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赤い狐と緑の狸と黄色い月
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「赤い狐と緑の狸と黄色い月」
右京之介
俺は等間隔に座っている釣り人の背中を右から順番に見ていった。
――三番目に七郎さんがいた。
いつもの茶色いベストを着て、灰色の帽子をかぶり、クーラーボックスを傍らに置いている。左隣に座っている男が小さな魚を釣り上げたが気にせず、自分の竿の先を見つめている。
つまり、余裕があるということだ。
あのクーラーボックスには何匹かの魚が入っているに違いない。
俺は少し早い晩御飯をもらおうと、釣り人が集まるこの川岸にやって来た。だが、あわててはいけない。ずうずうしい奴は人間に嫌われる。
七郎さんから五メートルほど離れた所に座り、背中を眺めながら、前足を揃えて謙虚に待つ。俺の存在に気付いてくれるまで我慢する。いつものマナーだ。
緩やかな風に俺の耳が反応してピクリと動いたと同時に七郎さんが振り向いた。
「おお、レッドフォックス、来てたのか!」
七郎さんはなぜか、俺のことを英語で呼ぶ。ちゃんと日本語で“赤いきつね”と呼んでくれればいいのに。
そう、俺は全身が赤い毛でおおわれている赤い狐なんだ。
俺は猛ダッシュで駆け寄る。七郎さんはクーラーボックスから大きな鮎を一匹掴むと、俺の方に投げてくれた。元気に跳ねる鮎を口に咥えて、晩御飯ゲット!
俺は新鮮な鮎をじっくりと味わって食べるため、自分のねぐらに向かう。途中で七郎さんの方を一度振り返る。俺たち狐族がよくやるお礼のための動作だ。七郎さんもそれを知っていて、「じゃあな」と片手をあげて答えてくれる。猫族もよく振り返っているが、俺たちのマネをしているに過ぎない。
川岸を走っていたとき、草むらの中からデカい奴がヌッと現れた。
「そいつをワシに寄越せ!」
「&%★#‘“!~*」
「早く寄越せ!」
「“#$*I*☆=%」
俺は大きな鮎を咥えているからしゃべれない。唸って威嚇するだけだ。
なぜ、こいつが草むらから現れるまで気づかなかったかというと、こいつと草は同じ色をしていて、保護色になっているからだ。つまり、こいつの体毛は緑色をしている。
――俺の天敵“緑のたぬき”だ。
緑の狸は俺の鮎を狙って、ドシンドシンと足音を立てて、迫って来る。無駄にデカい体で太陽光が遮られて、まん丸な顔が逆光で真っ黒になる。
俺の長所はスリムな体を活かした素早いスピード。
奴の短所はデブな体が邪魔するドン臭いスピード。
俺は狐だけど、脱兎のごとく駆け出した。
「待て、赤い狐!」緑の狸の声だけが追いかけて来た。本体は置いてけ堀だ。
俺は、緑の狸に知られてないねぐらに帰ると、七郎さんにもらった鮎をおいしくいただいた。
外に出てみると、すっかり暗くなっていた。
満月がきれいに輝き、兎が餅をついていた。
数日後、俺はまた七郎さんの後ろでお行儀よく待機していた。
先日の鮎は脂が乗っていて、おいしかったなあ。またデカい鮎をくれないかなあ。でも、たまには鯛という魚も食べてみたいなあ。鯛はおいしいと聞くし、めでたいときくらいにしか食べない貴重な魚らしいからなあ。――狐に川の魚と海の魚の区別が付くわけない。
七郎さんが振り返った。
「おお、レッドフォックス! また来たのか。さっきヤマメをあげたばかりだろ。しょうがいない奴だな。これしかないから我慢してくれ」小さなウグイを投げてくれた。
俺はウグイを咥えると、振り向いてお礼を言い、ねぐらへと走った。
そして、走りながら考えた。
七郎さんは「また来たのか」と言った。俺は来てない。ここへは数日振りに来たんだ。
きっと、ヤマメを持って行ったのは緑の狸だ。
