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第1章
第8話:黄金の瞳が見抜いた真価
帝国宮廷の大舞踏会。 会場を照らす数千の魔導灯は、王国のそれとは比較にならないほどに力強く、そして清浄な輝きを放っていた。
私は、シリウス様の腕に引かれるようにして、その眩い光の中へと足を踏み入れた。 深紅のドレスの裾が床を滑るたびに、魔法の糸が星屑のような軌跡を描く。
「……見て、あの女性」 「陛下が直々にエスコートされているわ。どこの国の王女かしら?」
会場が静まり返り、何百という視線が私に突き刺さる。 羨望、驚き、そして――一部の貴族たちから放たれる、刺すような侮蔑の視線。
「王国から来た『拾い人』だという噂よ。魔力も持たぬ、ただの編纂者だとか」 「陛下のお気に入りというだけで、あのような場に立つなど……不相応ですわね」
ひそひそと交わされる心ない言葉。 王国で置物と呼ばれ続けた記憶が、冷たい風のように私の心を通り過ぎる。
私は思わず俯きそうになったが、隣を歩くシリウス様の腕に、ぐっと力が込められた。 「……気にするな。貴様の価値は、俺が一番よく知っている」 その低い声に、私はかろうじて顔を上げた。
「陛下、お初にお目にかかります。こちらは、帝国が誇る名門、バルザック侯爵夫人にございます」 行く手を阻むように現れたのは、煌びやかな宝石をこれでもかと身に纏った、初老の貴婦人だった。
彼女は冷ややかな微笑を私に向けると、手にしていた古びた魔導扇を差し出した。 「陛下、こちらの扇……我が家に伝わる家宝なのですが、回路が焼き切れて久しいのです。帝国一の魔導師たちでも匙を投げたこの逸品、陛下が『至宝』とまで仰るこのお嬢様なら、一瞬で直せますわよね?」
周囲の貴族たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを見守る。 失敗すれば、「皇帝は見る目がない」と嘲笑われることになる。 それは、私への侮辱以上に、私を救ってくれたシリウス様への泥を塗る行為だった。
「……シリウス様」 私は彼の黄金の瞳を見つめた。 彼は何も言わず、ただ静かに頷いた。 『好きにしろ、俺が背後にいる』――その視線が、そう語っていた。
私は震える手で、その扇を受け取った。
扇に触れた瞬間、私の脳内に、捻じれ、悲鳴を上げる回路のイメージが流れ込んできた。 「……苦しい。……ずっと、暗闇にいたのね」
私は周囲の雑音を遮断し、指先から最小限の、けれど極限まで純化された魔力を編み込んだ。 指先から伸びる光の糸が、まるで生き物のように扇の骨組みへと吸い込まれていく。
会場から、小さなどよめきが上がった。 編み物をするかのように繊細に、かつ迷いのないその動きは、見る者を惹きつける「芸術」そのものだった。
――カチリ。
静寂の中に、歯車が噛み合う音が響いた。 次の瞬間、扇から眩いばかりの|聖なる光マナ・ブライトが溢れ出した。
「なっ……光った!? あの完全に死んでいた回路が……!?」 バルザック侯爵夫人が目を見開き、たじろぐ。
光は会場全体を清浄なエネルギーで満たし、扇からは以前よりも遥かに強力な、凛とした冷気が放たれた。 単なる修理ではない。彼女の編纂によって、扇は「伝説級」の遺物へと再定義されたのだ。
圧倒的な実力を前に、嘲笑っていた貴族たちは言葉を失い、腰を抜かす者さえいた。
「……どうやら、証明は済んだようだな」 シリウス様が静かに口を開くと、会場全体が震え上がるような覇気が放たれた。
彼は私の肩を引き寄せ、耳元ではなく、会場全体に響き渡る声で宣言した。 「彼女は帝国の客分ではない。我が帝国の、そして俺の伴侶となるべき『至宝』だ。これ以上の無礼は、帝国への反逆と見なす」
「は、伴侶……!?」 「皇帝陛下が、自らそう仰ったのか!?」
どよめきが、波のように広がっていく。 私は驚きのあまり、シリウス様の顔を仰ぎ見た。 彼の瞳は、かつてないほどに優しく、そして強い独占欲を孕んで私を見つめていた。
「……ウェンディ、俺のそばを離れるな。貴様の居場所は、ここにある」 私は、熱くなる頬を隠すように、彼の胸元に小さく頷いた。
同じ時刻、対照的な闇が王国を包んでいた。 王宮では、ウェンディがいなくなったことで限界を迎えた魔導炉が、ついに大きな火を噴いた。
「……消えた。街の灯りが、すべて消えたぞ!」 「殿下! 魔導街灯が反応しません! 王都が……暗闇に飲み込まれました!」
