【完結】異世界召喚されたのに命を狙われまくるなんて聞いてない。

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諦めを知った者と諦めざる者

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    魔王ディラードと女神レティシアの闘いがあった日から1週間は、警戒体制を強いる王宮が拍子抜けするほど静かな日々が過ぎていた。異常が確認され始めたのは、それからまた3日後のことだった。

    妖怪村の動きを監視する灯台の騎士から緊急報告が告げられた。夜は妖怪たちも眠りにつくため1人だけで監視していたようだが、朝が明けると妖怪村は壊滅状態だったというのだ。
    村は焼け野原のように一夜にして灰になり、妖怪たちの死骸もあちらこちらに確認が出来るという。すぐにライナス王子が騎士団と魔導師団を率いて確認に行くと、妖怪たちは1人残らず全滅していた。

    二度、俺を殺そうと襲撃して以来、ずっとおじいちゃん先生の魔法で抑えられてきたと思っていた妖怪だが、バスタードが魔界人だと判明した今、妖怪の全滅は十中八九バスタードの仕業であると推測が出来る。
    おそらく、21年前に人間界でやったことを妖怪村でも起こしたのだと俺は悟った。1人に黒魔法をかけ、そいつを操って同胞を殺させる。そして殺した本人は最後、灰になって消える。
    人間の魂ではなく妖怪の魂を欲しかった理由が何なのか、何のために妖怪を絶滅させたのかまでは分からないが、再びディラードの思念体を呼び出すために必要な力を溜めるためだったのかもしれない。

    今思えば、バスタードが妖怪を妖怪村に閉じ込めたのも、妖怪になら本当に俺を殺せるかもしれないと危機感を募らせたからだったように思える。
    ディラードはバスタードに俺の命を守るよう命令していたはずだから、バスタードの協力的な行動は俺のためではなく、ディラードの命令だったからだと思うと、あの呑気なしゃがれた声が全く別物に聞こえるような気がした。

    妖怪村が壊滅したことで、ディラードの思念体が再び現れるのは近いだろうと想像出来たため、王宮はピリピリとした緊張感に包まれた。
    王宮周辺の街や村には避難指示が出され、この10日間で全住民の避難は完了している。元々魔法が精通している世界だから転移魔法を使える人間が複数人いれば、避難は簡単なのだ。
    国王が住民を避難させた思惑はもうひとつあった。異世界召喚の儀式を行って現れた救世主であるはずの異世界人が実は魔界人だった、という情報が一気に住民の中で広まった。俺を疫病神だとか殺せと支持する声が大きくなり、このままでは暴動が起こってしまう。住民を落ち着かせるためにも、国王は早急に住民を避難させ、俺がいる王宮から遠ざけたのだ。

    聖魔法の結界を張った翌日に祝福のパーティーが開かれ、俺はそこで感謝と絶賛の嵐を受けた。しかしパーティーが終わらぬその日のうちに俺の正体が露見し、俺は瞬く間に"悪の存在"になったのだ。
    俺がいるせいで魔王はこの国を滅ぼそうとしている、という当たらずとも遠からずの噂は国民の恐怖と憎悪を煽るには十分だった。
    国民を責める気は全くない。むしろ正常な感情だと思うし、俺も彼らの立場なら俺を責める。だからやはり元凶である俺は早く死ぬべきだと訴えているのに、俺は今もまだ息をしている。

    俺の護衛はアルウィンとドロモアの2人、というよりも1人と1匹体制になった。
    ドロモアが獣人であり、俺の元神獣のような存在だと説明すると国王はそれを受け入れた。ドロモアはほとんどの時間を獣人の姿ではなく獣化の姿で俺のそばにいる。俺がもふもふを好きでつい触ってしまう癖を分かっているみたいだ。
    最初こそ王宮に勤める人々は大きな虎の存在にびくついていたが、ドロモアが猫のように俺に懐いている姿を見ているうちにいつの間にか恐怖心は薄れ、受け入れられていた。
    もちろん王宮の人々も俺に対して向ける視線は冷たかったり、憎悪がこもっていたり、恐怖心を持っていたりするものだ。しかし国王が俺の処遇を決められずにいる今は、直接的に何か言ってくる人はいなかった。四六時中アルウィンとドロモアが横にいるのに言える度胸のある人はいないだけかもしれないが。

