツイものね」
「でも私」
「なに? 予定があるとか言わないわよね?」
「それがあるの」
「ハイハイ、そんな嘘をつかなくてもいいわよ」
「本当なの」
「予定なんてないんでしょ!」
「友達と会うのよ。須賀川のほうにドライブしに」
「見破られる嘘をつかない! あんたに友達がいるとは思えないし、ドライブを楽しむタイプじゃないでしょ!」
「そんな言い方をしなくてもいいのに」
美那子の言葉が胸に突き刺さる。なにか言い返そうかと考えたのだが美那子の言っていることは正しく、嘘を見透かしたその言葉になにも言い返すことが出来ない。
「暇でしょ!」
大きな声が電話口に響く。
「うん……ごめんなさい」
「ね、わかってるんだから。それじゃ、金曜日の夜は飲み会ね。約束よ」
「わかった」
「はい決まりね。待ち合わせは郡山駅前の噴水のところにするわ」
「時間は? 何時に待ち合わせするの?」
「夜の七時よ。遅れないで来なさいよ」
「わかったわ」
「じゃ、金曜の夜にまたね。おやすみ望美」
「おやすみなさい」
そう言ってから電話を切ろうとした時、美那子が言った。
「そうそう。一つだけ言い忘れてたわ。望美、今日の夕方に裕人の店に来てたみたいだけど、あんまり私の男に近寄らないでちょうだいね」
嫉妬心、そんな含みを持たせた口調で言った。
「う、うん。わかった」
「それだけ。おやすみ」
そして、望美にとって長い長い苦痛の電話は終わった。
(金曜日。夜の七時。郡山駅前……)
今夜の美那子との電話で、望美はひとしきりの決心がついた。だが、最後の決め手となるなにかが足りなかった。
それは葛藤の渦を消してくれる、殺意のままに行動させてくれるために必要ななにかが。
望美は壁に付けられているフックに掛けられたバッグをチラリと一度見て、それから疲れた身体をベットに運んだ。
(今はゆっくりと休みましょう)
自分にそう言いながらベットに横たわり、低反発枕へと頭を沈める。
(そうだわ。寝る前に……)
望美は音楽プレーヤーに手を伸ばして再生ボタンを押した。
(なすがままに……なすがままに……)
流れてきた曲に合わせて頭の中で繰り返す。
(なすがままに。私はこの先なすがままに……)
言葉を繋ぎながら微睡みかけている途中で、望美は高校時代をふと思い返した。意識したわけではないが、突然に頭に入り込んできた。しかし、不思議と感情は穏やかさを保ったままで、なにも揺らいではいない。
眠りの世界に溶け込もうとしている最中だからなのか、憎しみを抱いているのに望美にはわからなかった。ただ、自分では気がついてはいないが、望美は「神様」というものの存在を想う時、波立った感情が穏やかになっていくようである。
(神様)
意識が途切れる刹那、望美は願った。
(本当に神様がいるのなら――)
その先を言いかけて意識は途切れ、今日という長い一日が終わった。
その夜、望美は夢をみた。
高校時代の思い出。
演劇部での日々。
美那子との絡み。
イジメの経験。
不良グループ。
全ての始まりの夢。
薄明かりに照らされながら望美は膝に顔を埋め、身も心もクタクタになった自分の渇いた叫びを息に変え、大きな溜め息を吐いた。
(行かなければよかった……)
渋谷に会いにいったことを後悔していた。
(余計に辛くなったし……)
悩みを語りかける友人のいない望美は、部屋の中で一人で本音をさらけ出す。
(今頃、二人はどうしてるんだろ?)