あいつが俺に化けて、七郎さんを騙しやがったんだ。
奴はいつもガツガツして、マナーも守らない下品な野郎だ。だから人間に嫌われている。魚も投げてもらえない。だから上品な俺、つまり赤い狐に化けやがったんだ。
だからといって、騙された七郎さんを責めることはできない。化けるのは狸の専売特許だからだ。奴らは葉っぱにも化けやがる。普通の人間には見破れないだろう。
だが、いつか仕返しをしてやる。食べ物の恨みは怖いと人間界で言われている。それは動物界でも同じだ。みんな生きるのに必死なんだ。
七郎さんにもらったウグイはおいしかった。小さかったので満腹にはなってないが、これくらいは我慢しよう。たとえ空腹でも、寝て起きたらすぐ朝だ。
ねぐらから外に出てみると、今夜も満月がきれいに輝き、兎が餅をついていた。
あの月はあと何日、欠けることなく、満月のままでいるのだろうか。
俺は見知らぬ家の庭からバナナの葉っぱを一枚食い千切り、口に咥えて、駆け出した。後を追ってくる人間はいない。盗まれたところで、ただの葉っぱなのだから、見つけても追わないだろう。しかも、俺はスピード自慢のお狐様よ。人間ごときには追いつかれない。
俺はバナナの葉っぱを咥えたまま、川岸に向かった。いつもよりかなり早い時間だ。だが、うまい具合に七郎さんが来ていた。今日もたくさん釣れているようで、クーラーボックスを愛しそうに撫でている。きっと中身にはたくさんの魚が詰まっていることだろう。
それから一時間もかけて、俺はせっせと重労働をこなした。
夕方になった頃、俺はバナナの葉っぱを体にかぶり、草むらに身を伏せた。大きな葉っぱは、俺の小さな体をスッポリと覆ってくれた。これで外からは見えないだろう。
そこへ、何も知らない緑の狸がノコノコとやって来た。
俺に化けてヤマメをゲットしやがった恨みを、今ここで晴らしてやる。
緑の狸はすぐに七郎さんを見つけたようだ。釣り人の中で七郎さんだけが魚を放ってくれることを、こいつは知っている。俺がもらっているのを見ているのだろう。
緑の狸はキョロキョロとあたりを見渡している。きっと俺を探しているのだろう。だが、バナナの葉っぱをかぶって、草むらに這いつくばる俺を見つけられないようだ。
これが賢明な狐と馬鹿な狸の差である。
俺は地面に伏せたまま、声を忍ばせてクククと笑う。
だが、俺の笑顔はたちまち凍り付いた。
緑の狸が瞬く間に、この俺様に化けやがったのだ。
狸から狐へ。緑から赤へ。デブからスリムへ。馬鹿から賢者へ。
すげえ、中国の変面と同じくらい早い。
悔しいけど、敵ながらアッパレだ。
赤い狐に化けた緑の狸が七郎さんに向かって歩き出す。口からはヨダレがダラダラと垂れている。
いくら俺に化けても、品の悪さは隠し切れないようだ。
突然、緑の狸が消えた。
俺はバナナの葉っぱを跳ね上げ、奴がいた地点に向かって駆け出す。
狸は俺が掘った穴に落ちていた。
「おい! なんだこれは。落とし穴じゃねえか!」
落ちたときのショックからか、術が解けて赤い狐から緑の狸に戻っている。
俺は穴を見下ろして、わめいている狸にドッキリの定番セリフを言ってやった。
「テッテレー!」
もちろん、ドッキリ用のプラカードはない。俺は狐だ。そんな小道具は作れない。
「こらっ、赤い狐! よくもこのワシを騙しやがったな」穴の底から緑の狸が叫ぶ。
「騙しやがったとは、どの口が言ってるんだ。七郎さんを騙して魚をもらいやがって!」
俺はこの落とし穴を一時間もかけて掘った。それだけ深いというわけだ。デブの狸は簡単に脱出できないだろう。今も穴の中で短い手足を振り回して、叫んでいる。
「ここから出せ、狐の野郎!」「いやだね!」
この騒ぎに気づいた七郎さんが振り向いた。
「おお、レッドフォックス! カモーン!」俺を呼んでいる。
緑の狸を穴の底に放置して駆け寄ったところ、なんとデカい鱒を投げてくれた。
