木霊師は笑わない 

右京之介

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木霊師は笑わない (後編)

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   「木霊師は笑わない」 (後編)       
   
                         右京之介

前編からのつづき。

 アスレチック公園予定地で、丸太とロープでグルグル巻かれた遺体が発見されたのは、それから三日後のことだった。土日は工事が休みだったため、月曜日の朝に出勤してきた作業員が見つけた。勝手に入り込まれて、勝手に死なれたのだから、迷惑な話だった。子供たちが楽しく集うはずの新しい公園に、気味の悪い死体が見つかって、関係者は頭を抱えた。多くの税金が投入されているのに、閑古鳥が鳴いているようでは、市民の反発も免れない。まずは、警察にこの事故か事件を早急に解決してくれることを祈り、できれば、改装オープン日までには、市民に向けて、安全安心を宣言したいと、関係者全員が願った。

 月曜の朝。改装工事中だが臨時閉鎖された市民公園内。
 岩鏡警部は丸太とロープで巻かれた遺体をじっと見下ろしていた。
 座り込んでいた打水刑事が見上げて訊く。
「警部、何か分かりましたか?」
「まったく、分からん」
「エイリアンはどうですか?」
「見たところ、痕跡はないな」
「確かに、エイリアンが這ったような跡は見当たりませんし、奴が食い破ったような体の穴もありません。よって、これは人間による犯行ということですね」
「またしても、エイリアンではないということか。俺の推理はいつになれば当たるのか」 
 建設中の吊り橋の北の端で足元にある二本の丸太が外れ、一人の男がロープでグルグル巻かれたまま、橋の下の池の中で死んでいた。一方、南の端には二本の丸太と切断されたロープが落ちていた。ここには誰も倒れておらず、なぜか包丁が一本落ちていた。北の端から南の端までは約二十メートルある大きな吊り橋だった。
「どうやったら、こんな状況になるんだ?」
 岩鏡は独り言のようにつぶやくが、打水にも分からない。遺体は駆け付けた鑑識と医者に任せて、少し離れた所まで二人は移動した。ちょうど、木の切り株が並んでいたので腰かける。おそらく、切り株から切り株へとピョンピョン飛んで行く遊具だろう。
「では、整理するぞ、打水。質問があればその都度、言ってくれ。まずは、吊り橋の北端と南端で何かが起きた。その間は約二十メートルだ。北端では遺体が、南端では包丁が見つかった。医者がさっと見たところで、被害者は五十歳くらいの男性。死亡推定時刻は昨日の夕方。持っていたカードから上野作治という名前だけ分かった。しかし、詳しい身元は調査中。南端に落ちていた包丁は新品と思われ、血痕などの付着はなく、目撃者はなし。近所で悲鳴などを聞いた者もなし。――ここまではいいか?」
「はい。事故ではなく事件でいいのでしょうか?」
「そうだな。まだ完成途中だからといっても、橋を渡っていてロープが自然に絡まったとは考えにくいし、遺体を発見した作業員に聞いてみると、ロープは丸太と丸太を堅く結んでいたそうだ。自然に外れることはないくらい強く縛ってあったらしい。そりゃそうだろ。簡単に外れたら落っこちるからな。何者かがロープで遺体を巻いたんだ。だから、事故ではなく事件だ」
「では、他殺でいいのでしょうか?」
「自殺はありえんな。グルグル巻きに縛られていたからな。あれは自分ではできんし、体にロープを巻く必要はない」
「死因は何でしょうか?」
「丸太が頭部に当たったことによる失血によるショック死。あるいは顔が水に浸かっていたことによる溺死だな。どちらかが先のはずだ。詳しくは今、調べてもらっている」
「その際、ロープで縛られていたということでしょうか?」
「そうだ。身動きを取れなくして丸太で殴ったに違いない」
「そのまま殴った方が手っ取り早いと思いますが」
「被害者がすばしっこかったのだろうよ」
「だったら、被害者は逃げたらよかったのに」
「それもそうだな」
 奇妙な状況下で起こった事件のため、うまく整理ができないベテランと若手の刑事コンビ。事件の検証はまだ続く。
「なぜ、改装中の公園なんかにいたのでしょうか?」
「犯人に呼び出されて、殺されたのかもしれんな。大人があんな所に入り込まんだろう」
「だったら、知り合いの可能性がありますね」
「ああ、犯罪なんて、だいたい知り合いが犯人だ。そこで、スマホを鋭意解析中だ」
「南端でも何本かのロープが外れて、数本の丸太が抜けて転がってましたよね。北端と南端の関連がよく分からないのですが」
「そこだな、問題は。被害者は二人いて、それぞれ橋の両端で縛られていた。上野作治は殺されて、南端にいた人物は自分で包丁を使ってロープを切って逃げたのだろう」
「上野を見捨ててですか?」
「ああ、そうなるな。冷たい奴だ。世間なんてそんなもんだ」
「順番を検討しますと、まず北端で上野を捕まえて、ロープで縛って殺した。それから、南端に行き、もう一人の人物を縛って、殺そうとしたが、何らかの事情で逃げられた。あるいは逆に、南端の人物を縛ったが、うまく逃げられた。しかし、北端の上野は首尾よく殺すことができた。こういうことですかね」
「なんか、おかしいな。なぜ、北端と南端に分けなきゃならんのだ?その間は二十メートルもあるんだ。行き来するだけでも、息が切れそうじゃないか。二人まとめて縛り付けた方が楽だぞ。このあたりの事情は南端にいた人物を探し出して、上野との関係を聞き出すしかないな」
「では、犯人の動機は何でしょうかね?」
「それも問題だな。殺された男の財布は数万円が入ったまま、上着のポケットに入って残されていた。カード類も多数入っていたのだが、手は付けられていない。スマホも池の水に浸かっていたが、盗まれてない」
「つまり、強盗目的ではないと?」
「怨恨の線が濃厚だな。二人に何らかの恨みを持っていて、まとめて殺そうとしたのかもしれんな。怨恨ではないとしたら、縛って、ぶん殴って、喜ぶ愉快犯が、偶然にも二人を見つけて、北端と南端に縛り付けて、もてあそんでいたかだ。愉快犯の心理はさまざまで、中にはよく分からん奴もいるからな」
 そのとき、鑑識がやって来た。
「警部、南端で見つかった包丁から指紋が取れました」
「何!素手で掴んでいたのか?」
「そのようです。鮮明な指紋がいくつかありますが、大きさからして、女性と思われます。それと、包丁は新品と思われます」
 鑑識はそれだけ言うと、また戻って行った。
「女性!?――そうか。上野を放って逃げた理由が分かったぞ!犯人は男で、助けに行ったとしても、到底勝ち目がないと思ったからだ」
「だったら、なぜすぐに110番しなかったのでしょうか?」
 打水が疑問をぶつける。
「それもおかしいな。今日になっても、その女性からと思われる人物からの通報はないな。やはり、世間は冷たいものだな」
「面倒なことに巻き込まれたくなかったのでしょうか?」
「ああ、それはあるな。だがな、ロープに巻かれるなどして、ひどい目にあってるはずなんだ。通報しないのはおかしいな。しかし、女性の身元は新品の包丁からたどれるかもしれんな」
「通報がないということは、二人は知り合いではないということですね」
「そうだな。知り合いが犯人じゃないこともある。行き当たりばったりの通り魔だ。犯人が偶然、あの辺を通りかかった二人を、公園内に引きずり込んだのかもしれんな。――いや、待てよ。その女性と犯人はグルだったとしたらどうだ。上野を殺すために、女が公園へ呼びつけたんだ」
「女性は包丁でロープを切断して逃げたのでは?」
「それが俺たち警察を欺くトリックなんだ。共犯者なのに被害者を装っていたわけだ」
「そんな複雑なことをしなくても、誰も見てないのですから、さっさと、二人で殺せばいいと思いますが」
「そうかねえ。そうだなあ。ああ、きっとそうだ」
 岩鏡自慢の推理はまたも外れた。

 岩鏡警部と打水刑事のコンビは、包丁の線から聞き込みを始めた。包丁の写真を金物屋で見せると、これは万能包丁と呼ばれるものだと分かった。野菜用や肉用など用途が決まった専用包丁と違って、何にでも対応できるから万能包丁と呼ばれているらしい。しかし、個人の小さな金物屋ならともかく、ホームセンターなどでは購入者が特定できない。これでは、近くのホームセンターの防犯カメラを一つずつ当たるしかないのか。そんな時間はないし、人員も割けない。どうしたものかと聞き込みを続けているうちに、昨日、公園近くの大型スーパーの催事コーナーで、万能包丁の実演販売をやっていたことを突き止めた。 
 さっそく店長に話を聞きに行ったが、販売は昨日のみで、万能包丁は百本以上売れたという。当然、購入者の特定はできなかった。しかし、包丁の写真を見せたところ、ここで昨日、販売した商品で間違いないと分かった。
 現場に残されていた万能包丁の購入先は分かったが、購入者であり、被害に遭っていたと思われる女性の情報は集まらず、二人はいったん署に戻ることにした。
「一本五千円の包丁が一日に百本も売れるのか?」岩鏡は驚いている。
「なんだか、カリスマ実演販売士というらしいですよ」
「そうか、そんなに儲かるのなら…」
「警部。再就職のことを考えてませんか?」
「もうすぐ定年だからな。第二の人生のことも考えておかないとな」
「いよいよ来年ですからね」
「六十五歳の年金支給までの空白の五年間を、どうやって埋めるかなんだ」
「ですが、警部が実演販売をやったなら、押し売りになりそうですね」
「ああ、売りまくってやるわ。お前も買いに来いよ」
「包丁は家に三本ありますから」
「三本も四本も同じだろ」
 
 二人は署に戻ってみたが、被害女性の情報は入っておらず、本人からの被害届も出ていない。指紋の該当もなかったため、前科はないということだ。一方、男性の身元はスマホから割れた。上野作治、五十五歳。市内に住む無職の男性だが、こちらも前科はなく、スマホにも犯行の手がかりになる情報は残されてなかった。それにより、犯人に呼び出されたのではなく、たまたまあの場所を通りかかって被害に遭ったという説が有力になった。同じく、もう一人の女性も行きずりの犯行に巻き込まれたのではないかと思われた。
「定時に仕事が終わって、スーパーに寄って、包丁を買って、公園脇を通って帰る。ならば、自宅はその先だな。明日は公園の北部方面の聞き込みをしようや」
 岩鏡は打水にそう言うと、疲れた顔をして帰って行った。一日歩き回っても、大した収穫がなかったのだから、疲れて当然だろう。若い打水の顔も疲れていた。
 しかし、翌日の聞き込みは不要になった。
 被害女性の身元が分かったからである。
 通報してきたのは医者だった。転んで手と首にケガをしたという女性患者が来たのだが、どうもおかしい。転んでできる跡ではない。転んでも、手と首へ同時に傷は付きにくいし、どう見ても、手の傷は服の上から何かが擦れた跡で、首の傷はロープのような物に巻かれてできた跡のようだという。これはDVではないのか。ロープで首を絞められてできた傷ではないかと、医者が警察に連絡してきたのである。
 二人の刑事はすぐにその女性の家に向かった。

 「怖くなって逃げました」
 家には来てほしくはないと言われたため、近くの喫茶店に呼び出した大手信販会社に勤務するという女性、敦盛そう子は、そう言って目を伏せた。真面目そうな女性である。首にスカーフを巻いている。一目見て、この女性はウソをつかないと岩鏡は思った。広くて混んでいる喫茶店のため、一番隅に陣取っている三人を気にするような客はいない。
 昨日の夕方、仕事の帰り道。改装中のアスレチック公園を通りかかったとき、偶然にもフェンスが一部開いていることに気づいた。かねてから興味があった公園だったので、少しくらいいいかと思い、誰もいなかったため、勝手に園内へ入ってみた。
「つまり…」岩鏡が訊く。「誰かに誘われたのでなく、敦盛さんの意志で入ったんだね?」
 岩鏡が事情を聞き、打水が記録していく。
「はい、そうです。それで大きな吊り橋が目に入ったので渡ってみようと…」
「吊り橋を選んだのも、敦盛さんの意志だね?」
「はい、そうです」
「打水、ここは重要だぞ」
 打水は女性の横に座ってメモを取っている。
「それで、丸太の上をしばらく歩いているとき、急にバランスを崩したかと思うと、ロープが首に巻きついてきて、ロープから外れた二本の丸太も空中に舞い上がりました。首のロープがどうしても外れなくて、もがいているうちに、さっき包丁を買ったことを思い出して、とっさに切断して助かりました」
「あなたの包丁は現場に落ちてましたよ」
「すいません。気が動転していたもので、そのままにして、走って帰りました」
「北の端にいたはずの男性の状況を教えてくれるかな?」
「それが…、その男性の存在は知りませんでした」
「えっ!?気づかなかったということ?」
「はい。暗くて遠かったからです」
「まあ、端から端まで二十メートルほどあるからな。では、もう一つの事件のことは知らなかったということ?」
「はい。殺人事件があったことなんかまったく知らないで、ネットニュースを見て驚きました。あのとき、そんな男性は見てないし、他の人物にも遭遇してませんでした」
 つまり、二人は見ず知らずの関係ということか。
 岩鏡は頭を捻る。打水が横から写真を見せた。
「被害者はこの男性です。名前は上野作治さん、五十五歳。ずっと更新されていないSNSからの写真ですから、かなり古いですけど」
 打水は写真の顔と、昨日見た遺体の顔を頭の中で比較する。髪型は変わってないし、面影は残っている。敦盛はじっと写真に見入る。殺された人物の写真のため、困惑するかもしれないと思ったが、ちゃんと見てくれている。
「――いいえ。面識はありませんし、上野作治さんという名前にも聞き覚えがありません」
 ふたたび、岩鏡が尋ねる。
「敦盛さんは信販会社に勤務されてますね。上野さんが顧客ということはないですか?」
「顧客と言われましても、うちの支店だけでも数千人いらっしゃいますから。でも、調べることは可能です。ただし、私の一存では無理です」
「そうでしょうね。もし、必要なら警察から会社へ正式に捜査依頼を出します。他に何か気づいたことはないですか。どんな些細なことでもいいですよ。事件とは関係なさそうなことでも結構です」
「――でしたら、些細なことですが、橋を渡る前に水の音がしました。バシャ―ンと」
「それでどうしました?」
「ネコか何かが池に落ちたのかなと思って、しばらく耳を澄ませていたのですが、何も起きなかったので、そのまま気にしないで渡りました」
 おそらく、その音は上野が池に落下した音だろう。
 つまり、犯人は上野を殺してから、敦盛さんの所にやって来たということか。
 犯人が来る前に、敦盛さんはロープを抜け出して逃げたのか。
 それとも、敦盛さんを何らかの罠にかけてから、上野を殺しに行ったのか?
 いったい、どうなっているのか分からない。
 しかし、すぐそばに犯人がいたとしたら、敦盛さんはあやうく一命を取りとめたことになる。何も見ていないと言っているが、命が助かっただけでも幸運ということだ。
「先ほど、ロープが首に巻きついてきたと、おっしゃいましたね」
「はい。偶然引っかかったのではなく、ほどけたロープが首に巻き付いて来たからです。それは生きてるかのようでした。ヘビが巻き付いてくるようでした。あまりに変なので、何か機械仕掛けでもしてあるのかと思ったくらいです。こんなアトラクションなのかと。でも、ロープを見ても、吊り橋を見ても…」
「何の仕掛けもなかったと。しかし、敦盛さんが切断したロープですがね、鑑識でも調べてみましたが、何の細工もされていない普通のロープでしたよ」
「いいえ、違うんです。主体は丸太です。二本の丸太が、ロープを手下にして操っているように見えました」
「二本の丸太が主体?」
「はい。信じてもらえないでしょうが、意志を持った丸太が宙に舞って、ロープに命令を下して、首に巻き付け、私を殺そうとしたのです」
「その二本の丸太も回収して、鑑識に回してます。X線で内部まで撮りましたが、何も映ってませんでした」
 X線と言ったところで、岩鏡は気づいた。
 あの木刀、コテツもX線を撮った。
 続けて木のX線を撮影するとは奇妙な出来事だ。二つの事件には、何か関連があるのかもしれない。
「でも、私は確かに丸太とロープに襲われたのです」
「だが、何の仕掛けもないただの木とロープでした」
 岩鏡は敦盛の目をじっと見る。
 いったい、この女性は何を言ってるのか?
 丸太が命令している?ロープが生きている?
 女性の見た目と違い、言ってることがおかしい。
 だが、目は真剣だし、口調ははっきりしている。
 おそらく怖い目に遭ったため、いまだ、頭の中が錯綜しているのだろう。
「そうですか」敦盛の声は小さくなる。「警察に通報しなかったのは、それが理由です。周りに誰も人がいないし、何も仕掛けがないのに、襲って来た丸太とロープに殺されそうになりましたと言っても、信じてもらえないと思ったからです」
「その後、あなたはどうしていたのですか?」
「もう、あの辺りには近づかないようにしようと思って、会社からの帰りのルートも変更しましたし、あまりにも気味が悪いので、買ったばかりの包丁も取りに戻らなかったのです。ただ、首の傷の痛みが消えないので、お医者さんに行きました」
「傷はどうだと?」
「炎症を起こしているというので、塗り薬をもらいました。四、五日したら治るそうです」
 敦盛はそう言って、首のスカーフを外して、傷跡を見せてくれた。 
 首の周囲には数本の赤い線ができていた。
 それは、彼女が死から生還した証だった。

 敦盛からの聞き取りを終えて、署に戻った岩鏡と打水だったが、木刀事件のときに襲われた自転車の男の身元が判明したという報告が届いていた。防犯カメラの映像から割り出したらしく、他の捜査員が聞き取り調査に向かった。その人物は市内に住む男子大学生で、陸上部のトレーニングの一環として、早朝に自転車を漕いでいたのだが、暴走族らしき男のバイクを追い抜いてから、あおり運転をされて、木刀で殴りかかられたという。とっさにブレーキを踏んで木刀を避けたのだが、その後は分からず、また追いかけて来るんじゃないかと思って、必死で逃げたとのこと。死亡事故として報道されたのは知っていたが、自分は被害者であり、そのときはバイクにかすってもいないので、相手が勝手にバランスを崩して転んだと思い、無関係なので名乗り出なかったという。また、相手はどう見ても暴走族だったので、自分は悪くないとはいえ、仲間からの逆恨みを恐れたらしい。ただ、自分たち以外の人には会わなかったという。
 その後も捜査を続けたが、この学生と死亡した松虫十二郎との関連はなく、偶然通りかかって因縁を付けられただけだと結論付けられ、結局は、事故だったという以前からの捜査結果に戻ってしまった。