    アルウィンとは、完全に護衛と護衛対象の関係に戻っていた。以前は朝から晩まで2人でいる時間が多かったが、今は獣化したドロモアも常にそばにいるため2人きりになることがない。
    獣化した状態でもドロモアは言葉を話せるから、俺とアルウィンの間にドロモアがいることによって気まずさも軽減されている。
    時折、アルウィンが何か言いたそうな視線で俺をじっと見ているときは多々あるが、俺はその視線に何も返せずにいた。

    早くアルウィンとライナス王子にかかってしまった魅了を解きたいと思っているが、解くには女神レティシアに聞かなければならない。
    ディラードに容赦なくやられたレティシアは、あれからどこで何をしているのか、全く姿を見せない。ルーサー大神官が女神レティシアだったという事実は思いがけず国民を喜ばせる形となった。
    また魔王ディラードが現れても、女神レティシアが倒してくれると信じている国民が大多数いるようなのだ。レティシアの神力がどれほどまで回復しているのか分からないが、前回の闘いを見ても女神レティシアが勝つ見込みはほぼないように思える。

    あそこまで力の差があることを彼女は想定していなかったのだろうかと少し疑問に思う。ボロボロになりながらも、女神レティシアはどこか余裕を感じられた。どう見ても劣性なのに勝ち誇ったような笑みすら浮かべていた。
    何か秘策があるのか、これから何かを起こそうとしているのか分からないが、ディラードへの復讐を果たすために彼女が何も準備していないわけがない。次回の闘いは、苛烈を極めることはほぼ間違いないだろう。

「…ミト、少し話せないか」

    夕食を終えて窓の外を何をするでもなくぼんやりと眺めていた俺の背中に、アルウィンの静かな、だけどどこか緊張を引き連れた声がぶつかった。
    風を受けた木々が不満をまくしたて、それに同調するように枝が吠えている。暗闇がせまり、雨雲が地平線の彼方で敵意をむき出しにして頭をもたげている。庭園をみると、噴水の水面に金色の夕日の名残がわずかに映っている。
    俺は振り返らず、夜を連れてこようとしている窓の外を眺めながら、あまり口許を動かさずに答えた。

「話って?」
「…もし、魔王も女神も倒したら……俺の気持ちは本物だと信じてくれるか?」

    荒唐無稽なことを言うアルウィンに、俺は悲しみが広がるのを止められなかった。現実で絶対に起こり得ないことを妄想してしまうほど、俺にかけられた人を魅了してしまう魅了魔法は強いのだと痛感したからだ。
    久しぶりに2人だけの会話が流れている。ドロモアはお腹いっぱいに夕食を食べて俺のベッドの上で舟をこいでいる。ただ、彼なら寝ぼけながらも俺たちの会話に耳をそばだてているだろうなと思った。

「そんなこと出来るわけがないと思うけど…」
「ミトは出来るわけがないと言われたことをやるためにたくさん努力しただろう?だから俺も努力すること、挑戦することは止めたくないんだ」
「…でも俺の努力は無駄だったよ。だってもともと魔力があって、それを引き出されただけなんだから」
「たとえそうだったとしても、無駄な努力などないと言ったのはミトだろう?努力をしてきた自分を否定しないのがミトだっただろう?」
「もう…俺は前の俺とは違うんだ。魔界で過ごした記憶を思い出し、その中でどうにもならないことがあることを知っている俺なんだ。運命に抗う努力をするより、大人しく運命を受け入れるほうがずっとマシだと分かっている俺なんだ」

