髪の長さが戻るまで

御厨カイト

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髪の長さが戻るまで

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「今日の訓練も凄く疲れましたー!癒してください!膝枕して下さい!」

「ふふっ、はいはい、おいで」

「やったー!」


まるで大型犬かのように、素直に真っ直ぐ私の元へ向かってくるクレア。
……ブンブンと勢いよく揺れる尻尾が見えたのは多分幻覚だろう。

シスターである私は丁度礼拝も終わり自分の部屋でゆっくりしようと思っていた所、急に部屋の扉がバンッと勢い良く開いた。
何事かと驚いていると、ひょっこりと扉の奥から付き合っているクレアが顔を出し、私にそう飛びついてきた。
それも騎士団団員の証である鎧を着たまま。

貴方、騎士団の中でも結構上の立場でしょうに……
……まぁ、私も修道服を着たままだからお互い様か。


「う~ん、やっぱりソフィアさんの膝枕は落ち着きます~」


正直、こんな無邪気な彼女を見ると何事もどうでも良くなってくる。
もぞもぞと私の膝の上で動く彼女を見下ろしながら、私は微笑む。
すると、どうやら彼女は良い場所を見つけたようで仰向けになり、こちらを見つめてくる。
目が合う形になり少し恥ずかしい。


「いやー、やっぱりこの位置が一番良いですね!」

「そんな膝枕に良い場所とかあるの?」

「そりゃもちろんありますよ!ここなんてソフィアさんのたわわなお胸と綺麗なお顔が同時に楽しめる最高の場所なのです!」

「……」


楽しそうにそう言う彼女のおでこを私は無言で指でピンッとはじく。
「痛っ」とはじかれたおでこを押さえながらも、にへらと笑う彼女。
……可愛い。

思わず私は彼女の頬などを撫でて、愛でる。
ゆっくりと彼女の温もりを感じながら撫でていると、彼女はすりすりと私の手に頬擦りをしてくる。
尚の事可愛い。

……でも、何だか悔しくもなった私は彼女の頬をぷにっと持って、むにーと引っ張る。
モチモチとお餅のように伸びる彼女の頬、面白い。
そして、一頻り満足した私は手を離して「ふふふっ」と笑みを零す。


「満足しました?」

「えぇ、ありがとう」


ここで「どうしたんですか?」と聞いてこないあたり、クレアも慣れてきたのだろうな。
この私のムーブに。

それでも、どうやら彼女も満更でも無い様でもっとせがむような顔をしてくる。

それならという事で今度は彼女の好きな部分の中で1,2を争う部分である髪をゆっくりと撫でていく。
彼女の長くて綺麗な金髪はまるで絹のようにサラサラとしていて、撫でていて凄く気持ちが良い。
特に手を櫛のようにして、髪をサーッと梳いていくと尚良し。


「……ホント、クレアの髪って綺麗ね。好きだわ」

「それ、いつも言いますよね。そんなに好きなんですか?」

「貴方が私の膝枕を好きなのと同じぐらい好きよ。この貴方の髪は」

「むぅ、私の好きな部分はこの髪だけですか」


いじけたようにぷくっと頬を膨らませる彼女。
私はその膨らんだ頬を突きながら、弁明する。


「そんな事無いわ。ただ髪が貴方の中で1番好きって言っただけで、貴方の事は全部大好きよ?」

「ふーん、それならその証明をしてください」


彼女はそう言いながら、自分の口元をトントンと指差す。
それが何を表しているか、私が分かっている前提でやってくるのが本当にズルいし、可愛い。
誰がこんな事を教えたのだろう……私か。

ここで彼女の思惑に沿わない行動をしても良いのだが、素直に従う。

「ふぅ」と軽く息を吐いて、私は膝元にいる彼女の顔に自分の顔を近づける。

そして、唇を重ねる。

唇の柔らかい感触を確認するぐらいの軽いキスだったが、彼女は満足したようだ。


「これで証明になるかしら?」

「……はい、十分です。大好きです」

「そう、なら良かったわ」


私の腰にギュッと抱き着きながら、彼女は少し赤くなった顔を隠す。


……それにしても、クレアがここまで甘えてくるのも結構珍しい。
まぁ、いつもも何だかんだ甘えては来るが……流石にここまででは無い。
それ程までに今日の訓練が大変だったか……あるいは他にも理由が……?

でも、それを直接聞くのも中々憚られる。
……むむむ、どうしたものか。

私のお腹あたりに顔をすりすりと擦り付けてくる彼女を見ながら、頭を悩ませる。


……いいや、直接聞いてしまおう。
回りくどい聞き方も思いつかないし、面倒臭い。
結局、その結論になった私は彼女に問う。


「ねぇ、クレア」

「はい!どうしました?」

「今日はいつもより大分甘えてくるけど……もしかして、何かあった?」

「あっ……すいません……迷惑でしたか?」

「いやいや、全然そんな事無いし、何ならもっと甘えてくれても良いんだけど……いつもより少し様子が変だから大丈夫かなって」


恐る恐るそう言うと、彼女は一瞬驚いた様子を見せて、すぐに苦笑いをする。
そして、私の膝元から起き上がり、ゆっくり私の横に座り俯いた。


「えっと……実は明日から遠征に行くことになったんです。内容も内乱の鎮圧という事で暫くこっちに戻ってこないらしく……だから、少しでもソフィアさん成分を補充しておこうと思いまして」


