【完結】恋人から試し行動され続けるけど僕の愛は揺らがない。

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母上から齎された疑惑の芽

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    杏の宮での日々は、驚くほど穏やかに過ぎていく。心乱されることなく平穏に過ごしているのに、残念な気持ちが拭えないのは、ウォーレンが僕を探してここまで追ってきてくれると期待していたからなのか。
    いい加減、夢見る少女のような考えをしてしまう自分にうんざりして、シッパの厚みがある胴体にブラッシングをかけることに集中する。

「ロナ、そろそろその辺にしておかないとシッパが調子に乗っちまうぞ」
「やってる僕も気持ちいいんだもん。シッパも可愛い反応してくれるし」
「シッパ、お前ロナを一人占め出来て嬉しそうだな?覚えてろよ?」

    シッパの鼻端をこちょこちょと擽るように触れながらおどけて笑うカーティス様につられて僕も笑顔が溢れる。空気はひんやりとしているが、日差しがある今日は比較的冬の寒さは落ち着いていた。

    杏の宮に身を寄せてから、四日が経った。あれから一度も騎士団には顔を出していないし、カーティス様や杏の宮の使用人以外の人間とは会っていない。
    僕は騎士団に休暇届をカーティス様経由で出し、受理されている。カーティス様によると、式が終わってからウォーレンはアーパント家に入り、そこから騎士団に通っているそうだ。

    本当にウォーレンとセリーヌ嬢は結婚したのだと受け入れた。騎士団の任務は一体何なのか、そもそも本当に任務はあるのか甚だ疑問だが、任務とはいえ夫婦生活を送るなら僕があの部屋で信じて待っている意味など最初からなかったのだ。
    そう思うと夫婦生活を送るウォーレンを騎士団で見たくなかったし、顔を合わせたら彼を罵って殴り付けてしまいそうだったからカーティス様の提案をのんで正解だった。

「さ、シッパは放牧の時間だ。俺たちはそろそろ昼食にしようぜ」
「うん!シッパ、またね」

    世話道具を軽くまとめて片付け、敷地内に放牧されるシッパに手をふって別れる。シッパもヒヒーンと鳴いて返事を返してくれた。

「ティス、ずっと僕と過ごしてくれているけど第三王子としての仕事とかやらないといけないこととかはないの?」
「今の俺がすべきことはロナのそばにいることだから大丈夫だ。ただ明日は数時間だけ外に出る予定があるから、その間ロナは杏の宮を出るなよ。宮内なら自由にしていていいからさ」
「分かったよ。きちんと護衛をつけて行ってね?」
「もちろん。第二騎士団のほうから護衛がつくことになっているから心配するな」

    第一騎士団は王家直属の騎士団であり、主に王宮周辺の警備や王族の護衛を担当する。第二騎士団は王家ではなく公爵家直属の騎士団であり、主に公爵家が管理する土地の警備や公爵家の人間を護衛している。人数は第一騎士団とあまり変わらない。
    第三王子であるカーティス様は本来第一騎士団が担当なのだが、どうやら第一騎士団内に王太子または第二王子派閥と内通している人間がいる疑いがあるため、第二騎士団に担当をお願いしたらしい。

    今まで仲間だと思っていた第一騎士団内にカーティス様の命を狙うような一派に加担している人間がいるなんて信じられないし信じたくないが、念には念をの処置だと教えてくれた。

    僕はこの数日、カーティス様と共にシッパの世話や乗馬をしたり、身体が鈍らないように筋トレをしたり、剣の手合わせやラディス国で学んだという弓の使い方を教えてもらったり、充実した日々を送っていた。
    しかしいつまでもずっとここにいるわけにも、こうして遊んでいるわけにもいかない。そろそろ自分の将来について真剣に考えなければと思い始めていた。

***

    次の日、迎えに来た第二騎士団の用意した馬車に乗って杏の宮を後にしたカーティス様を窓からそっと見送り、僕は何をして過ごそうか悩んでいると扉をノックする音と共に執事の声が聞こえた。扉を開けて顔を出すと、執事が頭を垂れながら口を開く。