望美は微かに見える部屋の壁に掛けてある時計に目をやった。時刻はもう夜の九時をまわっていて、男女の恋人同士が過ごす一時としてベストな時間。例え今がそうでないにしても、この先二人の時間は濃いものとなっていくのは確かであった。そんな二人のことを想像しただけで吐き気が襲ってきた。
脳から発するストレスというシグナルが、自律神経で働く望美の胃に障害を起こした。
(音楽でも聴いて落ち着かないと)
左手で腹部を擦りながら、高校の頃から愛用しているコンポ型の音楽プレーヤーに手を伸ばして電源のスイッチを入れた。
ディスクを手早く交換し、番号を目当ての曲に合わせる。「キュルル、キュルル」とディスクを読み込む機械の音がしてから曲が再生された。
(こんな気分の時には、やっぱり『レット・イット・ビー』が一番ね……)
ピアノのメロディーに癒されつつ、吐き気を抑えながら膝に顔を埋める。
(なすがままに……なすがままに……)
曲に合わせて望美は頭の中で歌う。舞台に立ち、観客に語りかけるように歌う自分の姿を思い浮かべながら。
(私はこの先……)
その次の言葉は言わず、望美は曲のメロディーに心を乗せて一人薄暗い部屋の中で妄想の世界に浸る。
曲が終わり、もう一度再生して同じく繰り返す。
それから二時間ほどが経過し、何度もリピート再生し続けた曲は望美の脳に言葉を植えつけた。
(なすがままに……なすがままに……)
壊れた機械のように同じ言葉を頭の中で繰り返し続ける。
いつの間にか吐き気はおさまっていた。望美はベットから出て、パジャマに着替えようとタンスの引き出しを開ける。
その時、望美のスマホが鳴った。軽くビクッと反応したが、ただのスマホの着信、なにも驚くことはない。望美は枕元に置いたスマホを手に取り画面を見た。
いきなり望美の息が詰まり、それと同時に先程おさまった吐き気が戻ってくる。
電話の相手は美那子だった。
(な……なんで? どうして?)
思わずスマホを手から落としそうになった。
(この女が私に連絡してくるなんて……)
「Help」で美那子と再会した時に二人はスマホの番号とアドレスを交換したのだが、交換しただけで二人が連絡を取り合ったことは一度もなかった。
驚愕に立ち尽くす望美に理解の言葉は浮かんでこない。
(用事があるの? 私に? 一体どんな?)
鳴り続けているスマホを見詰めながら乱れた呼吸を落ち着かせようと深呼吸をする。
着信が止んでくれないかと、それから望美は十秒ほど待った。けれどもスマホは鳴り止まない。仕方なく望美は覚悟を決めた。
無視をしていても後々に残る。余計な面倒はゴメンだった。しかし、そんな「怯み」にも似た感情の中に「闘志」といった感情も入り交じっている。願わくば、この電話の最中に最後の糸が切れて欲しいと望んだ。
殺意にまみれた望美ではあるが人殺しにはなりたくない。それが望美を踏みとどまらせている。葛藤の渦に飲み込まれても、やがて原点回帰する自分の「人の心」というものが嫌であった。
望美は一拍おき、武者震いのように震えた手でスマホの通話ボタンを押してからソッと耳元に近づけた。
「もしもし! 望美?」
スマホを当てている左耳から反対側の右耳を貫くくらいの大きな声が望美の耳に響く。
「そ……そうだけど、どうしたの? い、いきなり電話なんか」
自分の声のトーンの強弱を上手く調整出来ないままに言葉を返す。
「いやいや、どうしてスグに電話に出ないの? かなり鳴らしたわよね?」
「怒らないで。ちょうどお風呂から出て着替えてたの」
「なるほど、そういうことね」
「うん、ごめんなさい……」
「まあいいわ。それにしても久しぶりよね。二ヶ月くらい前に裕人の店で再会した時も同じことを言ったけど」
「うん、そうだね」
「私から連絡しといてアレだけど、こうやって電話するの初めてじゃない?」
「そうだよね。言われてみれば初めて」
「高校の時はなんだかんだでお互いの連絡先なんかわからなかったし」
「うん」
「せっかく久しぶりに再会して連絡先を交換したのに、望美ったら一度も連絡してこないし」
「ごめんなさい」
「私、望美に嫌われてるのかなって考えたりしたし」
「い、いや、ううん。そんなことないよ」
「あらそう? でも高校の頃にヒドイことをしちゃったしなって気にしてたのよ」
「それは……」
「望美、今も恨んでるんじゃないの?」
「もう、昔の話だよ」
「ま、そうよね。終わったことよね。じゃ、許してくれるの?」
「許すとか許さないとか言われても」
「え、なに? 自分のことでしょ! 適当こかないでよ」
いきなり美那子の語気が荒くなる。ちょっと話がずれたり、自分の思い通りにいかないとスグに機嫌が悪くなるのは、高校からの美那子の悪い性格。望美はそれ以前の美那子を知っているわけではないが、そんな美那子の性格が大嫌いだった。