 吊り橋事件のことは、敦盛の話を聞いて、余計に混乱してわからなくなっていた。岩鏡が、もう一度事件を振り返る。聞き手はメモを持った打水だ。
「吊り橋の北端で事件が起きた。敦盛さんはバシャ―ンという水の音を聞いた。そのとき、北端には犯人がいたはずだ。上野を丸太で殴りつけて、池に落ちたのを見届けると、南端に向かうはずだ。ところが、そのとき、南端にいた敦盛さんは包丁を片手にロープと格闘していた。なぜ、上野に対してやったように、丸太で殴りつけるなどして、トドメを刺さなかったのか?それどころか、彼女は誰も姿も見ていないと言う。いったい、どうなってるのか?」岩鏡は打水を見るが、
「うーん。どうなってるんでしょか」打水の頭も回らない。
「そもそも、あの時間、フェンスに囲まれた公園には人がいなかった。だから、敦盛さんは誰も見てなかった。公園にいたのは上野と敦盛さんの二人だけだった。上野の存在は、敦盛さんが聞いた水の音で証明されるとして、犯人がいたとする痕跡がないんだよ」
「だったら、木ですか。警部、また木が関連してますよ」
「三つの事件すべてがそうなんだ。一人目が木くず遺体、二人目が木刀遺体と来て、今度は丸太遺体とはな。丸太と言えば、意志を持った丸太って何だよ。しかも、ロープに命令を下していた?丸太が主犯でロープは共犯だった?――あのネエチャンは何を言わんとしてるんだ?」訳が分からなくなっているため、思わずネエチャンと言ってしまう。
「しかし、敦盛さんの首の傷は本物でしたよ。自分で傷を付けて、スカーフで巻いてなどという小細工をする必要はありませんから、やはり、彼女は被害に遭ったのですよ」
「俺も彼女を信用したいのだがな。どうも最近は変な事件が多すぎる」
「科捜研からの報告によりますと、第一の事件の木くずも第二の事件の木刀も第三の事件の丸太も、鑑識が調べた通り、何の変哲もない木だそうです」
「――だと思ったわ。何か、この世のものとは思えない何かが絡んでるんだ。いや、この地球とは思えない何かかもしれんな」
「例のエイリアンですか?」
「ああ。証拠はないが、その可能性もまだ捨て切れない。いまだに足跡は見つからないが、そのうち不気味な尻尾を出すかもしれん」
「それにしても、敦盛さんと自転車男の証言が取れてよかったですね」
「言ってみれば目撃者だな。誰も犯人らしき人物を見ていないという目撃者だ。お蔭さんで、分からないことだらけだったが、分かったことも出てきた。三つの事件の共通点としては、さっき打水が言った通り、木が関係していること。しかし、X線で何も写らないこと。目撃者がいないこと。動機が不明なこと。ただし、金品が目当てではないこと。それに、犯行時間はバラバラだが、場所は半径一キロ以内で起きていることだ。しかし、被害者の職業はサラリーマン、暴走族、無職とまちまちで、年齢も二十八、二十一、五十五とバラバラで、三人に何ら接点は見つかってない。もし、これら三つの事件の犯行が、たった一人の人間の仕業だとすると、この街始まって以来の大事件になる」
 二人の刑事は遅くまで話し合っていたが、解決の糸口は見つからず、また、新しい情報も入って来ず、途中経過の報告書をまとめて提出し、クタクタになって署を出た。
 報告書には、はっきりと、事件に“木”が関連していると明記されていた。
 しかし、それを上層部がどう判断するかは分からなかった。

 翌日の午後、岩鏡と打水は署長から呼び出された。
 五階にある署長室まで階段で上がる二人。エレベーターの入口に“健康と節電のため階段を使いましょう”と貼ってあるのだから、仕方がないのだが、定年間近の岩鏡には辛い階段である。
「何で、われわれ二人が署長に呼び出されるんだ?打水、お前、なんかやらかしたのか?」
 息を切らしながら岩鏡が訊くが、打水は平気な顔で上っている。
「いいえ。心当たりはないです。警部はどうですか?」
「山ほどある」
「やっぱり」
「その中のどれが原因かは特定できないのですか?」
「いや、多すぎて無理だ。順番に思い出してるんだがな。――いや、もしかしたら、捕まえたコソ泥がなかなか自供しないから、頭に来て向こう脛を蹴飛ばしてやった件かもしれんな」
「蹴飛ばしたのですか?」
「ああ、取り調べの時に腹が立って、蹴飛ばしてやった。そしたら、コソ泥の野郎、訴えてやると息巻きやがって、仕方なく、カツ丼をおごってやるからと言ってなだめたんだ」
「おごったのですか?」
「ああ、中華丼をな。どんぶりのフタを開けた瞬間の顔は見ものだったぞ。カツはどこだ!と叫びやがったので、お前の体のことを考えて野菜たっぷりの中華丼にしてやったと言ってごまかしたのだが、何を勘違いしたのか、その言葉を真に受けて、オイオイ泣き出したんだ。刑事さんは俺の体のことまで心配してくれるのですか。そこまで人にやさしくされたのは初めてですってな」
「それでどうなったのですか?」
「全面自供だ」
「それはハートフルなエピソードですよね」
「新聞の“ちょっといい話”に匿名で投稿しようと思ったくらいだ。だが、すぐにバレると思ってやめたんだ」
「日本の警察は優秀ですから、投稿者を探し出すでしょうね」
「掲載謝礼の図書券を没収されたらショックだからな」
「そんないい話でしたら、呼び出しの理由じゃないんじゃないですか?」
「そうだな。二人で呼び出されたということは、お前も関係してるんじゃないのか?」
「えっ、私もですか?警部とコンビを組んで、だいぶ経ちますけど、確かに、いろいろありましたからね。万引き犯を二人で挟み撃ちしようとして失敗した件ですかね?」
「挟み撃ちの失敗は五回以上やらかしてるぞ」
「警部が間に合わないからじゃないですか」
「そう言うなよ。俺だって懸命に地面を蹴って走ってるんだ。ただ…」
「頭では思っているのだが、体がついて来ないと…」
「ああそうだ。だいたい、アラサーとアラ還を一緒に組ます方がおかしいと思わんか?年齢はダブルスコアだぞ」
 四階までたどり着いたところで、岩鏡はひらめいた。
「分かった!三つの事件に関して、特別捜査本部が設置されるんじゃないのか!?」
「いやあ、警部。それはないと思いますよ。いずれも事故で処理されようとしてますよ」
「そうか…。残念だな。ここまで上がってきたというのに…」
 などと、ブツクサ言いながら階段を上っているうちに署長室に着いた。
 ドアの前で乱れた息を整えるのに四十秒。
 コンコンコン。
「岩鏡と打水。入ります!」

 署長室にしては質素な部屋に、二人の刑事が呼び出された。二人は階段を上がりながら、なぜ、署長に呼ばれるのかを考えたが、心当たりが多すぎて分からなかった。
 署長に促されて、二人はこれも質素な応接セットのソファーに座った。向かいに署長が座る。手には昨日打水がまとめて提出した途中経過の報告書を持っていた。やはり、あの三件のことだったのかと岩鏡は思った。
「急に呼び出してすまない。この三件の事件のことだ」と報告書を示した。
 岩鏡は二つのことで驚いて打水の顔を見た。
 ちょうど、打水もこっちを向いて目が合った。その目もやはり驚いていた。
 まず、署長は事故ではなく事件と称したこと。もう一つは三件を別々ではなく、一連の事件として捉えていることであった。
「岩鏡警部。進捗状況はどうかね?」署長が尋ねてくる。
「鋭意捜査中であります。私自身も鋭意推理中なのですが、なかなか進展しておりません」
「木くずが体内から見つかった遺体。木刀に刺された遺体。丸太に殴打された遺体。私は単なる事故ではなく、何らかの事件に巻き込まれたのではないかと睨んでいる。また、三つの事件は何らかのつながりがあると思っている。岩鏡警部はどう思うか?」
「はい。私も打水も署長の意見に賛成です。三つの事件には犯人を目撃した者がおりませんし、犯行の動機も分かりません。犯行日時も場所もバラバラですが、“木”という共通点があります。何かがあると思います。それが何かは分かりませんが」
「刑事の勘という奴か?」
「そんなカッコイイものじゃありませんが、第一の事件は完全な密室で、妻によりますと金品類の盗難はありませんし、被害者が恨まれる覚えはないということです。第二の事件では被害者が暴走族ということもあって、敵対していたグループから恨まれていたということもありますが、居合わせた自転車の男は無関係で、何よりも防犯カメラには何も映ってませんでした。第三の事件では男性のスマホと財布が残されてましたので、金銭目的とは思えませんし、すぐそばに女性がいたのですが、犯人らしき人物とは、遭遇してないようです」岩鏡は簡潔に説明する。
 署長はしばらく黙ったまま報告書をパラパラめくっていたが、
「今から第七会議室に行こうか。宝永検死官と助手の赤穂くんを待たせているから」
署長が立ち上がった。

 署内の第七会議室。
 数日前に事件に関する証拠品を並べて、あれこれと検討した部屋である。今回も宝永と赤穂が着席して、保存袋に入った証拠品をテーブルの上において待っていた。
 ・第一事件の木くずと木片。
 ・第二事件の木刀。
 ・第三事件の丸太とロープ。
 そして、部屋には二人以外にもう一人の人物が座っていた。
 署長が岩鏡と打水に紹介する。
「私の姪っ子の綿時だ」
 若い女性が立ち上がってお辞儀をした。
「綿時つむぎと申します。よろしくお願い致します」
 二人の刑事は場違いな女性に戸惑いながらも、頭を下げてから席に着いた。
 六人が証拠品を前にして座った。
「これはここだけの話にしてもらいたいのだが」署長が言う。「綿時くんに捜査の協力をしてもらいます」
 宝永と赤穂は事前に聞いていたようで表情を変えないが、岩鏡と打水は信じられないと言った表情で署長を見た。そして、その二人の表情は、署長の言葉を聞いて、すぐに凍り付いた。
「一連の事件には木が関連しているのだが、綿時つむぎは木と話せる」

 綿時つむぎは今から企業面接に行くかのような黒のスーツ姿で背筋を伸ばして座っている。岩鏡と打水が驚いて見つめるが、少し会釈をして返しただけで黙ったままである。
 署長が続ける。
「普段は永流神社で巫女さんをしておる。巫女神楽を舞って奉納し、お札やお守りの販売もしておる。木と話せるといった特殊能力は一子相伝で、師匠である父親から受け継がれたものだ。しかし、詳しくは話せないので、これくらいにしてもらいたい」
 署長は綿時つむぎの父の弟であり、おじに当たるのだが、当然、特殊能力は伝授されておらず、詳しくは分からない。詳しくは話せないというのは、知っているが話せないのではなく、知らないから話せないのである。

 岩鏡は遠慮をすることなく、署長とつむぎの顔を交互に見ている。署長の姪というから、多少、目のあたりは似ている。だから、どうしたというのだ。
(いくら事件の解決の糸口さえ掴めないからといって、木と話せるって何だ?あの常識のある署長がオカルト頼みか?これでは俺のエイリアン説も笑えないぞ。この令和の時代に、いくらかわいい姪っ子だからといって、おかしくないか?スーパーコンピューターの時代だぞ。はやぶさが宇宙を飛ぶ時代だぞ。木が話せるんじゃ、割り箸を使うとき、ワーワーと話しかけてきたら、うるさいぞ。つまようじを使うときも、口の中がギャーギャーうるさいぞ。食後もゆっくりくつろげないじゃないか。確かに、奇妙な事件が三回も続いている。だからといって、奇妙な事件に、奇妙な力で対抗するのはどうか?いくら署長の頼みとはいえ、姪っ子ちゃんに捜査協力なんて、そんな事例は聞いたこともない。FBIに協力する霊能者がいるらしいが、それは外国の話であり、しかも眉唾ものだ。名探偵が警察に協力する話もあるが、それは小説の中だけの話だ。現実にはありえない。そんなことがまかり通ってしまったら、俺たち警察官の立場はどうなるのか?超能力など当てにせず、地道に靴の裏をすり減らして、定年間際まで粉骨砕身して働いて来た俺が、あまりにも気の毒ではないか)
 打水も唖然としながら、署長とつむぎを交互に見て、岩鏡と目が合うと肩をすくめた。
 どうしたもんでしょうかね、警部。と言うように。
 岩鏡も肩をすくめた。
 困ったもんだな、打水。と言いたげに。

 岩鏡は署長の申し出に戸惑いながらも質問をしてみた。
「こちらにお控えの超能力をお持ちの姪っ子様とやらは、長年の経験を積んできた我々ベテラン警察官に対して、具体的にどのような協力をしてくださるというのでしょうか?」
 言い方が皮肉たっぷりである。
 しかし、署長は意に介する様子もなく、説明する。
「まずは、これらの証拠品を外へ持ち出したい。といっても永流神社の境内の奥だ。証拠品を元に何が起きているかを探っていく。証拠品の持ち出しが規則違反だということは、十分承知しているが、すべての責任は私が取るのでご了承願いたい」
「署長がすべての責任をですか…」打水が驚く。
「そこまで、おっしゃられますと…」岩鏡も戸惑う。
 このとき、つむぎが初めて口を開いた。
「証拠品は一日でお返しできますので、皆様にお手間は取らせません」
 岩鏡はつむぎがごく普通の声で話したので拍子抜けした。高くもない、低くもない、年相応の声で、早くも遅くもない普通のしゃべり方だ。特殊能力を有しているというので、何か変わった所があるのではと思ったのだが、普通の見た目と、普通の声だったので逆に驚いた。しかし、こんな普通の人だから、本物なのかもしれないとも思った。いかにもという人物がインチキ詐欺師だったという経験を、何度もしてきているからである。困った岩鏡は打水を見るが、何も言ってこない。署長が主導しているのだから、口を挟めないのだろう。宝永検死官も助手の赤穂も黙ったままだ。

(宝永さんは、なぜ黙ったままなんだ?普段から医学や科学の知識を使って仕事をしているのに、横から二十歳そこそこの女子が入ってきて、オカルトの力を使って捜査協力させろと言われているのである。何とも思わないのか。自分の仕事が否定されたとは思わないのか。助手の赤穂も何も言わないままか。医者というのはプライドの高い人が多いと思うのだが、どうしたのか。プライドを解剖室に置き忘れてきたのか。それとも、二人して署長に遠慮しているのか)

「教授はどう思われますか?」岩鏡は訊いてみた。
 宝永はゆっくりと答えた。
「三つの事件についての新しい情報は入って来てませんし、新たな証拠も見つかっていません。いまだ膠着状態ですからね。何か解決の糸口が見つかるかもしれません。署長は規則違反をしてまでも、証拠品を持ち出したいとおっしゃってる。署長が責任を取るとまでおっしゃってる。ご自分の首をかけておられるわけですな。そこまで覚悟を決めておられるのですから、よろしいんじゃないでしょうか。証拠品の無断持ち出しは一日だけということですから、一日だけ警部も打水君も目をつぶってくれんかね。私たちもそういたしますから」
 
 教授の答えは予想していたとはいえ、岩鏡は少なからずショックを受けた。
(警察組織は序列社会だからなあ。トップの署長の頼みとあらば、従わなければならないだろうな。特に年配の人にはその気持ちは強いのだろう。仕方がないか。俺たちも見て見ぬフリをするか。打水も従ってくれるだろう。もちろん、監察に見つからないように注意しないとな)

「署長、分かりました。私たちは何をすればいいですか?」岩鏡は覚悟を決めた。
「打水刑事と一緒に、証拠品を持って、綿時くんを永流神社まで送ってくれるか」
 打水も岩鏡が納得したのを受けて、協力することにして、立ち上がる。
「証拠品である木くずと木片と木刀と丸太を持って行きます」
 持って行くのは木だけで、ロープは不要とつむぎに言われたので置いて行く。
「今日一日だけだ。悪いけど、頼む」署長は岩鏡と打水に頭を下げた。
「警部、何か進展することを祈ってるよ」宝永も赤穂も頭を下げた。
「よろしくお願い致します」綿時つむぎも立ち上がって頭を下げた。

 永流神社に着いた頃は夕暮れで四、五人の参拝客が社務所で何かを買い求めていた。つむぎが不在の間、参拝客の相手をしていたのは、つむぎの母親だったが、境内にはこの客以外には誰も見えず、そろそろ一日が終わろうとしている。
 つむぎは、母親に帰宅したことを告げ、二人の刑事に、着替えて来ますからと言って、小走りに駆け出した。残された岩鏡と打水はせっかくだからと、拝殿に行って、事件の解決を願い、短くお参りをした。
 数分後、つむぎは白衣と緋袴の巫女衣装に着替え、エクステを外して、ショートカットになり、両手に折り畳み式のパイプ椅子を持ってやって来た。首からは大きなお守りを下げている。この時にだけ使用する特別なお守りである。長かった黒髪がいきなり短くなっていたことに驚いた二人だったが、パイプ椅子はどうやら刑事たちが座るための椅子のようだったので、それぞれ一脚ずつ持って、つむぎの後を追い、本殿のさらに奥へと向かった。打水は証拠品の丸太を持ってあげている。証拠品袋に入らなかったからだ。
 すでに薄暗い林の中を通り過ぎ、やがて木々に囲まれた丸い地に出た。真ん中には四角い大きな石と小さな石が置いてあった。つむぎは一礼すると、証拠品である木くずと木片と木刀が入った証拠品保存袋と、一本の丸太を大きな石の上に置き、岩鏡に虫よけスプレーを渡すと、小さい石に腰かけた。二人の刑事は丸い地から少し離れたつむぎが見える場所にパイプ椅子を置き、肌が出ている所に虫よけスプレーを吹きかけて、左右を見渡しながら、ゆっくりと座った。
 
 まるで参拝者から隠すように作られているここは、どういう場所なのか?
 岩鏡はこの丸い場所を取り囲んでいる大きな木々を見上げる。
 これから、この小娘はいったい何をしようというのか?
 この雰囲気の中、不安に思いながらも、さて、署長の姪っ子さんとやら、お手並み拝見といこうかなと意地の悪い目でつむぎを見る。隣に座っている打水はどう思っているのか分からないが、チラチラとつむぎの行動を興味深そうに見ている。
 今から、木霊師による儀式が始まる。
 声を発しないように言われたので、二人して黙り込む。