「ロナ様」
「どうしましたか」
「ロナ様の母上であるアザレア様が杏の宮に向かわれているそうです」
「母上が?」
「カーティス様からはロナ様の御両親以外の面会はカーティス様ご同行の元でなければなりませんが、御両親ならば好きなときにお通しするよう言い付けられております。どうされますか?」
「すぐに母上を迎える準備をします。どこか景色のいいお部屋はありますか?」
「ございます。そちらに飲み物とお茶菓子をご用意しておきましょう。アザレア様がご到着されましたらお伝えに参ります」
「分かりました。ありがとうございます」

    母上とは結婚式以来だが、僕が突然飛び出して行ったきり姿を見せないものだから心配になったのかもしれない。あの後の結婚式がどうなったのかも母上なら知っていそうだし聞こう、と思いながら待っていると、執事が母上の到着を知らせた。

    執事に案内された部屋は大きなガラス張りの窓があり、その先に見える杏の樹は春になれば桃色の花が咲いて美しいだろう。冬の今は寂しげだが、澄んだ透明感のある空と日差しは美しく、絵画のようにも見えた。

「ロナ、待っていましたよ」
「母上、ここまでご足労頂きありがとうございます。お待たせして申し訳ありません」
「数日前に会ったとはいえあれが最後の別れでは母親として心配になるもの。さ、早くおかけなさい」
「失礼します」

    既に待っていた母上の前に腰を下ろし、執事が紅茶をティーカップに注ぎ終わるのを待つ。彼が「ごゆっくり」と言って室内を出たのを確認してから、口を開いた。

「母上、先日はご心配をおかけして大変申し訳ありませんでした」
「本当ですよ。あなたが突然式場を飛び出して走ってどこかへ行ってしまった時は何かあったのかとハラハラしたわ。運良く第三王子に保護されていて安心しました」
「お恥ずかしいかぎりです…」
「どうしてあのような奇行を?何か理由があるのでしょう?」
「それは…」

    説明のしようがない話のため、口を噤む。僕の気持ちを察してか、母上はゆったりとした動作で紅茶を一口すすって間を置いた。

「話しづらい、もしくは話したくないのなら無理には聞きません。でも私はもしかして余計なことをしてしまったのかしらと思ってね」
「余計なこと、とは」
「あなたがもしかして親友の結婚式に出席したくなかったから仮病を使ったのかもしれないと後から思ったのよ」
「仮病、というわけではないのですが…」
「ロナは体調不良で欠席だと聞いてどんな症状なのかと騎士団長様にうかがったら、ほとんど治りかけでもしかしたらもう回復しているかもしれない、様子を見に行かれてもし元気そうなら連れて来られたらいかがですかと言われたものだから…その通りにしてしまったわ」

    ……どういうことだ、と疑惑の芽が吹き出る。

「あなたの本意でなかったのなら、申し訳なかったわね」
「…いいえ、そんなことはないのですが…あの、騎士団長に僕を連れて来るよう促されたのですか?」
「促されたというか、親友の結婚式に一番出たがっていたのは彼だからって。でも寮の門を出るときに止められておかしいなとは思ったのよ。門番が中々通そうとしないほどの命令を下せる立場の人間は限られているでしょうから」

    むくむくと、騎士団長への疑惑が膨らんでいく。僕には寮から一歩も出ないよう命じておきながら、母上には全く真逆のことを言っている。その矛盾が、何か重大なことを見落としているきっかけになりそうだった。

「最初はあなたが騎士団内であまり良く思われていなくて門番の彼らから嫌がらせを受けているのかと思ったけれど…あの態度は命令を遂行しようとしてる者の目だと後から思い直したわ。腑に落ちなかったから直接ロナに聞こうと思って今日は尋ねたのよ。こんなこと、カーティス様がいらっしゃらない時でないと中々聞きづらいでしょう」
「お気遣い、痛み入ります」

    今日こうして母上が伝えに来てくれた事実は僕にとって大きな事実だった。しかし騎士団の問題、僕とウォーレンの問題に母上を巻き込むわけにはいかない。
    少し騎士団内で問題があってそれを解消するためにカーティス様と策を練っているのだと母上にうまくはぐらかす。それからは茶菓子を嗜みながら他愛もない親子の会話を楽しんで、母上は杏の宮から去っていった。

    母上を見送り僕のために用意されている部屋に戻りながら騎士団長について思案するが、どうしても彼がそんなことをする理由が分からない。

    一体何がどうなっているんだと思いながら歩く僕は、騎士団長の矛盾に囚われすぎて結婚式がその後どうなったのか母上から聞くことを忘れたことに、気付いていなかった。


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