咥えて帰るのに苦労するほど大きな鱒だった。
今夜のディナーは最高だった。やはり、良いことをしたあとの飯はうまい。
ねぐらから外に出て空を見上げた。今夜も満月だ。兎が餅をついている。
満月はそろそろ欠け始めるのかもしれない。
翌日の午後。落とし穴を見に行くと、緑の狸の姿はなかった。どうやって脱出したのかは、分からない。鳥にでも化けて、飛び立ったのかもしれない。
俺が早めにここへ来たのには理由がある。今日は街で、年に一度のお祭りがあるんだ。釣り人たちもお祭りに行ってしまうので、自分で食料を調達しなければならない。
野原を駆け巡り、何匹かの小動物を捕食し、お腹が一杯になった頃には、日が暮れようとしていた。空には満月が淡く出ている。
そのとき草むらから緑の狸がのそっと現れた。
俺は身構えた。昨日の落とし穴のリベンジが始まると思ったからだ。
だが、緑の狸の表情は穏やかだった。こいつも小動物を食べて、お腹が一杯なのだろう。
満腹になると争い事はなくなる。あらゆる生物の性だ。
「赤い狐よ」緑の狸が神妙な顔をして言う。「今まで世話になったな」
「指名手配でもされたのか?」
「ワシはそこまで悪党じゃないわ。――月に帰るんだ」
「なんで古狸がかぐや姫と同じセリフを言うんだ?」
「今年の満月の最終日に帰ることになっておる。今日がその日だ」
緑の狸は満月を見上げる。俺も釣られて見上げる。
兎が餅をついている。
確かに明日くらいから欠けそうだ。
「赤い狐よ。今まで楽しかったぞ。礼を言う」狸は律儀に頭を下げる。
「待てよ、緑の狸! 月なんかに行くなよ。お前みたいなアホ面の嫌な奴でも、いなくなると寂しいじゃないか。また化かし合って、一緒に遊ぼうや」俺は泣きそうになりながら言う。
「以前から決まっていたことなんだ。運命なんだ」
「運命なんか変えろよ。せめて来年まで延ばせよ」
「無理なんだ」狸は悲しそうな顔で言う。
俺はこいつの悲しそうな顔なんか見たくない。
「七郎さんからもらった魚を半分やるから考え直せよ」
「ありがとう」
緑の狸の口からありがとうという言葉が出てくるなんて、逆にショックだ。
「今からここにお迎えがくることになっておる」
緑の狸は澄み切った空を見上げた。
俺はまさかと思うが、ある疑問をぶつけてみた。
「緑色のカップ麺型のUFOが迎えに来るというベタなオチじゃないだろうな?」
「……」
翌日の夜。
俺は草むらに座り、一人ぼっちで空を見上げていた。
月は少し欠けて、満月ではなくなっていた。
緑の狸が餅をついていた。
「あいつ、兎を喰いやがったな」
(了)
右京之介
俺は等間隔に座っている釣り人の背中を右から順番に見ていった。
――三番目に七郎さんがいた。
いつもの茶色いベストを着て、灰色の帽子をかぶり、クーラーボックスを傍らに置いている。左隣に座っている男が小さな魚を釣り上げたが気にせず、自分の竿の先を見つめている。
つまり、余裕があるということだ。
あのクーラーボックスには何匹かの魚が入っているに違いない。
俺は少し早い晩御飯をもらおうと、釣り人が集まるこの川岸にやって来た。だが、あわててはいけない。ずうずうしい奴は人間に嫌われる。
七郎さんから五メートルほど離れた所に座り、背中を眺めながら、前足を揃えて謙虚に待つ。俺の存在に気付いてくれるまで我慢する。いつものマナーだ。
緩やかな風に俺の耳が反応してピクリと動いたと同時に七郎さんが振り向いた。
「おお、レッドフォックス、来てたのか!」
七郎さんはなぜか、俺のことを英語で呼ぶ。ちゃんと日本語で“赤いきつね”と呼んでくれればいいのに。
そう、俺は全身が赤い毛でおおわれている赤い狐なんだ。
俺は猛ダッシュで駆け寄る。七郎さんはクーラーボックスから大きな鮎を一匹掴むと、俺の方に投げてくれた。元気に跳ねる鮎を口に咥えて、晩御飯ゲット!