 小さな石の上に座ったつむぎの周りには、しめ縄が張ってある十本の巨大な神木が立ち、東西南北には特に大きな四本の神木がそびえて、多くの枝葉が空を覆っていた。何も知らない二人の刑事が見て、この場所の存在意味は分からなくても、何か神々しい、神聖な所だということは分かった。
 つむぎは両手を合わせ、背筋を伸ばして、座っている。神木からの声を聞き取ろうとしているかのように、静かに耳を澄ましている。
 岩鏡は始まる前に、どのくらい時間がかかるものかと訊いてみたところ、早ければ三十分ほど、遅ければ明日の朝までかかると言われ、打水には、覚悟を決めて、この儀式につき合おうや、と言っておいた。スプレーを渡されただけあって、虫がときどき寄ってくるが、虫除けの成分のおかげですぐに引き返して行く。虫たちはそんなことを何度も繰り返している。奴らも生きるために必死なのだ。儀式はたった今、始まったばかりだが、どうやら、朝までは長そうだ。二人の刑事はパイプ椅子に座ったまま、黙って目を閉じている。
 
 神社の境内には、もう誰もいない。灯りも消されている。
 林の中で静かに時間が流れる。ときどき、さらさらと葉擦れの音がするだけだ。
 岩鏡はこのまま眠ってはいけないと思い、目を開けてたまま、儀式が終わるのを待つことにした。もし、朝までかかったとしても、毎月数回は行っている宿直で、徹夜は慣れている。木と会話ができるなどと、信じられないことを言っていたが、静かな空間の中、周りの神木を仰ぎ見ると、本当に話ができるように思えてくるから不思議だ。打水も何かを感じているのか、一本の巨木をじっと見上げている。周りを囲んでいる神木には、そんな神々しさがあった。その神々しさは樹木そのものからではなく、宿っているという木霊が発しているものだという。
 しかし、大きな石の上に置いてある証拠品はどうだ。神々しさなど、かけらもない。たとえば、第一の事件の被害者の肺と胃袋から取り出した木くずと木片だ。すでに乾燥しているとはいえ、気味が悪い。
 しゃべるのか、あの木くずが。あの木片が。
 あんな物から声はしないと思うがな。
 岩鏡はいまだに信じようとはしない。そばに座っている打水はどう思っているのか聞きたいが、この雰囲気の中、立ち上がって、聞きに行くことはできない。なによりも、声を出すなと言われている。
 
 つむぎはそんな岩鏡の気持ちも知らずに、念を周りの神木と、証拠品の木くずと木片と木刀と丸太に集中させている。
 つむぎとご神木…。
 つむぎと木くずと木片と木刀と丸太…。
 ご神木と木くずと木片と木刀と丸太…。
 小さな空間にそれぞれの念が飛び交い、くっ付き、離れる。
 やがて、穏やかだった風が強くなってくる。風も念に呼応しているのか。あれほど飛んでいた虫たちは、もう一匹も見当たらない。虫よけスプレーのおかげでいなくなったのか。林の中で執り行われている異様な儀式の、異様な気を感じて、どこかに避難してしまったのか。丸い地を取り囲む十本の巨大な神木がぎしぎしと内側へとしなり、そのそれぞれの頂がつむぎの頭上に覆いかぶさって行く。
 
 何が始まったのか!?
 神木の異常な動きを見た打水は、つむぎを助けようと思ったのか、腰を浮かそうとする。岩鏡は手のひらを下にして、落ち着くようにとジェスチャーで示すが、岩鏡自身もこのまま見ていればいいのか、分からない。不安を抱いたまま時間は経過していく。
 つむぎの頭上の神木はしなったまま動かない。
 つむぎも体を少し後ろに傾けたまま動かない。
 神木からはさまざまな念がつむぎに降り注いでいる。
 その念はつむぎの頭から溢れ出し、全身を包み込む。
 刑事たちには何も見えていない。何も感じていない。
 神木が発する心地いい木の香りが頭上から降り注いでくる。
 刑事たちにも、その香りだけは感じ取れた。
 だが、残念なことに、その香りには金や銀の色が付き、輝きながら落ちてきていることは、分からなかった。それが分かるのはつむぎだけであったが、つむぎは目を閉じたままである。
 ――どのくらいの時間が経過しただろうか。
 神木は元の位置に戻り、風は止み、虫たちが帰って来た。
 しかし、その後も長く静寂が続いた。
 二人の刑事が眠気と空腹と昆虫と戦っているうち、さらに一時間ほどが経過した。
 突然、つむぎがゆらりと立ち上がった。四方の神木に宿る木霊に向かって、丁寧に頭を下げる。そして、目の前の証拠品保存袋を手に持ち、丸太を脇に抱えると、刑事の方にゆっくりと歩いてきた。どうやら、儀式は終わったようだ。
 二人の刑事も立ち上がった。打水が丸太を持ってあげる。
 あたりはすっかり暗闇に包まれていた。
 二人にとっては長い儀式だった。
 三人は社務所に併設されている住居へ向かって歩きだした。
 つむぎに、お茶でもどうぞと何事もなかったかのように、言われたからである。
 
「岩鏡さん」つむぎが歩きながら、訊いてくる。「第一の事件は新築の家で起きたと聞きましたが、なぜ大黒柱があるのでしょうか?今どきの家にしては、珍しいと思いますが」
 ――大黒柱?なぜ、知っている?
 確かに第一の事件は新築の一軒家で起きた。そのことは、すでに報道されている。しかし、家の内部までは知られていないはずだ。まさか、現場検証に行ったのか?
 岩鏡は不思議に思いながらも、理由を説明する。
「そもそも、あの家は築八十年の古民家を改装して、新築として売り出されたものです。だから、昔ながらの立派な大黒柱が、部屋の真ん中に立っているのです」
「ああ、そういうことですか」
「なぜ、そのことが分かりましたか?」
「木に尋ねました」
 つむぎは当然のようにそう言って、証拠品保存袋を目の前に掲げた。
「岩鏡さん。明日、その家に行くことはできますか?」
「家の人に、といっても残された奥さんだが、話をつけておくことはできますよ」
「そうしていただければ、助かるのですが」
「打水。段取りを頼むわ」
「では、明日、もう一度、現場検証をするということで連絡を取っておきましょう」
 岩鏡が先ほどから聞きたかった肝心なことを訊く。
「今の儀式で何か分かったのですか?」
「はい、だいたいは分かりました」
「だいたいと言いますと、犯人が分かったと?」
「はい」これも当たり前のように言う。
「分かるものなんですか!?ああ、いや、別に疑っていたわけではないんだが」
「犯人と言いますか、なぜ、あんな事件が起きたのかは分かりました。変わった傷口の意味も分かりました」
「あの階段のような七つの傷の意味も分かったのかね!?」
「はい」
「やはり、エイリアンですか?」
「――エイリアン?いえ、違います」
「そうですか」岩鏡はがっかりする。
「しかし、残りの第二、第三の事件とも関連していると思います」
「やはり、三件は別々ではなく、一連の事件でしたか」
「はい。第二の事件に関しましては、証拠品の木刀と話をしましたし、第三の事件は丸太と話をしました。その後はこの三つの事件の大本となった理由を探って行こうと思います」
 二人も刑事はいまだに信じられない思いで、この年端もいかない巫女からの話を聞いていた。署長がこの子を頼ったのはこういうことか。だが、岩鏡はまだ半信半疑だった。
 木刀と話せるか?丸太と話せるか?

 社務所に併設されている住居では、簡素な和室の応接間で、綿時つむぎの父が神主衣装のままで、三人を出迎えてくれた。見るからに実直そうな男性であり、いかにも、つむぎの父親という感じである。たしかに、二人を並べて見ると、特殊な能力を持った親子に見えてくるから不思議だ。
「弟がいつもお世話になっております」
 父親は正座をして、深々と頭を下げてきた。弟とは署長のことである。
「いえ、こちらこそ」と、あわてて岩鏡と打水も頭を下げた。
 兄弟だけあって、よく似ている。神主は黒縁の眼鏡をかけているが、その黒縁眼鏡を銀縁眼鏡に代えて、少し太らせると、そのまま、うちの署長だと思った。
 その後、つむぎの母が人数分のお茶を持って来たが、すぐに部屋を出て行った。
 父は娘であるつむぎに近寄り、小さな声でどうだったかと尋ねている。
 岩鏡は素知らぬフリをして、そちらに耳を傾ける。
 二人の会話は儀式の内容のことだと思われた。
 つむぎは、うまくいきましたと答えたが、父の口から“悲痛な叫び声”という言葉が発せられたのを、岩鏡は聞き逃さなかった。だが、それはどういう意味かは分からなかった。

 四人は応接間でテーブルを囲んでお茶を飲んでいる。 
署長から兄である神主へは、事件の簡単な内容を聞かされているはずだが、具体的なことには触れず、また、先ほどのつむぎが行った儀式も、もう話題にはならず、父親からは最近の少年犯罪などについて、当たり障りのない質問をいくつかされただけであった。
 明日の現場検証でまた何か新たなことが分かるのかもしれないが、このままお茶をご馳走になって帰るのか?時間も遅いので、その方がいいのかもしれないが、岩鏡はどうも納得いかない。先ほどは儀式に参加した。厳かで清々しいものであった。あれがただの行事とは思えない。もちろん、我々をからかっているわけではなかろう。神木がしなったし、虫がいなくなったり、風が吹いたり、止んだりした。確かに、そんな不思議な体験はした。だが、神木や木刀の声などは聞いてない。打水もそうだろう。どうも、一つの疑問が捨て切れないでいる。木くずや木片がしゃべるか?木刀や丸太と会話ができるか?
 
 警察の捜査は科学や物理や医学の進歩により、日々進化していっている。最近はAIなどというものも導入されて、まるでSFの世界に近づいているような気がする。そんな中での、木くずであり、木片であり、丸太である。この父子を見ると、真面目そうであり、ウソをついたり、騙したりしているようには見えない。神職がウソをつくと神罰が下るだろうし、何と言っても、神職の弟は現役の警察署長であり、その署長からの依頼で、証拠品を無断で持ち出して、この神社を訪れ、儀式に参加したのである。署長は無断持ち出しについて、ご自分の進退まで賭けておられる。実の兄弟とはいえ、そこまで、この父娘を信用されておられる。つまり、儀式は本物ということであろう。
 しかし、いったいどう判断すればいいのか、ここに来ても岩鏡は迷っている。

 岩鏡は正直に、この父親へ訊いてみることにした。
「神主さん、どうも、私には納得がいかんのです。うちの署長が信頼を置いておられることは分かりますし、長い間、受け継がれてきた歴史ある儀式だということも分かります。しかし、儀式を取り行ってくださった娘さんの前で申し上げるのは、失礼かもしれんが、あえて、お尋ねしたい。木くずや木片がしゃべりますかね?」
 父は娘に目をやった。お前が答えなさいという意味のようだ。
 つむぎは語り出す。
「さすがに、木くずや木片はしゃべりません。簡単に申し上げますと、木くずや木片は、すでに死んでしまっているからです」
「ほう、やっぱりそうですか」岩鏡は納得したような顔で言うが、
「しかし、木は、たとえ木くずになろうと、木片になろうと、つまり、死んでしまっても、念というものが残っているものなのです。その念を、先ほどの十本のご神木に宿る木霊が読み取るのです。木霊はその読み取った内容をさらに新たな念として発し、私に教えてくれるというわけです。つまり、ご神木の木霊が、木と私との間を仲介してくれているということです」
「では、死んだ木くずや木片の念は読めないが、生きている神木の霊は読めるというか、会話ができるということですか?」
「はい。そういうことです」
「その辺に生えている雑草の念も読めるのですか?」
「読めます。その植物が生きていれば、ヒマワリの念でも、チューリップの念でも、名前を聞いたこともない雑草の念であっても、読み取ることは可能です」
「その念というのは」打水が質問を挟む。「例えるなら、ピーター・パンのティン・カーベルみたいなものですか?」
「はい。分かりやすく例えると、そういうことです」
「なるほど。分かりました」
「打水。俺には何のことか分からんが。ピーター・パンがどうした?」
 つむぎが補足する。
「ティン・カーベルというのは妖精です。つまり、草木が念を発するということを、草木の妖精が話すと置き換えればいいのです。生きている草木には妖精が住んでいて、話ができる。しかし、枯れた草木には、もう妖精はおらず、話はできないということです」
「たとえば、割り箸は死んでいて、妖精は住んでないから、話はできんということか。割り箸を使うとき、妖精がワーワーと話しかけてくることはないということだな。うーん、なんとなく、分かってきたな。では、その念というのは、私にも聞き取れるものですか?」
「それは残念ながら無理です。一子相伝、先祖代々受け継がれてきた能力なのです。そして、一つ前の相伝者、私の場合は父が、能力を完全開花するように導いてくれているのです」
「導いてくださる内容というのは、つまり、秘伝が書いてある巻物のようなものがあるのですか?」
「いいえ。すべては口授で行われます」
「後世に残すために、何かに記録しておいた方がいいじゃないですか?今はパソコンもありますよ。マニュアル化しておけば、後世に語り継ぐにも便利じゃないですかね」
「口授で行うことも、一つのしきたりとして、伝えられているのです」
「では、あなた方親子が、たとえば、飛行機事故か何かで、同時に亡くなった場合、相伝はそこで終わってしまうということですか?」
「そういうことです」
「他にその能力を持っている人はいるのですか?」
「いいえ。現在、その能力、つまり樹木と話せる能力を備えているのは、世界で私たち親子だけです」
「つまり、お二人は超能力者ということですか」
「神社関係者からは木霊師と呼ばれております」
 
 岩鏡はまるで取り調べのようにいろいろと訊いてみた。つむぎは隠したり、ごまかしたりすることなく答えてくれた。父親が口を挟んで来なかったのは、娘の話が正しく、補足する必要もなかったからだろう。しかし、岩鏡はまだ納得できない。他人を簡単に信じないのは、長年の刑事人生で、多くのウソつきで、いい加減な犯罪者と接してきたからである。 
 そして、もう一つの理由は、樹木の念とやらが見えないからである。見えていない物を信じろと言われても、この男には無理であった。普段から、目に見える証拠を元に犯人を捜し出し、追い詰めている経験からである。同じ理由で幽霊も信じないし、いまだ見たことがないUFOも信じない。
 打水を見ると、ここが稲荷神社ではないにもかかわらず、キツネにつままれたような顔をしていた。ティン・カーベルのことを知っていても、ティン・カーベルと話はできない。
 明日、もう一度、第一の事件の現場検証をすることになっている。そのとき、この父娘が言っていることが、本当のことかどうか、はっきりするだろう。
 岩鏡はそんな気持ちをおくびにも出さないで、お茶のお礼を言うと、打水とともに永流神社を後にした。風はなく、すっかり夜は更けていた。

 新興住宅街から少し離れた場所に立つ新築の家が、第一の事件現場である。古民家を改装したという風変わりな家であった。外から見ると少し大き目の平屋建ての家だが、木塀や木製扉が今風に改装され、外壁も新たに塗装されているため、言われてみなければ、元が築八十年の古民家だとは分からない。 
 しかし、中に入ると現代の家とはかなり違うことが分かった。何よりも天井が高く、大きなハリが水平にかかっている。また、囲炉裏があり、使われているのか分からないが、かまどまである。しかし、隣接するリビングには新しいソファーがあり、ガラスのテーブルがあり、大型テレビが鎮座している。
 そして、部屋の中央には大黒柱が立っていた。

 二人の刑事に加え、二十歳そこそこの女性が現場検証に来たことについて、妻には短大を卒業したばかりの見習い女性刑事だと紹介しておいた。つむぎは黒のスーツを着ており、言葉もハキハキとし、元来のキリリとした顔とも相まって、いかにも女性警官のように見えるため、疑われることはないだろう。
 第一の事件は事故としてすでに処理が済んでいて、妻にもそのように報告を行っていた。
交友関係や金銭関係、会社の勤務態度などを調べても、何ら問題はないことが分かり、また、遺体の傷からは事件性が認められなかったため、事故だと結論付けざるを得なかったのである。
 今回の検証は最終の報告書の補足であり、事故処理したことには変わりがなく、二、三の質問だけで済むと伝えていた。
 つむぎは事前に、この未亡人へ何でも訊いていいと岩鏡から了承を得ていた。
 妻に、途中で買った線香を手渡し、お悔やみの言葉を述べ、真新しい仏壇に手を合わせると、つむぎはメモ帳を手に、さっそく質問を始めた。このメモ帳は打水が用意してくれたもので、警察手帳と同じような大きさで、同じような濃い焦げ茶色をしている。本物を見たことがない素人は、警察手帳と見間違うだろう。
 つむぎが怪しまれないための、ほんの小細工だった。
「奥様、この大黒柱は後付けですね」
 岩鏡は予想もしていなかった質問に驚く。
 後付けって何だ?聞いてないぞ。
 古民家だから、もともと立っていたものだろうよ。
「はい、そうです。後から取り付けたものです」
 なに!違うのか?
 なるべく表情に出ないようにして、岩鏡は驚く。
 こっちはベテラン刑事だ。見習い女性刑事が知っていて、ベテラン刑事が知らないのはおかしい。そんなことは知っていて当たり前という顔をする。
 打水を見ると、驚愕の表情で柱を見上げて、「ヘェ~、そうなんだ」と呟いている。
 こいつは刑事として、まだまだだと岩鏡は呆れる。

「確かに築八十年ほどが経過した古民家だったのですが、大黒柱は最初からありませんでした。しかし、亡くなった主人が古民家には大黒柱が必要だと言い出して、改装を請け負っていただいた工務店にお願いして、形だけ作ってもらったのです」
「形だけですか?」打水が訊く。
「はい。これは飾りで立てた柱です。大黒柱の役目は果たしてません」
「そういえば、大黒柱にしては柱が細いですな」岩鏡が柱を見上げながら言う。
「その工務店の連絡先は分かりますか?」つむぎが訊く。
「名刺をもらってますのでお待ちください」と言って奥へ行く。