暗闇の中で、ジュリアンは狂ったように叫び続けていた。 「ウェンディ……ウェンディ……! どこだ、どこにいる! 戻ってこい! お前は私の、私の道具だろうがぁ!」
だが、その叫びに応える者は誰もいない。 結界の消えた国境の裂け目からは、伝説級の魔獣が、王都を蹂躙せんと一歩ずつ歩みを進めていた――。
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👑 EMPEROR'S DECREE:黒狼皇帝からの勅命
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「よくぞ最後まで読み遂げた。
ウェンディの功績を称え、貴様らにも『いいね』を許す。
……さあ、その指先で俺の女を喜ばせてみせろ。
貴様の忠誠、確かに受け取るぞ」
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私は、シリウス様の腕に引かれるようにして、その眩い光の中へと足を踏み入れた。 深紅のドレスの裾が床を滑るたびに、魔法の糸が星屑のような軌跡を描く。
「……見て、あの女性」 「陛下が直々にエスコートされているわ。どこの国の王女かしら?」
会場が静まり返り、何百という視線が私に突き刺さる。 羨望、驚き、そして――一部の貴族たちから放たれる、刺すような侮蔑の視線。
「王国から来た『拾い人』だという噂よ。魔力も持たぬ、ただの編纂者だとか」 「陛下のお気に入りというだけで、あのような場に立つなど……不相応ですわね」
ひそひそと交わされる心ない言葉。 王国で置物と呼ばれ続けた記憶が、冷たい風のように私の心を通り過ぎる。
私は思わず俯きそうになったが、隣を歩くシリウス様の腕に、ぐっと力が込められた。 「……気にするな。貴様の価値は、俺が一番よく知っている」 その低い声に、私はかろうじて顔を上げた。
「陛下、お初にお目にかかります。こちらは、帝国が誇る名門、バルザック侯爵夫人にございます」 行く手を阻むように現れたのは、煌びやかな宝石をこれでもかと身に纏った、初老の貴婦人だった。
彼女は冷ややかな微笑を私に向けると、手にしていた古びた魔導扇を差し出した。 「陛下、こちらの扇……我が家に伝わる家宝なのですが、回路が焼き切れて久しいのです。帝国一の魔導師たちでも匙を投げたこの逸品、陛下が『至宝』とまで仰るこのお嬢様なら、一瞬で直せますわよね?」
周囲の貴族たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべてこちらを見守る。 失敗すれば、「皇帝は見る目がない」と嘲笑われることになる。 それは、私への侮辱以上に、私を救ってくれたシリウス様への泥を塗る行為だった。
「……シリウス様」 私は彼の黄金の瞳を見つめた。 彼は何も言わず、ただ静かに頷いた。 『好きにしろ、俺が背後にいる』――その視線が、そう語っていた。
私は震える手で、その扇を受け取った。
扇に触れた瞬間、私の脳内に、捻じれ、悲鳴を上げる回路のイメージが流れ込んできた。 「……苦しい。……ずっと、暗闇にいたのね」
私は周囲の雑音を遮断し、指先から最小限の、けれど極限まで純化された魔力を編み込んだ。 指先から伸びる光の糸が、まるで生き物のように扇の骨組みへと吸い込まれていく。
会場から、小さなどよめきが上がった。 編み物をするかのように繊細に、かつ迷いのないその動きは、見る者を惹きつける「芸術」そのものだった。
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「は、伴侶……!?」 「皇帝陛下が、自らそう仰ったのか!?」
どよめきが、波のように広がっていく。 私は驚きのあまり、シリウス様の顔を仰ぎ見た。 彼の瞳は、かつてないほどに優しく、そして強い独占欲を孕んで私を見つめていた。
「……ウェンディ、俺のそばを離れるな。貴様の居場所は、ここにある」 私は、熱くなる頬を隠すように、彼の胸元に小さく頷いた。
同じ時刻、対照的な闇が王国を包んでいた。 王宮では、ウェンディがいなくなったことで限界を迎えた魔導炉が、ついに大きな火を噴いた。
「……消えた。街の灯りが、すべて消えたぞ!」 「殿下! 魔導街灯が反応しません! 王都が……暗闇に飲み込まれました!」
暗闇の中で、ジュリアンは狂ったように叫び続けていた。 「ウェンディ……ウェンディ……! どこだ、どこにいる! 戻ってこい! お前は私の、私の道具だろうがぁ!」
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