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第3章
第22話:深淵のデバッグ、触れる指先
都市ルナリスの空は、病んでいた。 空間にぽっかりと開いた「漆黒の穴(ヴォイド)」の周囲では、既存の物理法則が硝子のように砕け散っている。重力が反転し、水の都の運河が空へと逆流し、本来は聞こえるはずのない魔力の流動が、鼓膜を劈くような不協和音となって響いていた。
「……っ、神の糸が、拒絶されている?」
私が伸ばした編纂の糸が、ヴォイドの縁に触れた瞬間に「文字通りのノイズ」となって霧散した。 シリウス様が放った漆黒の魔力でさえ、その深淵に吸い込まれ、何の影響も与えられずに消えていく。最強の武力を誇る彼でさえ、この「無」に対しては干渉の術を持たなかった。
「シリウス様、これは魔法による破壊ではありません。世界の記述(プログラム)そのものが欠落しているんです。……私が中に入って、直接ソースコードを書き換えるしかありません」
「……正気か、ウェンディ」
シリウス様の黄金の瞳が、かつてないほどの激しい葛藤に揺れた。 意識を世界の深層に同期(シンクロ)させる。それは、個としての「ウェンディ」を捨て、膨大な情報の海に溶けるリスクを孕んでいた。一度自我の境界線が崩れれば、二度と人間の形として戻ってこれないかもしれない。
「行かせたくはない。だが……貴様ならやり遂げると、俺の魂が言っている」
シリウス様は、私の背後から逃がさないように強く抱きしめた。
「いいか、ウェンディ。貴様の魂が世界に溶けそうになったら、俺の熱を辿って戻ってこい。……どこへも行かせん。貴様のアンカー(錨)は、この俺だ」
背中から伝わる、シリウス様の圧倒的な熱量。 心理学における「愛着の安全基地」。彼の肉体が、冷酷な深淵へ潜る私の唯一の命綱となった。私は彼の腕の中で目を閉じ、意識をヴォイドの深層へとダイブさせた。
視界から光が消え、五感が麻痺する。 代わりに「世界を構成する文字」が、洪水のように脳内に流れ込んできた。 冷たさが「聞こえ」、静寂が「見える」。共感覚的な混沌の中で、私は必死にシリウス様の体温だけを頼りに、歪んだ回路を編み直していく。
(ここ……。この記述が、間違っている……!)
暴走する因果律の結び目を、私は「神の糸」で丁寧に解いていく。 だがその時、無機質なシステムの中に、意思を持った「声」が直接響いた。
『――試作品第零号。なぜ、世界の修復を試みる。貴女というバグ(存在)こそが、この崩壊の引き金だというのに』
「……っ、私が、バグ……?」
衝撃が走り、自我の境界が揺らぐ。 聖教国で作られたという私の出生は、単なる生体パーツなどではなく、もっと根源的で、世界のシステムそのものを揺るがす禁忌(バグ)であったことを、その声は告げていた。
「ウェンディ! 戻れ!」
現世から響くシリウス様の怒声が、消えかけた私の意識を現実に引き戻した。 私は最後の力を振り絞り、ヴォイドの欠落部分に新しい理を「コンパイル」した。
閃光が走り、漆黒の穴が収縮していく。 物理法則が再定義され、空へ昇っていた水が雨となって地上へ降り注いだ。
「はぁ、……っ、はぁ……」 意識が戻った瞬間、私はシリウス様の腕の中に崩れ落ちた。 ヴォイドの一時的な封印には成功したが、私の瞳は一瞬だけ、深淵と同じ漆黒に染まっていた。
「……やり遂げたな、ウェンディ」 シリウス様が私の汚れを拭おうとした、その時。
雨に煙るルナリスの建物の影に、一人の人影が立っていた。 シリウス様が即座に抜剣し、殺気を放つ。だが、私も彼も、その姿を見て息を呑んだ。
そこにいたのは、私と同じ淡い銀髪を持ち、私と同じ顔をした――けれど、一切の感情を排した瞳でこちらを見つめる、もう一人の「私」だった。
「……第零号。次は、私が編み直す」
影は一言だけ残し、霧のように消え去った。 世界のバグ、そして私自身の正体。 新時代の幕開けを祝う雨は、いつの間にか、さらなる動乱を予感させる冷たい雫へと変わっていた。
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👑 EMPEROR'S DECREE:黒狼皇帝からの勅命