 つむぎはメモを取ろうと手帳をかまえるが、横からすかさず打水が警察手帳を差し出す。
 妻が戻ってきて、名刺に載っている電話番号を読み上げてくれるのを、つむぎは打水の警察手帳に書き留めた。妻はつむぎが自分の警察手帳に書いていると思っただろう。
「奥様。ご主人はよほど古民家にこだわっておられたようですね」再び、つむぎが訊く。
「はい。古民家に住みたいと、よく古民家の写真をネットで探しては、飽きもせずに眺めてました。しかし、現実となると、こんな都会に、住めるような古民家はそんなに残ってません。かといって、古民家がたくさんある地方への移住は、夫の仕事の都合でできません。そんな折り、この物件を見つけたのですが、外面がかなり老朽化していて、壁やドアなどは耐久性のあるものに代えました。せめて、内面だけでも古民家のままを維持しようと、改装して新築の古民家、新築と言うのは変ですが、主人の希望で、このような新旧が交じり合った変わった造りの家にしたのです」
「そうですか。せっかく、念願の古民家が完成して、住み始めたばかりの時に亡くなられたのは、つくづく残念ですね」つむぎは妻をいたわりながら、「最後に、この大黒柱を少し調べさせてください」
 妻は一瞬怪訝な顔をしたが、つむぎは先に言う。
「警察機構という所は変わっていて、こんなことまで報告書に書かなければならないのですよ」
 あえて呆れた顔を見せて説明すると、妻は納得したような表情に変わった。
 つむぎは大黒柱のふもとにしゃがみ込むと、手でコンコンと叩きだした。
 何をやってるんだ?
 岩鏡と打水は不思議そうに見ている。いや、同僚の行動を不思議そうに見るのはおかしいのだが、なぜ、木を叩き出したのか、二人には見当もつかない。
 柱の下から上へと叩き終えたところで、「上の方は届かないのでお願いします」と二人の刑事にお願いをする。代わりに叩いてほしいと言ってるらしい。
「どこかに音が変わる箇所があるはずなんです」
 つむぎよりはるかに背が高い二人の刑事が、大黒柱をコンコンと叩きながら上へ向かう。そろそろ踏み台が必要と思われたとき、打水が声を上げた。
「この部分は音が高くなりますね」
「そこですね。中が空洞になっているはずです。近くに穴は開いてませんか?」
「穴ですか…。節ならありますが。――ああ、この節は穴が開いていて、中が見えてますよ」
「その部分の写真は撮れますか?」
 打水刑事が大黒柱の下から二メートル辺りに開いていた穴の写真を、手を伸ばして、持参したデジカメで撮ると、「奥様、お手間をおかけいたしました」とつむぎが告げて、最終現場検証は終了した。
 えっ、これで終わりなのか?
 岩鏡と打水はまた不思議そうな顔をするが、幸いなことに、妻には気づかれていない。つむぎはさっさと玄関に向かい、「ちょっと、ちょっと…」と二人の刑事があわてて追い掛ける。これではつむぎが主導権を握ってることがバレてしまう。
 まあ、いいか。もう帰るのだからな。
 岩鏡は何事にも動じない百戦錬磨のベテラン刑事のフリをやめる。
 なんだか、この小娘に翻弄されて、終わってしまったな。
 最後にもう一度妻にお悔やみの言葉を述べて、三人は第一現場を後にした。
 つむぎは歩きながら、打水からデジカメを借りて、先ほど写した柱の節の写真に見入っている。
 あの節がどうしたというのか?
 岩鏡には分からないことが多すぎる。

「つむぎさん」三人が警察車両に乗り込んだところで、助手席の岩鏡が後部座席に座っているつむぎに話しかけた。「現場検証はあれで終わりですか?」
 それは運転席にいる打水も聞きたかったことだ。
「はい、現場検証はあれで終わりです。後は、先ほど聞いた工務店に聞き込むという大事な仕事が残ってますが、事件の概要はほぼ分かりました。今の検証は確認をしただけです」
「昨日、犯人が分かったと言われましたが」
「はい。犯人はあの柱です」つむぎは当たり前のように答える。
「柱!?」岩鏡が素っ頓狂は声を出すが、運転している打水も思わず、ルームミラーを見上げて、つむぎの顔を見る。表情は平然としている。このとき、打水は事件とは、まったく関係のないことを思った。この女性が笑った顔を、まだ見たことがない。おそらく、社務所でお札やお守りを売ってるときには笑顔なのだろうが、今は表情を変えることなく、淡々と説明を続けていく。
「犠牲になったご主人の肺と胃の中から見つかった木くずと木片は、あの柱から噴き出して、口の中に飛び込んだと思われます。リビングのソファーでくつろいでいて、災難に遭われたのでしょう。そして、木くずと木片が噴き出した箇所は、先ほど写真を撮っていただいた柱の節の部分です。先ほど撮影してもらった節の写真をよく見ると、周りに木くずが付着してました」
「なっ、いったいどういうこと?」岩鏡の動揺は止まらない。「何を言ってるのか、わからんから、もう少し説明してもらえるかね?」
「そもそも、あの柱は大黒柱にしては華奢ですね。本物としてではなく、フェイクの大黒柱だそうですが、それにしては細い。つまり、あの元になった大きな柱が存在するはずなのです。その柱が何らかの理由で切り倒された。その柱は大きかったので、いくつかに分割された。そのうちの一部がさっきの家の柱になったのです。柱は元の柱が切られたことに恨みを抱いていた。その恨みの矛先を先ほどの家のご主人に向けた」
「いや、ご主人は何の罪もないはずだ」
「その通りです。なぜ、ターゲットがご主人だったのかは、もう少し調べてみないと分かりません。見たところ、家の柱に対して、何も悪さはされていません。きれいに立ってましたから、ちゃんと掃除をするなどして、重宝されていたのでしょう。犠牲になったご主人や残された奥様にとっては、実に理不尽なお話です」
「しかし、つむぎさんはそのことを奥さんに言わなかった」
「はい。言っても信じてもらえないと思ったからです。しかも、なぜ、そんなことが分かったかと訊かれて、木霊師である私が十本の神木から聞き出したなどと言っても、到底信じてもらえないでしょう。岩鏡さんでさえ、いまだに疑っておられるようですから」
「えっ、いや、まあ」図星を指されて狼狽する岩鏡。
 確かに、今、説明を受けている岩鏡でさえ半信半疑だし、運転しながら聞いている打水も同じ思いだろう。つむぎとは昨日から共に行動をしているし、神木の儀式の場にも立ち会っている。それでも、樹木が犯人だなんて信じることができないし、過去にそんな例はない。定年間際のベテラン刑事にとっても、前代未聞の話なのである。
「奥様にこの柱が犯人ですと申し上げたところで、怒りのぶつけようがないでしょうし、警察が奥様に伝えておられるように、このまま事故として、そっとしておいてあげた方がいいと思ったからです」
「あの柱の節から木くずと木片が噴き出して、ソファーに寝ころんでいた主人の口に飛び込んだとして、あの胸から腹の下にまで続いていた七つの階段状の変な傷は何だね?」
「おそらく、元の柱はあの家と同じように、どこかの家の大黒柱として、使われていたと思われます。その際に付けられた傷でしょう」
「柱に付いた傷?」
「はい。五月五日の背比べの傷と思われます」
「子供の身長を計って付けたときの傷だと!?」岩鏡はとんでもない説を、次々と聞かされて、今にも失神しそうになっている。
「上から下まで順番に傷が付いていたのは、その当時の子供の身長の印か…。童謡に歌う、チマキ食べ食べ、兄さんが計ってくれた背の丈か…。肺と胃に穴を開けて、飛び出し、さらに、その七ヶ所の傷を突き破って、木くずが体外に噴出していたというのか…」
 どうりで、エイリアンが見つからないわけだ…。
「つまり、傷付けられたときの恨みを、同じ形にして晴らしたというのかね」
「いいえ。それはまだ分かりません。背比べの傷を付けられた柱は、たくさん存在します。それらの柱がすべて恨みを持つかと言うと、そうではありませんから。何か他に恨むべき事柄があって、その復讐を果たしたのはこの柱だと、階段状の傷を付けて主張したかったのかもしれません。いずれにせよ、樹木も人格を有しているということです」
「その元の大黒柱は、今どこにあるのかね?」
「それが分かりません。神木の木霊も、木くずと木片からは聞き取れなかったようです。しかし、あの家の柱を建てた工務店に聞けば分かるかもしれません。今から、そのための聞き込みに行くのです」
 三人を乗せた車は、先ほど名刺から書き写した工務店へと向かった。
「つむぎさんは元の柱が大きかったのでいくつかに分割されて、一部がさっきの家の柱に使われたと言われた。ならば、他の部分が第二、第三の事件を引き起こしていたと考えていいのかな?」
「はい。そうだと思います」
「つまりは、第二の事件の木刀と、第三の事件の丸太も、元の大黒柱の一部だということですな。そのあたりを確認してみよう。――打水。用意はできているか?」
「はい。スイッチを押すだけです」運転をしながら答えた。「つむぎさんに見ていただきたい映像があります。今から再生しますので」
 
 車の中で防犯カメラの映像の確認が始まった。
「つむぎさん、これが第二の事件を映した映像だ。暴走族総長の松虫十二郎という奴が、何らかの、おそらくは交通トラブルが起き、隣を走っている自転車の男を目がけて、木刀を振り下ろして襲った。この木刀の動きをよく見てくれ」

 自転車の男に避けられ地面を向いていたはずの木刀の切っ先が百八十度回転して、暴走族総長の松虫に向かって行く。そして、革ジャンのファスナーが勝手に下がり、むき出しになっていた左胸に刺さる。松虫がうつ伏せの状態で地面に倒れ込むと、体重で木刀は体を貫き、その切っ先が革ジャンを突き破り、背中から突き出た。

「どう思うかね?」
「このときはまだ木刀が意志を持っていたのでしょう。そして、この男を殺害したということです。昨日、神社に木刀を持って行ったとき、念だけが残っていて、意志は残っていませんでした。意志が念に変わっていたからです」
「それは時間の経過とともに変わるということ?」
「はい。具体的にどのくらいの時間が経過したら変化するかは決まっておりませんが、恨みの度合いが強烈だと恨みの意志として、その木に長く留まり、念に変化する時期が遅れると考えられます」
「映像には革ジャンのファスナーが下りたのが映っているのだがね」
「ファスナーを動かすほどの強い意志が残っていたのでしょう」
「そうかね。恐ろしいものだな。第一の事件のときは、大黒柱の背比べの傷が、遺体に転写したようになっていたが、この第二の事件の場合は木刀が突き刺さっていることからして、大黒柱が何かに刺されたということかな?」
「おそらくはそうでしょう。そのときの恨みを木刀で突き刺すという形でトレースして、復讐をしたのでしょう。大黒柱はすでに分割されてますから、その傷の確認の仕様はありませんが」
「では、第三の事件だが、被害者の男は吊り橋を歩いて渡っているとき、ロープでグルグル巻きにされて、池に落ちて死んでいた。このことから、大黒柱も何らかの理由で巻かれたと考えればいいのかな?」
「おそらく、木を切り倒すときに、ロープで巻かれて、重機か人力かは分かりませんが、引き倒したのではないでしょうか。そのときの恨みを、グルグル巻きという形で晴らしたのでしょう」
「第三の事件についてはもう一点、聞きたいことがあるんだが、たまたま同じ時間に、同じように吊り橋を渡っていた女性がいて、その方は言うには、丸太がロープを操っているように見えたと証言しておる。意志を持った丸太が宙に舞って、ロープに命令を下して、その方を殺そうとしたと供述してるのですよ」
「木刀が意志を持って、ジャンパーのファスナーを開けたように、丸太が意志を持って、ロープを操ったのでしょう。丸太もそのときは意志を持っていたのでしょうが、木刀と同じで、昨日は念しか残ってませんでした」
「そうなりますか…」
 岩鏡は一連の事件に木が関わっており、その木がどのように事件を起こしたかを、つむぎから聞くに及んで、しだいに疑いも晴れてきた。木霊の存在を信じるようになったのである。やはり、うちの署長は正しかったのか。
「つむぎさん」打水が運転席から話しかける。「ここまでいろいろと説明していただきましたが、それらはすぐに分かったことですか。確かに、昨日は三時間を越す儀式でしたが、すべてがうまくつながるものだなと思いまして」
「実は事前にヒントがありました」
「というと、我々が証拠品の検証を持ち込む以前に、何かが起きていたのですか?」
「数日前、四本のうちの東に立つ神木が、樹木の悲痛な叫び声を聞いていたのです。その神木は遠くに存在する樹木からの声を、受け止めたと告げてきました」
 岩鏡が応接間で聞き耳を立てていたとき、父親が“悲痛な叫び声”と言っていたのを思い出した。あれがそうだったのか。
「つまり、その悲痛な叫び声をあげたのは、元の柱だということですね」岩鏡が確認する。
「はい。おそらく、切り倒されたときの悲鳴だと思います」

 木くずや木片がペラペラとしゃべるのか?
 岩鏡はそう思っていたが、今はそうとしか考えられないと思うようになった。
 いまだに、木くずの声なんぞ聞こえないのだが、つむぎの説明ならば、事件のすべての辻褄が合ったからだ。いつしか、岩鏡の頭の中からエイリアンは消えていた。

「肝心なことは元の大黒柱が、その三つの事件に使われた柱と木刀と吊り橋の丸太に、分割されたかどうかです」つむぎが深刻そうに言う。
「…というと?」
「たとえば、五つに分割されていたかもしれません」
「その場合は、あと二つの事件がどこかで起きると?」
「はい。すでに起きているのかもしれません」
 岩鏡は運転をしている打水に訊く。
「何か樹木に関する事件は起きていたか?」
「いえ、そんな報告は受けてません」
「訳の分からんヘンテコリンな事件も起きてないか?」
「はい。今のところ起きてません」
「うーん、気づいてないだけかもしれんな。最近の未解決事件をもう一度洗う必要があるな。事件の周りに木が絡んでいないか、確かめないとな。まだ、起きてないとすれば、何としてでも食い止めないとな。つむぎさん、これからも協力をお願いします」
 岩鏡は後部座席を振り返って、頭を下げる。
 もはや、岩鏡はつむぎの言うことを寸分も疑ってなかった。
 やはり、うちの署長は人を見る目があるとまで思うようになっていた。

 古民家に大黒柱を設置した工務店の社長の口は堅かった。警察手帳を見せても、大黒柱の仕入れ先を教えてくれない。確かに任意での聞き込みのため、あまり強く言えないのだが、ついに痺れを切らした岩鏡が、「これには人の命がかかっている。何かあったらアンタに責任を取ってもらう。会社の信用もなくなるぞ」とトンデモナイことを言い、打水が「正直に言ってくれたら、罪に問わないですよ」と優しい言葉をかけ、刑事コンビがよく使うアメとムチ作戦で白状させた。もしかしたら、また木に関する事件は起きるかもしれない。そういう意味で、人の命がかかっていることは確かだったのだが、この社長の責任ではないことも確かだった。
 
 白状したところによると、どうやら、市の建築指導課の担当者である亀戸という男が解体家屋から出たケヤキの大木を材木会社へ横流しをして、分割された一部をこの工務店が仕入れて、あの家の柱に使用したらしい。その亀戸という担当者は市の課長職についているにもかかわらず、以前からそうやって、せっせと裏金を作っては、私腹を肥やしているらしいのだが、定期的に仕事を回してくれるので文句は言えないという。
 課長からは、きつく口止めをされていたらしいのだが、二人の刑事の脅しの前に、あっけなく陥落したようだ。根っからの悪い人ではなさそうだった。
 元凶は課長だろうと岩鏡は思った。ならば、ついでに、ひっ捕まえてやろう。
大黒柱として使われていた元のケヤキは、何本に分割されたかは聞いてないという。
三人は亀戸が横流しをしたという材木会社へ急いだ。

 材木会社の社長も口止めをされていたようで、最初は口を割らなかったのだが、工務店の社長が全部吐いたと言ったとたん、饒舌になって、すべてを話してくれた。
 横流しをしてくる亀戸のことをよく思ってないようで、悪口が止まらない。解体で出た使い道のない廃材までも、高い値段で引き取るように言ってくるらしい。
「そのうち、あいつにはバチが当たりますよ」吐き捨てるように言う。「悪の根源のような男ですよ。あんな奴がよく市の建築指導課の課長をやってますよ。市の七不思議の一つだと、うちの業界の連中は言ってますよ。おまけに…」
 その後も亀戸の悪口が続いたが、いつまでも終わりそうにないため、岩鏡が強引に話を止め、改めてケヤキの行方を聞いた。そして、三人はショックを受けた。
 解体家屋から出たケヤキは大きすぎたため、四本に分割されていたからだった。
 あと一回、どこかで木にからんだ事件。つまり、第四の事件が起きるということだった。
 四分割目の木は、先ほど寄って来た所とは、また違う工務店の、さらに孫請けの会社に流れているらしいということが分かった。らしいと言うだけで、はっきりとしない。もしかしたら、さらに下請けのひ孫請けまで行ってるかもしれないと言い出した。そこまで行くと、さすがに追跡は無理かもしれないと、岩鏡は思った。
 
 捜査の経過は逐一、岩鏡が署長に伝えていた。持ち出しをしていた証拠品は返却されたので、署長自身の進退は、ひとまず憂慮する必要がなくなった。しかし、証拠品の検証は終わったが、捜査はつむぎを加えたまま続けられている。つむぎは署長の直々の推薦で捜査に加わっているのだ。活躍を期待されているのであろう。
 署長は、一連の事件が樹木の呪いだと説明しても、神木から情報を得ていると言っても、疑うことなく、すんなりと受け入れてくれた。また、三つの事件には木を媒介とした関連性があり、まだ事件が続くことを説明した。すると、第四の事件が今にも起きようとしているのに、岩鏡と打水だけでは人手が足らないだろうと、署長自らが署内を根回ししてくれて、複数の捜査員を補充してくれることになった。
 その捜査員たちが第四の事件を阻止すべく、各地に散らばって行った。
 
 やがて、捜査員の一人から電話連絡が入った。有料アスレチック公園に遊具を設置している業者の担当者と、ようやく連絡が取れて、目の前で待機してくれているという。
 やはり、ここでも、亀戸課長がからんでいた。
 勝手に持ち込んできた木を高額で売りつけた上に、その木で公園内に立てるモニュメントを作って、功労者として亀戸の名前を一番上に大きく入れろという。しかし、今までも亀戸のためにさんざんひどい目に遭わされていたため、モニュメントは適当にその辺に転がっている木で作り、亀戸が持って来た木を丸太状に加工して、吊り橋の足元部分の丸太とし、毎日踏んづけてやろうと、全員で決めたらしい。
「その丸太状に加工したものはいくつあるのですか?」
 岩鏡が電話の向こうにいる業者の男に訊く。
「四本です」
「よし、ちょうどだ」
 そう言って、打水とつむぎの顔を見る。二人は大きく頷く。
 吊り橋の北の端で二本の丸太が外れていて、南の端にも二本の丸太が外れて落ちていた。
 合計四本である。数がぴったり合った。
 その四本こそが大黒柱から加工されたケヤキの丸太であった。
 これで、第三の事件と繋がったわけである。

