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第2章
第17話:不協和音、黄金の瞳が曇る時
窓の外には、冴え渡る月が冷たい光を投げかけていた。 昼間の賑わいが嘘のように静まり返った帝城の離宮で、私は一人、机の上に置かれた銀のブローチを見つめていた。
あの老女から手渡された、不気味なほどに美しい銀細工。 私は震える指先で、そこに僅かな魔力を通した。
「……っ!」
その瞬間、私の「神の糸」が、かつてないほどの激しさでブローチと共鳴した。 帝国の魔導試験機では決して測り得なかった、高次で純粋な波長。それがパズルの最後のピースが嵌まるように、私の魂と完璧に同調したのだ。
(なぜ……。帝国のどんな優れた魔導具とも、こんなに深く重なったことはないのに)
脳裏に、見たこともない光景がフラッシュバックする。 真っ白な大理石の床、高くそびえるステンドグラス、そして――祈りを捧げる無数の人々。 心理学における「確証バイアス」が、私の思考を急速に侵食していく。このブローチが私の力とこれほどまでに馴染むのなら、あの老女の言葉通り、私は聖教国の人間なのではないか。私は、帝国に奪われた「聖子」なのではないか。
その時、背後の扉がノックもなしに乱暴に開かれた。
「……ウェンディ」
低い、地を這うような声。 振り返ると、そこには月光を背負ったシリウス様が立っていた。 彼の黄金の瞳は、いつも私に向ける柔らかな陽だまりではなく、獲物を射抜く猛禽のような鋭さを帯びていた。
「シリウス、様……。なぜ、こんな時間に」 「貴様の魔力の揺らぎが、城の結界を震わせた。……何を隠している」
私は反射的に、ブローチを手のひらの中に隠した。 だが、その僅かな動作が、彼の疑念を決定的なものにした。シリウス様は音もなく距離を詰め、私の手首を掴み上げた。
「離して、ください……っ!」 「見せろ。それが貴様を惑わしている元凶か」
強引に開かれた掌から、銀のブローチが床に転がり落ちた。 それを見た瞬間、シリウス様の表情が、見たこともないような「激昂」と「焦燥」に塗りつぶされた。
「……エリュシオンの『洗礼の楔』か。あのアマ、これほどの手を回していたとはな」 「知って、いるのですか? これが、私のルーツに繋がるものだと……!」
シリウス様はブローチを床に叩きつけ、軍靴の踵で粉々に砕いた。 「ルーツだと? 笑わせるな。それは対象の精神を汚染し、偽りの記憶を植え付けるための特級拘束具だ。貴様を教会の奴隷に戻すための鎖だぞ!」
「嘘よ! だったら、なぜ私の力がこれほど反応したのですか!? 帝国では『無能』と呼ばれたこの力が、なぜ……!」 私は叫んでいた。心理学的に「愛着障害」を抱える私は、自分の存在価値を証明してくれるものを、たとえそれが毒であっても求めてしまっていたのだ。
シリウス様は私の肩を強く掴み、自分の方へ向けさせた。 「ウェンディ、落ち着け。貴様は俺の、帝国の宝だ。余計な真実など知る必要はない」
「……余計な、真実?」 その言葉に、私の血の気が引いていく。 「知る必要がないって……。シリウス様は、私の正体を知っていて、私を拾ったのですか?」
シリウス様は一瞬、言葉を詰まらせた。その僅かな沈黙が、私には何よりの肯定に思えた。 「……貴様の出自など、最初から知っていた。だからこそ、俺が引き取ったのだ。王国の愚か者共が気づく前に、俺が貴様を確保した」
その瞬間、私の中で積み上げてきた「信頼」という名の城が、音を立てて崩れ落ちた。 彼の愛は、私という人間への好意ではなく、私の「正体」を知った上での戦略的な確保だったのではないか。私はまた、別の場所で「便利な道具」として飼われていただけだったのではないか。
「……触らないで」 私は、自分でも驚くほど冷たい声でそう言った。 シリウス様の伸ばした手が、空中で凍りつく。
「ウェンディ、俺は……」 「私を『確保』したと言いましたね。……結局、あなたにとっても、私は希少な『置物』に過ぎなかったのですね」
「違う! 俺は貴様を愛している!」 シリウス様が強引に私を抱きしめようとするが、私は初めてその胸を全力で突き放した。 拒絶された彼の瞳に、深い傷心と、それを上書きするような暗い独占欲が渦巻く。
「……もう、いいです。一人にしてください」
シリウス様は拳を握りしめ、苦しげに顔を歪めたまま、何も言わずに部屋を去っていった。 廊下に響く足音が遠ざかるたびに、私の心は氷点下へと沈んでいく。
暗い部屋に残されたのは、粉々に砕けた銀の破片と、誰を信じればいいのか分からなくなった一人の少女だけだった。 「……どうして、こんなことに」
窓の外、夕闇に溶け込む帝都のどこかで、聖教国の工作員が闇の中で嘲笑っていた。 「種は蒔かれた。絆が深いほど、引き裂かれた時の傷は深い……。さあ、聖女よ、救いを求めてこちらへ来なさい」
月は冷たく、私たちの断絶を照らし続けていた。
