【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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一時休戦と、最悪の事実

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    獣化したドロモアの背にしっかりと掴まり、俺を乗せた大きな虎は王宮の壁を凄い勢いで走り、高い塔の屋根まであっという間に駆け上がった。
    魔王と女神の闘いが目の前で見えるまでの高さに来たことで、彼らの攻撃の余波を全身で感じる。しかし俺は、少しも怖くはなかった。
    なぜなら、本来の自分の力と記憶を閉じ込めた箱がすべて開いたことで、自分の魔力がどれほどあるのか、どう使えば良いのか、分かるからだ。

    魔界ではディラードに力を封じられる檻に閉じ込められていたから手出し出来なかったが、ここにはそれがない。俺の本来の力を惜しみなく使える。

    しばらく魔王ディラードと女神レティシアの壮絶な闘いを、見守っていた。彼らの攻撃が地面に飛び火しそうになったときに防御魔法を使うだけで、俺はどちらかが倒れ、早くこの闘いが終わることを願っていた。
    黒い光と水色の光がぶつかり合い続けるが、やはり俺の予想通り、女神レティシアの力は徐々に弱まっていく。憎悪で漲る女神の顔は女神らしからぬ醜さで、圧倒的な力の差があることにようやく気付いたようだった。

「あなたの力がころほどまでに増大していたとは…!推測を見誤りましたかね…ッ」
「ハッハッハッ!哀れなレティシアよ、貴様では我の足元にも及ばん。なぜなら今の我は本体ではなく思念体。どれだけ攻撃を受けようとも本体には影響がないのだ。その前にお前は思念体にですら全く歯が立たんようだがなぁ…?」
「おのれディラードめ…!」

    魔王の姿は、黒い煙となり結界を破って侵入してきた。本来、下の層に落ちてしまえば上の層に行くことは出来ない。しかし本体ではなく思念体を飛ばせば本体は魔界にあるままだからいつでも魔界に戻れる。
    女神レティシアは魔王ディラードの本体をこの底辺界に誘き出したかったようだが、それに失敗したというわけだ。

    しかし思念体とはいえ、魔界から底辺界に分身を飛ばすことは容易ではない。魔王の魔力があるから出来ることだろうが、普通ではありえない。
    そして魔王が魔界から出た瞬間、魔界は崩れていく。だから本体が底辺界にやって来るためには魔王の地位を返上しなければならない。
    だから俺は、下の層に下りられればディラードから逃げられると思ったのだ。そして記憶の鍵を「ディラードの声」に設定した。魔界以外で彼の声を聞くことはありえないと思っていたから。
    どうやって異世界召喚に乗じて魔界から底辺界に下りたのかは思い出せないが、自分が魔界人であることを魔力と共に7つの鍵がかかった箱に封じ込め、脳の隅に追いやった。

    新たな人生を、新たな人間として生きるために。

「たとえ私を倒せたとしても、あなたがヌエと共にいることはもう叶わないのですよ…!ヌエはもう底辺界の人間なのですから!」
「何をバカなことを。ヌエは魔界の女王に君臨する存在、つまり我に次ぐ膨大な魔力と寿命を持っておる。寿命の短い底辺界の人間は下から上へ行くことは出来ないと思っているようだが…それは間違いだ」
「あぁ…それは私も知っていますよ?寿命5000年分を世界の番人に払えば下から上へと行けるのでしょう?ですが…ヌエにはもうそんな寿命は残っておりませんよ」
「は?そんなわけがなかろう!ヌエは元々1万年の寿命を持ち、約2500年を魔界で過ごした。残り7500年の寿命があるのだから5000年の寿命を払うことは容易である!」
「ふふふっ…本当に愚かなのはあなたですよ、ディラード」

    服は破れ、顔は汚れ、ボロボロな様相なのに意味深な言葉と勝ち誇ったような笑みを浮かべる女神レティシア。俺も自分の寿命が今どれほどあるのか、なぜか全く思い出せず不可解だった。

「ディラード様!もう思念体を留めておくには限界が来ております!そろそろ戻られませんと本体と魔界に影響を及ぼしてしまわれます!」

    突如、ディラードの背後から現れてそう叫んだ声は、年寄りのしわがれた声だった。

「バスタード、もう少し踏ん張れぬのか!」
「もう限界でございます!」

    ディラードにバスタードと呼ばれた男は、おじいちゃん先生だった。そこで俺はようやく合点がいくと共に、とあることに気付き、絶望感が胸を締めた。

「くそが…ヌエ!その様子だともう我のことも自分のことも思い出したようだな。であればまた力を蓄え、迎えに来てやろう。我は常にお前の行動を蝙蝠によって監視していることを忘れるな。あの赤毛の男は必ず殺す…!お前は我のものだということを、常に覚えておけ!」

    彼の命令口調は条件反射で頷いてしまいそうになるほどたくさん聞かされてきた。了承してしまいそうになる身体をドロモアの毛に身を深く沈めることで回避する。
    ディラードは忌々しそうに俺、というよりドロモアを睨み付けたあと、黒い煙となってその場から消えた。雷雨は止み、空は晴れ、結界の穴は塞がっていた。

    気付けば女神レティシアも、おじいちゃん先生…いや、バスタードの姿もなくなっていた。俺は深い絶望感に苛まれ、ドロモアの背に顔を埋めて動くことが出来なかった。

「…ミト」
「……」
「下に、行くか」
「……」
「ミト」
「……」
「俺は、味方」
「……」
「ずっと、ミトの虎」

    ドロモアは、早くから分かっていたんだ。俺の足の裏にある、魔界の女王クイーンにしかない紋様を見たときから。俺が異世界人ではなく魔界人であり魔界の女王だと分かっていたんだ。

「ドロモア……ドーアのときの記憶は、どれくらいある?」

    ほとんど声にならなかったけれど、彼ならどんなに小さな声でも拾ってくれるという信頼感があった。俺に仕えた虎は、強く逞しく、そして絶対的な忠誠心を持っていた。

「覚えてる。紋様見て、思い出した。ミトが主だと」
「そっか…ドーアはね、本当に強くてかっこよくて俺の一番の味方だった。本当は獣人界に生まれるはずだったのに……とある魔界人が獣人界に蝙蝠を送って獣人の生活を見るという悪趣味なことをしていた。その中で妊娠した女虎に一目惚れをして寿命と引き換えにしてまで魔界に拐ってきた。魔界で出産した彼女は魔界の瘴気に耐えられずそのまま亡くなったけど…子供は元気な雄虎だった。それがドーアだった」
「ん。ミト、たくさん遊んでくれた」
「覚えてるんだ…。そうだね、たくさん檻の中で遊んだね。魔界に獣人がいるなんて知られたら大問題だったから、ディラードはすぐにドーアを殺そうとしたけど俺が檻の中でドーアを育てるからって必死に頼みこんだんだ。ドーアがいてくれるならもう逃げ出そうとも死のうともしないって約束をして」

    ドーアが俺の元にやって来たのは俺が魔界人として生まれてから1500年頃の話だ。生まれたときからディラードの檻の中にいた俺は、何度も自由を求めて逃げ出そうとしたり、寿命が尽きるまでの長い年月が嫌になって死のうともした。
    それを何とかしなければとディラードも常々思っていたようで、俺が虎一匹で逃げ出さないのならと提案を渋々受け入れたのだ。

「俺はドーアにだけ、秘密を話したね。俺には前世の記憶があると。こことは全く違う、地球という丸い世界の中にある日本という国で生きていた時の話を聞かせたよね。ドーアは魔界の瘴気のせいか、獣人であるはずなのに虎の姿のままで言葉も話せなかった。だから俺の前世の名前を教えたんだよ。俺は鵺野心翔ヌエノミトって名前だったんだって」
「ミト。ずっと心で、呼んでた」
「こうしてこの世界でまた巡り会えて、ドーアに名前をたくさん呼んでもらっていたなんて。こんなに近くに生まれ変わってくれていたのに、ずっと俺は忘れていて…ごめんね」
「思い出さない方がいい、思ってた。理由ある、思ってた」
「うん…本当に優しくて賢いね、お前は」

    雨に濡れて湿ったドロモアの毛を掌全体で撫で回す。ぐるぐると嬉しそうな音が鳴り、俺はその音につかの間の癒しを求めた。

「その話は本当か、ミト」

    ふと、背後から静かにかけられた声。愛する人の、愛しているはずの人の、固い声。俺はゆっくりと顔を上げて、後ろを振り向いた。
    雨で全身ずぶ濡れのアルウィンとライナス王子が、険しい表情をして立っていた。俺はその表情から逃げるようにして顔を背け、晴れ上がった空を見上げた。

「お前…異世界人ではなかったのか?僕たちをずっと騙していたのか!?」
「殿下、それは違うかと。ミト、教えてくれ。ミトは本当に魔界人であり…あの魔王の……妻、なのか?」

    そうであってほしくない、嘘だと言ってくれ、そんな副音声が聞こえてきそうな声を背中で受け止め、俺は音もなく涙を溢した。
    底辺界まで来れば、ディラードの執着から逃げられると思っていた。ただ自由を求めたかっただけなのに。

    まさかその先で、絶対に恋をしてはならない人を好きになってしまうなんて。たとえそれが、女神レティシアによる謀略だったのだとしても。俺は自分の気持ちをよく分かっている。
    だけど、アルウィンは違う。アルウィンは、きっと彼は、真実を知ったら、俺を憎むだろう。俺を殺したいと思うだろう。どれだけ懺悔をしても、許されないだろう。

    ここまで逃げてきても、ディラードは追ってきた。またいつ思念体を飛ばしてやって来るか分からないし、最悪の手段を取って完全体がやって来る可能性も捨てきれない。
    俺はどこまで行っても、ディラードの執着からは、逃げられないのだと悟った。

    だから、この恋を、終わらせなければいけない。

「―――うん、そうだよ。俺は魔王の妻、ヌエだ。そして……アルウィンの両親を殺した、元凶だ」

    長い長い話をしよう。俺が、魔界人として過ごした、膨大な時間の話を。


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