後藤家の日常

四つ目

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その頃の親友

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「雛ちゃん、初詣行かないの?」

彼氏にもたれかかり、特に面白くもない年始の番組を眺めていたら、彼からそう訊ねられた。
私としては正直あまり行く気は無い。大体人が多いと、皆あたしの胸を見て来るので面倒。
別にもう慣れたけど、わざわざ見られに行こうとは思わない。

「うーん、別にいつ行ったって良いしなぁ。あたし人の多い所あんまり好きじゃないし」
「じゃあ例年通り、落ち着いてからのんびり行こうか」
「うん」

空也さんの腕を取って胸元に回し、ぎゅっと抱きしめる。
手のひらが胸に当たる様に、わざと押し付ける。
その上今の私はノーブラなので、柔らかさもはっきり解るはずだ。

「雛ちゃん、年始の挨拶しに、実家には行こうね」
「えー、いいよ面倒くさい。母さんは兎も角親父が面倒なんだもん」
「そんな事言っちゃ駄目だよ。ちゃんと親御さんには挨拶しないと」
「へーい」

けどこの人はこの始末だ。掌にこれが押し付けられているのに気にする様子もない。
握るまではいかなくても、ちょっと指を動かすとかあっても良いのに。
因みに親父はこの関係をまだちゃんとは認めてない。うざい。
空也さんの実家には挨拶に行くのは確定事項だ。夜が明けたら行く予定だ。

「うーん、柔らかさには自信が有るのになぁ」
「雛ちゃん、俺の手でボールポンポン叩くみたいにしないでくれるかな」
「もっと柔らかいもん」
「いや、確かに柔らかくて良い感触だけどさ」

ボールと言われて異議を唱えると、真顔で返事をして来る空也さん。
言ってる事はエロトークっぽいけど、一切動揺してないんだもんなぁ。
その証拠にお尻を押し付けている場所も一切反応してないし。

「空也さんってEDじゃないよねー?」
「一応そんな事無いよ」
「それは余計に自身無くすなー」

体は筋肉質だけど、弛緩すればそこそこ触り心地は良い筋肉だ。
スタイルだって悪いつもりはない。
けど反応をされないっていうのは、何とも女としての自信が無くなる。
今まではそこまで気にしすぎなかったけど、最近はちょっと駄目だ。

「雛ちゃん、何か有ったのかい?」
「んー、べつにー?」

理由は有るが、それを彼に言っても仕方ない。
そう思って小さくなると、彼は手を引き抜いてあたしの頭を優しく撫でて来た。

「別にってことは無いでしょ。いくら俺でも好きな子がいつもと違う事ぐらいは解るよ」
「・・・空也さんって優しいけど酷いよねー」
「それは、ごめん」

あたしが全力で好意を見せて、飛び込んで、既成事実すら作る勢いでも手は出さない。
けどこうやって優しくして、好きだって言って来る。
そんな彼に甘えて、拗ねながら寄りかかる。

「籍入れたら手を出しても問題ないんだよ?」
「あの約束は保身の為じゃないよ」
「・・・わかってんよー」
「ん、雛ちゃんは良い子だね」

彼の出した成人までは手を出さないという条件は、あたしを想っての事だ。
若い間に出会った大人に一時的に引かれた可能性が有ると、そうでないと言えるならそれこそ責任が持てる歳になってからにしようと。

「けどこの歳までずっと好きなままなんだよー? たかが後二年で変わるわけないじゃん」
「かもしれない。けどそうじゃないかもしれない」
「・・・空也さんはあたしが別れたいって言ったら、嫌じゃないの?」

彼はあたしの事を好きだというけど、あたしだけが好きな感じの返答に感じる事を言う。
だから時々、こうやってあたしは拗ねてしまう。
受け入れてくれたなら、少しぐらいはその気持ちを見せて欲しい。

「嫌だよ。もう俺も君の事は好きだもの。本音を言えば絶対に放したくないさ。けど君の幸せの邪魔はしたくないんだ。君の事が好きだからこそね」
「・・・やっぱり、空也さんは優しいけど酷い」
「ごめんね、雛ちゃん」

彼の言葉はとても優しいけど、とても酷い。
あたしを好きだと言いながら、彼からはあたしを求めない。
求めて欲しいと思っているのに、彼は求めないんだ。

「空也さんなんか大っ嫌い」
「それは辛いなぁ」
「そうだよ、泣いちゃえばいいんだ」
「うん、ごめんね、雛ちゃん」

ちょっとだけ涙目になっているあたしの頭を抱ながら、優しく耳元で謝る空也さん。
ずっるいなぁ。あたしが貴方を大好きだからって、ずっるいなぁ。
何でも許したくなっちゃうじゃん。

結局こういうのって、先の惚れた方の負けだよね。あー、あと2年かぁー。
これを2年も我慢しつつ、明の惚気聞くんだよなぁ。
別に明の惚気が嫌ってわけじゃないけど、やっぱり比べちゃうな。

「今日寿司食べたい。回る所で良い」
「はいはい、お昼に行こうか」

気持ちを誤魔化す様に我が儘を言って、空也さんはそれを受け入れる。
八つ当たりは嫌われそうで嫌だけど、時々やっちゃうんだよなぁ。
お互いに全部かみ合ってる明が本当に羨ましい。
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