俺は新鮮な鮎をじっくりと味わって食べるため、自分のねぐらに向かう。途中で七郎さんの方を一度振り返る。俺たち狐族がよくやるお礼のための動作だ。七郎さんもそれを知っていて、「じゃあな」と片手をあげて答えてくれる。猫族もよく振り返っているが、俺たちのマネをしているに過ぎない。
川岸を走っていたとき、草むらの中からデカい奴がヌッと現れた。
「そいつをワシに寄越せ!」
「&%★#‘“!~*」
「早く寄越せ!」
「“#$*I*☆=%」
俺は大きな鮎を咥えているからしゃべれない。唸って威嚇するだけだ。
なぜ、こいつが草むらから現れるまで気づかなかったかというと、こいつと草は同じ色をしていて、保護色になっているからだ。つまり、こいつの体毛は緑色をしている。
――俺の天敵“緑のたぬき”だ。
緑の狸は俺の鮎を狙って、ドシンドシンと足音を立てて、迫って来る。無駄にデカい体で太陽光が遮られて、まん丸な顔が逆光で真っ黒になる。
俺の長所はスリムな体を活かした素早いスピード。
奴の短所はデブな体が邪魔するドン臭いスピード。
俺は狐だけど、脱兎のごとく駆け出した。
「待て、赤い狐!」緑の狸の声だけが追いかけて来た。本体は置いてけ堀だ。
俺は、緑の狸に知られてないねぐらに帰ると、七郎さんにもらった鮎をおいしくいただいた。
外に出てみると、すっかり暗くなっていた。
満月がきれいに輝き、兎が餅をついていた。
数日後、俺はまた七郎さんの後ろでお行儀よく待機していた。
先日の鮎は脂が乗っていて、おいしかったなあ。またデカい鮎をくれないかなあ。でも、たまには鯛という魚も食べてみたいなあ。鯛はおいしいと聞くし、めでたいときくらいにしか食べない貴重な魚らしいからなあ。――狐に川の魚と海の魚の区別が付くわけない。
七郎さんが振り返った。
「おお、レッドフォックス! また来たのか。さっきヤマメをあげたばかりだろ。しょうがいない奴だな。これしかないから我慢してくれ」小さなウグイを投げてくれた。
俺はウグイを咥えると、振り向いてお礼を言い、ねぐらへと走った。
そして、走りながら考えた。
七郎さんは「また来たのか」と言った。俺は来てない。ここへは数日振りに来たんだ。
きっと、ヤマメを持って行ったのは緑の狸だ。
あいつが俺に化けて、七郎さんを騙しやがったんだ。
奴はいつもガツガツして、マナーも守らない下品な野郎だ。だから人間に嫌われている。魚も投げてもらえない。だから上品な俺、つまり赤い狐に化けやがったんだ。
だからといって、騙された七郎さんを責めることはできない。化けるのは狸の専売特許だからだ。奴らは葉っぱにも化けやがる。普通の人間には見破れないだろう。
だが、いつか仕返しをしてやる。食べ物の恨みは怖いと人間界で言われている。それは動物界でも同じだ。みんな生きるのに必死なんだ。
七郎さんにもらったウグイはおいしかった。小さかったので満腹にはなってないが、これくらいは我慢しよう。たとえ空腹でも、寝て起きたらすぐ朝だ。
ねぐらから外に出てみると、今夜も満月がきれいに輝き、兎が餅をついていた。
あの月はあと何日、欠けることなく、満月のままでいるのだろうか。
俺は見知らぬ家の庭からバナナの葉っぱを一枚食い千切り、口に咥えて、駆け出した。後を追ってくる人間はいない。盗まれたところで、ただの葉っぱなのだから、見つけても追わないだろう。しかも、俺はスピード自慢のお狐様よ。人間ごときには追いつかれない。
俺はバナナの葉っぱを咥えたまま、川岸に向かった。いつもよりかなり早い時間だ。だが、うまい具合に七郎さんが来ていた。今日もたくさん釣れているようで、クーラーボックスを愛しそうに撫でている。きっと中身にはたくさんの魚が詰まっていることだろう。
それから一時間もかけて、俺はせっせと重労働をこなした。
夕方になった頃、俺はバナナの葉っぱを体にかぶり、草むらに身を伏せた。大きな葉っぱは、俺の小さな体をスッポリと覆ってくれた。これで外からは見えないだろう。
そこへ、何も知らない緑の狸がノコノコとやって来た。
俺に化けてヤマメをゲットしやがった恨みを、今ここで晴らしてやる。
緑の狸はすぐに七郎さんを見つけたようだ。釣り人の中で七郎さんだけが魚を放ってくれることを、こいつは知っている。俺がもらっているのを見ているのだろう。
緑の狸はキョロキョロとあたりを見渡している。きっと俺を探しているのだろう。だが、バナナの葉っぱをかぶって、草むらに這いつくばる俺を見つけられないようだ。