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「よくぞ最後まで読み遂げた。
ウェンディの功績を称え、貴様らにも『いいね』を許す。
……さあ、その指先で俺の女を喜ばせてみせろ。
貴様の忠誠、確かに受け取るぞ」
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「……っ、神の糸が、拒絶されている?」
私が伸ばした編纂の糸が、ヴォイドの縁に触れた瞬間に「文字通りのノイズ」となって霧散した。 シリウス様が放った漆黒の魔力でさえ、その深淵に吸い込まれ、何の影響も与えられずに消えていく。最強の武力を誇る彼でさえ、この「無」に対しては干渉の術を持たなかった。
「シリウス様、これは魔法による破壊ではありません。世界の記述(プログラム)そのものが欠落しているんです。……私が中に入って、直接ソースコードを書き換えるしかありません」
「……正気か、ウェンディ」
シリウス様の黄金の瞳が、かつてないほどの激しい葛藤に揺れた。 意識を世界の深層に同期(シンクロ)させる。それは、個としての「ウェンディ」を捨て、膨大な情報の海に溶けるリスクを孕んでいた。一度自我の境界線が崩れれば、二度と人間の形として戻ってこれないかもしれない。
「行かせたくはない。だが……貴様ならやり遂げると、俺の魂が言っている」
シリウス様は、私の背後から逃がさないように強く抱きしめた。
「いいか、ウェンディ。貴様の魂が世界に溶けそうになったら、俺の熱を辿って戻ってこい。……どこへも行かせん。貴様のアンカー(錨)は、この俺だ」
背中から伝わる、シリウス様の圧倒的な熱量。 心理学における「愛着の安全基地」。彼の肉体が、冷酷な深淵へ潜る私の唯一の命綱となった。私は彼の腕の中で目を閉じ、意識をヴォイドの深層へとダイブさせた。
視界から光が消え、五感が麻痺する。 代わりに「世界を構成する文字」が、洪水のように脳内に流れ込んできた。 冷たさが「聞こえ」、静寂が「見える」。共感覚的な混沌の中で、私は必死にシリウス様の体温だけを頼りに、歪んだ回路を編み直していく。
(ここ……。この記述が、間違っている……!)
暴走する因果律の結び目を、私は「神の糸」で丁寧に解いていく。 だがその時、無機質なシステムの中に、意思を持った「声」が直接響いた。
『――試作品第零号。なぜ、世界の修復を試みる。貴女というバグ(存在)こそが、この崩壊の引き金だというのに』
「……っ、私が、バグ……?」
衝撃が走り、自我の境界が揺らぐ。 聖教国で作られたという私の出生は、単なる生体パーツなどではなく、もっと根源的で、世界のシステムそのものを揺るがす禁忌(バグ)であったことを、その声は告げていた。
「ウェンディ! 戻れ!」
現世から響くシリウス様の怒声が、消えかけた私の意識を現実に引き戻した。 私は最後の力を振り絞り、ヴォイドの欠落部分に新しい理を「コンパイル」した。
閃光が走り、漆黒の穴が収縮していく。 物理法則が再定義され、空へ昇っていた水が雨となって地上へ降り注いだ。
「はぁ、……っ、はぁ……」 意識が戻った瞬間、私はシリウス様の腕の中に崩れ落ちた。 ヴォイドの一時的な封印には成功したが、私の瞳は一瞬だけ、深淵と同じ漆黒に染まっていた。
「……やり遂げたな、ウェンディ」 シリウス様が私の汚れを拭おうとした、その時。
雨に煙るルナリスの建物の影に、一人の人影が立っていた。 シリウス様が即座に抜剣し、殺気を放つ。だが、私も彼も、その姿を見て息を呑んだ。
そこにいたのは、私と同じ淡い銀髪を持ち、私と同じ顔をした――けれど、一切の感情を排した瞳でこちらを見つめる、もう一人の「私」だった。
「……第零号。次は、私が編み直す」
影は一言だけ残し、霧のように消え去った。 世界のバグ、そして私自身の正体。 新時代の幕開けを祝う雨は、いつの間にか、さらなる動乱を予感させる冷たい雫へと変わっていた。
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「よくぞ最後まで読み遂げた。
ウェンディの功績を称え、貴様らにも『いいね』を許す。
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