「えへへ……」と少し困ったような笑みを浮かべる彼女。

……思っていた何倍もショックな話だった。
余りの驚きに私は固まってしまう。
一番辛いの彼女のはずなのに……


「いや、あの、別に隠すつもりは無かったんですが中々言い出せなくて……で、でも、もう大丈――」


彼女が慌てて言い切る前に、私はその唇を唇で塞ぐ。
そして、さっきよりもずっと深いキスをする。

私のいきなりの行動に驚く彼女だったが、気にしない。
貪るようなキスをする私に対して、彼女もまるで観念したかのように愛を返してくる。
少したどたどしいのも彼女らしい。


幾許かの時間が経った頃、お互いタイミングを計った訳では無いのに同時に離す。
ツーっと唾液が糸を引くのを、私は親指でそっと拭う。

クレアには大分刺激の強いキスだったようで息が上がり、顔も紅くトロンと蕩けている。
そんな彼女の姿を見て、あまりにも愛おしく感じた私はまたキュッと優しく抱きしめた。

少し落ち着くまで背中もさする。


聴こえてくる呼吸音が一定になってきた頃、私は彼女の耳元で、


「今日ぐらいはしっかりと甘えなさい。そして、戦場ではしっかり戦って、ここにはしっかり無事に生きて帰ってきなさい」


力強くそう言った。


彼女は私のその言葉の返事かのように強く私の事を抱きしめ返してくる。
この温もりをこれから先も感じることが出来るように願う事しか、今の私には出来なかった。










********







「それじゃあ、行ってきますね」

「ちゃんと生きて帰ってくるのよ。お土産話、楽しみにしてるわ」

「はい!」


早朝、クレアはそう元気よく遠征へと旅立った。
正直、街の門まで彼女を見送りに行きたかったが、この時間は丁度お祈りの時間なのでここから離れることが出来ない。
教会の扉から彼女の後ろ姿がどんどんと小さくなっていくのをただ見守る。

そして、見えなくなってしまった所で「はぁ……」と息を吐いて、ゆっくりと扉を閉める。
もう彼女がいなくなってしまって……寂しい。

出会った頃はクレアの方が私に対して好き好きアピールをしてくるだけだったのに、今では私も彼女がいないとダメな体質になってしまったのかもしれない。
まぁ、クレアに関しては今も昔と全く変わって無いのだけど。


それにしても「一目惚れしたから」という理由で彼女がいきなりここを尋ねてきた時はとてもびっくりした。
顔を合わせたのも当時起きていた戦争の勝利を祈るためにお城を訪れた時だけだったというのに……
そこで私に惚れて、ここまで訪ねてくるクレアの行動力には本当に関心させられる。

ここにも訪れすぎていつの間にか顔パスになっていたし……

結局、私もそんな彼女の事がどんどんと好きになっていき、今の関係に至る訳だけど……
……あぁ、彼女の事を考えたら余計に寂しくなってくる。


はぁ……いけないいけない、ちゃんとお祈りをしないと。
床に片膝をつき、顔を上にあげ、手を組む。



神よ、どうか彼女の事をお守りくださいませ。



いつもより長く祈りながら、私はシスターとしての責務を果たすのだった。








********







そんなこんなであっという間に1,2か月が経ち、彼女の事を考える時間とため息の数が増えてきた頃。


祈りの時間も終わり、そろそろ掃除でもしようかと私が箒を持ったところで、教会の扉がバンッと勢い良く開いた。
何事かと驚きながら後ろを振り返ると、そこには扉を開けた勢いのままキョロキョロと辺りを見渡すクレアの姿があった。

さっきよりも倍以上の驚きに私が声を出せずに固まっていると、丁度彼女も私の事を見つけたようで満面の笑みで一気に私の元へ抱き着いてきた。
そして、耳元で一言。


「ただ今帰りました!」


……ずっと聞きたかったクレアの元気な声。
鎧の上からでも感じる久しぶりの彼女の温もりや声などで感極まった私は涙ながらに彼女のギュッと抱きしめ返す事しか出来なかった。


「もー、そんなに泣かないでくださいよ~」


誰の所為でこうなっていると思っているんだ。
でも、背中をさすってくれるのは優しい。
今だけは年上の威厳というのは無くさせてもらおう。

そう思いながら、私は彼女の肩を濡らす。


少しして、涙が落ち着いた私は改めて彼女と目を合わせて「お帰りなさい」と笑顔で言った。
すると、彼女もお花のような華やかな笑顔を浮かべる。
だが、そこで私はある事に気づいた。


……彼女の髪が短くなっている。


あの好きだった長くて綺麗な金髪が……
絶対再会して一番最初に聞くことでは無い事は勿論分かっているが聞かずには居られない。


「クレア……髪、どうしたの?」

「えっ?あっ、その……戦いの時に受けた斬撃を捌き切れなくて、髪の方に流れてしまったんです。それで切れてしまいまして」

「……そう……なんだ」


今思えば、彼女の顔には幾つかの傷が付いている。
……本当に死地を乗り切ってきたんだな。
彼女の頬傷をすりすりと撫でながら、私はこんな事を言ってしまった自分が情けなく思えてきた。


そんな私の気持ちを察したのか、クレアは頬を撫でていた私の手をキュッと掴む。


「……そんな顔をしないで下さい。折角、ソフィアさんが言った通り無事に帰ってきたんですから!」

「クレア……」

「ソフィアさんの好きな髪は無くなっちゃいましたけど、どうせまた伸びてきますから……なので、私の髪の長さがまた戻るまで傍に居てくれますか?」


掴んだ私の手をそのまま自分の胸元へと持って行き、軽く微笑みながらも縋るような目で彼女は私を見つめてくる。



そんな彼女の顔を見て、私は髪の長さが戻るどころか彼女の顔のシワの数が増えてきてもずっとクレアの傍に居ると心に誓ったのだった。







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