これが賢明な狐と馬鹿な狸の差である。
俺は地面に伏せたまま、声を忍ばせてクククと笑う。
だが、俺の笑顔はたちまち凍り付いた。
緑の狸が瞬く間に、この俺様に化けやがったのだ。
狸から狐へ。緑から赤へ。デブからスリムへ。馬鹿から賢者へ。
すげえ、中国の変面と同じくらい早い。
悔しいけど、敵ながらアッパレだ。
赤い狐に化けた緑の狸が七郎さんに向かって歩き出す。口からはヨダレがダラダラと垂れている。
いくら俺に化けても、品の悪さは隠し切れないようだ。
突然、緑の狸が消えた。
俺はバナナの葉っぱを跳ね上げ、奴がいた地点に向かって駆け出す。
狸は俺が掘った穴に落ちていた。
「おい! なんだこれは。落とし穴じゃねえか!」
落ちたときのショックからか、術が解けて赤い狐から緑の狸に戻っている。
俺は穴を見下ろして、わめいている狸にドッキリの定番セリフを言ってやった。
「テッテレー!」
もちろん、ドッキリ用のプラカードはない。俺は狐だ。そんな小道具は作れない。
「こらっ、赤い狐! よくもこのワシを騙しやがったな」穴の底から緑の狸が叫ぶ。
「騙しやがったとは、どの口が言ってるんだ。七郎さんを騙して魚をもらいやがって!」
俺はこの落とし穴を一時間もかけて掘った。それだけ深いというわけだ。デブの狸は簡単に脱出できないだろう。今も穴の中で短い手足を振り回して、叫んでいる。
「ここから出せ、狐の野郎!」「いやだね!」
この騒ぎに気づいた七郎さんが振り向いた。
「おお、レッドフォックス! カモーン!」俺を呼んでいる。
緑の狸を穴の底に放置して駆け寄ったところ、なんとデカい鱒を投げてくれた。
咥えて帰るのに苦労するほど大きな鱒だった。
今夜のディナーは最高だった。やはり、良いことをしたあとの飯はうまい。
ねぐらから外に出て空を見上げた。今夜も満月だ。兎が餅をついている。
満月はそろそろ欠け始めるのかもしれない。
翌日の午後。落とし穴を見に行くと、緑の狸の姿はなかった。どうやって脱出したのかは、分からない。鳥にでも化けて、飛び立ったのかもしれない。
俺が早めにここへ来たのには理由がある。今日は街で、年に一度のお祭りがあるんだ。釣り人たちもお祭りに行ってしまうので、自分で食料を調達しなければならない。
野原を駆け巡り、何匹かの小動物を捕食し、お腹が一杯になった頃には、日が暮れようとしていた。空には満月が淡く出ている。
そのとき草むらから緑の狸がのそっと現れた。
俺は身構えた。昨日の落とし穴のリベンジが始まると思ったからだ。
だが、緑の狸の表情は穏やかだった。こいつも小動物を食べて、お腹が一杯なのだろう。
満腹になると争い事はなくなる。あらゆる生物の性だ。
「赤い狐よ」緑の狸が神妙な顔をして言う。「今まで世話になったな」
「指名手配でもされたのか?」
「ワシはそこまで悪党じゃないわ。――月に帰るんだ」
「なんで古狸がかぐや姫と同じセリフを言うんだ?」
「今年の満月の最終日に帰ることになっておる。今日がその日だ」
緑の狸は満月を見上げる。俺も釣られて見上げる。
兎が餅をついている。
確かに明日くらいから欠けそうだ。
「赤い狐よ。今まで楽しかったぞ。礼を言う」狸は律儀に頭を下げる。
「待てよ、緑の狸! 月なんかに行くなよ。お前みたいなアホ面の嫌な奴でも、いなくなると寂しいじゃないか。また化かし合って、一緒に遊ぼうや」俺は泣きそうになりながら言う。
「以前から決まっていたことなんだ。運命なんだ」
「運命なんか変えろよ。せめて来年まで延ばせよ」
「無理なんだ」狸は悲しそうな顔で言う。
俺はこいつの悲しそうな顔なんか見たくない。
「七郎さんからもらった魚を半分やるから考え直せよ」
「ありがとう」
緑の狸の口からありがとうという言葉が出てくるなんて、逆にショックだ。
「今からここにお迎えがくることになっておる」
緑の狸は澄み切った空を見上げた。
俺はまさかと思うが、ある疑問をぶつけてみた。
「緑色のカップ麺型のUFOが迎えに来るというベタなオチじゃないだろうな?」
「……」
翌日の夜。
俺は草むらに座り、一人ぼっちで空を見上げていた。
月は少し欠けて、満月ではなくなっていた。
緑の狸が餅をついていた。
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