 岩鏡と打水とつむぎの三人は、材木会社へ柱を売却した解体業者の坂口社長を訪ねていた。一連の事件を引き起こしている大本になったケヤキを切り倒した会社である。数人の従業員を雇用している社長にしては若く、日に焼けて精悍な面構えをしていた。 
 最初は亀戸課長から依頼を受けた横流しが、バレたのかと観念したようだったが、その件ではないと説明し、解体家屋にあった大黒柱について聞きたいのだが、あくまでも、ある事件の確認に過ぎないと言ったところ、快く応じてくれた。

 坂口社長に確認したいことは二つあった。
 
1:大黒柱を切り倒した際に、何かで刺したのか?
 これは第二の事件に関するもので、松虫十二郎が木刀で刺されていたため、同じようなことをケヤキに対して行っていたかということ。
 
2:ロープでグルグル巻きにしたのか?
 これは第三の事件に関するもので、上野作治がロープで巻かれていたため、同じようなことをケヤキに対して行っていたかということ。
 
 この二つである。
 坂口社長が答えてくれた。
「大黒柱を刺した?――ああ、思い出しました。柱に穴が開いたのです。というか、柱を切り倒すために開けたものではなく、うちの若い者が間違って、電動ハンマーを突き刺しんです。それで、十センチほどの穴が開いてしまったのです」
 若い者がケンカをして開けてしまったとは言わない。不慮の事故で押し通す。
「あの小さな穴のお蔭で、亀戸課長にイチャモンを付けられて、随分と値切られました。あの巨木のうちで、たかだか深さが十センチの穴ですよ。木片を詰め込んで、隠していたのですが、見つかりまして。あの人は些細なミスを見つけるのが得意で、些細なミスを、膨大なミスだと言い張るのも得意としてます。重箱の隅を楊枝でほじくらせたら日本一ですよ」
 ここでも課長の悪口が出てくる。ずいぶんと嫌われているものである。
「ロープで巻いたのは大黒柱を倒すときです。簡単に切れないよう、確かにグルグル巻きにして、最後は重機で引いて倒しました。――以上ですが、警察は柱に穴が開いていたことと、ロープで巻いたことを、なぜご存じなのですか?」と、岩鏡の方を見る。
 三人の中で最年長だからだろう。責任者に見えたに違いない。
「実はある過激派による乱闘事件がありまして、どうやらあの大黒柱から製材された木を武器として使っていたようなのです」岩鏡はごまかして答える。かなり苦しい。
「そんなことまで、よく分かりましたね」社長は驚く。
 直接、木に尋ねてみましたなどとは言えない。
「そうですね。まあ、なんとか」と、またごまかす。
「日本の警察は優秀ですねえ」坂口はそれで納得したのか、違う話題に変えてくる。「ところで、せっかく警察の方が三人も来られたので、ついでと言いますか、さっき話に出てきた建築指導課の亀戸課長ですけど、――逮捕できないですかね?業界では有名人でして、悪い意味で、有名なのですけど。横流しの亀戸と呼ばれて、市の課長様なので要求も断れないし、みんなが迷惑しているのです。あの人の良からぬ情報はたくさん持ってますよ。情報を提供する見返りとして、うちの会社の横流しの件は見逃してくれるという条件でしたら、うちはいくらでも協力しますよ。取引に応じますよ。市の幹部の逮捕となると大きな捕り物になるでしょう。警視総監賞とかもらえるんじゃないですか?――どうですか、岩鏡警部さん」
 社長の日に焼けた顔が、熱弁のために流れ出た汗でテカテカしている。
 警視総監賞はもらえないだろうけど、「では、他の捜査員がそちらを当たることにしましょう」と岩鏡は約束をする。
 
 工務店の社長、材木会社の社長と来て、解体業者の社長までもが、亀戸課長の悪行を告発するに及んで、坂口社長に言われるまでもなく、岩鏡は何らかのアクションを起こそうと考えていた。証言してくれそうな人物は揃っている。証拠も揃っている。課長は、長年にわたり、不正を続けてきたというからには、この三人社長が知らない余罪もたくさん出てくるだろう。坂口社長の言う通り、大きな捕り物になることは確かだ。岩鏡は、自分の定年に花を添えてくれるような最後の大仕事になるだろうと確信した。そして、この場合、警視総監賞は無理として、どんな賞がもらえるのか、ネットで調べてみようと思った。
 
 岩鏡、打水、つむぎの三人は解体された家屋跡へと向かっていた。元の木、つまり大黒柱が立っていた家屋の跡だ。今は更地になっているらしいが、三人には確認すべき事柄があり、他にも何かの情報が得られるかもしれないということで、訪れることにしたのである。
 坂口社長から場所は聞いていた。それは人里離れた山の中にあった。
 かつて、この集落には三十軒ほどの家があって賑やかだったらしいが、時代の流れとともに減少し、たった一軒残ったのがその家だという。最初は夫婦で住んでいたのだが、夫が亡くなり、妻一人となり、それでも十年ほどは一人で暮らしていたようだが、やがてその妻も亡くなり無人と化したのである。家の屋根を突き破っていた大黒柱は、自然に生えてきたケヤキで、わずか一代でそこまで成長したという。異常としか言いようがない。
 
 三つの事件には樹木が関連していることが、つむぎのお蔭で判明した。二人の刑事も、つむぎの活躍を目の当たりにして、そのことを納得し、岩鏡はエイリアン説を引っ込めた。
 しかし、まだ分からないことがあった。
 三つの事件で犠牲になったのは以下の三人である。
 
 ・第一の事件:腹に柱の傷が出現する:尾形武。二十八歳。金融会社勤務。
 ・第二の事件:腹に木刀が突き刺さる:松虫一二郎。二十一歳。暴走族総長。
 ・第三の事件:丸太とロープで縛られる:上野作治。五十五歳。無職。
 
 なぜ、犠牲者はこの三人でなければならなかったのか?
 何らかの理由で、これらの人物が選ばれたのか?
 あるいは、偶然、その場に居合わせて被害に遭ったのか?
 
 つむぎによると、木霊には人を見分け、個別でその人物に復讐するような能力は有していないという。確かに高度な人格が宿っている木が存在するが、それはご神木だからであり、普通の樹木にはもう少し低レベルな、人で言うと五歳くらいの知能を持つ霊しか付いていない。つまり、木霊だけの力では、この犯罪は不可能ということらしい。
 犠牲になったのは偶然なのか、必然なのか。
 必然としたならば、その理由は何か。
 また、犯罪を成し遂げる能力はどこから来たのか。
 
 岩鏡、打水、つむぎがこの地を訪れたのは、その点を明確にするためであった。
 家屋はきれいに解体され、廃材なども片付けられており、更地となっていた。かつて、ここに家屋が建っていたという痕跡は見当たらない。雑草がきれいに抜かれた、ただの空き地にしか見えない。見渡す限り、周りに人家は一軒もなかった。
 三人は家屋が建っていたであろう敷地のちょうど真ん中あたりに来てみた。大黒柱となっていたケヤキが生えていた場所だ。解体屋が引っこ抜いた跡には、大きな穴が開いただろうが、その上には土が盛られていた。幸いなことに土は、押し固められてなく、柔らかい。もともと、このあたりの土は柔らかいのだろう。
 三人は手掛かりを求めて、穴を掘り返してみる。そのために、ちゃんと、スコップは用意してきた。大きな石や瓦礫も埋まっておらず、スムーズに穴は掘り進められ、やがて、ケヤキの一部が出現した。強引に引っこ抜いたために、木の一部が裂けて、地面に少しだけ残っている幹に続く、根っ子の部分である。細いが、枯れてはいないようだ。
 すぐに、つむぎが覗き込んだ。顔を根っ子のギリギリにまで近づける。
「――どうやら生きてるようです。これなら話せるはずです。何とかやってみます」

 今からつむぎがこの生きた根の部分と話し、真相を究明しようというのだ。まともな人間からすると、とんでもない作戦だが、岩鏡と打水はもはや何の疑いもなく、つむぎの邪魔にならないように、遠くで見守ることにした。三人であちこち捜査をして、つむぎも疲れているだろうが、焦らないように、とことん付き合いますからと、打水が声をかけておいたから大丈夫だろう。やってくれるはずだ。
 どのくらいの時間がかかるのかは、つむぎ本人でも分からないようだが、まさか、翌朝までかかることはないだろう。
 近くに小さな川が流れていたので、二人の刑事は手と顔を洗い、ちょうど二つあった平たい石に腰かけて、静かに待つことにした。
 
 遠くに見える山と山の間に、陽が落ちようとしている。民家も街灯もないこの場所は、すぐに闇に包まれるだろう。岩鏡の顔が夕陽で赤く染まっている。
 ここに一人で住んでいたおばあさんは、いったい、どんな暮らしをしていたのだろうか。遺体を見つけたのは郵便屋さんだというから、近所の人たちとは、あまり付き合いもなかったのだろう。近所といっても、ここからは一軒も見えない。おそらく、数キロ離れないと民家はないのだろう。おばあさんは自家用車を持ってなかったようなので、定期的に来る移動販売車などから食料品やちょっとした日用品を買って生活をしていたのだろう。
 この地に、たった一人で。
 いや、大きなケヤキとともに。

 つむぎはしゃがみ込んで、穴に向かって手を合わせている。
 まだ生きている木霊との交信を続けている。
 つむぎを信じて二人の刑事は待ち続けている。
 遠くに警察車両がポツンと停められていた。
 上空で鳴いていたトンビがいなくなった。
 やがて、あたりを闇が包み込んだ。

 数時間が経過した。
 闇の中につむぎがゆっくりと立ち上がった。
 月の光がシルエットを浮き上がらせている。
 黒スーツのズボンの裾の埃を掃い、穴に向かってもう一度頭を下げる。
 少し、ふらついているように見える。
 何時間もしゃがみ込んだまま体勢を変えることなく、飲まず食わずで、祈り続けたのだから、かなり疲れているはずだ。
 二人の刑事も立ち上がった。
 つむぎがこちらに向かって片手をあげる。
 終わったという合図だった。
 どうやら、翌朝まではかからなかったようだ。

 二人の刑事が更地に向かって歩き出した。
 つむぎと違い、平たい石の上に座っていたが、足が痺れていて、体中に疲労がたまっている。長時間の張り込みで慣れているはずだが、二人してフラフラになっている。さらに、空腹が、二人の疲れを倍増させていた。
 穴の周りに再び三人が集まった。
 岩鏡がつむぎに声をかける。
「大丈夫ですか?」
 一刻も早く交信内容を聞きたかったのだが、つむぎのやつれ果てた顔を見て、思わず、ねぎらいの言葉が出てしまう。
「はい。大丈夫です。遅くなって、申し訳ありませんでした。思いがけない展開になったものですから、時間がかかってしまいました」
「思いがけないといいますと?」打水が訊くが、
「まず、車に戻ろう。話はそれからにしよう」岩鏡が押しとどめた。
 立ったまま聞くのが、辛かったためだ。

 三人は開けた穴に土をかぶせて元通りにした。
 二人の刑事は立ち去ろうとしたが、つむぎが穴に向かって、また手を合わせているため、同じように手を合わせておくことにする。いつの間にか、二人も信心深くなっていた。
 おそらく、この根っ子はこれからも生き続けるだろう。
 いつしか、大木へと育っていくだろう。
 しかし、もう、この地を訪れることはない。
 しっかり、生き延びてほしいと三人は願った。

 あたりは静寂に包まれ、山の方で鳥が一声鳴いただけで、他に何の音も聞こえない。打水がスマホを取り出して、ライト機能をオンにし、懐中電灯代わりにすると、二人を先導して、車へと向かう。右手には三本のスコップを持っている。つむぎが、ときどきよろける。岩鏡が隣で支えるようにして、歩いて行く。三人はとても疲れていた。
 
 解体されて、ケヤキも掘り起こされた家屋に来たところで、何か分かるのだろうか。
 つむぎは最初、そう思っていた。何も残されてないと思っていたからだ。
 でも、ここに来てよかった。
 小さな根っこが生きていてくれたのだ。
 多くの話を聞くことができた。
 とても、感謝をしている。
 こんな時間まで付き合ってくれた二人の刑事にも感謝をしている。
 今、木霊から聞いたことを話そう。
 想像を絶する話だが、すべてを話そう。
 きっと、今の二人なら信じてくれるはずだ。

 つむぎは街に向けて走り出した車の中で語り始めた。
 それは、二人の刑事にとっては驚愕の内容であった。
「第一から第三の事件の被害者三人は、偶然その場に居合わせたわけではなく、最初から、その三人が狙われたようです」
 助手席にいる岩鏡が驚いて訊く。
「捜査した結果、三人につながりはなかったはずだし、木霊には個別に人を選別し、狙えるほどの力は持ってないと、あなたは言っていたが」
「はい。その点について、先ほどの交信で判明したことをお話しいたします。解体された家には、夫に先立たれたおばあさんが一人で住んでいました。やがて、そのおばあさんも亡くなりました。亡くなる際に、気がかりが一つあったのです。あの手塩にかけて育てた大きな木です。長年に渡って、家の大黒柱の役目を果たしてくれていたケヤキです。自然に、部屋の真ん中から生えてきた樹木でしたが、ときにはわが子のように、ときには亡夫のように、おばあさんは育ててきたのです。死後、おばあさんは天に召されることなく、地縛霊となってあの家に住みついて、大黒柱を見守っていたのです。ところが、ある日突然、家が解体され、大黒柱は切り倒されてしまったのです。おばあさんは嘆き悲しみました。そして、恨みを募らせました。何日も何日も泣いているうちに、同じように泣いている霊の存在を知りました。不本意にも、切り倒されたケヤキの木霊でした。同じように恨みを抱いてました。五十年以上にも渡り、ここで育ってきたのに、命を絶たれてしまったのですから。利害が一致した両者は、復讐を思い立ったのです。協力して、復讐をしようと決めたのです」

 ここまで聞いたところで、岩鏡が興奮して声を発する
「いや、ちょっと待ってくれ、つむぎさん!人霊が木霊に手を貸したというのかね!?」
「そうです。二つの霊が合霊したのです」
「合霊だと!?」
 そんな言葉を初めて聞いた。号令なら警察学校で、さんざんかけてきたが。
「はい。利害が一致した以外に、合霊に至った理由があります。それは、おばあさんのケヤキに対する異常なほどの愛情です」
「夫も子供もいないからな。その分、ケヤキに愛情を注いでいたのだろうな」
「それに、人里離れたこの環境です。周りに家もなく、ほとんど毎日、人に会うこともなく過ごし、寂しさも募っていたのでしょう。さらに、年を重ねてきたことから生じる死への恐怖が加わりました」
「かなりの高齢だったというわけか…」
「ところで、岩鏡さん。ケヤキが、家の真ん中に自生してきて、屋根を突き破るほどになるには、成長が早すぎるとは思いませんか?」
「そうだな。おばあさんが一代で育てたにしては、やたらと育ちがいいな」
「はい。おばあさんのケヤキに対する強烈な愛情が異常な行動を生んだのです。その行動によって、ケヤキは急速に成長していったのです」
「何ですか、その行動というのは?」
「おばあさんは自分の体のあちこちを傷付け、流れ出た血液をケヤキに与えていたのです」
「何だ、それは!そんなことで植物の成長が加速するのか?」
「私も植物学には詳しくありませので、そういう現象が起きるのかどうかも分かりません。しかし、ケヤキの木霊とおばあさんの人霊が一緒になって、私に伝えてきたことです。ケヤキは、そんなおばあさんの命を削るような愛情をしっかりと受け止め、異常な早さで成長していったのです」

 おばあさんは人里離れた家で孤独死していた。しかし、体中に無数の傷があった。古い傷もあれば、新しい傷もあり、カッターかナイフで切られたような跡だった。これは事件ではないかと、司法解剖に回されたのだが、何も異常は見つからなかった。結局、病死と判断されて、荼毘に付された。
 岩鏡たちはこのことを知らない。

「交信に時間がかかっていたのは、木霊と人霊の両者と話をしていたからです」
「そんなことがあるのかね?」
「私にとっても初めてのケースでした。しかし、これは先ほどあの場所で、根っこに宿る木霊に聞いて来たことです。間違いはありません」
「いや、あなたを疑っているわけではないのだが…」
 打水もショックを受けているようで、一言も発することなく、運転を続けてる。
「あまりにも話が現実離れしていて、俺の頭がついて行かんのだ」
 だが、そこまで言われると、そうなのであろう。木霊も人霊も見えないし、聞こえない岩鏡だったが、つむぎを信じるしかない。ここまで、つむぎは警察に協力してくれてきた。
それは署長からの依頼であったが、無報酬である。何の見返りもなく、働いてくれているのである。話す内容は信じ難いものだが、くわしく説明をされると、筋は合っているし、最後は納得できるものになる。今までは、そうだった。だから、信じざるを得ない。
 つづけて、岩鏡は疑問点を、つむぎへぶつけていく。
「では、なぜあの三人が犠牲となったのかね?」
「その答えも交信して分かりました。――ある日の夕方。そのおばあさんが街に出て来て、一人で歩いているとき、後ろから忍び寄って来た男にナイフで脅されて、かなりのお金を奪われてしまいました。たまたま銀行から下したばかりのお金だったそうです。おばあさんにとっては大金でした。奪ったのは第三の事件の犠牲者、丸太とロープで縛られていた上野作治です」
「ここで、上野につながるのか!」
「はい。また別の日に、おばあさんがふたたび街に出て、一人で歩いているとき、後ろをつけてきたバイクの男に、お金が入ったバッグをひったくられました。先日、上野に奪われたお金を補充するために、銀行から下したばかりのお金で、おばあさんにとっては、またもや、かなりの大金でした。ひったくったのは第二の事件の犠牲者、お腹を木刀で刺された松虫一二郎が総長を務める暴走族のメンバーでした。いわば手下です。おばあさんは警察に被害を届けると大事になると思い、黙っていました。ところが、二度に渡りお金を奪われた挙句、たまたま医療費がかさんでしまったため、生活費が足らなくなり、金融会社から借り入れをします。ところが、資金繰りがうまくいかず、かなり強烈で悪質な取り立てを受けて、精神的にも肉体的にも参ってしまいます。そのときのストレスが原因となって、亡くなってしまうのですが、そのとき何度も取り立てに訪れていたのが、第一の事件の犠牲者、お腹に柱の傷が出現した尾形武だったのです」
「ここで尾形が登場するのか。大手金融会社のエリート金融マンと聞いていたが、債権回収の担当だったんだな。――だから、あの三人だったのか」
「はい。犠牲者は、あの三人でなければならなかったのです」
「上野、松虫、尾形の三人は決して偶然ではなく、選ばれた三人だったというわけか。だが、第二の事件の場合、被害者はひったくった本人ではなく、暴走族の総長だったな。どうしてだろうか。連帯責任という奴か」
「ひったくった本人は当時入院中であり、その後は、高齢者からのひったくりを、総長にとがめられて、街を出て行って、今は行方不明だそうです」
「あまり遠くに逃げてしまうと、さすがの木霊も探しきれんのかね?」
「樹木同士の交流がうまく連結しないと無理なのです」
「ということは、やはり、松虫は総長だったから、代わりに死をもって責任を取ってもらったということかもしれんな。それはそれで、ある意味、暴走族の総長としては立派な最期だったかもしれんな。それにしても、たとえ樹木であろうと、積年の恨みとは恐ろしいもんだな」
「警部」ここで打水が疑問を呈する。「登場人物がもう一人います。敦盛そう子さんです」
「そうか。アスレチック公園で一命を取りとめた女性か。そういえば、なぜ、あの女性が襲われたんだ?話を聞いた限りでは普通のOLだったがな。何か裏で悪いことをやっていたのか?どうかね、つむぎさん?」
「公園でのターゲットは三番目の犠牲者である上野作治さんだけだったと思われます」
「つまり、敦盛さんは関係ない。上野を殺害するにあたり、邪魔だったということかね?」
「おそらく、そうでしょう。殺人現場を見られてはいけないので、追い払ったのでしょう」
「それにしては過激だな。彼女はロープに首を絞められて赤くなっていたくらいだからな」
「殺害とまではいかないまでも、失神させるくらいの力で巻き付いたのでしょう」
「だが、偶然持っていた包丁のお陰で脱出できたと。ロープにそこまでの加減なんか分からんだろうよ。危機一髪だったことは確かだな。よくぞ、生還したよ」