    自分でも驚くほど冷淡な声だった。俺の言葉にショックを受けたような顔が目の前の窓にぼんやりと映る。彼の顔を真っ正面から見ていなくてよかったと心底安堵した。

    ひたすら努力をして目標に向かう純粋な俺は、前世の俺の性格だ。確かにヌエとして生きている間もその片鱗はずっとあったが、次第にその純粋さは俺を苦しめるだけとなり、頑張ることよりも諦めることの方が楽だと最終的に思わされた。
    俺が動くことで、俺が努力をすることで、俺以外の誰かが犠牲なってしまうのだとしたら、俺は身動きが取れない。何もせず、大人しくする方が賢いのだと長い長い年月をかけて学んだのだ。

「…魔王が心から憎い。ミトをこんなふうにしてしまったあいつが」
「口には気をつけて。あいつがどこで見て聞いているか分からないんだから」
「俺はどんなに無謀だと言われても魔王を倒したい。ミトを苦しめるあいつをこの手で滅ぼしたい。やれるだけのことはやりたい」
「絶対に無理だよ。思念体にどれだけ攻撃しても本体は傷付かない。魔力を消耗させることは出来たとしても、本体が底辺界に落ちてくることがなければかすり傷1つつけられやしない」
「だったら本体を引き摺り落とすまでだ」
「そんなことしたら本当にこの国が滅ぶよ。本体のディラードの力はとてつもないんだから。人間なんて指先1つで蹴散らせられる」
「だが魔界人は直接、異層界人を殺すことはご法度なんだろう?ならば魔王に俺たちは殺せないじゃないか」
「そうだけど、ライナス王子にアルウィンを殺させることだって簡単に出来るんだよ。21年前の事件や今回の妖怪村と同じ方法を取るに決まってる」
「ライナス王子が相手ならばもっと勝算はあるじゃないか。あいつは俺を殺すほどの攻撃は仕掛けられず、俺は全力で殺しにかかれる。やはりやってみる価値は十分にある」
「…お願いだからやめて」

    本当にやりそうな雰囲気のアルウィンに背筋を冷や汗が流れる。そんなことをして返り討ちにあうのは目に見えている。アルウィンを失うことだけは絶対にしたくない。俺が何としてでも守りたいのは、アルウィンなのだから。

    しばらく、張り詰めた重苦しい沈黙が俺たちを包んだ。窓に映ったアルウィンの強い視線から逃れるように、俺はひたすら噴水の揺らめきを見ることに集中していた。沈黙を破ったのは、アルウィンだった。

「1つ、聞いてもいいか」
「…うん」
「そんなに俺の言葉を否定するのは……魔王のことを少なからず、好き、だからか」
「はぁ?そんなわけない!今のどこをどう取ったらそうなるの!?」

    突拍子もないことを言われ、俺は勢いのまま振り返って真正面からアルウィンに噛みつくように言い返した。俺が怒りを見せたというのに、なぜか目の前の彼は嬉しそうな表情をしていた。

「やっと顔が見れた。今言ったことは本当か?魔王にまだ情があるから俺に倒されるのを懸念しているわけではないのか?」
「ディラードの心配なんてしたこともないし俺も出来るならこの手で殺してやりたい。俺がずっと心配しているのはアルウィンのことだよ。アルウィンがディラードに傷つけられるのが何よりも恐ろしいんだ。そんな光景……絶対に見たくない!」
「ミト…」

    感極まったような様子のアルウィンに、思わず自分の言ったことを反芻して慌ててもう一度窓と向かい合う。今のアルウィンに俺の気持ちは嬉しいだけだろうが、その嬉しいという感情すらも魅了にかけられているからだと必死に言い聞かせた。

「俺もミトを守りたい。いや、必ず守る。たとえどんな強敵だろうと魔王だろうと、最後まで絶対に諦めない」

    恐ろしいほど真っ直ぐな言葉が、今は耳に痛かった。心臓がすり減るように、ぎりぎりと胸が痛む。

「愛している、ミト」

    最後の言葉は、聞こえないふりをした。暗闇に包まれていく噴水がどこにあるのか、視界がぼやけて分からなくなっていた。

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