本当に神様がいるのなら

猫の手

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【芽生えモノ-2】

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(今日も疲れたなぁ……)

 部活が終わり下校するための準備を整えて、望美は校舎の入り口にある下駄箱の前でスリッパを脱ぎながら頭の中でぼやいていた。

(昨日に続いてなんでこんなに落ち込まないといけないの? 私は普通に生活してるだけじゃない)

 吐き出したい鬱憤を左手に込め、力を入れて八つ当たりのように下駄箱の戸を勢いよく開けた。

(なんで上履きがないのよ。どこかに置き忘れてるわけないし)

 望美はウンザリした様子で自分の靴を取り出し、借りているスリッパを中に入れてから戸を閉めた。

(明日と明後日は土日で学校が休みだから来週の月曜日には必ず購買部で上履きを買わないと。いつまでもスリッパのままじゃいられないわ)

 トントンとさせながら靴を履いた。

(早く帰らないとお母さんが心配しちゃう。今日は寄り道しないで帰らないと)

 スマホを開いて時間を確認してから薄暗い校舎から外へと出た。

(え? あ、やだ。雨が降ってる)

 大降りでも小降りでもないが、雨はザーザーと音をたてて、学校の駐車場や校庭のグラウンドを水浸しにしていた。

 一瞬だけ焦った望美であったが、今朝、家を出る前に母親に言われて傘を持ってきたことを思い出しホッと息を吐いた。

(雨が降ってなかったら学校に傘を忘れたまま家に帰ってたわ)

 望美は傘立ての場所に向かった。

(本当は自転車に乗りながら傘を使っちゃダメなんだけど仕方ないわ。風邪をひいたら大変だもの)

 都合よく自分の中で納得して、自分の傘を探した。

(あれ、私の傘……)

 確かに自分で置いたはずの場所から傘が消えていた。



 月曜日の朝、望美は学校へと行くために毎日の登校コースである「新さくら通り」を自転車で走っていた。

 顔には一応マスクを着用し、時々軽く咳き込みながら痛む喉で顔を歪めたりしている。

(はぁ……病み上がりはダルイなぁ)

 金曜日の帰り、望美はあれから傘をくまなく探したが見つからず、仕方なく雨に打たれびしょ濡れになりながら家へと帰り、そのせいで風邪をひいてしまった。

 土日はもともと学校が休みであったが部活はある。風邪をひいてしまったために部活を休むハメになり今週の水曜日に「ミドリの導火線」の配役決定を控えている望美にとってはかなりの痛いロスであった。

(本当に私の傘はどこに消えたのよ)

 重ね重ねの嫌な出来事で望美のストレスは膨らんでいた。

(一体なんなのよ? 本当にやだなぁ)

 そんな、朝から憂鬱な気分であるが、一日を頑張る気力は残されている。

(明後日に配役が決まるんだから部活を頑張らないと。嫌な出来事に負けられないわ)

 病み上がりで体力の落ちた身体に力を入れて自転車のペダルを強く踏んだ。しばらくして学校に着いた望美はスグに自転車を置いてから校内へと入っていった。

(あ、そうだ。上履きを買わないと)

 下駄箱の前で靴を脱ぎながら思い出した。

(朝礼が始まるまでは余裕があるし、今ならまだ購買部はやってるわ)

 スリッパを履き、パタパタと音をたてながら購買部へ向かう。購買部に着いた望美は財布を鞄から取り出して、自分のサイズの上履きを買い終えた。

(これでスリッパともバイバイ出来るわ)

 早速、廊下で上履きに履き替えてから次に職員室へと向かった望美は、御礼をしてスリッパを返却してから二階にある自分の教室へと急いだ。

(時間に余裕をもって来たのに、なんだかワタワタになっちゃったわね)