 第一から第三の事件の全容は分かった。だが、警察としてはどうしようもない。何ら、物的証拠はないし、目撃者もいない。木霊と人霊の話を持ち出したところで、公判は維持できそうにない。いずれの事件もこのまま事故として処理するしかないのか。
 しかし、もう一度事件は起きるはずだ。ケヤキは四つに分割されたからだ。
「四つ目の木のことは、何も言ってなかったかね?」
「おばあさんが恨んでいる人間はもういないそうです。ですので、もう霊界に帰ると言ってました。ただ、育てていたケヤキが四つに分割されたことは知っていました。四分割目は“ドア”に加工されているはずだと、私に伝えてきました」
「ドアか…。ドアだけじゃ多すぎて分からんな。新築の家もあれば、リフォームしている家もあるからな。それに、販売前の展示されているドアもあるぞ。それに、この街とは限らん。どこか遠くへ運ばれているかもしれん。もしかしたら、海外へ行ってしまったかもしれん。これは困ったな」

 ここまで、つむぎによって、一連の奇妙な出来事の説明がなされてきたが、ここに来て、行き詰ってしまった。岩鏡はどうしたものかと、空を見上げようとしたが、天井だった。
車の中だということを忘れていた。打水は運転を続けているが、二人のやり取りは聞いていたはずだ。その後、何も言葉を発しないが、頭の中が混乱していることは確かだろう。
 そうやって、混乱しているところに、“ドア”という難問が、新たに追加された。
 引き続き、署内で協力し合って、捜査は続けるが、“ドア”だけが手掛かりでは、困難を極める。あまりにも数が多すぎるからな。せっかく、第一から第三の事件まで解決しそうだというのに。といっても事故で処理されるわけで、完全な解決とまではいかないのだが。
 何といっても、犯人は木霊と人霊だ。しかし、両者が存在し、交流もできるなどという証拠は、裁判所に出せないのだから、頭の固い裁判官が信じるはずもない。
 そもそも、この俺も、つい先日まで木霊だの人霊だの信じてなかったのだから、その点、納得できないというか、しっくりこない。モヤモヤが残ったままの解決である。
 せっかく、心おきなく定年を迎えられそうだというのにな。
 ケヤキの件は灰色のままの解決と言うことで、長年に渡って廃材を横流ししてきた亀戸課長を逮捕して、自分の定年に花を添えて終わりだな。解体の坂口社長が言っていた通り、市の幹部の逮捕だから大きな捕り物になる。奴が捕まって喜ぶ連中がたくさん出てくるだろう。どれくらいの人に感謝されるかなあ。署に感謝の差し入れが山のように届くかもしれんな。新聞に俺の名前が大きく載るかもしれん。写真も掲載されるかもしれん。テレビ出演のオファーも期待できる。早めに散髪へ行っておこうかな。友人知人、親戚縁者、向こう三軒両隣、ご近所のみなさんには、大いに自慢ができるな。
 岩鏡は警察官としての最後の大きな仕事に思いをはせた。
 しかし、翌日になって、岩鏡の計画はもろくも崩れた。
 亀戸課長が遺体で見つかったからだ。第四の事件の犠牲者として…。

「近くに木製のドアがあるはずだ!」岩鏡が電話をかけてきた警官に怒鳴る。「そう、ドアだ、ドア!日本語で戸だ。扉だ。網戸でも障子でも便所の戸でもかまわん。とにかく木製のドアだ。――何!便所のドアがある!?木製だと!それだ、それ!そのドアは大事な証拠品になるから、丁寧に保管しておいてくれ。――何、燃えてる!?なんで、便所のドアが燃えてるんだ!?」
 岩鏡は定年に花が添えられなくて、怒り心頭に発していた。
 自分の頭の中も爆発して、燃えていた。

 岩鏡は打水を伴って現場に急いだ。つむぎはいない。今回の事故が第四の事件かどうかは、現場を見てみないと分からない。第四の事件かどうかが判明するまで、いつもの日常に戻ってもらっていた。彼女も忙しい。今頃、巫女として舞を舞っているか、お守りを売っているか、御朱印を描いているか、境内を竹ぼうきで掃いていることだろう。
 今回の捜査協力の謝礼は拒否された。当初からそういう約束だったからと主張されて、感謝状さえも受け取ってくれなかった。代わりに署長が署員の人数分のお守りを永流神社から買うことにしたらしい。もちろん、経費では落とせないため、署長の自腹だった。自分が綿時つむぎに捜査の協力依頼をしたのだから、自分で支払うのは当然だと、岩鏡に言ったらしい。姪っ子も叔父も、そろって頑固者だった。

 現場は閑静な住宅街にある一戸建ての家だった。岩鏡たちが到着した時は、まだ消防車が止まって、道路上にホースがうねっていた。通行人の通報により消防車が三台出動したが、一階の一部が焼けて、一人の成人男性の遺体が発見されたという。おそらく、この家に一人で住む亀戸課長だった。もともとは子供二人を含めた四人家族だったのだが、事情により別居中で、課長一人で暮らしていたらしい。三十分後、火は消し止められた。
 岩鏡は打水とともに家に入った。まだ煙がくすぶり、焦げた臭いが漂う中、消防署員が現場検証を続けている。二人が入って行くと軽く会釈をされた。三人の警官が待っていた。一人は岩鏡に電話をかけてきた若い警官だった。遺体はすでに搬送されて、解剖に回されているという。
「火元はここです」その警官が指を差したのは通報してきた通り、トイレだった。トイレの窓から煙が出ているのを、通りかかった人が見つけて通報してくれたらしい。上下ジャージ姿の男性が体を横にして倒れていたという。亀戸課長と思われる人物だ。見たところ、着衣に乱れはなく、燃えていたり、焦げていたりする跡はなかったという。よって、死因は焼死ではなく、煙を吸い込んだことによる中毒死であると思われた。
 トイレの木製ドアが外されて、廊下で横倒しになっている。三分の二ほどが燃えて真っ黒になっていた。幅が六十センチ。高さは二メートルほどの、大きさとしては普通のドアだった。トイレの内部には燃えた跡はない。天井も床も壁もきれいなままだ。
「なぜ、便所のドアが燃えたんだ?」岩鏡が三人の警官に訊く。誰でもいいから、答えてくれればいい。一人が口を開く。
「それが分かりません。職場の市役所に問い合わせたのですが、被害者の方は喫煙者ではないようなので、タバコの火の不始末ではなさそうです。家の中も調べましたが、ライターや灰皿類はありませんでした。トイレ周辺には火の元がありませんし、周りに発火しそうなものは何も落ちてませんでしたので、何が起きたのか分からないのです。ですので、消防署員の方も困っておられます」
「どこかでスマホが発火する事故があっただろ」
「あたりにスマホは落ちてませんでした」
「仏壇のロウソクは倒れてないか?」
「便所の中に仏壇は置いてません」
「アロマキャンドルはないか?」
「アロマをたしなむような人物ではありません」
「キミは亀戸課長を知ってるのか?」
「はい。有名な不届き者です」
「そうか。うーん」岩鏡は腕を組んで唸る。
 その間合いを見て、打水が訊いてくる。
「漏電じゃないですかね?」
「そうだな」岩鏡がトイレの中に入ってみる。天井に電灯が一つ付いている。
「打水、電気のスイッチを入れてみてくれ」
 打水が外にあるスイッチを押す。トイレ内の電気はちゃんと点灯する。異常はない。もう一つのスイッチを押す。トイレ内の小さな換気扇が回り出す。異音はしない。その換気扇と便器の暖房や温水便座を調べてみるが異常はなく、漏電の跡は見当たらない。
「電気系統じゃなさそうだな」岩鏡がトイレから出てくる。「火元がわからんとなると、あいつはどうやって死んだんだ?」

 二人の刑事は廊下で横倒しになっているドアを調べる。丁寧に保管するように言いつけていたので、ちゃんと取り外して、脇に置いてある。
「これが問題のドアだ。あの大黒柱から作られた可能性が高い」
「ドアだけ新しそうですね」
「あのケヤキから分割されて、作られたものだろうよ。燃えていない箇所を見ても、傷や汚れはないし、表面にはまだ艶がある。周りを見ても、このドアだけが新しい。何らかの事情でこのドアだけを取り換えたんじゃないか?ドアにヒビが入ったとか、穴が開いたとか、鍵がおかしくなったとかの理由で。――いやあ、それにしても見事な彫刻だ。これは亀か?」
 そのドアには、トイレにはもったいないほどの細かな亀の彫刻が施されていた。中国の神話に登場する四霊の一柱に数えられている霊亀である。蓬莱山を背負うほどの巨体と言われ、千年以上生きた亀がなると言われている想像上の霊獣である。おそらく、亀戸が自分の長寿を願い、名前にあやかって彫らせたものだろう。残念ながら、長寿の願いは叶わなかったようだ。
 打水は岩鏡の推理を聞いているのかいないのか、ドアを立てたり、裏返したり、ニオイを嗅いだり、叩いて音を確かめたりして、熱心に観察をしている。
「しかし、警部。燃えているのはこのドアだけですよね。他には見当たりません。発火点を探すと、どうも、このドアの内部じゃないかと思うんです」
「内部とは何だ。ドアの中から火が噴き出したとでも言うのか」
「そうとしか考えられません」
「どうやったら、ドアの内部で火が噴くんだ?」岩鏡はかがみ込んでドアの厚さを見る。厚さは四センチほどだ。「この中で何かの摩擦でも起きたのか?あるいは、熱がこもって爆発でも起こしたのか?」
 ドアの燃えた跡の隙間から内部を覗いても空洞なだけで、何も仕掛けは見当たらない。他の部分を叩いてみても、異常な音は聞こえてこなかった。
 
「燃え残った部分を永流神社に持って行って、つむぎさんに見てもらいませんか?」
 打水が提案する。
「そうだな。場合によってはつむぎさんを呼ばなくてはならないと思っていたのだが、こちらから尋ねるとしよう。署長には俺が連絡をしておく。何とかこれで全部解決してもらいたいものだな」
 これで定年に花を添えられると思った。だが…。
「だがな、打水。おかしいと思わんか。第三の事件までは木霊が引き起こしていた。だから、すべて木が関係している。木くずが体内に入ったり、木刀が刺さったり、丸太で殴られたりしている。ところが、この第四の事件はどうだ。遺体のそばに木製のドアがあったが、ホトケさんは煙を吸い込んで死んだようで、ドアにやられたわけじゃない。この事件には、木が関係してないんだ」
「確かに、遺体には木くずも付いてないし、木が刺さった跡や、木に殴られた跡はありませんね」
「そうだろ。俺が木霊だったら、あいつの頭の上から、この重いドアを振り落として、ぶっ殺すぞ」
「警部が木霊ですか?」
「たとえばの話だ。相手が有名な不届き者であっても、俺は警官だ。危害なんぞ加えないし、ちゃんと、法に裁かせる。日本は法治国家だ。――便所のドアを開かなくして、奴を飢え死にさせるという方法もあったな」
 
 結局、なぜ、今回の事件に木が関係してないのかは、議論しても分からないままだった。その点も含めて、つむぎに解明してもらえることを期待して、打水一人が燃え残ったドアの一部を持って神社に行くことになった。例の神木に囲まれた地で、ドアに残った念を読み取ってもらうことにしたのだ。今のところ、捜査は行き詰まり、また事故として処理されそうだったからだ。二人の刑事の意見としては、第四の事件の可能性が高いというものであった。岩鏡は捜査協力をしてくれている署の連中と情報交換するために、いったん署に戻ることにした。

 つむぎは永流神社でのいつもの仕事を終え、打水を待ってくれていた。巫女衣装のままでエクステを外し、ショートカットになっている。戦闘態勢は整っているということだ。 
 打水は前回のお礼を言ってから説明を始めた。
「たびたび申し訳ありませんが、どうやら第四の事件とおぼしき事故が発生しました。今のところ、警察内部では事件ではなく、事故との見解です。先ほど電話で話したとおり、これが焼け残ったトイレのドアの一部です」
 ドアの上部三分の一を、警察車両に乗せて持参していた。ドアからはまだ焦げ臭いニオイが漂っているため、あとで車の中を消臭する必要があった。
「残りは燃えて真っ黒になっています。おそらく、何も読み取れないのではと思いまして、ドアの一部だけを切断して、持ってきました。今回の犠牲者は男性が一人。市の建築指導課の亀戸課長という人物です」
 課長が、常日頃から解体で出た廃材などを横流ししていたことは説明済みであった。そのことと、今回の事故は関連していると思われるからである。
 神木に囲まれた地に着くと、焼け焦げたドアの一部を大きな石の上に置き、つむぎは小さな石の上に座って、祈りを捧げ始めた。この時にだけ使用するという特別なお守りを首から下げている。打水は前回と同じく、少し離れたところに、用意してもらったパイプ椅子に座って、虫除けスプレーを片手に、儀式が終わるまで待つことにした。
 時は夕方。今のところは静寂が林を包んでいる。
 また、長い儀式になりそうだった。

 岩鏡と打水の他にも数人の捜査員が動いてくれていた。署長の気遣いによるものだ。四分割目の木を加工して、新しくドアに仕上げた建具屋=重陽建具店を、一人の捜査員が市内を走り回って、見つけ出してくれた。大黒柱の一部は工務店から、孫請けの会社にまで流れていたという。
 そして、それは亀戸課長の家のトイレのドアで間違いなかった。課長は日頃からトイレのドアのデザインが気に入らなかったという。いいタイミングで、いい木が手に入ったので、いいデザインのドアを特注で作ってほしいと言われて、その孫請け会社はかなりいい値で引き受けたという。ただ、たかだかトイレのドアだというのに、繊細な彫刻を施すようにと希望されて、かなりの手間がかかったということだった。
 
 岩鏡はその捜査員と話していて、ふと疑問を感じた。
 あのドアは大黒柱を四分割したちょうどの大きさだったのか?余った木材はないのか?
 捜査員もそこまでは訊いてなかったというので、直接、建具店に電話をかけた。訪問しているヒマはないからだ。うまい具合に、ドアを製造した社長自身と話すことができた。
「あのトイレのドアですか。はい、私が作りました。わがままなお客さんで困りましたよ。ややこしい霊亀とかいう亀の彫刻を施せと言われましてな。霊亀が載った図鑑を見せられました。えらく時間がかかりましたよ。おまけに、光沢を出すためのニスの色まで細かく指定されまして、あんなお客は初めてですよ」
「だが、市の課長だから断れなかったということですな」
「あらっ、課長さんだと分かっておられるんですか?」
「建築指導課の亀戸課長さんですね。こちらはちゃんと調べてますよ」
「あらら、日本の警察は優秀だ」
 亀戸課長が亡くなったことはまだ報道されていないので、この社長は知らないはずだ。
「そちらに持ち込まれた木材は、ちょうどあのドアと同じ寸法だったのですか?」
「いやいや、ちょうどではないですよ。いくつかに切って、それを組み合わせて、私の長年の経験を元に、パズルのように組み上げて、うまくドアの形に作り上げたのですよ。逆に、そのつぎはぎが良いと言われて、大いに気に入ってもらえたようですがね。まあ、多少の資材は余りましたがね」と自慢げに話す。
「余った木はどうされたのですか?」
「燃やしましたよ」
「燃やした!?確かに燃やしたんだな!?」
「はい。庭で燃やしましたけど、それが何か?」
「いや、何でもない。何でもないです」
 ――ああ、これで火とつながったか。
 打水の見立てによると、ドアの内部から火が噴き出していたという。どこかで、火との接点があると、岩鏡は睨んでいたのだ。まさか、ここでつながるとは。
「社長の家で燃やしたのですか?」
「いいえ。あの課長の家の庭にある焼却炉で燃やしました」
「なに、課長の庭だと!」
 ――そうか。
 課長は自宅の庭に焼却炉を設置して、横流しで余った廃材などを燃やし、証拠隠滅を図っていたんだな。あいつは廃材まで売りつけるらしいからな、よほど使いようがない半端な余り物だったのだろう。
「はい。庭でイモパーをやってたんですよ」
「イモパーって、何ですか?」
「焼き芋パーティーですよ」
「あんた、人が死んでるのに、のんびり芋を喰ってていいのか?」
「えっ、どういうことで?」
「あっ、いや、こっちのことだ。気になさらないでください。その余った木は、そのとき全部燃やしたんだね?」
「はい。燃やしてます」
「それは確かだね?」
「はい、確かです」
「ありがとう。助かったよ」
 よかった。これで、ケヤキの大木から発生した事件は終わりだ。四つもの事件が起きて、四人もの被害者が出てしまったが、樹木が相手となると、防ぎようはなかった。この四つ目の事件の真相を明らかにして、終わりとしよう。署長も報告を待ちわびておられるだろう。

 電話を切ると、岩鏡は打水にメールを送った。電話にしようかと思ったのだが、呼び出し音で、つむぎの儀式の邪魔になってはいけないと、メールに変えたのだった。打水のことだから、マナーモードに切り替えているだろうが、念を入れておいた。