「ごめんなさい」
「そういうところ今も変わらないのね」
「うん、たぶん」
「まあ、なんでもいいわ。すべては終わった話よね?」
美那子は口調を強くして言った。
「うん」
「今は今よね?」
「うん……」
望美は、ただ一言一言を小さく返すだけで、自分の美那子にたいする憎しみを言葉にすることが出来ないでいた。
「はい、解決解決。これでおしまい。望美ったらイラつかせないでよね」
「うん、美那子さん」
「だから呼び捨てでいいわよ。高校の頃にも言ったじゃない」
「そうだったっけ?」
「相変わらず『さん』を付けるのね」
「変わらないでいいの。そのままがいいの」
このまま変わらずにいれば、望美は憎しみを弱めることなくいられる。憎しみがさらに強まれば葛藤の渦を消し去らせることが出来る。自分の心に迷いはなくなる。望美はそう考えていた。
「てか、そんな話はいいとして。さっき裕人とバイバイして暇だったってのもあるんだけど、実は私が電話した理由は望美にお願いがあるからなのよ」
美那子の言葉で望美はえもいえぬ不安に襲われた。
美那子の言う「お願い」とは、望美にとっては「命令」と同じだからだ。
「な、なにを?」
「明後日、飲み会があるのよ。それで望美にも来てほしいのよね」
「飲み会? 明後日?」
「そう。金曜日の夜なんだけど、望美って土曜日は仕事は休み?」
「そうだけど」
望美はそう言ってから自分の言葉に悔いた。どうして嘘をつき、土曜は仕事だと言わなかったんだろうと。
「よかった! なら来れるわね。どのくらい飲み会が続くかわからないし、次の日に仕事があったらキツイものね」
「でも私」
「なに? 予定があるとか言わないわよね?」
「それがあるの」
「ハイハイ、そんな嘘をつかなくてもいいわよ」
「本当なの」
「予定なんてないんでしょ!」
「友達と会うのよ。須賀川のほうにドライブしに」
「見破られる嘘をつかない! あんたに友達がいるとは思えないし、ドライブを楽しむタイプじゃないでしょ!」
「そんな言い方をしなくてもいいのに」
美那子の言葉が胸に突き刺さる。なにか言い返そうかと考えたのだが美那子の言っていることは正しく、嘘を見透かしたその言葉になにも言い返すことが出来ない。
「暇でしょ!」
大きな声が電話口に響く。
「うん……ごめんなさい」
「ね、わかってるんだから。それじゃ、金曜日の夜は飲み会ね。約束よ」
「わかった」
「はい決まりね。待ち合わせは郡山駅前の噴水のところにするわ」
「時間は? 何時に待ち合わせするの?」
「夜の七時よ。遅れないで来なさいよ」
「わかったわ」
「じゃ、金曜の夜にまたね。おやすみ望美」
「おやすみなさい」
そう言ってから電話を切ろうとした時、美那子が言った。
「そうそう。一つだけ言い忘れてたわ。望美、今日の夕方に裕人の店に来てたみたいだけど、あんまり私の男に近寄らないでちょうだいね」
嫉妬心、そんな含みを持たせた口調で言った。
「う、うん。わかった」
「それだけ。おやすみ」
そして、望美にとって長い長い苦痛の電話は終わった。
(金曜日。夜の七時。郡山駅前……)
今夜の美那子との電話で、望美はひとしきりの決心がついた。だが、最後の決め手となるなにかが足りなかった。
それは葛藤の渦を消してくれる、殺意のままに行動させてくれるために必要ななにかが。
望美は壁に付けられているフックに掛けられたバッグをチラリと一度見て、それから疲れた身体をベットに運んだ。
(今はゆっくりと休みましょう)
自分にそう言いながらベットに横たわり、低反発枕へと頭を沈める。
(そうだわ。寝る前に……)
望美は音楽プレーヤーに手を伸ばして再生ボタンを押した。
(なすがままに……なすがままに……)
流れてきた曲に合わせて頭の中で繰り返す。
(なすがままに。私はこの先なすがままに……)
言葉を繋ぎながら微睡みかけている途中で、望美は高校時代をふと思い返した。意識したわけではないが、突然に頭に入り込んできた。しかし、不思議と感情は穏やかさを保ったままで、なにも揺らいではいない。
眠りの世界に溶け込もうとしている最中だからなのか、憎しみを抱いているのに望美にはわからなかった。ただ、自分では気がついてはいないが、望美は「神様」というものの存在を想う時、波立った感情が穏やかになっていくようである。
(神様)
意識が途切れる刹那、望美は願った。
(本当に神様がいるのなら――)
その先を言いかけて意識は途切れ、今日という長い一日が終わった。
その夜、望美は夢をみた。
高校時代の思い出。
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