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👑 EMPEROR'S DECREE:黒狼皇帝からの勅命
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「よくぞ最後まで読み遂げた。
ウェンディの功績を称え、貴様らにも『いいね』を許す。
……さあ、その指先で俺の女を喜ばせてみせろ。
貴様の忠誠、確かに受け取るぞ」
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あの老女から手渡された、不気味なほどに美しい銀細工。 私は震える指先で、そこに僅かな魔力を通した。
「……っ!」
その瞬間、私の「神の糸」が、かつてないほどの激しさでブローチと共鳴した。 帝国の魔導試験機では決して測り得なかった、高次で純粋な波長。それがパズルの最後のピースが嵌まるように、私の魂と完璧に同調したのだ。
(なぜ……。帝国のどんな優れた魔導具とも、こんなに深く重なったことはないのに)
脳裏に、見たこともない光景がフラッシュバックする。 真っ白な大理石の床、高くそびえるステンドグラス、そして――祈りを捧げる無数の人々。 心理学における「確証バイアス」が、私の思考を急速に侵食していく。このブローチが私の力とこれほどまでに馴染むのなら、あの老女の言葉通り、私は聖教国の人間なのではないか。私は、帝国に奪われた「聖子」なのではないか。
その時、背後の扉がノックもなしに乱暴に開かれた。
「……ウェンディ」
低い、地を這うような声。 振り返ると、そこには月光を背負ったシリウス様が立っていた。 彼の黄金の瞳は、いつも私に向ける柔らかな陽だまりではなく、獲物を射抜く猛禽のような鋭さを帯びていた。
「シリウス、様……。なぜ、こんな時間に」 「貴様の魔力の揺らぎが、城の結界を震わせた。……何を隠している」
私は反射的に、ブローチを手のひらの中に隠した。 だが、その僅かな動作が、彼の疑念を決定的なものにした。シリウス様は音もなく距離を詰め、私の手首を掴み上げた。
「離して、ください……っ!」 「見せろ。それが貴様を惑わしている元凶か」
強引に開かれた掌から、銀のブローチが床に転がり落ちた。 それを見た瞬間、シリウス様の表情が、見たこともないような「激昂」と「焦燥」に塗りつぶされた。
「……エリュシオンの『洗礼の楔』か。あのアマ、これほどの手を回していたとはな」 「知って、いるのですか? これが、私のルーツに繋がるものだと……!」
シリウス様はブローチを床に叩きつけ、軍靴の踵で粉々に砕いた。 「ルーツだと? 笑わせるな。それは対象の精神を汚染し、偽りの記憶を植え付けるための特級拘束具だ。貴様を教会の奴隷に戻すための鎖だぞ!」
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「……余計な、真実?」 その言葉に、私の血の気が引いていく。 「知る必要がないって……。シリウス様は、私の正体を知っていて、私を拾ったのですか?」
シリウス様は一瞬、言葉を詰まらせた。その僅かな沈黙が、私には何よりの肯定に思えた。 「……貴様の出自など、最初から知っていた。だからこそ、俺が引き取ったのだ。王国の愚か者共が気づく前に、俺が貴様を確保した」
その瞬間、私の中で積み上げてきた「信頼」という名の城が、音を立てて崩れ落ちた。 彼の愛は、私という人間への好意ではなく、私の「正体」を知った上での戦略的な確保だったのではないか。私はまた、別の場所で「便利な道具」として飼われていただけだったのではないか。
「……触らないで」 私は、自分でも驚くほど冷たい声でそう言った。 シリウス様の伸ばした手が、空中で凍りつく。
「ウェンディ、俺は……」 「私を『確保』したと言いましたね。……結局、あなたにとっても、私は希少な『置物』に過ぎなかったのですね」
「違う! 俺は貴様を愛している!」 シリウス様が強引に私を抱きしめようとするが、私は初めてその胸を全力で突き放した。 拒絶された彼の瞳に、深い傷心と、それを上書きするような暗い独占欲が渦巻く。
「……もう、いいです。一人にしてください」
シリウス様は拳を握りしめ、苦しげに顔を歪めたまま、何も言わずに部屋を去っていった。 廊下に響く足音が遠ざかるたびに、私の心は氷点下へと沈んでいく。
暗い部屋に残されたのは、粉々に砕けた銀の破片と、誰を信じればいいのか分からなくなった一人の少女だけだった。 「……どうして、こんなことに」
窓の外、夕闇に溶け込む帝都のどこかで、聖教国の工作員が闇の中で嘲笑っていた。 「種は蒔かれた。絆が深いほど、引き裂かれた時の傷は深い……。さあ、聖女よ、救いを求めてこちらへ来なさい」
月は冷たく、私たちの断絶を照らし続けていた。
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