“打水へ。木と火がつながった。四分割目のケヤキでドアを作り、余った部分を亀戸課長の家の庭で焼却していたことが分かった。おそらく、課長に火で燃やされたという恨みを、課長を火で殺すという形で返したと思われる。なぜ、木ではなく、火を用いて復讐したのかは分からん。そちらにあるドアの一部から、そういった念が読み取れればいいのだが。後でそちらに向かう。岩鏡より”

 つむぎがゆらりと立ち上がった。
 ああ、終わったか…。
 打水も立ち上がろうとしたが、つむぎの様子がおかしい。
 十本ある神木のうちの東西南北に立つ特に巨大な四本のうちの北の神木に歩み寄った。つむぎはその大木をしばらく見つめていたと思うと、ゆっくりと右手を差し出し、木の幹に触れた。そのまま首を垂れ、動かなくなる。
 どうしたんだ?
 打水はパイプ椅子に座り直し、しばらく様子を見ることする。
 つむぎは五分間ほどしてから北の神木を離れ、西の神木へ向かい、右手を幹に触れると、ふたたび首を垂れ、動かなくなった。
 続けて、南の神木、東の神木と四本の神木をすべて回ると、元の小さな石の上に座り込んだ。祈るように手を合わせたままの状態で、さらに一時間ほどが経過した。

 いったい何が起きているのか?
 打水もこのようなことは初めてで、気が気でない。彼女の体調は大丈夫だろうかと心配になる。岩鏡からメールが届いた。どうやら木と火がつながったらしい。亀戸課長が関連していたという。これですべてが解決したのではないか。このことを早くつむぎさんに伝えたいのだが、儀式はまだ終わりそうにない。

 突然、肩を叩かれて、ビクッとする。振り向くと、岩鏡が立っていた。手にパイプ椅子と虫除けスプレーを持っている。ちゃっかり、神主さんから借りてきたようだ。
“どうだ?”
 少し離れたところに座ると、儀式の邪魔にならないように、目で訊いてくる。
“あの状態のまま動きません”
 打水は目で答えるとともに、首を左右に振った。これで意味は伝わるだろう。
 つむぎは神木に向かって祈りを捧げているかのように、手を合わせたまま動かない。
 岩鏡は十本の神木が輪になって立つ林を、あらためて眺めてみる。
 永流神社に代々に渡って受け継がれてきた儀式。これができるのは、この神社に仕える父娘だけだという。やがて、つむぎに子ができると、能力が引き継がれて行くのだろう。その能力を今は犯罪の解明に使わせてもらっている。そもそも、そのような使い方はしないはずだ。神社の繁栄や継続、布教や信仰などのために、使うべき能力なのだろう。署長の推薦とはいえ、無理を言っているのは確かだ。しかし、ここまで確実に、事件の解明をしていただいている。警察の捜査だけなら、いまだ第一の事件のところで、止まっていたはずだ。そして、すべての事件は事故と判断されていたはずだ。岩鏡と打水は納得できないまま、事故として処理されたという書類に向き合っていたはずだった。
 さらに三十分ほどが経過したところで、つむぎが立ち上がり、ドアの一部を抱えて、薄暗い闇の中を、こちらに歩いて来る。どうやら、終わったようだ。時は深夜に達している。
 だが、こちらに向かってくるつむぎの様子がおかしい。
 何かが、つむぎを包み込んでいるように見える。
 岩鏡は思った。 
 もう遅い時間だ。かなり、疲れているのだろう。
 ならば、彼女を包み込んでいるのは、疲労感か。倦怠感か…。
 やがて、つむぎの姿がはっきり見えた。
「胸はどうされたのですか!?」岩鏡が叫ぶように言う。
 つむぎの胸元は焼け焦げていた。

 つむぎは打水に預かったドアを返した。
「大丈夫です」手にお守りの断片らしきものを握っている。「これが私の身代わりとなってくれました」
 巫女衣装の胸元で交差している襟の部分が焦げていた。少し見える皮膚も赤くなっている。そこはちょうど、この儀式のときだけに使用するという特別なお守りが下げてあった所だ。そのお守りが燃えて、原形をとどめていなかった。
 いったい何が起きたのか、岩鏡は訊こうとしたが、つむぎは儀式の内容を話しはじめた。
「この木製ドアから念を読み取ることはできませんでした。いくつかの方法を試してみたのですが、念が読めないのです」
 打水は、つむぎが四本の大きな神木に、個別で向かい合っていたつむぎの姿を思い出した。あれはいくつかの方法の中の一つなのだろう。
「念が読めないというのは」岩鏡が訊く。「念がもう存在しないのですか?それとも、薄いというか、微妙なので読めないということですか?」
「存在しないのではなく、念は確かに残っています。神木もそれを受け止めてくれてます。しかし、微かなので読みにくいことに加えて、火の念が邪魔をしてくるのです。木の念を読みにくくして、さらに私と神木との連結を邪魔してくるのです。ですから、直接、神木自身から読み取ろうと、木の幹に手を合わせてみたのですが、どうしてもできないのです」 

 岩鏡は四分割されて余った木を、課長が家の焼却炉で燃やしたことを説明した。だから、ここに来て、火が関係してきたのではないかと、自慢の推理を展開した。
「焼かれたことで、相当の恨みを募らせたのでしょう」つむぎは手に持っているお守りの断片を握り締める。「火の念が具象化して、私を襲って来たのです」
「そんなことがよく起きるのですか?」岩鏡は驚いて訊く。
「いいえ。私も初めての経験です。このお守りがなければ、殺されていたと思います」
 衝撃的なことを、あまりにもさらっと言われて、二人の刑事は言葉が出ない。
 お守りは何かの黒い固まりにしか見えない。首から下げるためのヒモの一部が結びついていたので、かろうじて、お守りの燃え残りだと分かる。
「もう、そのお守りは使えませんね」打水が気の毒そうに言う。
「はい。しかし、これと同じお守りはまだあります。かつては、五つありました。儀式の際に木霊師を守護するため、代々、神社に伝わっているものです。そのうちの一つは明治の初期に燃えました。先ほど私が経験したように、火の念に襲われたと書庫にある文献に記されてます。そして、今日、二つ目が燃やされました。ですので、残りは三つあります。今後の儀式には、そのうちの一つを新たに取り出して使用いたします」
「それは形のある生命保険みたいなものですな」岩鏡が言う。
「残りの三つのお守りが全部なくなったらどうなるのですか?」打水が訊く。
「私にも分かりません。おそらく、父も知らないと思います。なくなった後のことに関しては、何も伝わっていないからです」
 つみぎはそこまで話すと、もう一度、振り返って、名残惜しそうに、神木を見上げた。
 手にはお守りを握り締めたままだった。
 もはや、儀式を再開するつもりはないようだった。

 岩鏡も同じように木々を見上げる。
 打水はドアの断片を抱えたまま立っている。
 この焼け残ったドアは、つむぎに何かを伝えようとしている。
 しかし、それが読み取れないという。
 岩鏡はドアと神木を交互に見比べた。
 もう、つむぎさんは神木との交流はできないのか。
 まだ、火の念とやらが、邪魔しているのか。
 木の念が火の念を呼び起こしたというのか?

 岩鏡は儀式を終えて戻って来たつむぎを見て、疲労感か倦怠感が包み込んでいるのではと思った。しかし、それは間違っていた。つむぎを包み込んでいたのは、敗北感だった。
 火の前に、木霊師は負けたのか?
 
 つむぎさんはここまでよくやってくれた。命がけで働いてくれた。これ以上お願いすると、たとえ、お守りがあるといっても、死んでしまうかもしれない。彼女は死ぬまで儀式をやり続けるだろう。たとえ、この林の中で死んだとしても、もう誰も後継者がいなくなったとしても、それが木霊師としての務めではないだろうか。ここで、神木に見守られながら死ぬことに悔いはないはずだ。つむぎさんは常に覚悟を持って、この儀式を行ってくれていた。そのことを岩鏡はひしひしと感じ取っていた。
 今まで、つむぎさんに甘えていた部分もある。最初は疑っていたのだが、その特殊な能力を目の当たりにするにつれて、任せきっていたところがある。
 もう、いいのではないか。後は俺たち、警察の仕事だ。
 彼女を死なせてはいけない。
 署長の大切な姪っ子は、もっと生きなければならない。

 林の中に立ったまま、時間だけが経過していく。
 つむぎも打水も黙ったままだ。
やがて、岩鏡が口を開いた。
「これで四分割されたケヤキのすべての部分の行先が分かりました。一分割目は木くずと木片となり、二分割目は木刀となり、三分割目は丸太となり、四分割目はドアとなり、残りの木は焼却処分されました。すべての恨みは晴らされたはずで、その首謀者はすでに亡くなっているおばあさんです。ケヤキを大黒柱として育てていた方です。第一から第四の事件まで起きましたが、警察としては第一の事件は、腹に傷が出現した事件ですが、病死と判断することに決まりました。第二の事件は、事故で腹に木刀が突き刺さったとし、第三の事件も、事故で丸太とロープがからまったとし、第四の事件は火事で中毒死したことになりました。そして、警察の見解としては、これ以上、木に関連した事件が起こることはないと考えております。後は警察が処理をいたしますから、お任せください。といっても、書類作成の事務処理ですけど。――つむぎさん、これまで、いろいろとありがとうございました」

 岩鏡の警察としての説明を終わり、つむぎに対して、警察から感謝の意を表し、頭を下げた。打水もドアを抱えたまま、頭を下げる。これで事件は解決したと思われた。
 しかし、つむぎが話し出した。
「警部さんの説明は分かりました。有り難いお気持ちも受け取りました。しかし、どうしても、私には納得がいかないのです。もう一日、このドアをお借りできませんか?明日の夕方にはお返しいたします」
「そうですか」岩鏡は少し納得いかない表情で答える。「いいですよ。署長には俺から言っておきましょう。しかし、もうこの時間です。まだ儀式を続けるのですか?」
 ならば、止めなくては。これ以上、彼女に続けさせてはいけない。
 そうだ。お父さんに相談してみよう。
 師匠なら止めてくれるかもしれない。
 岩鏡はそう思ったが、
「いいえ。私にはもう無理なのです」
「えっ!?」二人の刑事は驚いた。
 つむぎからこんな弱気な言葉を聞いたのは、初めてだったからだ。
 表情を変えず、常に冷静で、淡々と事をこなし、結果を出してきたというのに。
 今回の儀式で何があったというのか?

「先ほど申し上げた通り、火の念が邪魔をしてくるため、木の念が読めず、神木との会話ができないのです。その火の念は、私に何かを訴えようとしているのです。それが分かれば、すべてが解決できるのですが、私には手に負えないのです」
「…で、どうなさるのですか?」岩鏡が心配そうに訊く。
「火の念が読める人物に明日、来ていただきます」
「そんな人がいるのですか?」
「はい。火霊師と呼ばれている方です」

 翌日。つむぎはいつもの白衣と緋袴の巫女衣装で、永流神社の境内に立っていた。胸には新しいお守りが下がっている。隣に、緋色の小袖を着て、緋袴を履いている全身深紅の女性がいた。同じく巫女のようだ。つむぎと同じくらいの年齢に見える。つむぎはエクステを外しているため、髪は短いが、その女性の髪は長い。自分の髪なのか、エクステを付けているのかは分からない。右手に何かを下げている。その中で小さな火がチロチロと燃えている。
 つむぎが呼んだ火霊師であった。

 二人の若い女性は岩鏡と打水の前に立ち、それぞれ自己紹介をした。
「火焔神社の巫女、白露ひなたと申します」火霊師はそう名乗った。「証拠物件のドアをお借りいたします。夕方までにはお返しできると思います」
 木霊師だけでも、その存在に驚いていたのに、ここに来て、火霊師なる人物が登場するとは、この世にはまだまだ知らない世界があると岩鏡は思った。しかし、つむぎさんが連れてきた人物だ。詳しい詮索などせず、信用して任せることにしよう。
「分かりました。署長の許可は取ってありますので、遠慮なくお使いください」
「ありがとうございます」
「どうですか。何とかなりそうですか?」岩鏡が興味深そうに訊く。
「はい。このドアの一部を見ますと、焦げている部分がありますので、そこから火の念を読み取ろうと思ってます。木の念も残ってますので、つむぎさんと協力して、行って参ります」
「分かりました。よろしくお願いします」岩鏡と打水は揃って、頭を下げる。
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」ひなたも深々と頭を下げた。
「ところで、その手に持っておられるものは何ですか?」
「はい。わたくしが仕えます火焔神社から持参いたしました神火です」岩鏡の目の前にランタンを掲げて見せる。全高三十センチほどの真鍮製のランタンである。燃料は灯油が使われているらしい。「火の念を、この神火を媒介として読み取るのです。つむぎさんが木の念を、十本の神木を通して読み取るのと同じことです」

 二人の巫女は神木の地へ向かって歩き出した。背格好は同じくらいである。あんな小さな女の子に、恐るべき能力が宿っているとは、いまだに岩鏡は信じられない思いでいる。警察さえもかなわない力で、事件を解決してくれるとは、驚くばかりである。
 二人巫女の後ろ姿を見つめる二人の刑事。
「これで何とか終わりにしたいな」岩鏡が言う。
「そうですね。こんな奇妙な事件は、もうこりごりです」
「それにしても、何とか霊師というのは、何であんなに生真面目なんだ?つむぎさんにしても、今のひなたさんにしても、若い女性のくせに愛想のカケラもないじゃないか」
「つむぎさんは、おそらく社務所にいるときニコニコされてますよ。参拝客の相手も巫女さんの大切な仕事ですからね」
「そのときだけだろ」
「生真面目じゃないと、木や火とは話ができないんじゃないですかね」
「それにしてもだな、二人とも二十歳くらいだろ。箸が転んでもおかしい年頃だぞ。あの二人の前で箸が転んでみな。笑うこともせず、黙って箸置きに箸を戻すタイプだぞ」
 二人の刑事は儀式につき合うことはせず、署に戻ることになっていた。今回の事件に関する書類仕事がたまっていたからである。デスクワークも刑事の大切な仕事だった。

 つむぎとひなたは神木の地に着くと、十本の神木に向かって一礼をし、大きな石の上に焦げたドアの一部と神火の入ったランタンを置き、二人は小さな石の上に並んで座った。手を合わせて姿勢を正す。ひなたもこの場所は初めてではない。何度も訪れている勝手知ったる場所であった。
 静かな林の中で、静かに手を合わせる二人。
 つむぎがふたたびドアの念を読み取ろうと試みる。
 静かに時が過ぎていく。
 やがて、つむぎが口を開いた。
「やはり、木の念とは話せないようです。火の念が重なってきます」
 ひなたが答える。
「私が火の念を薄れさせましょう」
 ランタンの中で灯っている神火が大きく揺れ出す。
 全身深紅のひなたの姿が林の中で映える。
 数分後、ひなたは合わせていた手をほどき、空を見上げる。
 そこには十本の神木の枝葉が、かぶさってくるように生い茂っている
「何かが火の念とくっついてます。それが原因で神木も読み取れないようです」
「人霊ではないですか?」つむぎが言う。
「ああ、そうですね。人霊かもしれませんね」
「ケヤキを育てていたおばあさんの霊ではないですか?」
「もう一度、やってみましょう」
 つむぎに言われて、ひなたはふたたび手を合わすと、焦げたドアの破片から発する気に向かって行く。つむぎもひなたを応援するように自分の念を濃くしていく。ランタンの神火はさらに激しさを増す。
 そして、さらに数分が過ぎた。
「これは人の本霊ではなく、念ですね」
「えっ?これは念にしては強すぎると思いますが」つむぎが驚いて言う。「それにおばあさんは、もう恨んでいる人間はいないため、霊界に帰ると言っていたのです」
「しかし、あまりにも恨みが強いために、おばあさんの本霊があの世に帰っても、念だけは、まだこの世に居残っているのでしょう」
 おばあさんの晩年を思うと、恨みの霊が残るのも、致し方ないのかもしれない。
 二度に渡ってお金を奪われ、取り立てに追われ、そして、子供や夫の代わりに育てたケヤキが切られてしまった。自分の体を切り刻み、流れ出た血液を栄養分として与えていた
大切なケヤキだった。恨んでも恨み切れない。恨みを晴らすまでは成仏するわけにはいかない。そんな強烈な思いに、念はこの世に留まり、木霊師も火霊師も翻弄されている。
「――サツマイモ?」
 つむぎは、ひなたが発したこの場にそぐわない言葉に驚く。
「えっ、サツマイモですか?」
「はい。火の念と合体しているおばあさんの念が伝えてきています」
「お料理でもされていたのでしょうか?それとも、栽培でもされていたのでしょうか?」
「これだけでは分からないのですが、これしか読み取れません。よほど強烈な意味合いを持っているのかもしれません。しかし、この言葉を伝えてきて以降、重なっている火の念は薄れつつあります。今なら、木の念と話せるかもしれません。つむぎさん、やってみてください」

 ひなたに言われて、つむぎは精神を最大限に集中させる。
 隣にひなたがいるというだけで安心できる。
 霊師として、幼い頃から共に歩んできた。
 共に泣き、苦しみ、悲しみ、悔やみ、そして、共に笑ってきた。
 つむぎのひなたに対する絶対的な信頼感。
 ひなたのつむぎに対する絶対的な信頼感。
 それがつむぎの力を最大限に引き出して行く。
 神木が発する金や銀の色を有した香りが、頭上から輝きながら降り注いでくる。
 もはや、つむぎの心の中に迷いはなく、雑念なく、虫の音は聞こえず、神木の葉擦れさえも聞こえず、ただ、空虚と化す。
 ――そして、長い時間が過ぎた。
「最後の木の念が読めました」
 つむぎがひなたに伝えた。
 ひなたはつむぎの自信あふれる声を聞いて、儀式がうまくいったことを確信した。
「ひなたさんのお蔭です」つむぎが感謝を口にする。「わざわざお越しいただきまして、ありがとうございました」

 ひなたが操るランタンの神火がしだいに小さくなっていく。
 神火を写していた深紅の衣装の色も、林の緑の中に薄れていく。
 儀式は無事に終わった。
 今までの事件の概要はひなたに伝えてあった。四つの事件が起き、四人の犠牲者が出たことを伝えてある。そして、それらの事件を引き起こしたのは、亡きおばあさんだということも伝えてある。つむぎも、岩鏡が説明した警察の見解通り、一連の事件は終息したと考えていた。
 しかし、今、五番目の事件が起きようとしていた。

