後藤家の日常

四つ目

文字の大きさ
上 下
113 / 144

初詣の後の

しおりを挟む
「春輝ー、もう上がって良いよー」
「はぁーい、おつかれさまでぇーっす」

親父の言葉に応え、皆より一足先に上がらせて貰う。
そそくさと家に戻り、携帯を取り出す。

『今終わったよ。準備していくからもう少し時間かかると思う』

明ちゃんにメッセージを送って、先ず化粧を落としに行く。
仕事用の化粧を落としたら、今度は出かけようの化粧をし直す。
ちゃんと色んな角度で出来を確認して、良しと頷いて部屋に戻る。
そこで一度形態を確認すると、明ちゃんからメッセージが届いていた。

『では今からそちらに向かいます』

家からここまでだと、どれぐらいだったか。
でもそんなにすぐには来れないだろうから、着替える時間はあるはずだ。
桐の箱に入った着物を取り出し、一応定期的に見てるから大丈夫だとは思うけど様子を確認。

長襦袢を来て、振袖の着物を羽織り、帯を締める。
これは柄のほぼ無いシンプルな赤の着物だが、色合いが鮮やかなのでそれで良いと思っている。
その代わり帯は鮮やかな桜柄だ。
冬に着るものではないのかもしれないが、これしか無いので仕方ない。

根付は何にしようか。帯に会う物が良いんだけども。
何て悩んでいると、呼び鈴が鳴った。
まさか明ちゃんもう来たのだろうか。家から来たにしては早い。
とりあえず無視するわけには行かないので、玄関まで出る。

「はぁーいどちら様でしょうかー」
「春さん、私です。明です」

もしかしたら店側の関係者かもしれないので、仕事モードで声をかける。
すると帰って来たのは明ちゃんの声。
彼女は普段通りの肌の見えない格好で、玄関前に立っていた。
上着はロングコートか。背の高い明ちゃんにはとても映える。

「あけましておめでとう、明ちゃん。少しだけ待ってくれるかな、髪セットしてなくて」
「・・・」
「明ちゃん?」
「っ、あ、はい。上がらせて頂きますね」

真顔で固まった彼女に声をかけると、はっと正気に戻ったような感じで返事を返してきた。
この格好、明ちゃん的には良い物なのか。
ちょっと満足気分で部屋に戻り、明ちゃんの視線を感じながら髪をセットする。
それが終わったら、彼女を待たせるのもどうかと思い根付を選ぶのは諦める。

「さて、行こうか明ちゃん」
「はい。春さん、今日は髪は長いままなんですね」
「着物だとこっちの方が似合うでしょ?」
「似合ってますけど、普段の髪型でも可愛いですよ」

明ちゃんらしい返しだ。
自惚れでも何でもなく、明ちゃんはどんな俺でも可愛いって思ってるからなぁ。
最近はその辺は流石に自覚している。しているからこそこうやって楽しませてるんだけど。

「ありがとう、明ちゃん。さ、行こうか」
「はい」

明ちゃんの手を取って、用意しておいた下駄を履いて外に出る。
彼女は一応日傘を持って来ている様だ。
一応日が出る前に帰る気だけど、何が有るか解らないからね。

手を繋ぎながら、近くの神社まで行く。
この辺りはそこまで都会では無いので、ごった返すほどの人は居ないけどそこそこ多い。
はぐれない様にしっかりと手を掴み―――いや、これはただの言い訳だな。

彼女とはぐれるって、どう考えても無理だもん。
普通に頭が飛びぬけてるから、俺が見つけるのは容易だ。
なので仲良く手を繋いでお参りに行く。そして人の列に並んで順番を待つ。
彼女と他愛もない雑談をしながらだと、退屈な順番待ちもあっという間だった。

「明ちゃん、お賽銭持って来てる?」
「はい、ありますよ」

俺達はお互いにお賽銭を確認し、さい銭箱に投げる。
そして挨拶とお祈りをして、その場をさっと離れた。

「明ちゃんは何をお願いしたの?」
「春さんと一緒に居られるようにです」
「あはは、じゃあ同じだ」

完全にバカップルな会話をしながら、てくてくと神社を後にする。
少し離れただけで人の数が減り、しばらく歩くと全くと行って良い程人が居なくなる。
静かな夜の街を、彼女と手を繋いで歩く。そこで不意に、彼女に手を引かれた。

「明ちゃ―――」

彼女が立ち止まった場所を確認して、俺は一瞬固まってしまう。
けどすぐに気を取り直し、彼女の手を握り返す。
彼女のしたい事に肯定の意味を込めて。

「行こっか」
「は、はい」

そして俺は恥ずかしそうに顔をそむける彼女の手を引いて、先に向かう。
彼女が立ち止まった真横に在った、ラブホテルの中へ。

財布には結構な額が入っているし、おそらくお金は問題ない。
問題は帰った後、親父に年始仕事がまだあるんだよと怒られる事ぐらいだろう。
でも今はそれよりも、彼女の願いを叶える事しか俺の頭には無かった。
しおりを挟む

処理中です...