15 / 37
ただ、ごめんねが欲しいだけ
しおりを挟む悲壮な感慨が、胸に潮のごとく湧きあふれる。ウォーレンの隣を歩いていてこんなに悲しい気持ちになるのは初めてだった。ただただ、悲しかった。
あれはただの挨拶だと言われればそうかもしれないが、それだけで納得出来るものではなかった。あれは明らかに、カーティス様から頬にキスを受けた僕への当て付けだった。
重たい無言のまま、帰ってきた部屋。全身が重くて口を開くのも億劫だった。安心するはずの部屋に帰ってきたはずなのに、居心地悪く感じてしまう自分が嫌で仕方なかった。
「…どうしてそんな悲しそうな顔をしてるの?」
どうして、だと?聞かなくても分かってるだろうに僕の口から言わせたいのか、ウォーレンの指が頬を滑り意味ありげに擦られる。あれも試し行動だったというのか。もう、しないと思っていたのに。
玄関先に向かい合って立ち尽くしたまま、拳をぎゅっと握って絞り出すように声を出した。
「…ご令嬢に、何でキスしたの?」
「頬へのキスはただの挨拶だろう。ロナもカーティス王子にされてたじゃないか」
「僕はした側じゃなくて不意にされた側。でもウォーレンは自分からキスした側。これは大きな違いだよ。しかも明らかに好意を向けてきている相手に」
「あの場ではああでもしないと彼女が帰ってくれないと思ったんだ。ロナも見てただろう?彼女の諦めの悪さを」
「確かにそれは認めるけどほかのやり方だってあったはずだ。わざわざあんなことをしたのは、僕が王子にされたことへの当て付けみたいに見える」
「考えすぎだよ。頬へのキスは何の感情も持たない挨拶だ」
「じゃあ、カーティス様の許しがあれば彼の頬に僕からキスをするのも問題ないってことだね?」
そう言うと、それまで困ったような余裕そうな笑みを浮かべていたウォーレンの表情が固まる。僕は少しでも気が緩んだら泣いてしまいそうで、全身に力を入れた。
「カーティス王子は明らかにロナを好きじゃないか。彼に頬とはいえキスなんてしたら襲って下さいと言うようなものだよ」
「ご令嬢もどう見たってウォーレンを狙ってるよね?僕と君の違いなんてないと思うよ」
「か弱い女性と鍛えている男性相手じゃ全然違うだろう」
「僕も第一騎士団に所属している鍛えた男だ。それにカーティス様は無理やり襲うなんてことは絶対にしない」
「…どうしてそう言い切れる?ご令嬢たちの間でも噂になるほど親密に見えてるのに?王子とはいえ彼もただの男だ。ロナなんて簡単に手篭めにされてしまう」
「カーティス様を侮辱するな!確かに少し強引なところはあるけど僕を傷付けたりするような人じゃない!」
ただ一言、ごめんね、が欲しいだけなのに。
もうあんなことはしないと、約束してほしいだけなのに。
悲しい気持ちが怒りへと変わっていくのを感じる。僕の気持ちを大切にしてくれているカーティス様を悪く言われたこともあり、次第に声が大きくなっていった。
このままではまた今までと同じ流れになるという懸念と、あの一件で彼は変わったはずだから思いっきり気持ちをぶつけても大丈夫だと信じたい気持ちが交錯する。
「僕とカーティス様は友人だ。僕の気持ちがウォーレンにある限り、それは変わらない」
「…ロナの気持ちが変わらないとは言い切れない」
「なっ…何でそんなこと言うの?僕の気持ちを信じられないの?」
「信じる信じないの問題じゃない!俺は君を誰にも触れさせたくないんだ」
「それは僕も同じだよ!だからウォーレンが目の前で女性の頬にキスするところなんて見たくなかった!」
「だったら君も王子に指一本触れさせるな!2人きりになるな!食事の誘いも乗馬の誘いもすべて断ってくれ!」
「第三王子からの命令を拒めるわけないでしょう!?僕は帰国したばかりの友人と会うことも許されないの?」
「王子とこれからも会うっていうなら別れ…」
僕は、大きく目を見開いた。途中で踏みとどまったようだが、もう二度と言われないだろうと安心していた言葉を再び言われそうになったことに、半分言いかけたことに、胸を掴まれたような衝撃が襲った。
「いや、ち、違う…すまない、ロナ…今のは違うんだ。言葉のあやというか無意識に出たというか…」
「……無意識に僕と別れたいって思ってるということ?」