 数時間ぶりに立ち上がったつむぎは、木の念から読み取った内容を、ひなたに説明する。
「ケヤキは四つに分割されました。四つ目はドアに加工され、ドアの内部から発火させて、住人を煙死させたのです。しかし、四つ目からさらに分割された最後の木片は、焼かれずに残っています。すべてのケヤキが完全に焼却されていないのです。その最後の木片にも、おばあさんの強烈な念が、残滓のようにこびり付いています。早く、その木片を回収しなければなりません。また、新たな事件が起きてしまいます」
 つむぎの声は緊迫している。

「ひなたさん、後のことはお願いします。後ほど、あらためてお礼を申し上げます」
 つむぎはひなたと神木に一礼すると、走り出した。
 岩鏡に電話をかけるためである。あの場所でもかけることはできるが、せっかく張った結界を崩してはいけない。結界を解くという最後の仕事をひなたに任せて、つむぎは走る。
 走りながら、たもとからスマホを取り出して、岩鏡に電話をかける。
 まさか、緊急とは思っていない岩鏡がのんびりと電話口に出る。
「ああ、つむぎさん、そちらはどうですか?」
「警部さん。四分割された以外にも、木片が存在します。四分割目の残りのものだと思われます。燃えずに残っていたものか、燃やさずに残されていたものかは分かりません。最後の木片のありかを知る必要があります。焼却炉で木を燃やした建具屋さんに訊いてみてもらえますか。さらに事件が起きる可能性があります。それが最後の事件になるはずです。それと、ひなたさんからの伝言です。火の念と合体しているおばあさんの念が伝えてきた言葉は、サツマイモです。どういう意味か分かりませんが、重要なことだそうです」
「サツマイモの意味は分かります。後は任せてください」
 岩鏡はつむぎからの電話を受けて、ドアを製造した建具屋の社長に電話をする。
 つむぎの声は珍しく切羽詰まった感があった。一刻を争う事態が起きているということだ。さらなる事件。つまり、第五の事件が起きるかもしれないということだ。
 
 サツマイモとは何か?
 つむぎとひなたは、建具店の社長と亀戸課長が、ドアを作って余った木を、庭の焼却炉で焼いて、“焼き芋パーティー”をしていたことを知らない。岩鏡もそんな重要なこととは思わなかったので、二人には知らせてなかった。しかし、おばあさんの霊は大切に育てたケヤキが、亀戸課長の判断で伐採され、切り刻まれ、最後にはサツマイモと一緒に焼かれてしまったことが許せなかったのである。わが子同然の木が、社長と課長の二人に、笑いながら焼かれたことが、耐えられなかったのである。

 なぜだ。おかしいじゃないか。あの社長は、余った木は燃やしたと言った。その火を使って、イモパーをやったと言った。それがサツマイモの意味だ。俺は確かなことかと、念を押して聞いた。そのとき、確かに全部の木を燃やしたと答えたじゃないか。
 ――頼むから、早く電話に出てくれよ。 
「はい。重陽建具店です。――ああ。警部さんですね、何でしょうか?」
「おお、社長か!ちょいと訊きたいことがあるんだが、例のドアを作って余った木は、確かに全部燃やしたと言われたが、天地神明に誓って、全部燃やしたのか?」
「あっ、いや、神には誓えませんけど」
「アンタ、確かに燃やしたと言っただろうが。残っていた可能性があるということか?」
「うーん、どうでしょうかねえ。焼却炉の中は、警察が調べておられたと思いますが」
「捜査の結果、中には燃えカスしかなかったのだが、ならば、燃やす直前はどうだったんだ?」
「直前ですか?どうだったかなあ」社長は黙ってしまう。
「おい、早く思い出すんだ!早くしないと、犯人蔵匿罪で逮捕するぞ!」
「ちょっと待ってくださいよ。犯人って誰ですか?」
「あの余り物の木だ」
「木が犯人って、何ですか。警部さん、勘弁してくださいよ」
「アンタがのんびりサツマイモなんか喰ってるからだろ」
「警部さん、言いがかりはやめてくださ…。あっ、思い出しました!まだ使えそうな木の部分が、少しだけ残っていたので、直前に亀戸課長が持って行きましたよ」
「それだ!どこへ持って行ったんだ!?」
「課長の家の近所で木工の店をしている森さんという人がいて、タダであげるんだと自慢してましたよ。木の切れ端をタダであげるというだけでも自慢するんだからねえ、あの課長ときたら困ったもんで…」
「木をあげたのはどこの森さんだ!?住所は分かるか?」
 定年後、趣味で木工をしているという森さんの店を聞き出したが、電話番号は分からないという。電話局に問い合わせても未掲載だった。ケータイが普及した今、固定電話を手放した家も多い。仕方なく、岩鏡はその住所へ直行する。
 亀戸課長の野郎、最後の最後まで迷惑をかけやがって。
 いや、死んだ後まで迷惑かけやがって。
 最後の木片が加工して、出荷されずに、残っていることを祈るだけだ。
 
 五台のドイツ製戦車が横一列に並んでいる。
パンター、ヘッツァー、マウス、レオパルト、エレファントの五台だ。
 五匹の昆虫が横一列に並んでいる。
カブトムシ、クワガタ、カマキリ、バッタ、ハチの五匹だ。
 クワガタが飛んで、レオパルトに襲いかかった。すかさず、ヘッツァーが助太刀のために飛んで、クワガタを攻撃する。
「みなとくん、ずるいよ。戦車は空を飛ばないよ」
「あっ、そうだった。ゴメン、ゴメン」
 みなとくんは手に持っていた木製の戦車ヘッツァーを下す。
「いいなあ、クワガタは飛べるから」
「でも、戦車は飛べなくても、大砲が撃てるからいいよ。クワガタは角で挟むだけだもん」ゆうとくんが逆に慰めてくれる。
「…そうだね」隙を見せたところで、木製クワガタがみなとくんの陣地に入って来た。「わっ、不意打ちなんて、ヒドいよ!」
 あわてて、全部の戦車を集合させて、クワガタに向かわせる。
「えっ、一斉攻撃で来るの!ヤバい!」
 反撃されたゆうとくんは焦って、クワガタをいったん自分の陣地まで退散させる。
 ふたたび、木製戦車軍と木製昆虫軍のにらみ合いが始まった。

 みなとくんが、お母さんから木でできた五台の戦車と五匹の昆虫をもらったのは、先週のことだった。近所の森さんからもらったという。オジサンが一人でやっている店だ。ときどき、近所の子供たちに木のおもちゃをくれるとてもいい人だ。さっそく、隣に住んでるゆうとくんを家に呼んで、戦争ゴッコを始めた。
 みなとくんの部屋で、戦車対昆虫の激しい攻防が繰り返される。

 見渡してみると壮観な眺めだ。戦車も昆虫も細かい所までとてもよくできている。戦車も昆虫も、今にも動き出しそうだ。こんなすごい物をタダでもらってもいいのかなあと、みなとくんは思ってる。でも、ゆうとくんも、すごく大きな蒸気機関車をもらったんだ。もちろん、木でできたすごい作品だ。どれもこれもデパートで買ったら高いだろうなあ。
 さっきお母さんが運んできてくれたジュースのグラスが二つ、空のまま置いてある。でも、今は戦いの真っ最中だ。ジュースのおかわりは後にしよう。それどころじゃない。襲ってくる昆虫たちに、ぼくは立ち向かって行かなくてはならないのだ。
 みなとくんは戦車パンターを手に取ると、昆虫軍に向かって大砲を発射した。もちろん、弾丸は出ない。口で、バーンと言って攻撃するのだ。

 ところが、戦車の砲塔から突然、火が噴き出した。本物の火だ。みなとくんは驚いて手から戦車を離したが、火は昆虫軍に向かって伸びて行き、カマキリが炎に包まれた。炎はすぐに隣のハチに燃え移り、カブトムシ、クワガタと焼いて、ついにカーペットが燃え出した。ゆうとくんも驚いて動けない。二人とも体が動かないし、声も出せない。ただ、恐怖のあまり、体を丸めて、部屋に広がっていく炎を見つめるだけだった。

 そのとき、家のインタホンが鳴った。お母さんが、ハーイと大きな声で返事をして玄関にドタドタと走って行く。お母さんは高校時代、女なのに応援団に入っていたため、いつも声が大きい。ボクの十倍くらい大きい。そして、体も大きいので、足音も大きい。
 
 お母さん、そっちじゃない!ボクの部屋に来て!お客さんは後でいいから、ボクとゆうとくんを助けに来て!熱くて、煙たくて、息苦しいよう。ゆうとくんもぼくも丸まったまま動けないんだ。火を消そうと思ったけど、ジュースのグラスは飲み干して空っぽなんだ。ああ、おかわりをしておけばよかった。他にこの部屋に水なんてない。
 お母さん、早く来て!早く!

 岩鏡は亀戸課長の近所にある森さんの店にタクシーで直行し、主人の森さんに話を聞いた。店といっても、自宅を兼ねた、半分道楽でやっているようなところだ。もともと趣味で木工をやっていて、以前から付き合いがあった課長から、ケヤキの木をもらったので、子供用の木製おもちゃを作って、近所の子供にあげたという。
「タダでくれるとは、課長もいいところがあるんだな」岩鏡は言う。
「とんでもないですよ。タダなんて百回に一回くらいですよ。この前はケヤキの端くれを三万円で買わされたばかりですよ」森社長が怒り出す。「掘り出し物のケヤキだとか言われてね。ケヤキは長い間、乾燥させなきゃならないから、伐採してから使えるようになるまで、十年はかかるんだね。ところが、それは特別に成長が早いケヤキだって。仕方がないから、それで木刀を作って…」
「木刀だと!?あんた、その木刀は虎徹だと言って売らなかったか?」
「へっ、よくご存じで…」社長の目がまん丸になる。
「どこで売ったんだ?」岩鏡が追及する。
「月に一回開催されてる近所のフリーマーケットで売りました。すいません。つい出来心で…」
 社長はただの木刀を虎徹だと偽って売ったことがバレて、警察が捕まえに来たと勘違いし、必死に釈明を始める。どういう罪に問われるのだろう?詐欺罪か?偽証罪か?
「木刀を虎徹だなんて、シャレで言っただけですよ。ネット通販なんかだと発送とか面倒で、フリマだとその場で売ることができて、すぐに現金が手に入りますから、何とか元を取ってやろうと、三万円で売り始めたのですが、全然売れなくて、どんどん値下げして、結局、三千円で叩き売りました。いや、手間ヒマかかったので、大赤字ですよ。参りましたよ。だから、逮捕は勘弁してくださいよ。この年で刑務所は嫌ですよ」
 このオジサンはいい人なのか、悪い人なのか分からなくなる。
「誰に売ったんだ?」だが、岩鏡はさらに追及する。
「フリマですから、買った人の名前なんか分かりませんよ。ツッパリというのかね、素性のよろしくないような若い男性ですよ。虎徹はよく切れるよと言ったら、喜んで買ってくれましたよ。領収書を求められたのですが、名前は上様だったので、本名は分からないのですよ」
「そうか。それだけ分かればいい」
 買ったのは松虫一二郎本人か、その仲間だろうな。
 大黒柱だったケヤキの一部は、こうして木刀に変わっていたのか。
 ここで、やっと、木刀の謎が解けた。

 岩鏡は木製おもちゃをあげたという家に急ぐ。みなとくんという小学生の子がいて、その子にあげたらしい。勉強もできて、とてもかわいくて、素直な子なんですよ…と、逮捕を免れて安心したのか、話が止まらない社長を無視して、岩鏡は駆け出す。
 ここからその家は近いらしいが、今にも足がもつれそうだ。
 警察車両が出払っていてタクシーで来たのだが、待たせておけばよかった。こんなときに若い打水がいれば、先に走らせるのだがな。話が長いオジサンの家で無駄に時間を喰ってしまった。だが、木刀の話に結びついたのは、大きな収穫だった。捜査員が武具店や土産店を回って、木刀の出所を探していたが、見つからなかったはずだ。看板も出してない個人宅で、オジサンがほとんど趣味のように木工を作っていたのだからな。
 打水はまだ署に残ったまま事務仕事中である。警察は意外とデスクワークが多い。岩鏡はデスクワークが嫌いだ。半分を打水に押し付けていた。そのバチが当たったのだろう。――ああ、足が痛い。ボロボロになるまで履き古した靴よ、もう少し、がんばってくれ。
 岩鏡はよろけながらも住宅街を走る。大黒柱を解体した最後の最後の木片は、木のおもちゃになっていた。それは今、子供の元にある。そして、今、それは発火する可能性がある。いや、もう発火しているかもしれない。急げ、走れ、跳べ、中年刑事。
 
 ――ああ、この家だ!
 表札を見つけた岩鏡は、このあたりで比較的大きな家の前に立つ。外から見たところ、家に異常はなさそうだ。とりあえず、ホッとした。足を休めて、呼吸を整える。
 インタホンを押すと、ハーイと大きな声がして、玄関に家人がドタドタと走って来た。足音も大きい。ドアを開けて顔を出した女性に警察手帳を見せる。ここの奥さんだと言う。
「森さんの店から木のおもちゃをもらわれたと思いますが」
「はい。子供のためにいただきましたが」
「今、この家にありますか?」
「はい、ちょうど息子がそれを持って、子供部屋で遊んでますけど。それがなにか…」
 そのとき、玄関に焦げ臭いニオイが漂ってきた。奥にうっすらと白煙も見える。
「まずい、火事だ!」岩鏡は革靴のまま上がり込み、長い廊下を走り出す。「あとで廊下の掃除はしますから!」と叫ぶが、子供部屋の場所を聞くのを忘れた。
 振り向いて、後ろから走ってくるお母さんに叫ぶ。
「子供部屋は!?」
「右です!」
 岩鏡は突き当りを右に曲がり、廊下に設置してあった消火器を左手ですくい上げ、子供部屋に飛び込んだ。カーペットが燃えている。炎の中に子供が倒れて咳き込んでいる。消火器を置き、子供を抱きかかえて、廊下に出て、いったんお母さんに渡す。咳き込んでいるが、命には別状ないようだ。消火のために、ふたたび消火器をつかもうとしたとき、
「もう一人います!中にお友達がいます!」お母さんが大声で叫ぶ。
「何!」ふたたび部屋に飛び込んだ岩鏡は、
「おい、お友達はどこだ!返事しろ!」
 部屋を見渡し、白煙の中で丸くなっているお友達を見つけた。
「警察のカッコいいおじさんが助けに来たぞ!」
 その子も無事に救出できた。ヤケドはしてないようだ。岩鏡は今度こそ、消火器をつかみ、部屋中に噴射して、火を完全に消し止めた。消火剤が残る床には、ケヤキの最後の木片で作られた戦車と昆虫が一つずつ転がっていた。もっと数があったそうだが、燃え尽きたようだった。
 
 第一から第四の事件、及び最後の木片から生じた第五の事件のすべてが終わった。終わったのであり、解決したわけではなかった。そもそも、一連の首謀者はケヤキを大黒柱として育てたおばあさんであり、すでにこの世にはいない。何とも最後まで悔いが残るような、すっきりしない事件であった。
 最後の事件で燃えずに残っていた戦車と昆虫の木製おもちゃは、永流神社で供養された上、神木が立つ地に埋めてもらうことになった
 亀戸課長を捕まえて、ヒーローになろうと目論んでいた岩鏡だったが、課長が亡くなってしまったため、果たすことができず、残念に思っていたが、火事現場に飛び込み、二人の子供を救出したことで、特別に署長賞を授与された。中身は新しい靴だった。警視総監賞はもらえなかったが、岩鏡はこれで満足だった。長年の警察官人生の最後に花を添えてくれる自慢の靴となった。靴は自宅の玄関に飾っていて、来客があると、この靴のいわれを延々と説明している。最近、来客数が減ったように思うが、気のせいだろう。
 
 二人の巫女はまた日常の仕事に戻って行った。
 二人の刑事もまた日常の仕事に戻って行った。
 おばあさんの霊は今頃、どこをさまよっているのだろうか?
 ケヤキは伐採されたが、その根っ子がやがて大きく成長して行くだろう。
 そのことを、おばあさんは知っているのだろうか?

 そして、半年がたった。
 永流神社の社務所に併設されている住居。
 永流神社の巫女綿時つむぎと火焔神社の巫女白露ひなたが、巫女衣装のまま並んで座っている。ひなたは上下とも、目にも鮮やかな深紅の衣装をまとっている。つむぎの父は所用で出かけているらしい。ここに岩鏡警部と打水刑事が呼び出された。警察署に伺うと言われたのだが、二人の巫女が揃って来るというのには、何か、タダならぬ事態が起きているのではないかと思い、こちらから神社へ訪問することにしたのである。

 四人が正座をして向かい合った。
 お互いに挨拶を済ませたところで、つむぎが切り出した。
「私は木霊師として、ひなたさんは火霊師として、それぞれの神社に仕えております。実は霊師といいますのは、七人存在するのです」
 岩鏡は七という数字を聞いてピンと来た。
「曜日と同じということですか?」
「はい、その通りです。私たち以外に日霊師、月霊師、水霊師、金霊師、土霊師がおります。日本に在住していますのは、私たち木霊師と火霊師だけで、あとの五人は海外に在住しています。今、その五人が日本に向かっています」
「えっ、どういうことで?」岩鏡が身を乗り出す。
「近々、この日本で何か大きな事が起きるようです。それは何か、今のところは分かりません。向かっている五人も分かっていません。何かが起きるという念を感じ、それを信じて、向かっているのです」
「では、今日か明日にでも、何かが起きるということですか?」
「いいえ、彼らは日本に船で向かっています。飛行機で来ると、何か、事故でも起きるのかもしれません。なぜ船なのかも、彼らは分からないようです。これも、海を利用するようにとの念を感じて、船舶を選択したようです」
「船旅だと数日もかかるが…」岩鏡は困惑している。
「未だかつて、七人の霊師が揃ったことはありません。しかし、この日本で恐ろしいことが起きるはずです。それが何かは分かりませんが、警察にはお知らせしておこうと思ったのです。お知らせしたところで、何が起きるかが分からなければ、対策の取りようはありませんが、心にとどめておいていただければと思います。私たちも覚悟を持って、災難に立ち向かって行くつもりです」
 隣に座る白露ひなたが、静かに口を開いた。
「七人の霊師が結集すれば、何物にも負けることはありません」

 その頃、永流神社の十本のご神木がざわつき始めた。
 神木の上空1000メートルの地点に、確固たる意志を持った生命体が出現したからだった。円形に並んでいる十本のご神木は、聖なる地を守るかのように、それぞれがゆっくりと内側にギシギシと傾いて行く。

             
                                 (了)
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