 そんなことをぼやきながら教室の扉を開こうとしている望美の後ろから声がした。

「田辺、遅刻ギリギリだぞ」

 そう言ってきたのは担任の「谷口武夫たにぐちたけお」だ。いつも時間通りに教室を出入りする、タイミングの悪い教師である。

「すいません。色々とあったので」

「そうか、まあいい。早く教室に入りなさい。朝礼のチャイムがあと一分三十秒で鳴る」

「はい。わかりました」

 谷口の言葉を聞いて、望美は谷口がいつもこうやって腕時計を見ながら時間通りに行動しているのだろうと思った。

「そうだ田辺。二時限目終わりの休み時間に職員室に来なさい」

「え、どうしてですか?」

「大事な話がある」

「大事な話? もしかしてスリッパを借りてた話ですか」

「そうじゃない。お前のことについてだ」

「私の? 一体なんの……」

「わかってるんじゃないのか、ん?」

 望美の心を探るようなしかめっ面で谷口は言った。

「全然わかりません」

「まあいい。とりあえず休み時間に職員室に来るんだ」

「はぁ……わかりました」

 望美はコクリと頷き言った。

「ところで風邪でもひいたのか? マスクなんかして」

「あ、はい。でも今は喉が痛いくらいで」

「そうか。とりあえず話は終わりだ。早く教室に入りなさい」

「は、はい」

「よし、時間だ」

 谷口がそう言ったのと同時に二人は教室に入り、それと同じくしてチャイムが鳴った。



 一時限、二時限と授業中の気分は最悪だった。新しい一週間の始まりである月曜日の今日なら、先週から始まった嫌な出来事は起きないだろうと考えていた。しかし、授業中に女子達から向けられる敵意を剥き出しにした視線は相変わらずで、全くなにも変化はない。

 病み上がり、そのうえ休み時間にわけもわからずに職員室に行かなければならない望美にしてみれば、今日という一日は最悪な気分で過ごさなければならなかった。

(もう、めんどうだな)

 苛立つ感情のまま望美は教室から出て、谷口に言われた通りに職員室へと向かった。

 望美はコンコンと職員室の扉をノックしてから中へ入る。

「あの、谷口先生に言われて来たんですけど」

 近くの机でファイルに用紙を閉じている最中の別のクラスの女性教師に言った。

「谷口先生? なら、あちらにいるわよ」

 女性教師は窓際にある机で静かに座っている谷口を指差して言った。望美はペコリとお辞儀をしてから谷口のところへ向かう。

「先生、話って?」

「ん? あ、ああ、来たか田辺。それじゃこっちに来てくれ」

 谷口はイスから立ち上がり、職員室の奥にある扉の方へと歩いていった。望美は言われるがままに後ろについていき、扉を開いた谷口に促され中へと入る。

 室内には正方形をした四つ足のテーブルと二つのイスが置かれていて、まるで警察の取調室のように中は薄暗く狭かった。

「座ってくれ」

「はい」

 望美は素直に従いイスに座った。

「それで早速なんだが、前もって言わせてもらうと先生がなんの話でお前を呼び出したのかわかるか?」

 そう言いながら谷口もイスに座り、二人はテーブルを挟んで向かい合う形になった。

「それは朝礼の前に廊下で言ったようにわかりません」

 望美は普段学校では座り慣れないパイプ型のイスをギシギシと音をたてながら言った。

「そうか……とぼけるのか」

「とぼける? あの、なにをですか?」

「わかってるんじゃないのか」

「ですから全然」

「本当か?」

「あ、やっぱり、スリッパを借りていたことについてとか?」

「だから違う。ところでどうしてスリッパを借りてたんだ? 上履きを無くしたのか?」

「そういえば先生には話してなかったですね。なんか私の上履きいつのまにか無くなってたんですよ」

「そうなのか?」

「はい。あと、傘も無くなってたんです。そのせいで先週の金曜日にびしょ濡れになっちゃって、おかげで風邪をひいたんです」

「なるほどな。しかし、今はその話はどうでもいい。もっと大事な話がある」

「そんな冷たいです」

「仕方がない。それに先生に言わせてみればお前の上履きや傘が無くなったのは自業自得だと思う」

 谷口はトゲのある厳しい口調で望美をジッと見ながら言った。

「自業自得って……そんなどういう意味ですか?」

「要は自分が悪いって意味だ」

「そうじゃなくて、なんでそうなるんですか? 私はなにもしてないです」

「そんなはずがないだろう。心当たりがあるはずだ」

「だからなにも」

「ふむ、そうか。お前がそういう考えならハッキリと先生の口から言わせてもらう」

「なにをですか」

 谷口は四拍ほど黙ってから口を開いた。

「田辺、お前はイジメをやってるだろう」

「はい?」

 思わず望美は素っ頓狂な声で返してしまった。

「不良グループと付き合いがあるんだろう?」

「あの……え?」

「とぼけるんじゃない。お前は不良グループと付き合いがあって、そいつらに頼んで嫌いな生徒をイジメてるんじゃないのか?」

「先生、意味がわかりません」

「クラスの女子達が先生に相談してきたんだ。田辺、お前にイジメられてるってな」

「は?」

「お前が頼んだ不良グループに暴力を受けたんだそうだ」

「な、なんの話をしてるのかわかりません!」

「田辺! 暴力は立派な犯罪だ! お前のしていることは立派なイジメなんだぞ!」

 谷口の強い口調に少しの怯みを見せた望美であったが、そんな中で今までわからなかった謎が一つだけ解けた。

(話についていけないけど、クラスの女子達の顔にアザがあったのはそういうことね。多分、千佳子ちゃんも……)

 望美はやりきれない気持ちに襲われた。

「一体どうしてそんなことをするんだ。彼女達がお前になにかしたのか?」

「なにもしてませんし、なにもされてません」

「だったら、どうして暴力を使ったイジメをするんだ。ましてや不良グループに頼んだりしてまで」

「付き合いなんかありません。なにも頼んだりしてません」

「嘘をつくな! そんなはずがないだろ!」

「頭ごなしに決めつけないでください! 先生はどうしてそう思うんですか?」

 普段は会話の中で相手に反論することのない望美でも、こればかりは黙っているわけにはいかなかった。

「さっきも言ったが彼女達が先生に相談してきたんだ。全てを話してくれた」

「なにをですか?」

「お前に頼まれた不良グループが自分達に暴力を振るってきたってことをだ」

「いや、ですから、頼んでません。それにその根拠はなんなんですか?」

「根拠? 本人達がそう言ってたそうだ」

「本人達? クラスの女子達がですか?」

「違う。不良グループの奴らがだ」

「なにを言ってたんですか?」

「自分達は『田辺望美に頼まれた』と。だから自分達は暴力を振るったと。そう言っていたそうだ」

「は? あの、な、なんですか、そ、そのデタラメ」

 望美は混乱して口が回らなかった。

「痛めつけたあとで彼女達にそう言ってきたらしい」

「そ、そんなのデタラメです! 私はそんなことを頼んだ覚えがありません!」

「なら、彼女達が嘘をついていると言うのか?」

「きっとそうです!」

「そんなバカな話があるか! 顔に痛々しいアザがある彼女達が嘘をつくとは思えない」

「それじゃ、きっと不良グループが」

「わざわざお前に頼まれたことを教える意味がわからない。普通に考えてあり得ないだろう。バカバカしい」

「でも私は!」

「もういい!」

 谷口の怒りのこもった言葉で室内に沈黙が漂った。

 数秒してから谷口は口を開く。

「田辺……よく考えろ。やっていいことと、ダメなことをだ」

「先生……私は」

「お前の将来のために言ってるんだ。やってしまったことはちゃんと解決しないといけない。だからシッカリと彼女達に謝るんだ」

 望美は下を向き黙り込んだ。

「お前のしたことはイジメと変わらない。先生は一番卑劣な行為だと思っている。お前が相手の立場だったらどう思う」

 なにも言葉は返さずに黙り続けた。

「さっきお前は自分の上履きや傘が無くなったって言ってたな? もしかしたらだが彼女達がお前に仕返しをしてきたのかもな。だが、それは先生が言ったように自業自得だ。厳しいようだがそうなって当然だと思うぞ」

 望美の目からは涙がポツポツと膝の上に落ち始めた。

「反省の気持ちがあるなら自分でどうするべきかわかるな? このことはお母さんには伝えないでおいてやるから」

「わ、わかりません」

「田辺!」

「私はなにもしてない!」

 悲痛な感情をあらわにし、望美は涙声でそう言ってからガタッとイスから勢いよく立ち上がった。

「田辺! 待ちなさい!」

 谷口の言葉を背中で聞き流し、望美は室内から外へと飛び出して職員室から出ていった。

(もうなにもかもが嫌……)

 泣きじゃくりながら廊下を走り抜け、まだ休み時間中の教室に戻って自分の鞄などを手に取り、それから自転車置き場へと走った。

(今日はなにも頑張れそうにないわ……)

 そう思ったものの、自転車置き場で一度立ち止まる。

(でも部活が。今が一番大事なのに)

 葛藤が望美の中に生まれ、帰るのを少しためらった。

 二分ほどばかりの時間、その場で立ち尽くしながら望美は自転車置き場を見詰め考える。

(やっぱり部活を頑張らないとダメね。これだけは絶対に負けられないわ)

 校内に戻ろうと踵を返そうとした時、自転車のタイヤの異様な姿が目に入ってきた。

 望美の前輪と後輪の両方がカッターで切られたかのように裂けていた。
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