「そんなわけない!俺はロナを愛してる…!ロナが王子に頬とはいえキスされて頭が真っ白になってむしゃくしゃしてただけなんだ…ッ」
目の中を忙しなく動く新緑の瞳が動揺や焦燥感を伝えてくる。僕は今の状態でこれ以上話すと余計に話が拗れると思い、くるりと彼に背を向けて玄関のドアノブに手をかけながら言った。
「一人になりたい。少し頭冷やしてくる」
「ロナ…!ダメだ!!」
力を入れてドアノブを引こうとしたが、それは背後から強く抱き締められたことで止められた。耳に擦り付けるようにして彼の唇が当たる。それは震えていた。
「行かせない…!ロナ、お願いだから行かないでくれ…俺が悪かった…ッ、謝るから、行かないでくれ…!」
「ウォーレン…ちょっと頭冷やしたらすぐ戻ってくるから」
「いやだ!君を離さない……絶対に」
騎士団ではいつも余裕そうな笑みを浮かべて大人びていると評判の彼は、僕の前だと癇癪を起こす子供のようになる時があると知ったのは最近だ。
僕の前でだけだという優越感は確かにあるが、どうすればいいのか分からず困惑する。
こうなったら中々離してもらえないだろうと踏んで、僕は諦めてウォーレンを背中にくっつけたまま、リビングのソファへと向かった。
463
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ユィリと皆の動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵も動画もあがります。ほぼ毎日更新
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。動画を作ったときに更新
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
婚約者変更で傲慢アルファの妃になりました
雨宮里玖
BL
公爵令息のハルは突然の婚約者変更を告げられ戸惑う。親同士の約束で、ハルは第一王子のオルフェウスと婚約していた。だがオルフェウスの病気が芳しくないため王太子が第二王子のゼインに変更となり、それに伴ってハルの婚約者も変更になったのだ。
昔は一緒に仲良く遊んだはずなのに、無愛想で冷たいゼインはハルのことを嫌っている。穏やかで優しいオルフェウスから、冷酷なゼインに婚約者が変わると聞いてハルは涙する。それでも家のために役に立ちたい、王太子妃としてゼインを一途に愛し、尽くしたいと運命を受け入れる覚悟をする。
婚礼式のときからハルに冷たく傲慢な態度のゼイン。ハルは負けじと王太子妃としての役割を果たすべくゼインに迫る。初夜のとき「抱いてください」とゼインに色仕掛けをするが「お前を抱く気はない」とゼインに一蹴されてしまう——。
昔「結婚しよう」と言ってくれた幼馴染は今日、僕以外の人と結婚する
子犬一 はぁて
BL
幼馴染の君は、7歳のとき
「大人になったら結婚してね」と僕に言って笑った。
そして──今日、君は僕じゃない別の人と結婚する。
背の低い、寝る時は親指しゃぶりが癖だった君は、いつの間にか皆に好かれて、彼女もできた。
結婚式で花束を渡す時に胸が痛いんだ。
「こいつ、幼馴染なんだ。センスいいだろ?」
誇らしげに笑う君と、その隣で微笑む綺麗な奥さん。
叶わない恋だってわかってる。
それでも、氷砂糖みたいに君との甘い思い出を、僕だけの宝箱にしまって生きていく。
君の幸せを願うことだけが、僕にできる最後の恋だから。
記憶を無くしたら家族に愛されました
レン
BL
リオンは第三王子で横暴で傲慢で侍女や執事が少しでも気に入らなかったら物を投げたり怒鳴ったりする。家族の前でも態度はあまり変わらない…
家族からも煩わしく思われたていて嫌われていた… そんなある日階段から落ちて意識をなくした…数日後目を覚ましたらリオンの様子がいつもと違くて…
初夜の翌朝失踪する受けの話
春野ひより
BL
家の事情で8歳年上の男と結婚することになった直巳。婚約者の恵はカッコいいうえに優しくて直巳は彼に恋をしている。けれど彼には別に好きな人がいて…?
タイトル通り初夜の翌朝攻めの前から姿を消して、案の定攻めに連れ戻される話。
歳上穏やか執着攻め×頑固な健気受け
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる